19 / 46
第三章
第三章 第八話
しおりを挟む
「武蔵野と会ったらしばらく立ち話しててくれ」
高樹が言った。
「分かった」
俺がそう返事をすると高樹は手を振って脇道に入っていった。
俺達の後を視線の主も随いてくる。
何度こっそり振り返っても視線の主は突き止められない。
高校生でこれだけ尾行が上手ければ、卒業したらすぐに探偵になれるのではないだろうか。
と、その時、不意に嫌な考えが浮かんでしまった。
普通の高校生ならいいが、まさか化生に目を付けられたんじゃないだろうな。
祖母ちゃんと高樹が身方だからそう簡単に殺される事はないと思うが化生に付け狙われるなど冗談ではない。
中央公園でいつものように祖母ちゃんと合流した。
「高樹に、しばらく立ち話しててくれって頼まれてるんだ」
「そう。繊月丸、学校はどうだった?」
祖母ちゃん繊月丸に訊ねた。
「楽しかった」
「そう言えばあの女の子、名前なんて言うんだ?」
「東雲」
繊月丸の答えでようやくあの女の子の名前が分かった。
学校では話し掛けることが出来ないので名前を知らなかったのだ。
「女の子って?」
雪桜に聞かれた。
「学校にいる白い着物を着た女の子だよ」
「繊月丸と同い年くらいに見えるね」
俺と秀が答える。
「そんな女の子がいたんだ」
そういえば雪桜には見えないんだったな……。
祖母ちゃんは姿を見せているし、見えない場合でも話を信じてくれるから、つい忘れがちだ。
俺達はとりとめのない話をして時間を潰した。
やがて高樹がやってきた。
「すまん、取り逃がした」
どうやら視線の主を捕まえに行っていたらしい。
「どんな人だった?」
秀が訊ねた。
「割と可愛い女子だった」
〝女子〟という言葉を聞いて初めて男子の可能性があったと言う事に気付いた。
そうか、男だったかもしれないのか……。
その点は喜んでいいのか?
「孝司、良かったね。可愛いって」
秀が言った。
「俺に好意を持っててくれるなら嬉しいけどな。恨みを買ってるとしたら……」
「可愛い女の子の恨みを買うようなことしてないでしょ」
秀が笑った。
遠回しに俺が可愛い女の子と関わるようなことはないと言ってるのだろうか……。
いや、秀は皮肉を言ったりしない。
「ふぅん、やっぱり可愛い子が好きなんだ」
雪桜の口調は心なしか冷ややかだった。
誤解だ、雪桜。
お前も可愛い。
そう言いたかったが言葉には出せなかった。
「ぱっと見は普通の人間だったぞ」
「お前から逃げ切れたってだけで普通の人間じゃないような気がするが……」
ますます化生の疑いが濃厚になる。
祖母ちゃんだって女だけど化生でもある。
視線の主が、可愛い少女の化生で俺を恨んでいるという可能性もあるのだ。
「きっと心配ないよ」
秀が慰めるように言った。
しかし恨まれてるのか好意を持たれてるのか分からない限り、可愛いからと言って単純には喜べない。
いや、それ以前に俺には雪桜がいる。
それでも可愛い女の子に好意を持たれているかもしれないと思うと少し期待してしまう……。
その時、向こうから歩いてきた妖奇征討軍の二人と目があった。
二人の着物は所々破れ、擦り傷だらけで泥塗れ、片方の肩には大きな血の染みが付いていた。
「上野の鬼を退治してきたぞ」
「見えないのにどうやったんだ?」
「捕まったら見えた」
「そうか」
二人は俺が何か言うのを待っているようだった。
褒めてもらえると思っていたなら失望することになったな。
「神社で怪しい儀式したのはお前らだろ」
「な、なんのことだ」
「ぎ、儀式ってなんだ?」
しらばっくれているが動揺しているところを見るとこいつらがやったことに間違いはないようだ。
「お前らの姉さんが儀式跡を浄化したぞ」
「え! 姉さんが!」
「余計なことを……あ、いや……」
俺達の冷たい視線に耐えかねたのか妖奇征討軍は逃げるように去っていった。
一旦家に帰った俺は、鞄を置いて私服に着替えると祖母ちゃんがいる神社へ向かった。
境内に綺麗なキツネがいた。
俺は思わずキツネを凝視した。
本物のキツネを生で見たのは初めてかもしれない。
この前、新宿駅にタヌキが現れてニュースになってたがキツネもいるんだな……。
確か、サルも新宿駅付近に出たことがあるから新宿には昔話に出てくる動物は一通りいるようだ。
いないのはシカとイノシシくらいか……?
