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第三章

第三章 第八話

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「武蔵野と会ったらしばらく立ち話しててくれ」
 高樹が言った。
「分かった」
 俺がそう返事をすると高樹は手を振って脇道に入っていった。

 俺達の後を視線の主もいてくる。
 何度こっそり振り返っても視線の主は突き止められない。
 高校生でこれだけ尾行が上手ければ、卒業したらすぐに探偵になれるのではないだろうか。

 と、その時、不意に嫌な考えが浮かんでしまった。

 普通の高校生ならいいが、まさか化生に目を付けられたんじゃないだろうな。

 祖母ちゃんと高樹が身方だからそう簡単に殺される事はないと思うが化生に付け狙われるなど冗談ではない。

 中央公園でいつものように祖母ちゃんと合流した。

「高樹に、しばらく立ち話しててくれって頼まれてるんだ」
「そう。繊月丸、学校はどうだった?」
 祖母ちゃん繊月丸に訊ねた。
「楽しかった」
「そう言えばあの女の子、名前なんて言うんだ?」
東雲しののめ
 繊月丸の答えでようやくあの女の子の名前が分かった。
 学校では話し掛けることが出来ないので名前を知らなかったのだ。

「女の子って?」
 雪桜に聞かれた。
「学校にいる白い着物を着た女の子だよ」
「繊月丸と同い年くらいに見えるね」
 俺と秀が答える。
「そんな女の子がいたんだ」

 そういえば雪桜には見えないんだったな……。

 祖母ちゃんは姿を見せているし、見えない場合でも話を信じてくれるから、つい忘れがちだ。
 俺達はとりとめのない話をして時間を潰した。
 やがて高樹がやってきた。

「すまん、取りがした」
 どうやら視線の主を捕まえに行っていたらしい。
「どんな人だった?」
 秀が訊ねた。
「割と可愛い女子だった」
〝女子〟という言葉を聞いて初めて男子の可能性があったと言う事に気付いた。

 そうか、男だったかもしれないのか……。

 その点は喜んでいいのか?

「孝司、良かったね。可愛いって」
 秀が言った。
「俺に好意を持っててくれるなら嬉しいけどな。恨みを買ってるとしたら……」
「可愛い女の子の恨みを買うようなことしてないでしょ」
 秀が笑った。

 遠回しに俺が可愛い女の子と関わるようなことはないと言ってるのだろうか……。

 いや、秀は皮肉を言ったりしない。

「ふぅん、やっぱり可愛い子が好きなんだ」
 雪桜の口調は心なしか冷ややかだった。

 誤解だ、雪桜。
 お前も可愛い。

 そう言いたかったが言葉には出せなかった。

「ぱっと見は普通の人間だったぞ」
「お前から逃げ切れたってだけで普通の人間じゃないような気がするが……」
 ますます化生の疑いが濃厚になる。
 祖母ちゃんだって女だけど化生でもある。
 視線の主が、可愛い少女の化生で俺を恨んでいるという可能性もあるのだ。

「きっと心配ないよ」
 秀が慰めるように言った。
 しかし恨まれてるのか好意を持たれてるのか分からない限り、可愛いからと言って単純には喜べない。

 いや、それ以前に俺には雪桜がいる。
 それでも可愛い女の子に好意を持たれているかもしれないと思うと少し期待してしまう……。

 その時、向こうから歩いてきた妖奇征討軍の二人と目があった。
 二人の着物は所々破れ、り傷だらけで泥まみれ、片方の肩には大きな血の染みが付いていた。

「上野の鬼を退治してきたぞ」
「見えないのにどうやったんだ?」
「捕まったら見えた」
「そうか」
 二人は俺が何か言うのを待っているようだった。
 褒めてもらえると思っていたなら失望することになったな。

「神社で怪しい儀式したのはお前らだろ」
「な、なんのことだ」
「ぎ、儀式ってなんだ?」
 しらばっくれているが動揺しているところを見るとこいつらがやったことに間違いはないようだ。
「お前らの姉さんが儀式跡を浄化したぞ」
「え! 姉さんが!」
「余計なことを……あ、いや……」
 俺達の冷たい視線に耐えかねたのか妖奇征討軍は逃げるように去っていった。

 一旦家に帰った俺は、鞄を置いて私服に着替えると祖母ちゃんがいる神社へ向かった。

 境内けいだいに綺麗なキツネがいた。
 俺は思わずキツネを凝視ぎょうしした。
 本物のキツネを生で見たのは初めてかもしれない。

 この前、新宿駅にタヌキが現れてニュースになってたがキツネもいるんだな……。

 確か、サルも新宿駅付近に出たことがあるから新宿には昔話に出てくる動物は一通りいるようだ。

 いないのはシカとイノシシくらいか……?

 などと考えていると目の前でキツネは祖母ちゃん――武蔵野綾――に化けた。

「ホントに狐だったのか!?」
 俺は今更ながらに驚いた。
「孝司、どうかしたの?」
「秀から聞いてきたから」
「なんて言ってた?」
「気を遣わなくていいってさ。だから特にないようだ」
「そう。有難う」
 俺は伝えるべき事を伝えると、家に戻った。

 深夜、目が覚めるとミケの側に小早川が座っていた。
 俺は恐怖を押し殺して起き上がると小早川の前に立った。

「小早川、ミケはうちで大切に飼う。だから安心して成仏してくれ。ミケって名前が気に入らないなら本当の名前を教えてくれればその名前で呼ぶよ」
 俺がそう言うと小早川は微笑んで立ち上がり一礼して消えた。

 ミケが心配だっただけなのか?
 ていうか人間の方が動物の守護霊になることがあるのか……。

 気付くとミケが俺の方を見ていた。

『今あやがいたの?』
「ああ」

 ミケには見えなかったのか?

『あや! どこにいるの! あや! あや!』
 ミケが大声であやの名前を叫び始めた。
「おい、静かにしろ! 何時だと思ってるんだ!」
『あや! あや!』
「静かにしろって! 痛っ!」
 俺がミケを黙らせようと手を伸ばしたら引っかれてしまった。

「孝司! なに騒いでるの!」
 勢いよくドアが開いたかと思うと姉ちゃんが怒鳴り付けてきた。
「ミケが鳴いてるんだよ」
『あや! あや! あや!』
「お前がいじめたのね!」
「誤解だ!」
「うるさい!」
 姉ちゃんは俺をげんこつで殴るとミケを抱き上げてあやし始めた。
「いい子ね。もう大丈夫よ。誰もいじめたりしないからね」
『あや! あや!』
「いい子、いい子。さぁ、寝ましょうね」

 姉ちゃんは、俺が小さかった頃でさえ向けてくれたことのないような優しい声でミケをなだめながら部屋へ連れていった。
 ミケは夜が明けるまで小早川の名前を呼び続けていた。

 猫って言うのは家につくものじゃなかったのか?
 人につくのは犬の方だと思ってたが……。
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