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第5話

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充実した日々で過去の日々を忘れていたけど、モルトルーズ殿下の婚約者としてラライアが選ばれたと発表があって過去を思い出さずにはいられなかった。
それに王子の婚約者が発表されたとなると商人としては黙っていられない。
大きな商売のチャンスになるかもしれないし、便乗して手堅く利益を得られるかもしれない。
でもレドリックが話題に上らせることはなかった。
知らないはずはないけど……。

「モルトルーズ殿下の婚約者が発表されたけど、気になる?」
「どうでもいいことですけど、一応関係者なのでいろいろと考えてしまうことはあります」

私の様子が違っていたことに気付いたのか、レドリックに訊かれた。
別に隠すようなことでもないし、内緒にしろと言われたものでもない。
でもレドリックから訊くことは憚られたのだろう。
今だって私の様子が普段とは異なっていたから訊いたのだろう。

せっかくなのでこの機会に理解を深めておくのも悪くない。

「モルトルーズ殿下の評判は知ってます?」
「良くないものだろう?商人たちの間でも常識だよ」
「そうでしたか…」

ふと思えば私はレドリックと一緒にいることが多く、他の商人のことには詳しくない。
レドリックが普通だと考えてしまっていいのかわからないし、商人としての常識に疎いのは弱みになってしまう。
でも与えられた仕事は十分にこなしている。
会頭も必要だと判断すれば私に別の業務を割り振るだろう。
商人としての常識は追い追い身につけていけばいいという判断だと思う。

「ラライアの評判は?」
「良くないね。他の令嬢たちからも恨まれているみたいだよ。モルトルーズ殿下もラライア様のことはあまり好ましく思っていないようだけど。それでも婚約者に選んだのだから何か理由がありそうだよね」

レドリックが知らないならモルトルーズ殿下の誕生日パーティーでの出来事は商人には広まっていないのだろう。
それに私が冤罪で追い出されたことも正しくは知らないだろう。

私はレドリックにもハートレー商会にも恩がある。
だから何かの役に立つかもしれないので情報を伝える。
過去のことだし私は気にしていないから。

「レドリックにもハートレー商会にも感謝しています」
「どうしたんだい?急に」
「ですので私の知っていることをお伝えします。これは秘密にするよう言われてはいないので好きに役立ててください」

私の雰囲気が違うことに気付いたのか、レドリックも真剣な表情で私の言葉を待っている。
そして私は多くのことを伝えた。

本来なら私がモルトルーズ殿下の婚約者になるはずだったこと。
私はモルトルーズ殿下との婚約なんて望んでいなかったこと。
ラライアが嘘を吹き込んだせいでモルトルーズ殿下から婚約自体なかったことにされたこと。
ラライアのわがままな性格。
モルトルーズ殿下により王城への出入り禁止にされたこと。
未練もなければ後悔もないこと。

私がフォンテイン公爵家から追い出された経緯はこれで伝えられたと思う。

「話してくれてありがとう。なんと言葉をかければいいのかわからないけど…リリエルはもう大丈夫だ。ここがリリエルの居場所だから」
「ありがとう、レドリック」

レドリックの優しい言葉が嬉しかった。
こうやって話せて良かった。

「それで、この話は役に立ちそうですか?」
「そうだな…」

レドリックは考え込んだ。
こうしている間にも多くの可能性を検討しているはず。

「薬を扱おう。リリエルはそういった知識もあるんだろう?」
「ありますけど…専門職には負けますよ?」
「僕よりも詳しいだろう?それに扱うのは流通だから、そこまで詳しい知識はいらないはずだ」
「わかりました。でもどうして薬なのですか?」

思い切って訊いてみた。
毒も薬も表裏一体。
毒にもなる薬を扱うと難癖をつけられるかもしれない。
そんなことレドリックが知らないはずがないのに。

「他の領地から仕入れれば高く売れるだろう。ハートレー商会はフォンテイン公爵家の御用商会だから後ろ盾も強い。今までは知識が無かったけどリリエルがいれば大丈夫だろう?」
「どこまで役立てるかはわかりませんけど…」
「きっと大丈夫さ。リリエルは謙遜するけど、実力は相当なものだぞ?」
「…ありがとうございます」

はっきり言われると恥ずかしい。
レドリックに能力を認めてもらったことは嬉しい。
本当はフォンテイン公爵家の後ろ盾が役立ったのかもしれないけど、それはそれだし、これはこれ。

「頼りにしているからな、リリエル」
「お任せください、レドリック」

二人で微笑み合った。
私たちなら、きっと上手くやれるはず。
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