ひとすじの想い

月夜野 すみれ

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第五章

第五章 第二話

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「お前にはこくだが流にとっては良かったのではないか? 今の流には大切な相手がいない。それなら誰に祟名を呼ばれたところで死ぬ心配がない」
 確かにその通りだ。
「流がまたお前に惚れたりしないようにこのまま離れた方がいいのではないか?」
 桐崎の言葉に水緒が黙り込んだ。
「どうした」
「流ちゃんは私のこと、そこまで好きなわけではなかったのかもしれません」
「そんなはずなかろう」
 桐崎がバカバカしいという口調で言った。

「でも……」
「どうした」
「私、呼んだことがあるんです」
「え?」
「昔、鬼に捕まって言うように迫られて……」

 水緒が流と出会ったばかりの頃の話をした。
 人間には見えないはずの祟名を水緒が知っていたのも鬼に家と迫られたことがあったかららしい。

「水緒が呼んだのに何事も無かった?」
 桐崎が怪訝そうな声で言った。
「あの時は知り合ったばかりだったからかもしれません」
「今回は? 呼んだのか?」
「分かりません。言うようにって何度も殴られているうちに気を失ってしまって……」
「それで大量に血を吐いたのか。お前、本当に身体は大丈夫なのか? 痛みを我慢しているのではなかろうな」
 その問いに水緒は首を振ったのだろう。
 だが桐崎は心配しているような気配を感じる。

「私、意識が朦朧もうろうとしている時に言ってしまったのかもしれません」
 初めて水緒を見た時、見えている場所には傷一つなかったが着物は全身血塗ちまみれでところどころ破けていた。
 呼んでしまったとしても散々痛め付けられた末のことだ。
 そこまで祟名というものを呼ぶのを拒んだのだとしたら水緒は相当流のことを想ってくれているのだろう。

「もし言ってしまったのなら流ちゃんが無事なのは私のことが大切ではないからかもしれません。それで記憶を失うだけで済んだのかも……」
 水緒が沈んだ声で言った。

 鬼がそこまで無理に迫り、水緒の方も意識を失うまで拒み続けたくらいなら、流が水緒を大事に思っていなかったとは考えづらい。
 痛め付けてでも言わせようとしたのははたから見ても分かるくらい大切にしていたからのはずだ。
 水緒がずっと心配そうにしていたのは記憶を失ったのは自分が祟名を言ってしまったからかもしれないという負い目もあったようだ。

「それは小川殿とも話したが、死ぬか何も起きないかのどちらかで、それ以外は聞いたことがないと言っていたぞ」
「でも、流ちゃんが最後に覚えているのは私と知り合う直前みたいで……。私と会ってからの記憶が無くなっているなら、それは私のせいではないでしょうか」
 水緒の言葉に桐崎は考え込んだらしい。
「もしかしたら祟名を呼んでしまったから流ちゃんは私が嫌いになってそれで忘れたのかも……」
 水緒はそう言って黙り込んでしまった。

 最後に覚えているのは河原で倒れたことだ。
 その話をした時、水緒は何も言わなかった。
 ああいうことは何度もあったから本当にあれが水緒と知り合う直前だったのかどうかは知りようがない。
 ただ、どちらにしろ意識を失った直後に知り合ったというなら、水緒は恩に着せないように黙っていただけで流が倒れているところを助けてくれたのではないだろうか。

「とにかく、あの話は白紙に戻す」
 桐崎がそう言った。

 あの話……?

「え、おじ様、それは……!?」
「流は覚えてないんだ。それを流に無理強いするのか?」
 桐崎がそう言うと水緒が廊下を走っていく足音が聞こえた。

 それから桐崎が近付いてくる音がしたかと思うと、
「流、ちょっと良いか」
 と部屋の前の廊下から声を掛けてきた。
「なんだ?」

 流が襖を開けると「こっちへ」と言われて書斎に連れていかれた。
 目の前に、難しそうなことが書かれた本が出される。

「どの程度覚えている?」
「なんにも」
「では最初からやり直しだ」
「やらないといけないのか?」
「ここで暮らしていくならそうだ」
 つまり勉強するか出ていくかのどちらかと言うことだ。

「勉学だけではない。人間の決まりを覚えて守ってもらう。人間としてここで生活するか、なんの束縛もない暮らしかどちらかを選びなさい」
「……決まりって言うのは今日水緒に教えてもらったような事か?」
「それは暮らし方だろう。そうではなく人間の決まりだ」
「例えば?」
「ここで暮らすなら、それがしを師匠と呼び、剣術の稽古をして武士としての礼儀作法も身に着けること」
 なんだか色々面倒臭そうだ。

「あんた……」
「師匠だ」
「……保科とか言う鬼が化物討伐を生業にしてるって言ってたが」
「そうだ」
「なら、ここにいれば鬼に襲われることがないのか?」
「この屋敷は結界が張ってあるから中にいる限りはそうだが、ここで暮らすなら化物討伐の手伝いをしてもらうから全く戦わないというわけにはいかぬぞ」
「けど寝てる時に襲われる心配はないんだな?」
「そうだ」
「飯は?」
「無論、食わせる」
 流は考え込んだ。

 ここなら何かの気配を感じる度に身を隠す必要はない。
 鬼に警戒しながら兎や雉を探し回らなくてもすむ。
 勉強や稽古がどの程度なのかにもよるが、とりあえず試してみて山の暮らしの方がマシだと思ったら出ていけば良い。
 流はそう考えて桐崎の指示通りに本を開いた。

「ではここから……」
 桐崎の説明を聞いても全く理解出来ない。
「分かったか?」
「さっぱり」
「この部分は知っていただろう」
「いや、知らない」
「つまりここまでは他の誰かに教わっていたと言うことだな」
 桐崎にどこからなら分かるのか訊ねられて本の内容は全く知らないというともっと易しい本を探しに行った。
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