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 第三節「杯の魔女、あるいは神敵【魔王】の帰還」

SCENE-054 ドラクレアにとってのアウェーではある

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 ティル・ナ・ノーグで荘園を所有するということは、ティル・ナ・ノーグの空に大地を浮かべ、荘園を荘園たらしめる基幹樹――〝人造王樹デミドラシルの端末〟として振る舞う人造王樹の若木インスミール――と契約を交わし、そのセカンドオーナーになるということで。

 伊月が〝黒姫奈の生まれ変わり〟として継承した荘園は、黒姫奈と契約した、黒姫奈を荘園主たらしめる基幹樹インスミールによって、黒姫奈が生きていた頃と何一つ変わらないまま整然と保たれていた。



「おかえりなさいませ、ご主人さま」
「ただいま――」

 屋敷の入り口で主人を迎えた〔エヴナ〕の人型端末オートマタも、躯体として使われている人工生体をきちんとメンテナンスしてさえいれば、徒人の肉体に限りなく近い生身の身体マテリアルボディだろうと加齢による衰えや病とは無縁でいられる。

 なんのこだわりもなくプリセットの中から適当に選んだ容姿の自動人形オートマタに、ちらりと目を向けてから。伊月は無事に転移した後も手を繋いだまま、ぴったりと隣をついてきている奈月を振り返った。

「サロンもあるけど、どうせついてくるでしょ?」
「お前が構わないなら、一緒がいい」
「普通、自分の荘園にティル・ナ・ノーグの小王さまおうさまが来たらお構いしまくるものだと思うけどね」

 指を絡めて繋がれた手を引っ張って、伊月は工房を兼ねたガレージへと向かう。



 屋敷の母屋とは外廊下で繋がっている、温室コンサバトリー然とした離れ。
 薄い板状に加工された工業用魔力結晶マナ・マテリアル製の〝魔晶硝子マナ・グラス〟――ティル・ナ・ノーグでは珍しくもない建材――で覆われた工房兼ガレージも、屋敷と同様に、唯一の住人が死んでいる間もきちんと手入れをされていた。



「そこのカウチを使っていいわよ」
 魔術師の工房にしろ、ガレージにしろ、外から人を招くような場所ではないのでソファセットのような気の利いた家具はない。

 伊月が指を向けたのは入り口から程近いところに置かれている、仮眠用のカウチで。
 邪魔だから大人しくしていろ、と言われたわけでもないのに伊月のそばから離れていったのは、双子の姉と同じ空間にいればそれで満足できる弟だけだった。



 奈月と反対の手を握ろうとして、両手が塞がるのはさすがに億劫だと邪険にされたキリエは愛玩動物然とした小竜姿に化けて、今は伊月の背中にしがみついている。



「奥宮にもお前の工房を用意しようか」
「なんで。もう吸血鬼立入禁止おことわりじゃないんだから、私がこっちにいても寂しくないでしょ?」
「また閉め出されるかもしれないし……」
「私が今更ドラクレアを閉め出すような状況なら奥宮に工房があっても使わないわよ」
「確かに……」
「でも常設の〔ゲート〕があったら便利かも。いちいち転移の申請をするのも手間と言えば手間だし」
「いいよ。どこからどこに繋げる?」
「無難に玄関ホールでいいんじゃない? 出入りする場所だし」

 屋敷と工房との間にたいした距離があるわけでもなし。
 せっかくの転移門ゲートを工房専用にしてしまうより、エヴナ庭と奥宮を行き来するためのものとしておいた方が使い勝手はいいはずだと伊月が言えば、ドラクレアも反対はしない。

「魔導円をドラクレアの魔力にだけ反応するようにしておけばセキュリティ的にも大丈夫でしょ」
「それならやっぱり、私がお前を運んでもいいんじゃあ……?」
「それだと私がドラクレアに『連れて行って』って素直に言えない気分の日に困るでしょ」

 ちょっとよくわからない、というふうに、奈月が首を傾げる。

「困るの?」
「困るから〔ゲート〕がいい」

 伊月の考えていることがよくわからないなりに、伊月がそうしたいのならと、奈月ドラクレアは聞き分けよく首肯した。


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