ひとすじの想い

月夜野 すみれ

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第一章

第一章 第八話

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「水緒はなんで外に出たんだ?」
 流は振り返って水緒を見た。
「流ちゃんが大変だから来てくれっていう保科さんの声が聞こえたの。それで慌てて外に出たら、あの……」
 水緒は「鬼」という言葉を飲み込んだ。
 保科から「鬼」は蔑称だと聞いたからだろう。
「そうか。もうだまされるなよ」
 とは言ったものの水緒のことだから、流か保科の声音で「助けてくれ」と言われたら出てしまうだろう。

「江戸へ行ってみませんか?」
 いつまでここにいるのか、と言う流の問いに、意外な答えが返ってきた。
「江戸? なんで?」
「その娘の親戚を捜すのでしょう」

 そういえばそうだった。

「私の親戚? でも、お母さんは死んだし、お父さんがいるって話も……」
「捜せばどこかに親戚がいるはずです。供部を最可族の村に連れて行くわけにはいかないでしょう」
 確かに狼の群れの中に兎を連れていくようなものだ。
「しばらくは最可族の村へは帰れそうにありませんし」
 まだ流を受け入れる準備が出来ていないというのだ。
 どんな準備かは知らないが。
「ですから、その間にその娘の親戚を捜しましょう」
 と言っても明日いきなり出掛ける、と言うわけにもいかないので、二、三日中に、と言うことになった。

 翌日、川で魚を獲っていると男女の二人組が近付いてきた。

 こいつら鬼だ!

「小僧、おぬし、最可族か?」
「何か用か」
「ここらで最可族が供部を飼ってると聞いたのでな」
 水緒を狙ってきたのか!
「全部横取りしようとは言わねぇ。腕一本くらいは残してやるから素直に出しな」
「ふざけるな!」
 魚を放り出すと男に突っ込んでいった。

 腕を振り下ろす前に男に腹を蹴り上げられた。
 足の爪で腹が大きく切り裂かれた。

「ぐっ!」
 流が地面に転がったところに女が待っていた。
「さっさと渡さないからだよ」
 女は流の腹を爪で突き刺した。
「くそ!」
 流は腹を刺されながらも腕を振り上げて女の顔に切りつけた。
「っ! このクソガキが!」
 女が爪を振り下ろすのを転がってける。
 しかし男が待ち受けていて脇腹を思い切り蹴り上げられた。
 足の爪が流の脇腹を切り裂く。
 また転がされ、そこにいた女に蹴られて背中が裂けた。
 もう流は身体中血まみれだった。

「死にな!」
 女が流の首目掛けて爪を振り下ろそうとした時、
「ぎゃ!」
 どこからか飛んできた矢が女の額を貫いた。
「ぐわ!」
 続いて男の鬼の胸に矢が突き刺さった。
 倒れた二人の鬼に保科が駆け寄ってくると刀で首を切り落とす。

「流様!」
「ほ、しな……水緒……あいつら……」
 流は何とか声を絞り出した。
「話さないで下さい。今、家に……」
「あいつ、ら……み、水緒を……狙っ……」
「あの娘なら家にいます」
 保科が言い終える前に流の意識は途切れた。

「流ちゃん!」
 その声に流の意識が戻った。
 保科に抱えられて入ってきた流を見て水緒が声を上げたのだ。
 水緒が慌てて引いた布団に保科が流を横たえた。
「流ちゃん……」
 水緒が心配そうな顔で流を覗き込む。
 大丈夫だ、と言ったつもりだったが、声になっていなかったようだ。

 水緒の無事な姿を見て安心した流が目を瞑り、そのまま眠ろうとした時、
「水緒さん、薬草を採りに行くので手伝ってもらえませんか?」
 保科の声が聞こえた。
「はい」

 薬草……?

