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魂の還る惑星 第五章 Sothis-水の上の星-
第五章 第二話
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祖父の他に兄までいた楸矢ですらそうなのだから、祖父しかいなかった小夜は甘えることなど出来なかっただろう。
大体、甘やかされて育っていたらこんなに人に気を遣いすぎるような性格にはなっていないはずだ。
常に祖父の負担にならないようにと、いつも気にしていたから人に何かしてもらうのは申し訳ないという発想に繋がって遠慮ばかりするようになってしまったのだろう。
柊矢にセレナーデを弾いてもらうのも、小夜がねだっているわけではないから厳密には甘えているのとは違う。
だが柊矢がやりたくてやっていることだからこそ小夜には申し訳ないからと断る余地がない。
けれど自分のために弾いてくれているから嬉しい。
特に二度目からのセレナーデは最初のときに嬉しそうにしていたから喜ばせるために弾いてくれている。
それが嬉しい。
これが今の小夜にとって精一杯の甘えなのだ。
柊矢がそこまで考えて弾いてるかどうかは分からない。
単に偶々セレナーデを弾いたら思いの外小夜が感激してくれたから喜ばせたくてしょっちゅう弾いてるだけかもしれない。
柊矢に嬉しいという感情があるのかは分からない――ムーシコスも人間だからあるとは思う――が、もしあるとしたらセレナーデを弾いてるのは小夜が喜んでいるのが嬉しいからだろう。
楸矢も聖子が甘えさせてくれたときは嬉しかった。
楸矢は男だからいくら年下とは言っても堂々と甘えることは恥ずかしくて出来なかった。
だから何度かふざけてる振りで甘えただけだったが。
…………。
「楸矢、友達が呼んでるぞ。俺達は先に帰ってるからな」
振り返るとクラスメイトが手を振っていた。
「分かった。なるべく早く帰る」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。今日は時間がかかりますから」
小夜が言い添えた。
楸矢のクラスメイトのほとんどは同じ大学へ進学するから学校へ行けば会える。
留学などで会えなくなる友人にだけ別れの挨拶をすると、スマホを取り出してメールを送った。
楸矢が喫茶店に着くと聖子はもう来ていた。
「楸矢、話って?」
「俺、聖子さんにちゃんとお礼言ったことなかったから。きちんとお礼と、お詫びを言わないといけないと思って」
楸矢は聖子の顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「俺、大人に甘えたこと、ほとんどなかったから、聖子さんが甘えさせてくれてホント、すごく嬉しかった。当たり前になりすぎて感謝すること忘れてた。ごめん。今までありがとう」
「…………」
「だけど、感謝やお詫びの気持ちだけで結婚は出来ない。沢山愛情もらったのに全然返せなくてホントにごめんなさい」
楸矢は頭を下げた。
聖子は僅かな間、楸矢を見つめた後、バッグを手に取ると席を立った。
楸矢の横を通り過ぎるとき、
「さよなら」
と言って店を出ていった。
柊矢と小夜が歩いていると家の前に中年女性が立っていた。
「何か?」
二人は立ち止まると柊矢が訊ねた。
「言っておきますけど、義母の遺産は全て義父が築いた財産で、あなた方には一切関係ありません! 鐚一文渡したりしませんからね!」
女性は前置きもなくいきなり捲し立てた。
「欲しいとも思ってないが。どなたですか」
「あなた方とは関係ありません!」
女性がヒステリックに叫んだ。
「だったら遺産とやらも関係ないでしょう」
「そんなこと言って、娘の事故も遺産の取り分を増やしたくてあなた方が仕組んだんじゃないの!?」
「遺産を要求する気はないが、言い掛かりを付けるなら名誉毀損の訴えは起こさせてもらう。それだけ大きい声なら近所中に聞こえてるから証人はいくらでもいる」
女性は言葉に詰まって柊矢を睨み付けた。
柊矢はジャケットの胸ポケットに手を入れて名刺入れを取り出した。
「うちの弁護士だ。遺産を放棄するという書類を作成させる。ここに連絡してくれ」
そう言って名刺を手渡した。
「封筒も返して頂戴。相続権を主張するとき、あなた達に都合が悪いから盗ったんでしょ!」
「違います! あれは……」
言いかけた小夜の肩に手を掛けて柊矢が止めた。
「祖母の遺産が貴女のお義父上のものだというなら、封筒は祖父のものだ。祖母が無断で持ち出したんだし、祖父はそれを返すように要求していた。貴女に返せと言われる筋合いはない。用件がそれだけならお引き取りを」
柊矢が毅然として言い放つと女性は憤然とした足取りで帰っていった。
「なんであんなプライベートなものを勝手に見せたのか不思議だったんだが、祖母さんが亡くなったことを知らせるためだったんだな」
柊矢は女性の背中を見ながら呟いた。
小夜は柊矢を見上げた。
「あの……」
「悔やみの言葉なら必要ない。俺が生まれる前から縁が切れてた人間だ」
柊矢はそう言うと門を開けて小夜を通し、自分も中へ入った。
翌日、楸矢が喫茶店に入っていくと、先に来ていた椿矢が手を上げた。
椿矢の向かいの席に座ると紙袋を渡した。
「これが日記。あと、日記じゃないけど個人的なことが書いてあるものだって」
「悪いね」
椿矢は紙袋を受け取ると隣の座席に置いた。
