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魂の還る惑星 第三章 Sopdet -太陽を呼ぶ星-
第三章 第二話
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楸矢の話に椿矢は考え込んだ。
小夜という名前は割と平凡だから特に由来は無かったのかもしれないが、それならそれで聞かれたら「無い」と答えるだろう。
高校生になっても名前の由来を聞いたことが無かったとなると名付け親は祖父ではないという事だ。
名前を付けたのが親で、聞いたことがないのだとしたら両親はかなり小さい頃からいなかったのだろう。
それはそれで祖父は何故親から聞いてなかったのかという疑問が残る。
「まだ、お祖父さんが亡くなって半年も経ってないから、うちに来る前のことは聞きづらくてさ。小夜ちゃん、俺達に気を遣わせないようにって泣くの我慢しちゃうんだよね」
楸矢が、小夜が泣いたところを見たのは一度だけだが目が赤くなっていることが何度かあった。
多分、一人で泣いていたのだろう。
本人は隠してるつもりらしいから楸矢も気付いてない振りをしていた。
「無理してる姿見るのってこっちも辛いから個人的なこと聞けないんだよね。平気な振りしちゃうから何が原因で傷付いたのか分かりづらいし、理由知らないと回避しようがないじゃん。だから、小夜ちゃんが自分から話してくれたことくらいしか知らないんだ」
柊矢は色々な手続きをしたから両親がどうなったのか知っているだろう。
手続きの過程で両親を調べたはずだ。
特に祖父の実子の方の親が生きているなら相続人は小夜ではない。
どちらにしろ生きていれば親のところに行かせたはずだから多分二人とも亡くなったのだと思うと楸矢は言った。
「小夜ちゃん、西新宿に住んでたって言ってたよね。あの辺のマンションで火事があったって話は聞いてないし、一戸建てに住んでたの?」
「うん。ローンがなかったって言ってたから相当古かったんじゃない? 新しい家なら逃げられたはずだし」
「どういうこと?」
楸矢は、家が古くて出口が玄関しかなかったのに火元が玄関だったからお祖父さんは家から逃げ出せなくて亡くなったと、柊矢から聞いた話をした。
新しい家なら消防法で出口が玄関しかない建物など建てられない。
「ローンがなかったのは借家で地主が建てたからってことは……」
「土地も小夜ちゃんのお祖父さんのだったよ。だから相続税でお祖父さんの生命保険半分以上消えたって言ってたし」
「じゃあ、小夜ちゃんはずっと西新宿に住んでたってこと?」
「この前ヘビ見て驚いてたし、カエルも見たことないって言ってたからそうじゃない? さすがこの辺は都会だよね~。もっとも、ヘビもカエルも中央公園にはいそうだけど。てか、なんでそんなに小夜ちゃんがどこに住んでたかに拘ってんの? 俺達だってずっと新宿に住んでたんだし、ムーシコスが新宿に住んでたっておかしくないでしょ」
「君達は僕の大伯母さんの子孫でしょ」
「そうだってね」
椿矢の大伯母が若い頃と言ったら明治初期か下手したら幕末だ。
当時、結婚は親が決めた相手とするものだった。
それは別に貴族や武家などのいい家に限らず、普通の町人でも同じで裏店――時代劇に出てくるいわゆる長屋――住まいでもない限りそう簡単に好きな相手と一緒になるなどと言うことは出来なかった。
だから駆け落ちしたと聞いて、どこかへ逃げて消息不明になったんだろうと思い込んでいた。
だが榎矢が、柊矢達が親戚だと知っていたことに驚いて父に訊ねると、雨宮家は大伯母とその子孫の行方はずっと把握していたという。
居場所を知っていながら連れ戻さなかったのは、駆け落ちしたとき大伯母が既に子供を身ごもっていたからだ。
地球人の血が混ざっている者を一族に迎え入れたくなかったからその子孫の居所を追うだけで関係を絶っていたのだと知らされた。
話を聞いたときは余りのバカバカしさに呆れ果てたが、こんな連中と親戚付き合いしなくてすんだのは霧生兄弟にとってはむしろ幸いだったのだと思うことにした。
