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第一章
第一章 第二話
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「流ちゃん、ただいま」
水緒が障子を開けて入ってきた。
「ああ」
「お腹減ったでしょ。今、夕餉の支度するね」
そう言って竈の方へ向かおうとした水緒に雉を差し出した。
「これ……」
水緒は雉を見て言葉を失ったようだ。
「夕餉の足しにしてくれ」
「うん、ありがと」
水緒は微笑んだ。
「どうお料理すればいいか分からないから、おばさんに聞いてくるね」
水緒は雉を受け取ると外へ出ていった。
そうか……。
流はいつもそのまま喰っていたから料理の仕方までは気が回らなかった。
何気なく戸口でその後ろ姿を見ていた。
村の中で襲われるようなことはないだろうが、もう逢魔が時だ。
もっとも、この村は何故か化け物の気配を感じなかった。
結界が張ってあるのだろうか……。
だが張ってあったら自分はここに入れないはずだ。
水緒は近くの家の障子を開けて雉を見せた。
近くと言っても結構離れているのだが流の耳には水緒達のやりとりが聞こえた。
「おばさん、これ、どうやって料理すれば……」
「雉かい。気が利くじゃないか。貰っとくよ」
「えっ!? あの、それは……」
おろおろしているうちに障子は閉まり水緒は外に取り残された。
水緒はその場に突っ立って閉まった障子を見ている。
呆然としているようだ。
流の方も呆気に取られていた。
まさか横取りされてしまうとは思わなかった。
しばらくして水緒は肩を落として戻ってきた。
「流ちゃん、ごめんなさい。あの雉……」
「見てた。気にするな」
明日は魚を獲ってこよう。
魚なら焼くだけのはずだ。
「あのね、今朝よりも沢山、草摘んできたの。蓬もあったんだよ」
水緒はそう言って籠一杯の草を見せた。
「今から夕餉作るから、ちょっと待っててね」
前日の反省から流は川で魚を二匹獲ってきた。
「すごい! 大きなお魚だね! これなら焼けばいいだけだよね。今から夕餉作るね」
水緒はそう言って竈の前に立った。
流と水緒は向かい合って座っていた。
二人の間の床に、草で嵩を増やした粥と大きな葉に載せた二匹の焼き魚が置かれている。
皿が無かったので魚が載るくらい大きな葉を取ってきたのだ。
「すごいね。おかず付きのご飯なんて初めて」
水緒は無邪気に喜んでいる。
こんな風に喜んでくれるなら魚を獲ってきた甲斐があった。
自分がしたことで誰かが嬉しそうな表情をしているのを見たのは大分前だ。
流が木の実やキノコなどを採って持っていくと母がこんな風に喜んでくれていた気がする。
あれは一体どれだけ昔のことなのだろうか。
流はいつしか水緒との生活に馴染んでいた。
水緒はまだ子供なのに流を気遣い、思いやりのある言葉を掛けてくれる。
流に向けてくれる優しい笑顔を見るだけで心が安まった。
まだ幼い頃、母と一緒に暮らしていたときはこんな感じだったのかもしれない。
鬼に襲われることもなく屋根の下で安心して眠れる、そんな生活を母と一緒の時はしていたような気がする。
いつから、何故、自分は一人になったのか、流は覚えてない。
あるのは母との思い出の断片だけだ。
今までは常に山の中で襲われないように警戒し、鬼と戦いながら生きてきた。
再びこんな穏やかな暮らしが出来るとは思わなかった。
ずっとこんな風に二人で静かに生きていけたらいいのに……。
流は鬼を襲う気はない。
向こうから仕掛けてこなければ戦う必要などないのだ。
そんな時、その男は来た。
いつものように川で魚を獲っていると、
「流様!」
男が駆け寄ってきた。
こいつ鬼だ!
小綺麗な着物を着て烏帽子を被っているが間違いなく鬼だった。
「覚えておいでですか? あなたの父上に仕えております、保科です」
「俺の……父?」
父親の記憶などない。
勿論この鬼のことも。
「流様はお小さかったのですから無理はございません。私はあなたの父上に仕える者です」
「…………」
「これからは私がお守りします。どうかご安心下さい」
そうは言われても簡単に信じるわけにはいかない。
水緒は人間だから絶対に危害を加えられる心配はない。
そもそも水緒は誰かを傷付けるなんて考えたこともないだろうが。
だが、こいつは大人の鬼だ。
自分より大きく強い。
のこのこ随いていって襲われたらシャレにならない。
だが断ったら?