「いいよ。俺、いつも相談に乗ってもらってるし。まぁ、これ、探したの柊兄だけど。呪詛のこと知りたいんだよね? でも、祖父ちゃん、ムーシコスだってこと隠してたし、参考になるようなこと書いてあるか分からないよ」
「そうかもしれないけど、リストに書かれてた名前が気になってね」
大体、甘やかされて育っていたらこんなに人に気を遣いすぎるような性格にはなっていないはずだ。
常に祖父の負担にならないようにと、いつも気にしていたから人に何かしてもらうのは申し訳ないという発想に繋がって遠慮ばかりするようになってしまったのだろう。
柊矢にセレナーデを弾いてもらうのも、小夜がねだっているわけではないから厳密には甘えているのとは違う。
だが柊矢がやりたくてやっていることだからこそ小夜には申し訳ないからと断る余地がない。
けれど自分のために弾いてくれているから嬉しい。
特に二度目からのセレナーデは最初のときに嬉しそうにしていたから喜ばせるために弾いてくれている。
それが嬉しい。
これが今の小夜にとって精一杯の甘えなのだ。
柊矢がそこまで考えて弾いてるかどうかは分からない。
単に偶々セレナーデを弾いたら思いの外小夜が感激してくれたから喜ばせたくてしょっちゅう弾いてるだけかもしれない。
柊矢に嬉しいという感情があるのかは分からない――ムーシコスも人間だからあるとは思う――が、もしあるとしたらセレナーデを弾いてるのは小夜が喜んでいるのが嬉しいからだろう。
楸矢も聖子が甘えさせてくれたときは嬉しかった。
楸矢は男だからいくら年下とは言っても堂々と甘えることは恥ずかしくて出来なかった。
だから何度かふざけてる振りで甘えただけだったが。
…………。
「楸矢、友達が呼んでるぞ。俺達は先に帰ってるからな」
振り返るとクラスメイトが手を振っていた。
「分かった。なるべく早く帰る」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。今日は時間がかかりますから」
小夜が言い添えた。
楸矢のクラスメイトのほとんどは同じ大学へ進学するから学校へ行けば会える。
留学などで会えなくなる友人にだけ別れの挨拶をすると、スマホを取り出してメールを送った。
楸矢が喫茶店に着くと聖子はもう来ていた。
「楸矢、話って?」
「俺、聖子さんにちゃんとお礼言ったことなかったから。きちんとお礼と、お詫びを言わないといけないと思って」
楸矢は聖子の顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「俺、大人に甘えたこと、ほとんどなかったから、聖子さんが甘えさせてくれてホント、すごく嬉しかった。当たり前になりすぎて感謝すること忘れてた。ごめん。今までありがとう」
「…………」
「だけど、感謝やお詫びの気持ちだけで結婚は出来ない。沢山愛情もらったのに全然返せなくてホントにごめんなさい」
楸矢は頭を下げた。
聖子は僅かな間、楸矢を見つめた後、バッグを手に取ると席を立った。
楸矢の横を通り過ぎるとき、
「さよなら」
と言って店を出ていった。
柊矢と小夜が歩いていると家の前に中年女性が立っていた。
「何か?」
二人は立ち止まると柊矢が訊ねた。
「言っておきますけど、義母の遺産は全て義父が築いた財産で、あなた方には一切関係ありません! 鐚一文渡したりしませんからね!」
女性は前置きもなくいきなり捲し立てた。
「欲しいとも思ってないが。どなたですか」
「あなた方とは関係ありません!」
女性がヒステリックに叫んだ。
「だったら遺産とやらも関係ないでしょう」
「そんなこと言って、娘の事故も遺産の取り分を増やしたくてあなた方が仕組んだんじゃないの!?」
「遺産を要求する気はないが、言い掛かりを付けるなら名誉毀損の訴えは起こさせてもらう。それだけ大きい声なら近所中に聞こえてるから証人はいくらでもいる」
女性は言葉に詰まって柊矢を睨み付けた。
柊矢はジャケットの胸ポケットに手を入れて名刺入れを取り出した。
「うちの弁護士だ。遺産を放棄するという書類を作成させる。ここに連絡してくれ」
そう言って名刺を手渡した。
「封筒も返して頂戴。相続権を主張するとき、あなた達に都合が悪いから盗ったんでしょ!」
「違います! あれは……」
言いかけた小夜の肩に手を掛けて柊矢が止めた。
「祖母の遺産が貴女のお義父上のものだというなら、封筒は祖父のものだ。祖母が無断で持ち出したんだし、祖父はそれを返すように要求していた。貴女に返せと言われる筋合いはない。用件がそれだけならお引き取りを」
柊矢が毅然として言い放つと女性は憤然とした足取りで帰っていった。
「なんであんなプライベートなものを勝手に見せたのか不思議だったんだが、祖母さんが亡くなったことを知らせるためだったんだな」
柊矢は女性の背中を見ながら呟いた。
小夜は柊矢を見上げた。
「あの……」
「悔やみの言葉なら必要ない。俺が生まれる前から縁が切れてた人間だ」
柊矢はそう言うと門を開けて小夜を通し、自分も中へ入った。
翌日、楸矢が喫茶店に入っていくと、先に来ていた椿矢が手を上げた。
椿矢の向かいの席に座ると紙袋を渡した。
「これが日記。あと、日記じゃないけど個人的なことが書いてあるものだって」
「悪いね」
椿矢は紙袋を受け取ると隣の座席に置いた。
「いいよ。俺、いつも相談に乗ってもらってるし。まぁ、これ、探したの柊兄だけど。呪詛のこと知りたいんだよね? でも、祖父ちゃん、ムーシコスだってこと隠してたし、参考になるようなこと書いてあるか分からないよ」
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