などと考えていると目の前でキツネは祖母ちゃん――武蔵野綾――に化けた。
「ホントに狐だったのか!?」
俺は今更ながらに驚いた。
「孝司、どうかしたの?」
「秀から聞いてきたから」
「なんて言ってた?」
「気を遣わなくていいってさ。だから特にないようだ」
「そう。有難う」
俺は伝えるべき事を伝えると、家に戻った。
深夜、目が覚めるとミケの側に小早川が座っていた。
俺は恐怖を押し殺して起き上がると小早川の前に立った。
「小早川、ミケはうちで大切に飼う。だから安心して成仏してくれ。ミケって名前が気に入らないなら本当の名前を教えてくれればその名前で呼ぶよ」
俺がそう言うと小早川は微笑んで立ち上がり一礼して消えた。
ミケが心配だっただけなのか?
ていうか人間の方が動物の守護霊になることがあるのか……。
気付くとミケが俺の方を見ていた。
『今あやがいたの?』
「ああ」
ミケには見えなかったのか?
『あや! どこにいるの! あや! あや!』
ミケが大声であやの名前を叫び始めた。
「おい、静かにしろ! 何時だと思ってるんだ!」
『あや! あや!』
「静かにしろって! 痛っ!」
俺がミケを黙らせようと手を伸ばしたら引っ掻かれてしまった。
「孝司! なに騒いでるの!」
勢いよくドアが開いたかと思うと姉ちゃんが怒鳴り付けてきた。
「ミケが鳴いてるんだよ」
『あや! あや! あや!』
「お前がいじめたのね!」
「誤解だ!」
「うるさい!」
姉ちゃんは俺をげんこつで殴るとミケを抱き上げてあやし始めた。
「いい子ね。もう大丈夫よ。誰もいじめたりしないからね」
『あや! あや!』
「いい子、いい子。さぁ、寝ましょうね」
姉ちゃんは、俺が小さかった頃でさえ向けてくれたことのないような優しい声でミケを宥めながら部屋へ連れていった。
ミケは夜が明けるまで小早川の名前を呼び続けていた。
猫って言うのは家につくものじゃなかったのか?
人につくのは犬の方だと思ってたが……。
高樹が言った。
「分かった」
俺がそう返事をすると高樹は手を振って脇道に入っていった。
俺達の後を視線の主も随いてくる。
何度こっそり振り返っても視線の主は突き止められない。
高校生でこれだけ尾行が上手ければ、卒業したらすぐに探偵になれるのではないだろうか。
と、その時、不意に嫌な考えが浮かんでしまった。
普通の高校生ならいいが、まさか化生に目を付けられたんじゃないだろうな。
祖母ちゃんと高樹が身方だからそう簡単に殺される事はないと思うが化生に付け狙われるなど冗談ではない。
中央公園でいつものように祖母ちゃんと合流した。
「高樹に、しばらく立ち話しててくれって頼まれてるんだ」
「そう。繊月丸、学校はどうだった?」
祖母ちゃん繊月丸に訊ねた。
「楽しかった」
「そう言えばあの女の子、名前なんて言うんだ?」
「東雲」
繊月丸の答えでようやくあの女の子の名前が分かった。
学校では話し掛けることが出来ないので名前を知らなかったのだ。
「女の子って?」
雪桜に聞かれた。
「学校にいる白い着物を着た女の子だよ」
「繊月丸と同い年くらいに見えるね」
俺と秀が答える。
「そんな女の子がいたんだ」
そういえば雪桜には見えないんだったな……。
祖母ちゃんは姿を見せているし、見えない場合でも話を信じてくれるから、つい忘れがちだ。
俺達はとりとめのない話をして時間を潰した。
やがて高樹がやってきた。
「すまん、取り逃がした」
どうやら視線の主を捕まえに行っていたらしい。
「どんな人だった?」
秀が訊ねた。
「割と可愛い女子だった」
〝女子〟という言葉を聞いて初めて男子の可能性があったと言う事に気付いた。
そうか、男だったかもしれないのか……。
その点は喜んでいいのか?
