花のように

月夜野 すみれ

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第三章 花香

第三話

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 歌舞伎町へ行った数日後の朝。

「失礼します。桜井警部補、お客様です」
 立花が刑事部屋に入ってきた。
 後から花耶と、もう一人の女の子が入ってきた。
「花耶ちゃん、どうした?」
「紘兄、彼女の話聞いてあげて」
「えっと……」
 紘彬は女の子に目を向けた。女の子と言っても花耶と同い年くらいだ。

「伊藤妙子です」
 伊藤は頭を下げた。つられて紘彬も頭を下げた。
「話って?」
「落合で女子大生が襲われた事件があったでしょ」
 花耶が言った。
「あれならもう容疑者を……」
「違うんです! 田之倉君はそんなことしてません! 私、知ってるんです!」
 伊藤は身を乗り出し、勢い込んで言った。
「桜井、とりあえず座ってもらえ」
 そばで聞いていた団藤が言った。

 紘彬は刑事部屋の隅にある、くたびれたソファに花耶と伊藤を案内した。
 如月が気を利かせてお茶を入れてくれた。

 伊藤が言っているのは落合のマンションで起きた殺人未遂事件のことだ。
 麻生真理という女子大生が自宅のマンションで、何者かに花瓶で頭を殴られて意識不明の重体になっていた。
 容疑者は田之倉誠一。
 事件の前日は麻生の誕生日だった。
 美人で男性にモテていた麻生は、数人の男子大学生からブランド物のバッグをプレゼントされた。
 あらかじめ何が欲しいか言ってあったので、みんな同じ物を持ってきた。
 麻生は貰った物を一個だけ残して後は質屋に持ち込んだ。
 そこで田之倉が渡した物が偽物だと判明したのだ。
 麻生は大学で、それも公衆の面前で、偽物を渡したと言って非難し、田之倉に恥をかかせた。
 それが動機と言うことで田之倉を容疑者として逮捕した。
 麻生は妊娠していたが流産した。
 どうやら犯人は流産させるために腹を蹴ったらしい。
 今は付き合っていた男の子供かどうかDNA鑑定をしているところだ。

「でも、田之倉君はやってません!」
 伊藤は紘彬を睨むように見つめて言った。
「そう思う理由は?」
「やってない」だけではどうしようもない。
 それで釈放されるならみんな誰かに頼んで「やってない」と言ってもらうだろう。
「田之倉君が渡したのは本物です! 私、一緒に買いに行ったから知ってるんです! ちゃんとヴィトンのショップで買いました!」
「でも、偽物のバッグには田之倉のバースディカードが入っていたから、麻生さんも彼からのものだって思ったんだよね? なんで偽物のバッグに田之倉のカードが入ってたの?」
「それは……私にもどうしてかは分かりません」
 伊藤は困ったような顔で首を振った。
「でも、麻生さんが田之倉君を家に上げるわけないんです。いつも何かに利用したいときだけいい顔をして、陰では馬鹿にしてましたから」

 確かにそういう男はいる。
 相手にされてないのに、気を引こうと必死になって女の言うことをなんでも聞くのだ。
 田之倉自身、麻生に気に入られようとして、服装なども無理して頑張っちゃった感漂うブランド服を着ていた。
 麻生真理のやっていたことも嫌らしい。
 みんなに同じ物をねだったと言うことは、最初から売るつもりだったのだろう。
 近寄ってくる男達にいい顔をして高い物をねだる。
 誕生日やクリスマスにはいつも高級ブランド品を取り巻きから献上されていた。
 女子学生達からは顰蹙を買っていたようだが気にしていなかったようだ。

「その麻生って子、付き合ってる人がいたんでしょ。その人には話聞いたの?」
 花耶が訊ねた。
「勿論、聞いたよ」
 付き合っている男がいるのに、他の男達に気を持たせるような態度を取っていたのだから普通なら怒って当然だろう。
 それに、子供の父親だとしたら、結婚か、堕胎費用を出すように迫られて殺そうとしたとも考えられる。
 だから真っ先に話を聞いた。
 しかし、その時間にはアリバイがあった。

「私、田之倉君と午後四時から六時まで一緒だったんです。アリバイになりませんか?」
 紘彬は如月の方にちらっと視線を向けた。
 如月は自分の机に座ってパソコン画面を見ながら話を聞いていた。
 紘彬に頷いてみせる。

 麻生が襲われたのは午後五時半頃だ。
 麻生は午後五時頃マンションの部屋に入っていくのを見られていた。
 そして、午後六時に遊びに来た友達に意識を失って倒れているのを発見された。
 隣の住人が五時半頃に何かが壊れるような物音を聞いている。
 現場には割れた花瓶の破片が散乱していた。
 そうしたことから午後五時半頃に襲われたという線が濃厚だが、そのことはまだ発表されてない。

「一緒にいたってどういうこと?」
「田之倉君、すごく落ち込んでて……。麻生さんにレシートを見せて、ちゃんとしたショップで買ったって言ったら逆ギレされて、自分を嘘つき呼ばわりするのかって怒鳴られて……」
 最後の捨て台詞が、レシートを取っておくなんてみみっちぃ男、だったそうだ。

 しょうもない女だな。

 紘彬は首を振った。

「田之倉君、大学からの帰り道で歩道橋の上から道路を見下ろしてたんです」
 今にも飛び降りそうな表情の田之倉に声を掛けた伊藤は、何とか宥めすかして近くの公園に連れて行った。
 そこで話を聞き、慰めていたのだ。
「田之倉君は六時半からバイトだったから、六時に別れました。あのバッグを買うのにバイト増やしたんです」
 それが本当ならアリバイがあったことになる。

「あんなに一所懸命働いて買ったのに売るなんてひどい」
 伊藤はそう言うとハンカチで目を覆った。
 花耶が慰めるように伊藤の肩を抱いた。
「しかし、田之倉はそのことを何も言ってなかったけど……」
「分かってます。私のところに刑事さんが話を聞きに来なかったから、きっと話してないんだろうなって思って……」

 優しい田之倉のことだから、自分に迷惑をかけないように言っていないのだと思った。
 だから自分から話しに来たのだと答えた。
 紘彬は、ちゃんと調べるから、と言って花耶と伊藤を帰した。

「如月、まだ帰らないのか?」
 退勤時間になってもパソコンに向かっている如月に声をかけた。
「ちょっと麻生真理の事件の調書、見直してみます」
「それじゃあな」
「お疲れ様でした」
 紘彬は如月の声に送られて出て行った。

 如月が紘彬の家――正確には紘一の家だが――に行くのは週三回程度である。
 今日は紘彬が柔道の稽古に行くので如月は一人で帰る。
 如月は事件の調書や麻生の検死結果などを詳しく見直してみたが、やはり今の時点では田之倉以外怪しい人物は見当たらなかった。
 如月はパソコンの電源を落とすと刑事部屋を出て玄関へ向かった。

「如月巡査部長、今お帰りですか?」
 玄関で私服姿の立花とばったり会った。
「立花巡査も?」
「はい。今日は桜井警部補はご一緒じゃないんですか?」
「うん、桜井さん、今日は柔道の稽古の日」
「じゃあ、良かったら一緒に飲みに行きませんか?」
「え?」
 如月はその言葉にどきっとした。
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