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第二節「血を吸う鬼の最愛」
SCENE-038 吸血竜の〝爪〟
しおりを挟む「それなら、こうしようか」
伊月のことを抱きすくめていた腕が緩み、伊月の前へと差し出されたキリエの手に、その袖口からしゅるりと伸び出した吸血鬼の血薔薇の蔓が絡みつく。
伊月に触れるときはいつも、必要がなければ綺麗に取り除かれている血薔薇の棘がキリエの素肌を容赦なく引っ掻き、傷付けて、血を流させると。徒人に化けた竜種の血と魔力、そして吸血鬼の魔力そのものである血薔薇の蔓がそれぞれ意思を持ち、互いを食い合うかのように、伊月の目と鼻の先で混ぜ合わされた。
うっかり制御を誤るようなことがあれば、伊月たちが今いる奥宮の建物どころか、深い〝迷いの森〟と化しているイシュナフ宮の中庭が緻密に張り巡らされた魔術ごと吹き飛んでしまいかねない規模の魔力を、キリエは水飴でも練るよう、なんの気負いもなく扱って。
伊月が見ている前で、あれよあれよという間に、結晶化した魔力製の小振りなナイフが作り上げられる。
第一始祖に連なる血統の固有魔法として名高い〔影の皇〕。
その作用によって至極色を帯びたドラクレアの魔力に、キリエが流した鮮やかに赤い血が混ざり、薔薇柘榴石を思わせる紫がかった色味に落ち着いた魔力結晶の輝きへ、伊月が目を奪われていると。
そんな伊月の手をキリエがすいっ、と持ち上げて。たった今、出来上がったばかりのナイフを握らせた。
「竜種の血と魔力をたっぷり混ぜたから。本物の牙と比べたら気休め程度にしかならないだろうけど、これも〝幻想殺し〟として使えるよ」
刃の部分から持ち手までが一つの魔力結晶で作られたナイフの柄には、滑り止めも兼ねているのだろう、伊月にとっては見慣れた薔薇蔓の輪郭が浮かび上がっている。
吸血鬼に薔薇、と言ってしまえばありふれた意匠だが。吸血鬼の血薔薇の見かけは、魔力紋のように一人一人固有のもので。
手の平に吸い付くような質感の魔力結晶に浮かび上がったその薔薇蔓の輪郭が〝ドラクレアの血薔薇〟のものだと、伊月にわからないはずもない。
「きれい……」
「気に入った?」
普段はおしゃべりな口がすっかり回らなくなってしまった伊月が、言葉少なに頷き返すと。そんな伊月へ、キリエはキリエでうっとりと頬をすり寄せた。
朝方の戯れのせいですっかり食い尽くされてしまった伊月の魔力は、〝魔力の器〟としては一度空になった体を満たしてそのまま、いつまで経っても減っていく気配のないドラクレアの魔力に押し出されるよう、伊月自身の霊魂から湧き出したそばから体の外へと追いやられている。
体の外にあふれ出た魔力が魔素へと還ってしまわないよう、意識を行き渡らせて。伊月が〝魔力の鎧〟として身に纏うと同時に、魔法や魔術を行使するためのコストとして手元に残し、プールしている余剰魔力にも、伊月のそばを片時も離れようとしないドラクレアの魔力がたっぷりと混ざり込んでいて。
本来なら伊月がこれだけ、と決めた量からあふれた分から魔素へと還っていくはずの魔力をキリエがつまみ食いしていることに、なんとなく予想はついていた。
黒姫奈と名乗っていた頃は、魔力に滲む感情をなるべく抑制した上で、吸血鬼が持つ〝魔力喰い〟の性質について都合よく忘れたふりをすることで心の安寧を保っていた伊月は、キリエに対して含むことのなくなった今、どうせ完璧に隠すことなどできない感情を、無駄な労力を費やしてまで誤魔化そうとすることをやめている。
キリエに甘え、寄りかかることに抵抗のなくなった今となっては、言葉では伝えきれない感情や伊月の本心を、キリエが勝手に、勘違いの余地もなくすくい上げてくれるのであれば、その方が楽だと考えてさえいて。
「普通に牙をもらうより嬉しいかも……」
「それならよかった」
この感動が、どうすればきちんと伝わるだろうかと。考えた末に、伊月はキリエの腕の中で身をよじると、逞しさとは無縁の細い肩に手をかけて、自分から飛びつくようキリエにくちづけた。
(私がどんなに言葉を尽くすより、キリエにはこっちの方がわかりやすいでしょ)
そういう心算で。寄りかかっていたカウチにキリエのことを押しつけるよう、身を寄せて。深く唇を合わせ、舌をねじ込み、伊月の感情がたっぷりと溶け込んだ魔力を流し込む。
「ん……」
はじめはわけがわからず目を白黒させていたキリエも、伊月の意図に理解が及ぶと、自分の膝に乗り上げてきた少女の肢体を抱きすくめ、与えられる褒美を享受した。
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