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狭間世界編

第二十七話:制圧

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 夜更けのポルヴァーティア大陸。囲郭都市群はポルヴァーティア人自治区の一画。『暁の風』の本部施設裏にある訓練場広場にて。
 秘策の各種チェックと確認を済ませて準備を整え終えたところに、朔耶とアルシアがやって来た。

「コウ君」
「朔耶おかえり~」

 朔耶とアルシアを迎えつつ、アルシアから読み取れる思考情報から、問題が発生したらしい事を把握する。
 どうやら抜けた戦力の立て直しに関して、他の囲郭都市から来た他民族組織と意見が対立してしまい、折り合いが付かない状態になっているようだ。

「ボクたちの力を示せばいいんだね?」
「そ、そういう事になるのか? ……本当に察しが良過ぎて驚くな」
「まあコウ君の場合は、察しが良いとかいうレベルじゃないけどね」

 まだ何の説明もされていないのにいきなり結論を確認するコウに、アルシアはやや引き気味だ。朔耶からは相変わらず精霊のブロックによって、内心や思考が読み取れない。
 なので、きちんと会話を交わして情報を入手するという手順が必要になるが、それはそれでコウにとって『人間らしさ』を維持する修練にも繋がるので、煩わしいとは思わない。

 さておき、コウはアルシアの記憶情報経由でも内容が明かされていない朔耶の「コウ君の裏技」なる秘策について訊ねる。

「ボクの裏技ってなに?」
「ズバリ、記憶の映像化よ」

 コウの色々すっ飛ばした会話にも慣れているのか、朔耶は淀む事なく軽快に答える。
 朔耶の説明によると、以前コウが動作実験に協力した『魔術式投影装置』でやったような、過去の記憶を映像にして見せる事で、アルシア達の力に懐疑的な他民族組織の代表者達を説得するのだとか。

 『暁の風』をはじめ、ポルヴァーティア人自治区の人間は、アルシアや朔耶の力の一端を知っているが、他の自治区から来た者達はその辺りの情報が無い。
 見た目は少女と子供の組み合わせであるコウ、アルシア、朔耶の三人組に、本当に欠けた戦力を補えるだけの力があるのか。
 ポルヴァーティア勢組織の説明だけでは、危険な作戦に仲間の命を預けられないと主張しているそうだ。

 そこで、コウの読心能力を使って『暁の風』の男性幹部カナンの記憶を読み取り、朔耶の精霊が投影機の役割を果たす事で、且つてカナンが見た光景を第三者に観られるよう映像化する。
 先の戦争にて、カルツィオ大陸に向かっていたポルヴァーティア神聖軍の大艦隊が、朔耶一人によって海の底へと沈められた時の記憶を使うらしい。
 朔耶の規格外の力を理解させれば、その朔耶のお墨付きを貰っているコウやアルシアに対する懐疑の念も払拭されるという訳だ。

 記憶の映像化による問題の解決法に関しては、コウには一応実績がある。
 異世界はフラキウル大陸に君臨するナッハトーム帝国にて、皇女スィルアッカの従者をやっていた時、反皇女勢力として問題になっていた『遺族連合』という集まりに、過去の記憶映像を使った説明会をおこない、和解に導いた事があるのだ。

 まずはこの場で、朔耶の精霊が『魔術式投影装置』代わりになるかをテストする。
 朔耶と交感で意識を繋げると、コウがアルシアから読み取った記憶を朔耶の精霊に送り、朔耶の精霊が宙に浮かべた魔力の膜スクリーンに映像として映し出した。

「おお、これは……」
「会議室の様子?」
「30分くらい前の記憶だよ」

 アルシアの視点で映し出された映像は、つい先程までアルシアが会議室で目にしていた光景。急遽集まって貰った他民族組織の代表者達に、栄耀同盟のスパイが組織単位で紛れ込んでいた事を明かし、それらを拘禁した為にかなりの戦力が抜けてしまう事を説明して紛糾したシーンだ。

「うん、問題無く映せるみたいね」
「これって朔耶たんどくではできないの?」

 コウは、以前『魔術式投影装置』の投影実験をした時には、朔耶本人が自分の見ている光景を装置にリアルタイムで投影させていた事を挙げて問う。

「あん、自分の記憶なら出来そうだけど、他人の記憶情報となると難しいみたいね」

 朔耶も意識の糸を繋いで、相手の内心をある程度まで読み取る事ができるが、それは表面意識付近の思考に留まる。
 心の深いところまで探るには交感深度を深めなくてはならず、それは相手の精神にも負担になるそうだ。コウのように記憶の読み取りまでやろうとすると、相当な精神負荷を掛ける事になる。

