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よろずの冒険者編
第三十二話:廃線町のファントム
しおりを挟む深夜。一匹の小さな虫が、都会の空を飛んでいく。
親指の先ほどの大きさで、実は魔力の塊でもある甲虫は、コウが狭間世界で報酬として手に入れた『夢幻甲虫』という宝具の虫型ゴーレムであった。
『そろそろ美鈴のアパートにつくよ』
――分かった。じゃあ連絡入れておくな――
『よろしくー』
京矢に交信で目的地到着を報せ、京矢から美鈴に電話で伝えてもらう。少し窓を開けておいてくれれば、直接部屋の中まで飛んでいける。
やがて美鈴のアパートに到着。開いている窓の隙間から部屋に飛び込んで装飾魔術の文字を出す。
「ヴーン」"きたよー"
「わっ、びっくりした」
京矢からの連絡を受けて、スマホ片手に荷物整理をしながらコウの来訪を待っていた美鈴は、とりあえず窓とカーテンを閉めて玄関に誘導する。
「とうちゃく!」
「いらっしゃい」
甲虫ゴーレムを消し、少年型を召喚して玄関に降り立つコウ。早速部屋に招かれたコウは、美鈴が予め選り分けておいた荷物を異次元倉庫に収納していく。
表向き、手持ちの荷物はキャリー付きの旅行鞄一つ。中身は着替えや小物類だった。
仕事道具の他、水や食料など様々な事態に備えて持って行きたい物を揃えると、大荷物になる。それらはコウに運んでもらうのだ。
「はぁ~~助かるわぁ~。もうこれだけでもコウ君が居ると全然違うわ」
「備えあれば憂いなしだね」
――ちょっと備え過多な気もするが――
コウを通じて荷物の目録を把握した京矢からは、そんなツッコミが入っていた。
それから四日後。コウと美鈴はローカル線の満員電車に揺られていた。
今回の取材旅行は、廃線が決まった駅とその田舎町の様子を記事に綴るというもの。幾つか乗り継いで山奥の町へ。
仙洞谷町。四方を山に囲まれたこの町は、高度成長期時代の発展から取り残された静かな田舎町の一つ。
立地の悪さから交通の便が改善されず、何度か町おこしも行われたが効果は得られず。再開発も断念された。
そんな仙洞谷町は今、かつてないほどの観光客で賑わっていた。
隣町と仙洞谷を結ぶ唯一の路線が廃止される事になり、この区間のみを走っていた特別車両が引退するとあって、全国から熱心な鉄道ファン――撮り鉄と呼ばれる人達が大勢押し掛けたのだ。
「もっとガラガラの電車で物静かな雰囲気の旅になる予定だったのに……」
「お祭りさわぎだね」
事前に調べておいた資料には、自然に囲まれた線路を行く一両編成の電車という情緒あふれる写真が添えられていたのだが、廃線イベントが絡んで都内の満員電車並みにギュウギュウ詰め。
この電車は特別に二両まで臨時増設して走らせているらしく、撮り鉄達が盛り上がっている。
「そろそろ着く頃ね」
「駅がみえてきたよ」
やがて目的地である仙洞谷駅に到着。
辛うじて無人ではない、こじんまりとした駅舎は、美鈴が求めていた情緒あふれる佇まいで向かえてくれた。
古い型の自動改札と発券機に、バックライトも無いシンプルな時刻表と路線図が良い雰囲気を醸し出している。
「とりあえず必要な絵だけ撮ったら、最終日までは近付かない方がいいわね」
「みんなイライラしてるみたい」
コウがこの辺りに漂う思念をざっと拾ってみた感じ、興奮と憤りの感情が渦巻いていた。
この状況を楽しむ者も厭う者もごちゃまぜ状態で、どちらも一定の不満を募らせている。トラブルに巻き込まれないよう、美鈴は手早く駅舎と改札、車両を撮影してこの場を離れる。
「三枚でいいの?」
「今回は記事がメインだからね。町の様子とか住民のインタビューに絞っていくわ」
線路の近くで撮影に励んでいる集団を尻目に、駅から町の中心へと続く小道を行くコウと美鈴。
長閑な景色の中をぞろぞろ歩く人の列。同じく町に向かっている人達の中には、カメラマンのような恰好をした若者グループの他、ちらほらと地元民らしき年配者も交じっていた。
「これ、事前にホテルの予約取れなかったのはマズいかもしれないわね」
美鈴が、仙洞谷町商店街のパンフレットを片手にそんな懸念を口にする。パンフレットには当日宿泊できるホテルの情報が載っているらしい。
が、廃線イベントで予想以上に観光客が増えている現状。部屋が取れるか怪しいそうな。
コウが異次元倉庫に預かっている美鈴の荷物の中にはキャンプ用のテントもあるので、イザとなれば野宿も可能だが。
(携帯拠点は流石につかえないよね)
コウは狭間世界で邪神・悠介に組み上げてもらった魔導技術の塊でもある携帯拠点を思い浮かべるが、普段なら即座に反応する京矢からの交信ツッコミは来ない。
京矢は既に異世界はフラキウル大陸に渡っているので、今回は地球世界でツッコミ不在状態だ。ある程度の自重はするつもりである。
しばらく歩いていると、小道の前方に分かれ道が見えてきた。ふと、その脇の道端にしゃがみ込んでお地蔵さんのような石の像に手を合わせている青年に目を惹かれる。
(……?)
