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第二節「血を吸う鬼の最愛」
SCENE-041 贖いの花
しおりを挟む上等な酒をたらふく飲んだ後のよう、心地良い酩酊感へ伊月が浸っているうちに。
伊月自身の影から伸び出し、その手首に巻きついた薔薇蔓が〝至極色の花〟を咲かせる。
ドラクレアの血薔薇に、ドラクレア自身の魔力によって咲いた薔薇の花。
伊月が気付きもしないうち、カウチの上に起き上がっていたキリエは、絡みつかせた魔力も使って膝の上に抱きかかえている伊月の手を取ると、ドラクレアの魔力に満ちた花へと触れさせた。
「ん……なに……?」
「そのまま力を抜いていて」
かけられた言葉の意味を理解するより先に、体を満たしたドラクレアの魔力に干渉されて。
体内魔力が自分の意思とは関係ないところで動く、背筋がぞわぞわと粟立つような感覚に、伊月は体を震わせた。
伊月の中にあるドラクレアの魔力を呼び水に、伊月の両手に包み込まれた血薔薇とは名ばかりの花が、花片の末端から滲み、溶け出すよう、元の魔力へとほどけはじめる。
「わかる? 魔力が影を帯びはじめるのはこれくらいの密度からで、血薔薇になるのはここ」
親しい身内が幼い子供へ魔力の扱いを教えるようなやり方に、伊月はこくりと頭を揺らした。
個人の技量や魔力の相性問題もあって、誰にでも、誰とでもできることではないが。キリエの魔力操作の技量は申し分なく、伊月とキリエの間には魔力の相性問題も存在しない。
この上なくわかりやすい方法で、ドラクレアが持つ稀少な魔力の取り扱いを教えられ。元々細やかな魔力の制御を得意としている伊月が感覚を掴むのに、たいして時間はかからなかった。
「魔力の要求量が多いわりに拡散はしないのね」
「確かに、ある程度まとまれば魔力のロスは少なくなるね。感覚が変わるから、ラドゥはその性質に手を焼いていた覚えがあるけど」
「あー……」
まぁ、確かに。その気持ちがわからなくもないな……と。
握り拳の半分ほどの大きさに丸めた魔力をお手玉のよう手元で転がしていた伊月は、至極色の薔薇から取り出したドラクレアの魔力へ行き渡らせていた意識を緩める。
その途端、体の周囲にまとった余剰魔力が魔素へと還るよう、ドラクレアの魔力が帯びていた〝影〟は霧散して。
〔影の皇〕――第一始祖の血統固有魔法――が発現しない程度に薄まった魔力へ、伊月が再び意識を通すと。手の平でぎゅっ、と握り込むようなイメージで〝お手玉〟よりもさらに小さくまとめた魔力からは、種から芽が出るように短い薔薇蔓が。
そこへ、至極色の薔薇から取り出した魔力を足していき、伊月はするすると薔薇蔓を伸ばしていった。
「なんていうか、ちょっと粘るのよね。しかもその粘り気が一定じゃなくて、気を抜くと途端にどろっと垂れちゃう……みたいな。私は元々徒人相応の、メトセラと比べて少ない魔力をやりくりしてたから、魔力のロスが少しでも抑えられるように満遍なく意識を行き渡らせることに慣れてるけど。生来の魔力が有り余ってるような、それこそラドゥみたいなメトセラには扱いにくいかもね」
取り扱いに癖があると言っても、誰かの手仕事で作られた触媒から魔力を取り出す感覚を理解していれば問題はない程度。
ティル・ナ・ノーグでは珍しくもない量産品の、癖がなく品質も一定に保たれている、消耗品として優れた触媒ばかりを使っているような魔術師は苦労するだろうが。
一応、それなりの魔術師であると自負している伊月はその限りでない。
「お前が扱うのに問題がないなら良かった。制御に失敗した時のことと魔力切れの心配はしなくていいから、好きに使うといいよ」
伊月が何枚の花片を魔力へとほどき、好きなようにもてあそんだ挙句、魔素へと還したところで、ドラクレアがその魔力で咲かせる血薔薇の花は次々から次に、途切れることなく補充されていく。
至極色の花を咲かせた薔薇蔓は、伊月自身の影から生えていて。そこにドラクレアがいる限り、伊月への魔力供給が途切れることはないのだと、伊月もドラクレアの献身を疑ってはいなかった。
「それくらい、当たり前でしょ。誰かさんのせいで私が自由にできる魔力が余剰魔力分しかないんだから」
伊月が意識してまとっている余剰魔力の厚みを、指で示しながら。
そうでなければ困ってしまうとぼやいた伊月に、キリエは同意しかねると言わんばかりの強さで頬をすり寄せた。
「体が出来上がらないうちから体内魔力を当てにして魔術を編むのはよくないよ。お前が歳のわりに小柄なのも心配だし……」
「それは鏡夜と同調してるせいもあるんじゃない? お互いを身代わりにできるように双子としての術理的な繋がりを強固にしてるから、体の性差が顕著になる二次性徴がいつまで経っても始まらないんだと思ってた」
ねぇ? と伊月が声をかけた先で、我関せずと仮想端末を触っていた鏡夜が肩をすくめる。
「成長が遅いのは僕たちの繋がりが深いせいもあるだろうけど、それはそれとして君は体内魔力を使いすぎだよ」
「昨日までのことはノーカンでしょ。何も覚えてなかったんだから」
「そう言うなら、使う予定のないオドの量なんてどうだっていいだろ」
「意識して使わないのと、そもそも魔力がなくて使えないのは話が違うじゃない」
「あったら使うくせに」
「そりゃあね。いざとなれば使うでしょうよ」
それみたことかと目を眇めた鏡夜に、今度は伊月が肩をすくめて見せる番だった。
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