 流が薄目を開けて見ると保科の後を水緒がいていくところだった。
 何か変だ。
 遠退とおのきそうになる意識を無理矢理引き戻して必死で考えた。
 戸を開けようとしている保科とその後ろにいる水緒。
 二人とも手ぶらだ。

 保科に持てないほどの量の薬草をりに行くのに、なんで二人とも籠を持ってないんだ?

 保科が水緒を見下ろした。

 あの目付き、どこかで……。

 息が苦しい。
 傷が熱い。

〝この娘を食べれば傷などすぐに……〟
 食べれば……?
 そうだ!

 以前鬼が水緒を見た目付きだ。

「保科……」
 痛みをこらえて出来る限り大きな声で言ったつもりだったが蚊の鳴くような声しか出なかった。
「あ、保科さん、流ちゃんが呼んでますよ」
 水緒が気付いて保科に声を掛けた。
「気のせいですよ」
「ほ、しな……ここ、へ…………」
 今度はさっきより大きな声を絞り出した。
「流様」
 保科が顔をしかめる。
 一瞬逡巡した後、保科がやってきた。

「流様、安静になさっていて下さい。今、薬を……」
「私、流ちゃんに付いてましょうか?」
 流の枕元にやってきた水緒が保科を見上げて訊ねた。
「それは……」
 保科が言い淀む。
 やはり薬というのは水緒のことだ。

「ほし、な」
 流は保科を見上げた。
「こ、こから……出、てい、け」
「流ちゃん!?」
「それは……流様……」
 保科は何故そう言われたのか察したらしい。
「俺が、お前……の、たた、り名……を、言っ、たら……お、前は、死、ぬか……」
「無論です」
「お、れに……それ、を、たし、かめ……させ……るな」
 そこまで言うと、大きく息をいた。
 息が苦しい。
 気が遠くなりそうだ。
 でも、ここで意識を手放したら二度と水緒に会えなくなる。
「流様」
「出て、いけ……」
「……畏まりました」
 保科は黙って戸口に向かった。

「保科さん! 流ちゃん、保科さん、ホントに行っちゃうよ!」
 水緒が流を覗き込んで言った。
「保科さ……」
 引き止めようとした水緒の手を掴む。
「流ちゃん?」
 水緒が振り返った。
 流は握った手に力を込めた。
「流ちゃん」
 水緒は座り直すと自分を掴んでいる流の手に、もう一方の手を重ねた。
 水緒の温かい手の感触に流はようやく安心して意識を手放した。

 次に流が目を覚ますと水緒が自分に寄り添うようにして眠っていた。
 手は握ったままだ。
 水緒に自分に掛けられているきを掛けてやろうとしたが、それは流の血を吸って赤黒く、ごわごわになっていた。
 流が動いたことで水緒が目を覚ました。

「流ちゃん……、傷の具合はどう?」
 目をこすりこすり訊ねた。
「もう少し寝てれば治る」
「良かった」
 水緒が安心したように微笑んだ。
 そのとき水緒の腹が鳴った。
 水緒の頬が赤くなる。
 流は水緒の手を離した。

「腹減った。まだ米あるんだろ。飯、作ってくれ」
「うん」
 水緒はすぐに立ち上がった。
 しばらくすると水緒が粥を持ってきた。
 何も入っていない粥だったが、水緒が無事だったからこそ作れたものだと思うと旨かった。

「お米、もうすぐ無くなっちゃうよ」
 水緒が言った。
「ここを出よう」
 保科が置いていった地図を見ながら言った。
 水緒のことは鬼達の間に知れ渡ってしまったようだ。
 今後は流を狙う最可族の他に、供部である水緒を狙う鬼達まで次々にやってくるだろう。
 これ以上ここにいるのは危険だ。

「ここにいたら駄目なの?」
「鬼に俺達の居場所を知られた。これ以上ここにいるのは危ない」
「行く当てはあるの?」
「無い。川に沿って道があるから、それに沿って行ってみよう」
「うん。分かった」
 水緒は素直に頷いた。
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