その青年の意識に触れた瞬間、コウは違和感を覚えた。彼の姿が何重にもダブって見えたのだ。手を合わせている石の像からは、精霊石に似た気配も感じる。
コウの視点からは、何らかの力を発動させたような、魔力にも似た残照が立ち昇っている様子を捉えていた。
じっと観察しているコウの視線に気付いたのか、立ち上がった青年は一度こちらに目を向ける。
青年は『今時の子供は、お地蔵さんとか道祖神に手を合わせる風習とか知らないのかもな』と、コウが不思議そうに見ていた事に理由をつけると、そのまま背を向けて歩き出した。
やがて、彼は町の中心に向かう人々の列を離れて、分かれ道の方へと進んで行った。
その瞬間、コウは世界が何重にも重なりながらズレていくのを感じた。風の音と僅かな浮遊感。時間遡行をする時の感覚だ。
だが、コウの精神体は少年型の身体から抜ける事無く、少しふらついただけで治まった。
「???」
気が付くと、先ほど分かれ道の方へ進んだ青年が道祖神の前で起き上がるところだった。いつの間に倒れていたのか、美鈴が「あの人、突然倒れたけど大丈夫かしら」と心配している。
「熱中症とか?」
「……多分、違うよ」
「? コウ君?」
次の瞬間、コウが捉えていた件の青年の記憶が、急激に増えたのを感じた。
その一瞬で確認できた記憶の内容は、分かれ道を進んで行くと、その先で事件に巻き込まれるというモノだった。
青年はそれを分かっていながらそちらの道へ進んだ。事件を起こさせず、穏やかに解決しようとしているらしい。
青年の増えた記憶の中には、コウや美鈴との交流も含まれている。自身の記憶情報と直結しているコウにして、覚えのない記憶。
しかし、確かにこの現実に存在した、可能性の日々の一つである事を実感できた。
コウは美鈴に、行き先の変更を告げる。
「町のホテルはダメっぽいから、民宿に泊まろう」
「え? どういう事?」
予定していた宿泊先は、美鈴が危惧していた通り、他の観光客(主に撮り鉄達)で一杯なので、初日は公園で野宿になると、少し未来に起きる出来事を説明する。
あの青年のダブった記憶の中では、滞在二日目にコウと美鈴が宿泊できる民宿を求めてやって来る内容があった。
その民宿は環境も良く、商店街にも駅にも近いので美鈴の取材に支障はない。コウ達との関係も良好のようだった。
「あと、少し事件が起きる予感」
「ええっ、また?」
読み取った記憶情報から鑑みるに少しどころではないのだが、あの青年はそれら起こり得る問題のほとんどを無かった事にするつもりで動くようだ。コウなら、彼の活動を助ける事も出来る。
そんな訳で、コウと美鈴は予定していた町の中心にある商店街のホテルには向かわず、分かれ道を曲がった先にある住宅街を目指した。
コウが先導して閑静な住宅街を美鈴と歩く。美鈴にはこの先にある民宿の事を説明しているので、現地に着いたら交渉に挑んでもらう。
途中、撮り鉄グループらしき若者の集団と擦れ違った。先頭を行く男が何やらぶつぶつ愚痴を吐いており、仲間に宥められていた。
(記憶にあった要注意人物だ)
すれ違いざまに彼等の記憶を軽く読み取ってみると、コウ達が今向かっている民宿の庭に不法侵入していたところを、件の青年に排除されて来た事が分かった。
