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第一節「レナトゥスの目覚め」
SCENE-014 〔ソロモン〕の契約者
しおりを挟むヴラディスラウス・ドラクレアが自らの分霊に割り当てた〝役割〟のうえで、キリエは黒姫奈の〝恋人〟。
分霊としてはイレギュラーな生まれ方をしているとはいえ。伊月と血を分けた〝弟〟であり、自他共に認める双子の片割れである鏡夜が、愛情を向ける対象として飽きられてしまえばそれまでの同胞相手に嫉妬などするいわれはない。
それでいて、伊月の安全に関しては任せられる相手だとわかっているので。鏡夜は本霊からのおつかいがてら、ふらりと二人の傍を離れた。
(徒人としての感覚が狂うから、本霊とはあんまり強く繋がっていたくないんだけどな)
内心そんなふうに考えていたとしても、野良から首輪付きの分霊へ戻ったからには、本霊の意向を無視するわけにもいかない。
かつての威容が見る影もなく崩れ落ちた城の跡。
疑似迷宮としての機能そのものは生きているにしても、〔パンデモニウム〕と呼ばれる疑似迷宮を構成していた構造物は、狂乱した竜によって破壊し尽くされていて。今では〔パンデモニウム〕の跡地と言った方がしっくりとくる瓦礫の山を鏡夜がしばらく歩いた先では、〔パンデモニウム〕の城主が無残な姿をさらしていた。
(都築――)
黒姫奈が死を望み、鏡夜という分霊が生まれる切欠を作った女吸血鬼。
分霊の目を通してその姿を認識した本霊の穏やかならざる感情が、鏡夜に口を開かせる。
「よくもまぁ、のうのうと生きていられたものだな」
自分の仕出かしたことを少しでも反省しているのなら、さっさと死ねばよかったものを。
瓦礫の下から生えた至極色の杭――キリエの魔力がそのまま物質化したオブジェクト――によって刺し貫かれた状態で宙へとつり上げられている、少女然とした風貌のメトセラ。
その状態で十五年近く放置されていながら、肉体を傷付けられた程度のことで死ねるほど弱くはなく。さりとてヴラディスラウス・ドラクレアに抗えるほどの力を持ち合わせているわけでもない。
進退窮まった〔パンデモニウム〕の城主を、鏡夜――今はヴラディスラウス・ドラクレアの代弁者として振る舞う分霊――はことさら冷ややかに睥睨する。
「私がどれほど執念深いたちか、お前は知っていたはずだな?」
キリエが作り出した魔力の杭はドラクレアの干渉によってたちまち魔素へとほどけ、穴だらけになった女吸血鬼の体を瓦礫の上へと投げ出した。
「あれにさえ害がなければお前の悪癖など知ったことではないが、あれに手を出した以上、私は未来永劫お前を許しはしない」
杭の表面に切られた溝によって絶えず流血を強いられていたうえ、この十四年あまり食事にありつくこともできていない都築は、体の中にしぶとく残っている魔力の攻撃的な余韻に呻き、喉を掻き破ってしまいたくなるほどの飢餓感と血への渇望にあえぎながら、その声を聞いていた。
「ここをお前の終の棲み家にしてやろう。〔扶桑〕が枯れ落ち、ティル・ナ・ノーグが滅びるまで、この〔パンデモニウム〕で惨めに生き長らえるがいい――」
数千年を生きた古種吸血鬼が紡ぐ、呪いに満ちた怨嗟の言葉を。
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