 さておき、これで話し合いの準備は整ったので、三人で会議室へ向かった。


 結果として、記憶の映像化による説得は非常に効果があった。

 先の戦争が終結したその夜、カーストパレスの大聖堂で何があったのか。
 当時ポルヴァーティアに隷属させられていた元他大陸の人々を救った奇跡が、誰の手によって起こされたのかが明らかにされた。
 『暁の風』の構成員を含め、他民族組織の代表者達は、ポルヴァーティア執聖機関がカルツィオの邪神ユースケに敗北した瞬間を目撃閲覧する事になったのだ。

 記憶映像に偽りが無い事を確かめる為に、他民族組織の代表からも記憶の読み取りと映像化をおこない、彼等の当時の暮らしぶりなども映し出された。
 既に記憶の中にしか存在しない故人を再び目にする事ができたと、涙を浮かべて感謝する人も居た。朔耶が提案したコウの裏技による説得交渉は、想定以上の大成功を収めたと言える。


 斯くして、作戦前に双方の互いへの理解も進んで、より結束が固まった有力組織連合部隊は、栄耀同盟の本拠地強襲作戦を開始する。

「真聖光徒機関の輸送機隊が来たぞ!」
「各部隊整列ー! 順次搭乗して待機せよ!」

 本部前の広場に次々と着陸する箱型の飛行機械である汎用戦闘機。アユウカスが個人で所有している、大神官から譲渡された機体と同型らしいが、こちらは武装も付いている。
 輸送機隊の中でも、若干細長い非武装の機体が二機、少し離れた場所に下りた。強襲担当で先行する攻撃部隊が乗り込む高速揚陸艇のようだ。アルシアもそれに同乗する。
 汎用戦闘機隊には、制圧を担当する部隊が乗り込んだ。

 コウは少年型を解除して夢幻甲虫に憑依すると、朔耶の服にくっつく。朔耶は自力で飛んで行くそうなので、一緒に運んでもらうのだ。
 高速揚陸艇にも乗ってみたかったコウだが、不測の事態に備えて直ぐに動ける位置に就いた。

 作戦に参加する部隊が全員乗り込んだところで、高速揚陸艇二機が先行して飛び立つ。漆黒の翼を広げた朔耶もその後に続いた。

『こちらカナン。嬢ちゃん、聞こえるか?』
「はいはーい、感度良好だよ」

 朔耶は有力組織連合の各部隊長が持たされている魔導通信具を装着しており、移動中に作戦のお浚いをしていた。コウも一つ貰ったので異次元倉庫に仕舞ってある。

 囲郭都市の防壁を越えてから直ぐに高度を下げ、囲郭都市群をぐるりと迂回しながら目的地の海岸線に向けて低空を飛んで行く。
 大地の隅々まで開拓されているポルヴァーティア大陸は、自然の風景が多いカルツィオと比べて山や森林がほとんど見られず、囲郭都市群を離れると見通しの良い平地が続いている。

 このまま低空飛行で進み、海岸にある本拠地の出入り口に乗りつける。強襲部隊による突入後、制圧部隊と合流する予定なので、汎用戦闘機隊は少し距離を置きながら付いて来ていた。

『着陸と同時に強襲部隊が突入する。嬢ちゃん達は最初にその援護を頼む』

 出入り口付近で迎撃に合う可能性も高いので、確実に突入できるよう護りの力で援護して欲しいという、出発前に打ち合わせしておいた内容の確認だ。
 突入後は各自の判断で自由に動いて貰って良いとの事だった。役割分担としては、朔耶は味方の守護を担当し、コウは夢幻甲虫で本拠地施設の奥まで潜入してからの陽動や攪乱を狙う。

――コウ君はなるべく防犯装置とか探して、見つけたら潰していってね――
『おっけー』

 朔耶とは交感を繋いで会話している。魔力を明確に視認できるコウなら、施設内に張り巡らされた魔力の通り道を追えるので、魔導技術の警備システムがあれば直ぐに見抜ける。
 侵入者撃退用のタレットなどがあれば、積極的に破壊するなり、目印を付けて味方に知らせるなりしてサポートするのだ。

