歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第七章 Takuru-冬-

第七章 第十一話

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「え、柊矢さんのお仕事の手伝いって事ですか?」
「小夜、それ素で言ってる?」
 清美が白い目で小夜を見た。
 小夜が困ったように清美を見た後、楸矢に目を向けた。

「まぁ、それはいずれ柊兄から直接話があるはずだから。今んとこは志望校ないなら早稲田にしとけば? 近いから通うの楽だし小夜ちゃんなら入れるでしょ」
「けど、柊矢さんのお仕事手伝うにしても家は出ないと」
「無理無理」
 楸矢が手を振った。
「でも……」
「柊兄が小夜ちゃんから離れるとかあり得ないから。もし、うち出てくなら柊兄がいてくから二人で住める部屋借りるようにね」
 楸矢が笑いながら言った。
「…………」

 もしかして、柊矢さんのところに就職って……。

 小夜が真っ赤になって俯いた。

 どうしよう、確かめたいけど勘違いだったら恥ずかしいし……。

 頭を悩ませ始めた小夜をよそに、楸矢と清美はテーマパークの話で盛り上がり始めた。

 夕食後、柊矢は自室で祖父の住所録を見ていた。
 楸矢と清美が痛い話で盛り上がってて小夜が困ってるから、本来なら音楽室でヴァイオリンかピアノでも弾いてやりたいところだが、小夜が狙われている件を解決するまではセレナーデどころではない。

 椿矢が日記の類を見たがっていると聞いたとき、呪詛のムーシカについて知りたいらしいと言っていたし、他人の個人情報が書かれている住所録を見せるのはどうかと思って渡さなかったのだ。
 住所録にはリストに書かれていた名前が(小夜の祖父以外)全員載っていたがインクの色がせていた。
 その後ろに何人もの名前が書かれている。
 おそらく名前が書かれたのは封筒を渡されたすぐ後だろう。

 ムーシコスやムーシカのことを周到に隠していた祖父が何故なぜリストの名前を堂々と住所録に書いていたのだろうと不思議に思いかけて〝木の葉を隠すなら森〟という言葉を思い出した。
 大勢の人間が書かれた住所録の中に点在していれば関連性に気付かれにくいと考えたのだろう。
 一枚の紙にリストの名前と住所だけを書いてしまったらそれを見られたとき、この人達は一体なんなのだろうと怪しまれてしまう。

 名前や住所が書き込まれた後は特に訂正など情報が追加された形跡はないから恐らく連絡を取り続けたりはしていなかったのだ。
 何人かインクの色が微妙に違う者がいたので検索してみると架空の住所だった。
 おそらく見つけることが出来なかったのだろう。
 空欄のままにしておくと怪しまれるから適当な住所を書いたのだ。

 小夜の祖父の名前や住所がないのは同じ新宿区内だからだろう。
 霧生家の所有物件は西新宿にいくつかあるし、そのうちの一件は小夜の家のすぐ近くだったから面識があったのかもしれない。
 そうでなくても霞乃という名字は珍しいから通りかかったときに見かけて覚えていたのだろう。
 ムーシコスだと知っていたかどうかは分からないが。
 名前は知っていたが特に交流があったわけではないから警告をした後はお互い意識的に接触を避けていたに違いない。

 小夜の祖父の住所録は焼失してしまったから柊矢の祖父の名前が載っていたかどうかは分からない。
 柊矢の祖父の住所録に小夜の母親の養子先や結婚後の名字と同じ名前はなかった。
 小夜の祖父も娘の養子先を周到に隠していたから意図的に連絡を絶っていた柊矢の祖父が知らないのは当然だろう。

 小夜に呪詛との関わりなどあって欲しくはないからリストに小夜に関係のある人物の名前がなかったのは喜ぶべきなのだろうが、もしノートの一件と小夜が狙われたことが無関係だとすると小夜を狙っている人物を辿りようがない。
 椿矢も雨宮家は一切関与してないため資料が全くなくて調べがつかないから柊矢に話すことにしたと言っていた。
 事故のような物理的なものはムーシケーがなんとかしてくれるのかもしれないが、この前のように呪詛を受けたら?
 柊矢も楸矢もキタリステースだ。
 万が一、二人とも楽器を弾けないときにムーシケーがムーシカを伝えてきたら?

 楽器ならなんでもいいわけではない上にキタリステース用の楽器は古楽器だから近くの楽器店に飛び込んでもまず置いてない。
 かといってキタラを持ち歩くのは無理だし呪詛に備えて常に家にいることも出来ない。
 家では無理な仕事もあるし柊矢が働かなければ生活が立ちかなくなる。

 そういえば、椿矢にムーシケーがムーシカを伝えてきたら口笛を吹くから歌ってくれと頼んだが、呼び出しのムーシカと同じ要領で椿矢に向けて口笛を吹けば椿矢が察して歌ってくれるだろうか。

 そもそも歌わなければ効力が発揮されないのに何故なぜキタリステースがクレーイス・エコーに選ばれるんだ?
 三人ともムーソポイオスを選んでおけば誰か一人に何かあっても他の二人が歌えるのに。

 小夜をクレーイス・エコーに選んだのはムーシケーだと思っていたのだが、椿矢はムーシケーが選ぶのは選定者キタリステースで、実質的なクレーイス・エコーであるムーソポイオスは選定者キタリステースが選ぶと言っていた。

 小夜がクレーイス・エコーになったのはムーサの森が現れたときだと思うのだがいくら思い返してみても、あのとき二人の間に特別なことはなかった。
 だからこそムーシケーが選んだと思っていたのだ。
 クレーイス・エコーに選ばれたことを伝えるためにムーサの森が現れたのだと(当時はムーシケーだのクレーイス・エコーだのと言うことは知らなかったが)。

 一応、初めてまともに会話をしたのがあの日だが、それは森を見た後だ。
 その夜、小夜の家が火事になった。
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