つい今し方の出来事のようだ。
「あいつ……襟引っ張りやがってよぉ」
「まあまあ」
「お前らも援護しろよなぁ」
「いやぁ、それはやばいよ~」
そんなやり取りをしながら通り過ぎていく。要注意人物の男はひたすら機嫌が悪そうだったが、彼の仲間からはこの状況を楽しんでいる感情が読み取れた。
ただし、それはあまりポジティブな感情ではなく、悪意に近い。彼等はグループのリーダーである男に対して、かなりの不満と悪感情を持っているようだ。
グループメンバーの全員が、リーダーの男に嫌がらせをしたいと考えている。その感情は不満の解消や恨みを晴らしたいという思いの傾向から、報復や復讐心に近いと感じた。
直接的な加害を夢想している者。何かしら陥れようと画策している者。いずれも妄想の中で楽しむに止めているが、切っ掛けがあれば実行に移しかねない、危うい状態にある。
そうした嫌がらせ願望の一つに、重要な分岐点になりそうなキーワードがあった。リーダーの男が泊まるホテルの部屋を、勝手に解約してやろうかという試み。
青年側の記憶情報にもそれが実行された事を示す内容があり、リーダーの男が民宿に強く係わる切っ掛けになっている。
(あの人がこっちに泊まりに来ないようにしないと)
彼等の記憶情報から今後の行動予定を推測。嫌がらせを実行するタイミングも大体把握したので、先回りして阻止する方向で動く。
その為にも、まずは民宿を訪ねて件の青年とも早目に接触し、親睦を深めておきたい。
やがて、目的の民宿であるお屋敷が見えてきた。玄関先ではエプロンを付けた娘さんと青年が和やかに話しをしている。
青年の記憶情報によると、『前回の流れに添った既定の行動』らしく、これによって宿泊する事が決まるようだ。
「美鈴、出番だよ」
「わ、分かったわ」
コウはそっと美鈴を前に押し出し、交渉を促した。少し緊張気味な美鈴は軽く咳払いをすると、玄関先の二人に声を掛ける。
「すみませーん、こちらで民宿をやっていると聞いたんですが、私達も泊まれますか?」
「こんにちはー」
果たして、美鈴の交渉は上手く行った。『民宿・万常次』の看板娘である万常次 美奈子は、廃線関連で押し掛けた観光客に対してあまり良くない感情を持っていた。
が、同じ観光客の青年に助けられて印象が改善していた事に加え、相手が小学生くらいの子供を連れた若い女性という事で警戒心も薄れたらしい。快く宿泊希望を受け入れてくれた。
「それじゃあ、お部屋に案内しますね」
宿泊人名簿に記帳をして、美鈴と共に二階の客間へ。和やかな雰囲気で案内される一方、件の青年――『曽野見 景』は、内心で困惑しているようだった。
前回に無かった行動。明日来る筈の人間が今日やって来た。もしかしたら遡った時の倒れるアクションで行動が変わったのかもしれないと推察し、予定を組み直す必要などを考えている。
そんなケイに対して、コウはくいくいと服の端をつまんで気を引くと、声を潜めながら告げる。
「あとで情報のすり合わせをしよう。火事の原因とか調べないとね」
「っ!」(まさか、俺と同じ遡り能力持ち?)
