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第三節「杯の魔女、あるいは神敵【魔王】の帰還」
SCENE-056 的中率百パーセントが前提ではある
しおりを挟む術式転移で一番面倒な座標計算や諸々の安全対策を基幹樹が肩代わりしてくれるわけだから、これほど楽なこともない。
魔導円の起動ともに工房の外へと運ばれた伊月は、荘園のどのあたりに転送されたのだろうかと周囲に目を遣りながら、〔イチイバル〕のハンドルにかけてあったゴーグル型のデバイスを慣れた手つきですちゃりと身につけた。
周辺の地形情報も、〔イチイバル〕の観測術式にさっそく捕捉された砲撃用の標的情報も、〔エヴナ〕が設定した飛行コースの経路案内も。差し当たって伊月が必要とする情報が魔晶硝子製の薄型軽量ディスプレイに映し出され、伊月の視界を埋めていく。
「飛びながら的当てゲームをやるから、キリエは〝百点〟の的ね。なんなら撃ち返してきてもいいわよ」
それは無理、と首を振りたくった小竜に、そういう意味では伊月も端から期待はしていなかった。
「よく考えたら私の〔イチイバル〕が極限紙装甲でも後ろに奈月が乗ってたら関係なくない? 攻撃が通ることなんてある?」
「私が防御していいの?」
「的当ての的は反撃してこないけどね。実戦想定ならむしろ、私のことを守らないでいられるの?」
倭国で育ったにしては人外の生態に詳しい伊月の認識は正しい。
むしろ、ドラクレアが黒姫奈を野放しにしていたことの方が正気を疑われるレベルの所行なのであって。それを可能としているドラクレアの我慢強さや忍耐については、伊月も手放しに評価しているくらいだった。
「お前が自分でなんとかできそうなら……?」
「じゃあやっぱり、〔イチイバル〕が被弾したときのことなんて考えなくていいんじゃない」
とんでもない暴論のようでいて、ドラクレアが伊月のことを守りきれないような攻撃を想定すると、ワルキューレの性能ではどんなに装甲を厚くしてもどうにもならないというのは本当のことで。
ワルキューレの上位機種。主機として魔力炉ではなく人造王樹や基幹樹そのものが組み込まれたドラグーンなら、まだなんとかなりもするのだろうが。そんなものを用意するほど、伊月も本気でひりつくような闘争を求めているというわけではなかった。
むしろその心持ちとしてはカジュアルでいてライトな、スポーツ感覚でプラントを探索する今時の探索者には珍しくもないタイプのそれ。
「(だからといって、私はお前に撃ち返したりしないからね?)」
「はいはい」
断固として反撃はしないが、一方的に的にされる分には構わないと、〔イチイバル〕にしがみついていた小竜は翼を広げて飛び上がり、障害物と景観要素を兼ねている木々の向こうへ飛び去って行った。
ドラクレアの魔力に馴染みすぎている伊月にとって、キリエや奈月の気配はただでさえ感知しにくいものなのに。小竜の姿が障害物の向こうに見えなくなった途端、〔イチイバル〕の観測術式が捉えていたその魔力反応までもが、ふつりと掻き消えて。なんだかんだと付き合いのいいキリエに伊月はにんまりとする。
「〔エヴナ〕はキリエの反応追えてる?」
〈――はい。実体があるので、かろうじて〉
王庭を掌握する人造王樹並みには荘園を掌握しているはずの基幹樹でもそのレベルなら、ワルキューレの観測術式に反応がないのも当然と言えば当然のことだった。
倭国でも隠れるのが上手い妖魔相手なら通用しないことがあった〔イチイバル〕の索敵能力を、伊月もそこまで頼りにしてはいなかったので。審判役の〔エヴナ〕さえまともに仕事がこなせるのであれば、なんの問題もない。
「使うのは非殺傷設定の魔弾だから、キリエに余剰魔力で弾かないように伝えておいて」
「うん」
設定されたコースを回る速さや砲撃の正確さを誰かと競うというわけでもなく。強いて言うならゲーム感覚で行う的当てを楽しむことに比重を置いている伊月は、ワルキューレの出力設定を待機状態のそれから引き上げると、自分の好きなタイミングで〔イチイバル〕を発進させた。
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