刺されるほどの歪んだ愛で縛られた元婚約者。二人の愛を応援してあげた甲斐がありました。

第1話

王立貴族学園には大きな庭園があり、そこで静かに過ごすひとときが好きだった。
私にとっては至福のひととき。
その時間を邪魔する存在が現れた。

見覚えのある顔。
確かピンクルー伯爵令嬢のメーベル様だったはず。
私に向かってくるのだから用があるとは思うけど、私とは接点もないし、どういった用なのか想像できなかった。

「貴女がリブね。ピート様の愛は私のものなの。だから早く別れて」

メーベル様は私の前まできて、挨拶もせずにそう切り出した。
ピート様は私の婚約者だし、どうして別れないといけないのかも理解できない。
当家は子爵家なのでピンクルー伯爵家と問題を起こす訳にはいかない。
下手な対応をすると取り返しのつかないことになりそうなので、ここは慎重に丁重な対応を心がける。

「申し訳ありませんが婚約は簡単に解消することはできません」

あえて相手の発言を否定せず、やんわりと拒否する。
でもそのような配慮をしたところでメーベル様には意味をなさなかった。

「婚約？それが何だっていうの？私の心も体ももうピート様のものになってしまったのよ？」

体もって…嘘でないなら許せない。
でもメーベル様の発言を信用できるかと言われれば疑問だ。
ピート様が私を裏切ったことは今まで無かったから。

メーベル様は私たちの関係をあえて壊そうと適当なことを言っているだけなのかもしれない。
悪意で嘘を伝えて反応や結果を楽しむような悪趣味な人たちだっているのだから、メーベル様がそういった人と同類である可能性もある。
そう考えないと納得できないもの。

「それが事実であるなら然るべき手順を踏んで婚約破棄します。ですが現状ではピート様が私を裏切ったという証拠もありません」
「私の…ピンクルー伯爵家の令嬢である私の言葉を疑うの！？私とピート様の関係を認めようとしないのね」

悲しいことに爵位の高い者の発言が正しいとされる風潮がある。
事実関係が明らかになればその限りではないけど、余程のことにならなければそこまで追及することはない。
だからメーベル様の言葉を疑うような発言をしてはならないし、発言の真偽はともかく、これ以上怒らせるようなことはできない。

それにピート様からも事情を聞きたい。
浮気したとは思えないけど、メーベル様にそう言わせるだけの何かがあったはずだし、一方の言い分だけを鵜呑みにはできないから。

この場は私にはどうにもできないので、当事者かもしれないピート様にメーベル様の対応を任せることにする。
ピート様が無実なら私のために対応してくれるはずだし、本当に浮気しているならピート様がメーベル様の対応をして当然。
少なくともこの場ではメーベル様を傷つけず、私も傷つかない。
私はピート様が上手く対象してくれると信じている。

「疑ってはいませんけど、私から婚約破棄を告げたところでピート様が応じるかはわかりません。それよりもピート様から私に婚約破棄してもらったほうが確実ではありませんか？ピート様が貴女のために行動することで愛の強さを確かめることもできますし」
「……そうね、そうするわ」

納得したようで、もう用は済んだとばかりに踵を返したメーベル様。
私の作戦は成功した。
この場はこれで済んで幸いだったけど、ピート様が本当に浮気しているのか確かめないといけない。

私とピート様は子爵家の人間。
ピンクルー伯爵令嬢であるメーベル様が相手では面倒なことになりそう。
とにかく今はピート様に事情を訊かないと。

私はピート様を探すべく庭園を後にした。
できればメーベル様よりも先に見つけないと。
こんなに慌ただしいことになるならメーベル様を焚きつけなければ良かったと、少しだけ後悔した。