明らかに『前回』を覚えていると思わせるコウの言葉に、ケイはかなり驚きつつも納得していたが、コウは一つ訂正を入れておく。
「違うよ。時間軸を移動する時もあるけど、ボクの能力は『読心』が基本だと思って」
「読心……」
ケイは前回の記憶から思い当たる節もあったようで、コウの特殊能力については直ぐに受け入れた。
自身が特異な能力を持つ者であるだけに、同じく特殊な能力を持つ存在に対し忌避感も無い。これから起きる事件を未然に防ぐ為の、非常に心強い味方だと判定している。
「彩辻さんは――……」
「美鈴は普通の人だけど、ボクの事は知ってるから色々明かしてもだいじょうぶ」
特殊能力持ちではない一般人枠の美鈴だが、一応こちら側の人間なので、情報のすり合わせには同席させる。というか、情報を共有していないと色々不都合が出てくる。
そうしてコウとケイの密談が一段落ついたところで、美奈子に案内された部屋へと到着。
コウと美鈴が泊まれるのは、二階に上がって直ぐの小部屋。隣の中部屋にはケイが入る。ケイの記憶情報によれば、この配置も前回と同じらしい。
一先ず部屋に荷物を置くと、民宿内の設備について説明を受けた。お風呂は商店街の銭湯で万常次の札を出せばフリーパスだと聞いて、美鈴が少しウキウキしている。
美奈子の記憶もざっと確認してみたところ、あと小一時間くらいで商店街のホテルまで手伝いに出向くようだ。
今のうちに必要な情報を共有しておこうと提案したコウは、美鈴と共にケイの部屋へと招かれた。
「えーと……ここは一応、初めまして? からかな?」
「あ、私は初めましてです。彩辻 美鈴。フリーのジャーナリストやってます」
まずはお互いに何をどこまで知っているのかを確認すべきかと迷っているケイに、美鈴がさくっと自己紹介したので、コウも便乗する。
「ボクはコウ。みくにもりコウだよ。冒険者とかやってるよ」
「……俺は曽野見 景。時間を遡る能力を持ってる。よろしく」
ケイはコウの『冒険者』のくだりに戸惑いつつも、コウ達に倣って自己紹介で自身の特殊能力を明かした。
彼の掻い摘んだ説明によると、特定の条件が揃った場所でセーブポイントのように記憶をキープしておける能力で、死亡するとそのポイントに遡ってやり直せるというもの。
そんなケイの能力についても、コウは記憶情報から正確に概要を把握している。
ケイが『石神様』と呼称する、精霊石の気配がする石像などの物体が、記憶をキープしておける『条件の揃った場所』だ。
「それで、今現在お互いに知ってる事の確認だけど――」
「ボクはケイが知ってる事はほぼ全部はあくしてるよ。ただし、前回のボクの記憶はなし」
「ええと、私は完全初対面で何も知りません」
美鈴にはまだ細かいところまで説明していないので、今なにが起きてるのかも分かっていない。完全に傍観者の構えである。
「ボクの記憶も運べればよかったんだけど」
コウが前回の事を認識しているのは、ケイの記憶を読み取ったが故であり、正確には前回のケイの記憶の範囲しか確認できない。
しかし、ケイの記憶に見る自身の言動から、自分が『一周目の世界』でどんな動きをしていたのかは大体予測できる。
「そっか……でもそれなら手っ取り早い」
ケイは、自分の知る情報を全て知っているなら、これからの行動指針もスムーズに話し合えるとして、まず真っ先にやるべき事を挙げる。
「潟辺達の行動を先回りして、なるべくトラブルの芽を潰すように立ち回りたいな」
「ならできるだけ早くカタベグループの情報をひろってくるよ」
コウが彼等の近くに居れば、グループ全体の行動予定や個々の考え等も読み取って来られる。それにケイの前回の記憶情報も合わせれば、効率よくトラブル回避の対策を立てられるだろう。
「あと、彩辻さんの取材もスムーズに進められるように初日から手を打っておこう」
「おっけー。じゃあ今日は美奈子を商店街でえすこーとして、明日からお堂巡りだね」
明日は朝から商店街に屋台が並び始める事になっているので、そちらの取材も予定に入れる。ケイと二人でどんどん活動内容を組み上げていく。
一人話に付いていけない美鈴は、それらをメモに取りながら小首を傾げるばかりだ。
「取材で商店街のエスコート? お堂巡り?」
「あとでまとめて説明するよ。ケイが」
「俺か~」
そんなやり取りで親睦を深めると、コウはふと思い出したように告げた。
「そうだ、さっき道でカタベグループとすれ違ったんだけど、ホテルの部屋のキャンセルはまだやってないみたいだから、キャンセルさせないように根回ししよう」
「それは朗報だな。でもどうしようか?」
ホテル側に根回しと言っても、全くの部外者が特定の宿泊客への対応に言及するのには無理があると考え込むケイに、コウは無難な作戦を提案する。
「ボクが先行してカタベグループを足どめするから、ケイ達は美奈子をホテルまで送りながらそれとなく囁いて?」
「なるほど……」
悪戯によるキャンセルの申し入れに注意するよう促しておけば、ある程度の予防効果は望める筈。コウのざっくりした作戦に、ケイはいくつか具体案を足して採用した
「よし、それじゃあ潟辺達の方は頼んだ」
「おっけー」
そろそろ美奈子がホテルに向かう頃だ。ケイは美奈子と一緒に商店街を歩くべく、美鈴を連れて一階に向かった。
コウは留守番という名目で残り、待つ事暫し。ケイ達が民宿を出るタイミングに合わせて少年型を解除。夢幻甲虫ゴーレムに憑依すると、窓から飛び出して部屋を後にした。
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