「つまり、小夜ちゃんのことは言わなかったから親戚じゃないってこと?」
椿矢の話を聞いた楸矢が言った。
「あの時は小夜ちゃんのこと聞かなかったから断言は出来ないけどね」
霧生兄弟のことも椿矢がわざわざ訊ねるまで黙っていたくらいだから小夜も名指しで聞かないと教えてくれない可能性がないわけではない。
ただ榎矢が柊矢達と遠縁の親戚だと言ったとき小夜のことには言及しなかったらしいから違うのだろう。
「それより、この前の小夜ちゃんが狙われたときの話、もう少し詳しく聞かせてくれない?」
午後の授業が終わりかけた頃、不意にムーシカが聴こえてきた。
歌っているのは女性が一人だけだ。
他のムーシコスが奏でてないのは聴こえていないからだろう。
だが呼び出しのムーシカでもない。
この前のと同じムーシカ……。
あの時は交通事故が起きた。
クレーイスは反応していないから小夜が狙われているわけではないのだろう。
どちらにしろこの教室は一階ではないからクレーン車でもない限り車が突っ込んできたところで被害は受けない。
でも、このムーシカを放っておいたら誰かが事故に遭うかもしれない。
そのとき授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
小夜はすぐに立ち上がった。
教師はまだ黒板に向かっているし、クラスメイト達は座っている。
教室中の視線が小夜に集る。
小夜が真っ赤になった。
恥ずかしかったが今はそんなことを考えている場合ではない。
「霞乃、どうした」
教師が驚いた顔で小夜に訊ねた。
「すみません、気分が悪くて……、その、お、おて、おて、お手洗……」
「すぐに行きなさい」
教師が言い終わる前に小夜は駆けだしていた。
ここからなら音楽室より視聴覚室の方が近い。
確か視聴覚室は防音のはずだし補習で使うという張り紙もなかったはずだ。
小夜は視聴覚室の中に誰もいないのを確かめるとドアを閉めてムーシカを思い浮かべてみた。
なんでもいいから、とにかくこのムーシカを打ち消せるもの。
旋律と歌詞が浮かんでくると小夜はそれを歌い始めた。
すぐに他のムーシコスが演奏やコーラスを奏で始め、嫌な感じのムーシカは掻き消された。
小夜という名前は割と平凡だから特に由来は無かったのかもしれないが、それならそれで聞かれたら「無い」と答えるだろう。
高校生になっても名前の由来を聞いたことが無かったとなると名付け親は祖父ではないという事だ。
名前を付けたのが親で、聞いたことがないのだとしたら両親はかなり小さい頃からいなかったのだろう。
それはそれで祖父は何故親から聞いてなかったのかという疑問が残る。
「まだ、お祖父さんが亡くなって半年も経ってないから、うちに来る前のことは聞きづらくてさ。小夜ちゃん、俺達に気を遣わせないようにって泣くの我慢しちゃうんだよね」
楸矢が、小夜が泣いたところを見たのは一度だけだが目が赤くなっていることが何度かあった。
多分、一人で泣いていたのだろう。
本人は隠してるつもりらしいから楸矢も気付いてない振りをしていた。
「無理してる姿見るのってこっちも辛いから個人的なこと聞けないんだよね。平気な振りしちゃうから何が原因で傷付いたのか分かりづらいし、理由知らないと回避しようがないじゃん。だから、小夜ちゃんが自分から話してくれたことくらいしか知らないんだ」
柊矢は色々な手続きをしたから両親がどうなったのか知っているだろう。
手続きの過程で両親を調べたはずだ。
特に祖父の実子の方の親が生きているなら相続人は小夜ではない。
どちらにしろ生きていれば親のところに行かせたはずだから多分二人とも亡くなったのだと思うと楸矢は言った。
「小夜ちゃん、西新宿に住んでたって言ってたよね。あの辺のマンションで火事があったって話は聞いてないし、一戸建てに住んでたの?」
「うん。ローンがなかったって言ってたから相当古かったんじゃない? 新しい家なら逃げられたはずだし」
「どういうこと?」
楸矢は、家が古くて出口が玄関しかなかったのに火元が玄関だったからお祖父さんは家から逃げ出せなくて亡くなったと、柊矢から聞いた話をした。
