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第三節「杯の魔女、あるいは神敵【魔王】の帰還」
SCENE-055 光輝の弓
しおりを挟む工房兼ガレージの一角に置かれていた巨大なコンテナ。
黒姫奈が使っていた乗用法器の専用ハンガーとメンテナンスベッドを兼ねたユニットを、伊月が展開させると。物流コンテナと同じ規格で作られたユニットの壁面が天井の一部ごとガコンと持ち上がり、その内部構造を露出させた。
ユニットの中央には黒姫奈が使っていた乗用法器が固定されている。
基本的には外部からワルキューレを呼び出すための仕掛けが施された格納庫でありながら、ワルキューレのメンテナンス機能を備えてもいる。便利なユニットの中へと伊月は入っていって、ユニット内部の壁面に収納されていたコンソールを引っ張り出し、作業台も兼ねているそこへ、固定用のアームから外した愛機――〔イチイバル〕――を押しやった。
「このワルキューレ、魔力炉の吸気を抑えて完全に乗り手の魔力だけで飛ばすこともできるんだけど、あらかじめ魔力紋を登録しておかないといけないの。ドラクレアの魔力も使えるようにしていいでしょ?」
「うん」
呼ぶまでもなく、すぐそばにいた奈月の手を引き、長大な魔銃にハンドルやシートを取り付けたような形状をしているワルキューレ本体のコンソールへと触れさせて。伊月は魔力紋の登録作業を手早く済ませた。
「(飛びたいのなら私が乗せるのに)」
伊月の背中でひっつき虫と化している小竜は聞こえよがしにぼやいていたが。至極色の鱗を持つ竜種など、ティル・ナ・ノーグの領域内だろうと領域外だろうと関係なく、悪目立ちするのはわかりきっている。
「ちょっと散歩に出たくらいでその日のトップニュースになるような乗り物なんて、普段の足には向かないでしょ」
「(お前が気になるなら扶桑に情報規制でもさせたら?)」
「なんの解決になるのよ、それ」
十五年近く放置されていたとはいえ、メンテナンスは十全に行われていて。
機能的にはなんの問題もないワルキューレを作業台から下ろし、メンテナンスユニットの外まで引っ張り出して。改めてしっかりとハンドルを握った伊月は軽やかな身のこなしで、地面から一定の高さを保つよう〔浮遊〕している機体へひらりと跨った。
「ねぇ鏡夜ぁ、予備のパーツで同じ機体がもう一つ組めるんだけど、自分用の法器があったら乗る? 妨害ありのルールで競争しない?」
「物騒だな……」
「キリエでもいいけど」
「(お前が私に乗って、鏡夜をそれに乗せたら?)」
「このワルキューレ、装甲が紙どころの騒ぎじゃないから。頑張ったら私でも墜とせるくらいの強度しかないのにキリエと妨害ありの競争なんてしたら尻尾で叩き落とされておしまいよ」
「君ってどうしてそうピーキーな仕様にしたがるのさ」
「当たったら墜ちるけど当たらなければいいかな、って」
「いいわけないだろ」
男どもに不評な機体に愛着のある伊月はむっと唇を尖らせて。背中に張り付いていた小竜の首根っこを掴んで引き剥がすと、ポイッと投げ捨てた小竜の代わりに奈月のことをタンデムシートもないような機体の上へと引っ張り上げた。
通常出力の〔イチイバル〕であれば完全に重量オーバー、その場に〔浮遊〕し続けるにも備蓄魔力を消耗するような所業だが。そこはドラクレアの魔力という量、質ともに優れたリソースに物を言わせてしまえばどうとでもなる。
人一人分の荷重に沈み込むよう高度を下げた〔イチイバル〕は、伊月の後ろで機体を跨いだ奈月がハンドルを握っている伊月の体へと腕を回し、体勢を落ち着かせる頃には何事もなく元の高さ――設定されたとおりの待機高度――に復帰していた。
「〔エヴナ〕、荘園内にワルキューレの飛行コースをランダムでセット。砲撃用の標的も適当にばら撒いて」
〈――荘園内に飛行コースを設定しました。経路案内を〔イチイバル〕へ。機体をスタート地点に転送します〉
エヴナ庭の全てを掌握している基幹樹が伊月の指示に応え、工房の床に接地していない〔イチイバル〕の下へと直接、判を押したような魔導円が描き出される。
伊月の手で一度は放り出された小竜は薄い皮膜の張った翼をバタつかせながら戻ってくると、〔イチイバル〕の長く伸びた機首――左右のハンドルに挟まれたコンソールの先の部分――へひしとしがみついて転移に便乗した。
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