「孝司、良かったね。可愛いって」
秀が言った。
「俺に好意を持っててくれるなら嬉しいけどな。恨みを買ってるとしたら……」
「可愛い女の子の恨みを買うようなことしてないでしょ」
秀が笑った。
遠回しに俺が可愛い女の子と関わるようなことはないと言ってるのだろうか……。
いや、秀は皮肉を言ったりしない。
「ふぅん、やっぱり可愛い子が好きなんだ」
雪桜の口調は心なしか冷ややかだった。
誤解だ、雪桜。
お前も可愛い。
そう言いたかったが言葉には出せなかった。
「ぱっと見は普通の人間だったぞ」
「お前から逃げ切れたってだけで普通の人間じゃないような気がするが……」
ますます化生の疑いが濃厚になる。
祖母ちゃんだって女だけど化生でもある。
視線の主が、可愛い少女の化生で俺を恨んでいるという可能性もあるのだ。
「きっと心配ないよ」
秀が慰めるように言った。
しかし恨まれてるのか好意を持たれてるのか分からない限り、可愛いからと言って単純には喜べない。
いや、それ以前に俺には雪桜がいる。
それでも可愛い女の子に好意を持たれているかもしれないと思うと少し期待してしまう……。
その時、向こうから歩いてきた妖奇征討軍の二人と目があった。
二人の着物は所々破れ、擦り傷だらけで泥塗れ、片方の肩には大きな血の染みが付いていた。
「上野の鬼を退治してきたぞ」
「見えないのにどうやったんだ?」
「捕まったら見えた」
「そうか」
二人は俺が何か言うのを待っているようだった。
褒めてもらえると思っていたなら失望することになったな。
「神社で怪しい儀式したのはお前らだろ」
「な、なんのことだ」
「ぎ、儀式ってなんだ?」
しらばっくれているが動揺しているところを見るとこいつらがやったことに間違いはないようだ。
「お前らの姉さんが儀式跡を浄化したぞ」
「え! 姉さんが!」
「余計なことを……あ、いや……」
俺達の冷たい視線に耐えかねたのか妖奇征討軍は逃げるように去っていった。
一旦家に帰った俺は、鞄を置いて私服に着替えると祖母ちゃんがいる神社へ向かった。
境内に綺麗なキツネがいた。
俺は思わずキツネを凝視した。
本物のキツネを生で見たのは初めてかもしれない。
この前、新宿駅にタヌキが現れてニュースになってたがキツネもいるんだな……。
確か、サルも新宿駅付近に出たことがあるから新宿には昔話に出てくる動物は一通りいるようだ。
いないのはシカとイノシシくらいか……?
などと考えていると目の前でキツネは祖母ちゃん――武蔵野綾――に化けた。
「ホントに狐だったのか!?」
俺は今更ながらに驚いた。
「孝司、どうかしたの?」
「秀から聞いてきたから」
「なんて言ってた?」
「気を遣わなくていいってさ。だから特にないようだ」
「そう。有難う」
俺は伝えるべき事を伝えると、家に戻った。
深夜、目が覚めるとミケの側に小早川が座っていた。
俺は恐怖を押し殺して起き上がると小早川の前に立った。
「小早川、ミケはうちで大切に飼う。だから安心して成仏してくれ。ミケって名前が気に入らないなら本当の名前を教えてくれればその名前で呼ぶよ」
俺がそう言うと小早川は微笑んで立ち上がり一礼して消えた。
ミケが心配だっただけなのか?
