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 第三節「杯の魔女、あるいは神敵【魔王】の帰還」

SCENE-057 一時間弱の程良い運動

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 軽量快速仕様の〔イチイバル〕に二人乗りというのはどう足掻いても過積載だが、そこは機体を浮かせている〔浮遊〕をはじめとする機動周りの術式に魔力を多く回せば案外なんとかなるもので。

 今の伊月にはドラクレアという、ワルキューレの魔力炉メインエンジンよりも余程優れた魔力供給源があるので。奈月を乗せていてもなんの問題もないどころか、機動力が向上したうえ各種兵装にも魔力を潤沢に回すことができるという、総合的には圧倒的にプラスもいいところだった。

「魔力炉の吸気をカットしてるのに計器の針が振り切れたまま戻ってこない……主機を人造王樹炉デミドラシルエンジンに換装でもしたかな……?」

 〔イチイバル〕の反応速度は変わらないので出力が上がった分、操作感は変わってしまうが。伊月も〔イチイバル〕に乗るのは久しぶりなので細かいことは気にならない。



 索敵用の観測術式では見つけられない小竜キリエを捕捉するため、機体に鱗のよう張りつかせてあった浮遊装甲フローティングアーマーを観測用プローブのように使い、機体の周囲を絶えず飛び回らせながら。伊月はかつてないほど気持ち良く飛んでくれる機体を操り、〔エヴナ〕が設定したコースに沿って現れる砲撃用の標的ターゲットを次々と撃ち抜いていった。



「魔力の残量を気にしながら飛ばなくていいって最高……!」

 ワルキューレの演算容量――術式処理能力――では足りない分を自前の魔術演算領域で補い、若干ハイになった伊月がきゃっきゃっとはしゃいでいる様子。

 強固に結ばれた術理パスから伝わってくる伊月の楽しげな感情を、褒美とばかりに味わいながら。タンデムシートもないような機体に乗せられ遠慮なく魔力を吸い上げられている奈月ドラクレア奈月ドラクレアで、〝牙〟を捧げた伴侶に対する奉仕欲求を満たされ、すっかり気分を良くしていた。

(かわいい……)

 黒姫奈がキリエの腕の中で死んでから、十四年あまり。
 その間、ドラクレアが手元に置いていた遺骸はドラクレアの魔力によく馴染み、ドラクレアの霊魂を収めても問題がないどころか、伊月への感情が募るにつれ牙が疼いてくる始末。



 振り落とさせないよう抱きしめた体の柔さと、腕の中で弾む呼吸の感触。
 風よりも近くをどくどくと流れる血潮の音。
 育ちきっていない子供の体で二人分の重量を乗せたワルキューレを操り、うっすらと汗をかいた肌の匂い。
 高揚する気持ちを反映して、舌の上でパチパチと弾けるような魔力の味わい。

 その何もかもにうっとりとしてしまう。奈月ドラクレアは伊月に気付かれないようそっと、渇きを覚えた喉を鳴らした。


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