新しい家なら消防法で出口が玄関しかない建物など建てられない。
「ローンがなかったのは借家で地主が建てたからってことは……」
「土地も小夜ちゃんのお祖父さんのだったよ。だから相続税でお祖父さんの生命保険半分以上消えたって言ってたし」
「じゃあ、小夜ちゃんはずっと西新宿に住んでたってこと?」
「この前ヘビ見て驚いてたし、カエルも見たことないって言ってたからそうじゃない? さすがこの辺は都会だよね~。もっとも、ヘビもカエルも中央公園にはいそうだけど。てか、なんでそんなに小夜ちゃんがどこに住んでたかに拘ってんの? 俺達だってずっと新宿に住んでたんだし、ムーシコスが新宿に住んでたっておかしくないでしょ」
「君達は僕の大伯母さんの子孫でしょ」
「そうだってね」
椿矢の大伯母が若い頃と言ったら明治初期か下手したら幕末だ。
当時、結婚は親が決めた相手とするものだった。
それは別に貴族や武家などのいい家に限らず、普通の町人でも同じで裏店――時代劇に出てくるいわゆる長屋――住まいでもない限りそう簡単に好きな相手と一緒になるなどと言うことは出来なかった。
だから駆け落ちしたと聞いて、どこかへ逃げて消息不明になったんだろうと思い込んでいた。
だが榎矢が、柊矢達が親戚だと知っていたことに驚いて父に訊ねると、雨宮家は大伯母とその子孫の行方はずっと把握していたという。
居場所を知っていながら連れ戻さなかったのは、駆け落ちしたとき大伯母が既に子供を身ごもっていたからだ。
地球人の血が混ざっている者を一族に迎え入れたくなかったからその子孫の居所を追うだけで関係を絶っていたのだと知らされた。
話を聞いたときは余りのバカバカしさに呆れ果てたが、こんな連中と親戚付き合いしなくてすんだのは霧生兄弟にとってはむしろ幸いだったのだと思うことにした。
「つまり、小夜ちゃんのことは言わなかったから親戚じゃないってこと?」
椿矢の話を聞いた楸矢が言った。
「あの時は小夜ちゃんのこと聞かなかったから断言は出来ないけどね」
霧生兄弟のことも椿矢がわざわざ訊ねるまで黙っていたくらいだから小夜も名指しで聞かないと教えてくれない可能性がないわけではない。
ただ榎矢が柊矢達と遠縁の親戚だと言ったとき小夜のことには言及しなかったらしいから違うのだろう。
「それより、この前の小夜ちゃんが狙われたときの話、もう少し詳しく聞かせてくれない?」
午後の授業が終わりかけた頃、不意にムーシカが聴こえてきた。
歌っているのは女性が一人だけだ。
他のムーシコスが奏でてないのは聴こえていないからだろう。
だが呼び出しのムーシカでもない。
この前のと同じムーシカ……。
あの時は交通事故が起きた。
クレーイスは反応していないから小夜が狙われているわけではないのだろう。
どちらにしろこの教室は一階ではないからクレーン車でもない限り車が突っ込んできたところで被害は受けない。
でも、このムーシカを放っておいたら誰かが事故に遭うかもしれない。
そのとき授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
小夜はすぐに立ち上がった。
教師はまだ黒板に向かっているし、クラスメイト達は座っている。
教室中の視線が小夜に集る。
小夜が真っ赤になった。
恥ずかしかったが今はそんなことを考えている場合ではない。
「霞乃、どうした」
教師が驚いた顔で小夜に訊ねた。
「すみません、気分が悪くて……、その、お、おて、おて、お手洗……」
「すぐに行きなさい」
教師が言い終わる前に小夜は駆けだしていた。
ここからなら音楽室より視聴覚室の方が近い。
確か視聴覚室は防音のはずだし補習で使うという張り紙もなかったはずだ。
小夜は視聴覚室の中に誰もいないのを確かめるとドアを閉めてムーシカを思い浮かべてみた。
なんでもいいから、とにかくこのムーシカを打ち消せるもの。
旋律と歌詞が浮かんでくると小夜はそれを歌い始めた。
すぐに他のムーシコスが演奏やコーラスを奏で始め、嫌な感じのムーシカは掻き消された。
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