村が襲われるかもしれない。
他の人間はどうでもいいが水緒を殺させるわけにはいかない。
「分かった。でも明日まで待ってくれ」
黙って出てきてしまったら水緒は食事をしないで流の帰りを待ってしまうだろう。
疲れ切っている水緒にそんなことはさせられない。
「畏まりました」
そう答えた保科を置いて村に向かった。
その日の夕餉時、
「水緒」
流は水緒に声を掛けた。
食べている最中の水緒は顔を上げて、何? と言うように小首を傾げた。
「明日、出ていく」
水緒が驚いたように目を見張った。
「知り合いが迎えに来たんだ」
何か言わなくてはいけないような気がして、そう付け加えた。
「そう。残念だけど、仕方ないね。流ちゃんと一緒にいられて楽しかった」
水緒は引き留めようとはしなかった。
悲しそうではあったが諦めるのに慣れた表情で微笑んだ。
その顔を見て胸が痛んだ。
しかし、いつまでも居るわけにはいかない。
たとえあの鬼――保科が敵でなくて襲ってきたりしないとしても他の鬼が襲ってくる。
村にいるときに襲われたら水緒も巻き添えを食ってしまう。
だから鬼が襲ってくる前に出て行かなければならないのだ。
仕方ない……。
流も諦めるしかないのだ。
水緒が障子を開けて入ってきた。
「ああ」
「お腹減ったでしょ。今、夕餉の支度するね」
そう言って竈の方へ向かおうとした水緒に雉を差し出した。
「これ……」
水緒は雉を見て言葉を失ったようだ。
「夕餉の足しにしてくれ」
「うん、ありがと」
水緒は微笑んだ。
「どうお料理すればいいか分からないから、おばさんに聞いてくるね」
水緒は雉を受け取ると外へ出ていった。
そうか……。
流はいつもそのまま喰っていたから料理の仕方までは気が回らなかった。
何気なく戸口でその後ろ姿を見ていた。
村の中で襲われるようなことはないだろうが、もう逢魔が時だ。
もっとも、この村は何故か化け物の気配を感じなかった。
結界が張ってあるのだろうか……。
だが張ってあったら自分はここに入れないはずだ。
水緒は近くの家の障子を開けて雉を見せた。
近くと言っても結構離れているのだが流の耳には水緒達のやりとりが聞こえた。
「おばさん、これ、どうやって料理すれば……」
「雉かい。気が利くじゃないか。貰っとくよ」
「えっ!? あの、それは……」
おろおろしているうちに障子は閉まり水緒は外に取り残された。
水緒はその場に突っ立って閉まった障子を見ている。
呆然としているようだ。
流の方も呆気に取られていた。
まさか横取りされてしまうとは思わなかった。
しばらくして水緒は肩を落として戻ってきた。
「流ちゃん、ごめんなさい。あの雉……」
「見てた。気にするな」
明日は魚を獲ってこよう。
魚なら焼くだけのはずだ。
「あのね、今朝よりも沢山、草摘んできたの。蓬もあったんだよ」
水緒はそう言って籠一杯の草を見せた。
「今から夕餉作るから、ちょっと待っててね」
前日の反省から流は川で魚を二匹獲ってきた。
「すごい! 大きなお魚だね! これなら焼けばいいだけだよね。今から夕餉作るね」
水緒はそう言って竈の前に立った。
流と水緒は向かい合って座っていた。
二人の間の床に、草で嵩を増やした粥と大きな葉に載せた二匹の焼き魚が置かれている。
皿が無かったので魚が載るくらい大きな葉を取ってきたのだ。
「すごいね。おかず付きのご飯なんて初めて」
水緒は無邪気に喜んでいる。
こんな風に喜んでくれるなら魚を獲ってきた甲斐があった。
自分がしたことで誰かが嬉しそうな表情をしているのを見たのは大分前だ。
流が木の実やキノコなどを採って持っていくと母がこんな風に喜んでくれていた気がする。
あれは一体どれだけ昔のことなのだろうか。
流はいつしか水緒との生活に馴染んでいた。
水緒はまだ子供なのに流を気遣い、思いやりのある言葉を掛けてくれる。
流に向けてくれる優しい笑顔を見るだけで心が安まった。
まだ幼い頃、母と一緒に暮らしていたときはこんな感じだったのかもしれない。
鬼に襲われることもなく屋根の下で安心して眠れる、そんな生活を母と一緒の時はしていたような気がする。
いつから、何故、自分は一人になったのか、流は覚えてない。
あるのは母との思い出の断片だけだ。
今までは常に山の中で襲われないように警戒し、鬼と戦いながら生きてきた。
再びこんな穏やかな暮らしが出来るとは思わなかった。
ずっとこんな風に二人で静かに生きていけたらいいのに……。
流は鬼を襲う気はない。
向こうから仕掛けてこなければ戦う必要などないのだ。
そんな時、その男は来た。
いつものように川で魚を獲っていると、
「流様!」
男が駆け寄ってきた。
こいつ鬼だ!
小綺麗な着物を着て烏帽子を被っているが間違いなく鬼だった。
「覚えておいでですか? あなたの父上に仕えております、保科です」
「俺の……父?」
父親の記憶などない。
勿論この鬼のことも。
「流様はお小さかったのですから無理はございません。私はあなたの父上に仕える者です」
「…………」
「これからは私がお守りします。どうかご安心下さい」
そうは言われても簡単に信じるわけにはいかない。
水緒は人間だから絶対に危害を加えられる心配はない。
そもそも水緒は誰かを傷付けるなんて考えたこともないだろうが。
だが、こいつは大人の鬼だ。
自分より大きく強い。
のこのこ随いていって襲われたらシャレにならない。
だが断ったら?
村が襲われるかもしれない。
他の人間はどうでもいいが水緒を殺させるわけにはいかない。
「分かった。でも明日まで待ってくれ」
黙って出てきてしまったら水緒は食事をしないで流の帰りを待ってしまうだろう。
疲れ切っている水緒にそんなことはさせられない。
「畏まりました」
そう答えた保科を置いて村に向かった。
その日の夕餉時、
「水緒」
流は水緒に声を掛けた。
食べている最中の水緒は顔を上げて、何? と言うように小首を傾げた。
「明日、出ていく」
水緒が驚いたように目を見張った。
「知り合いが迎えに来たんだ」
何か言わなくてはいけないような気がして、そう付け加えた。
「そう。残念だけど、仕方ないね。流ちゃんと一緒にいられて楽しかった」
水緒は引き留めようとはしなかった。
悲しそうではあったが諦めるのに慣れた表情で微笑んだ。
その顔を見て胸が痛んだ。
しかし、いつまでも居るわけにはいかない。
たとえあの鬼――保科が敵でなくて襲ってきたりしないとしても他の鬼が襲ってくる。
村にいるときに襲われたら水緒も巻き添えを食ってしまう。
だから鬼が襲ってくる前に出て行かなければならないのだ。
仕方ない……。
流も諦めるしかないのだ。
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