ていうか人間の方が動物の守護霊になることがあるのか……。
気付くとミケが俺の方を見ていた。
『今あやがいたの?』
「ああ」
ミケには見えなかったのか?
『あや! どこにいるの! あや! あや!』
ミケが大声であやの名前を叫び始めた。
「おい、静かにしろ! 何時だと思ってるんだ!」
『あや! あや!』
「静かにしろって! 痛っ!」
俺がミケを黙らせようと手を伸ばしたら引っ掻かれてしまった。
「孝司! なに騒いでるの!」
勢いよくドアが開いたかと思うと姉ちゃんが怒鳴り付けてきた。
「ミケが鳴いてるんだよ」
『あや! あや! あや!』
「お前がいじめたのね!」
「誤解だ!」
「うるさい!」
姉ちゃんは俺をげんこつで殴るとミケを抱き上げてあやし始めた。
「いい子ね。もう大丈夫よ。誰もいじめたりしないからね」
『あや! あや!』
「いい子、いい子。さぁ、寝ましょうね」
姉ちゃんは、俺が小さかった頃でさえ向けてくれたことのないような優しい声でミケを宥めながら部屋へ連れていった。
ミケは夜が明けるまで小早川の名前を呼び続けていた。
猫って言うのは家につくものじゃなかったのか?
人につくのは犬の方だと思ってたが……。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
グラティールの公爵令嬢
てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
ファンタジーランキング1位を達成しました!女主人公のゲーム異世界転生(主人公は恋愛しません)
ゲーム知識でレアアイテムをゲットしてチート無双、ざまぁ要素、島でスローライフなど、やりたい放題の異世界ライフを楽しむ。
苦戦展開ナシ。ほのぼのストーリーでストレスフリー。
錬金術要素アリ。クラフトチートで、ものづくりを楽しみます。
グルメ要素アリ。お酒、魔物肉、サバイバル飯など充実。
上述の通り、主人公は恋愛しません。途中、婚約されるシーンがありますが婚約破棄に持ち込みます。主人公のルチルは生涯にわたって独身を貫くストーリーです。
広大な異世界ワールドを旅する物語です。冒険にも出ますし、海を渡ったりもします。
もふもふ大好き家族が聖女召喚に巻き込まれる~時空神様からの気まぐれギフト・スキル『ルーム』で家族と愛犬守ります~
鐘ケ江 しのぶ
ファンタジー
第15回ファンタジー大賞、奨励賞頂きました。
投票していただいた皆さん、ありがとうございます。
励みになりましたので、感想欄は受け付けのままにします。基本的には返信しませんので、ご了承ください。
「あんたいいかげんにせんねっ」
異世界にある大国ディレナスの王子が聖女召喚を行った。呼ばれたのは聖女の称号をもつ華憐と、派手な母親と、華憐の弟と妹。テンプレートのように巻き込まれたのは、聖女華憐に散々迷惑をかけられてきた、水澤一家。
ディレナスの大臣の1人が申し訳ないからと、世話をしてくれるが、絶対にあの華憐が何かやらかすに決まっている。一番の被害者である水澤家長女優衣には、新種のスキルが異世界転移特典のようにあった。『ルーム』だ。
一緒に巻き込まれた両親と弟にもそれぞれスキルがあるが、優衣のスキルだけ異質に思えた。だが、当人はこれでどうにかして、家族と溺愛している愛犬花を守れないかと思う。
まずは、聖女となった華憐から逃げることだ。
聖女召喚に巻き込まれた4人家族+愛犬の、のんびりで、もふもふな生活のつもりが……………
ゆるっと設定、方言がちらほら出ますので、読みにくい解釈しにくい箇所があるかと思いますが、ご了承頂けたら幸いです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
川の者への土産
関シラズ
ファンタジー
須川を守る河童の京助はある時、川木拾いの小僧・正蔵と出会う。
正蔵は「川の者への土産」と叫びながら、橋の上から川へ何かを落とす。
川を汚そうとしていると思った京助は、正蔵を始末することを決めるが……
*
群馬県の中之条町にあった旧六合村(クニムラ)をモチーフに構想した物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる