上 下
56 / 92
 第三節「杯の魔女、あるいは神敵【魔王】の帰還」

SCENE-055 光輝の弓

しおりを挟む

 工房兼ガレージの一角に置かれていた巨大なコンテナ。

 黒姫奈が使っていた乗用法器の専用ハンガーとメンテナンスベッドを兼ねたユニットを、伊月が展開させると。物流コンテナと同じ規格で作られたユニットの壁面が天井の一部ごとガコンと持ち上がり、その内部構造を露出させた。

 ユニットの中央には黒姫奈が使っていた乗用法器ワルキューレが固定されている。

 基本的には外部からワルキューレを呼び出すための仕掛けが施された格納庫ハンガーでありながら、ワルキューレのメンテナンス機能を備えてもいる。便利なユニットの中へと伊月は入っていって、ユニット内部の壁面に収納されていたコンソールを引っ張り出し、作業台も兼ねているそこへ、固定用のアームから外した愛機――〔イチイバル〕――を押しやった。

「このワルキューレ、魔力炉の吸気を抑えて完全に乗り手の魔力だけで飛ばすこともできるんだけど、あらかじめ魔力紋を登録しておかないといけないの。ドラクレアの魔力も使えるようにしていいでしょ?」
「うん」

 呼ぶまでもなく、すぐそばにいた奈月の手を引き、長大な魔銃ライフルにハンドルやシートを取り付けたような形状をしているワルキューレ本体のコンソールへと触れさせて。伊月は魔力紋の登録作業を手早く済ませた。

「(飛びたいのなら私が乗せるのに)」
 伊月の背中でひっつき虫と化している小竜キリエは聞こえよがしにぼやいていたが。至極色の鱗を持つ竜種など、ティル・ナ・ノーグの領域内だろうと領域外だろうと関係なく、悪目立ちするのはわかりきっている。

「ちょっと散歩に出たくらいでその日のトップニュースになるような乗り物・・・なんて、普段の足には向かないでしょ」
「(お前が気になるなら扶桑に情報規制でもさせたら?)」
「なんの解決になるのよ、それ」



 十五年近く放置されていたとはいえ、メンテナンスは十全に行われていて。

 機能的にはなんの問題もないワルキューレを作業台から下ろし、メンテナンスユニットの外まで引っ張り出して。改めてしっかりとハンドルを握った伊月は軽やかな身のこなしで、地面から一定の高さを保つよう〔浮遊〕している機体へひらりと跨った。

「ねぇ鏡夜ぁ、予備のパーツで同じ機体がもう一つ組めるんだけど、自分用の法器があったら乗る? 妨害ありのルールで競争しない?」
「物騒だな……」
「キリエでもいいけど」
「(お前が私に乗って、鏡夜をそれに乗せたら?)」
「このワルキューレ、装甲が紙どころの騒ぎじゃないから。頑張ったら私でも墜とせるくらいの強度しかないのにキリエと妨害ありの競争なんてしたら尻尾で叩き落とされておしまいよ」
「君ってどうしてそうピーキーな仕様にしたがるのさ」
「当たったら墜ちるけど当たらなければいいかな、って」
「いいわけないだろ」

 男どもに不評な機体に愛着のある伊月はむっと唇を尖らせて。背中に張り付いていた小竜キリエの首根っこを掴んで引き剥がすと、ポイッと投げ捨てた小竜の代わりに奈月のことをタンデムシートもないような機体の上へと引っ張り上げた。

 通常出力の〔イチイバル〕であれば完全に重量オーバー、その場に〔浮遊〕し続けるにも備蓄魔力を消耗するような所業だが。そこはドラクレアの魔力という量、質ともに優れたリソースに物を言わせてしまえばどうとでもなる。

 人一人分の荷重に沈み込むよう高度を下げた〔イチイバル〕は、伊月の後ろで機体を跨いだ奈月がハンドルを握っている伊月の体へと腕を回し、体勢を落ち着かせる頃には何事もなく元の高さ――設定されたとおりの待機高度――に復帰していた。

「〔エヴナ〕、荘園内にワルキューレの飛行コースをランダムでセット。砲撃用の標的ターゲットも適当にばら撒いて」
〈――荘園内に飛行コースを設定しました。経路案内を〔イチイバル〕へ。機体をスタート地点に転送します〉

 エヴナ庭の全てを掌握している基幹樹インスミールが伊月の指示オーダーに応え、工房の床に接地していない〔イチイバル〕の下へと直接、判を押したような魔導円が描き出される。

 伊月の手で一度は放り出された小竜キリエは薄い皮膜の張った翼をバタつかせながら戻ってくると、〔イチイバル〕の長く伸びた機首――左右のハンドルに挟まれたコンソールの先の部分――へひしとしがみついて転移に便乗した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

処理中です...