 それから間もなく、目的地の海岸が見えて来た。ぼんやりとした月明かりに照らされる穏やかな海面が正面に広がり、左側に白い砂浜。右側には黒い岩場が続いている。
 その岩場の方から何かがチカチカと連続して光った。高速揚陸艇は岩場の方へ弧を描くように針路を取ると、若干速度を落とし始める。
 高速で流れていく岩場の上に、一瞬だけ人影が見えた。人影を飛び越える瞬間に拾った思考の内容から、敵本拠地の出入り口を見張る味方の斥候である事が分かった。

 目的地が近い。カナンからも朔耶にその旨を知らせる通信が入ったようだ。

――コウ君、下りるわよ――
『りょーかい』

 縦に並んで飛ぶ二機の高速揚陸艇が、タイミングを合わせて機体の向きを変え、横にスライドするように流れながら急減速。岩場の一画に着陸した。

 一見すると何の変哲もない岩場だが、コウの視点からだと不自然な魔力の線が見える。この場所には元々水中研究施設に繋がる小さな出入り口と、それを囲う小屋が建っていたらしい。
 栄耀同盟が本拠地として使う際、目立たないよう小屋は撤去され、更に出入り口も偽装した上で拡張されているようだ。
 隠された出入り口の近くには、栄耀同盟の構成員と思われる二人分の死体が転がっていた。

 二機の高速揚陸艇から飛び降りた強襲部隊が、出入り口の偽装扉を開きに掛かる。
 削岩機っぽい工具でダッカンダッカンと硬質な音を響かせた後、高速揚陸艇からフックの付いたワイヤーを伸ばして、偽装扉に打ち込んだ杭に装着。
 高速揚陸艇がふわりと機体を浮かせると、岩場の偽装扉がバゴッと弾けるように吹き飛んだ。

「突入!」

 号令と共に、魔導拳銃の改良版である魔導小銃を装備した強襲部隊が二列になって駆け出す。魔法障壁を展開した朔耶が、そんな彼等の頭上を飛び越えて先頭に立った。
 入ってしばらくは狭くて長い通路が続く。もしここで待ち伏せの攻撃を受けた場合、一網打尽にされ兼ねない。最悪、強襲失敗で撤退に繋がる。
 本拠地施設に続くこの通路は、既に海中にある。万が一銃火器を使って壁に穴でも空ければ、下手をすると浸水して通路が崩壊し、双方ともにただでは済まない。
 ある意味、そんな危険地帯だが、この通路を抜けてしまえば、後は見取り図で判明している要所を押さえながら、敵の攻撃力を削いでいく。
 そこそこ安全が確保されてから、制圧部隊が突入して来る手筈となっていた。

『じゃあボクは先行するね』
――いってらっしゃい。気を付けてね――

 夢幻甲虫虫ゴーレムに憑依中のコウは、朔耶の服から離れて天井スレスレを飛んで行く。
 ここは元々が普通の研究施設であり、あまり入り組んだ構造にもなっていない為、奥の動力室や研究室の他、倉庫やら職員用の個室を押さえてしまえば、後は速やかに制圧出来る。
 そういう作戦になっていた。

(この辺りには誰も居ないなぁ)

 一本道である出入り口の通路を抜けた先には、開けたホールが広がっている。ここから各区画に行き来する通路が続いているのだが、この辺りには全く人の気配がない。
 コウはとりあえず、一番重要そうな動力室のある通路へと進んで行く。

(おや?)

 通路の途中にある個室に何人か潜んでいるらしく、ホールの様子を覗う思考を拾った。

『来たぞ、やはり情報通りか』
『二等市民の奴らめ、大神官への反目を掲げておきながら手を組むとは』
『下級市民組織の連中は居ないようだな。正体がバレて粛清されたか……』

 どうやら強襲計画自体は掴んでいるらしく、有力組織連合に潜入させた組織からの定期連絡が途絶えたので、警戒態勢を敷いていたようだ。

 この個室は見取り図には無かったトラップ部屋で、侵入者に対して部屋の中から攻撃を仕掛けて誘き寄せつつ籠城。そのまま床に設置されている避難路から別の区画へと脱出できる。
 扉は簡単に壊せる程度の強度しかなく、部屋を制圧しようと踏み込むと、仕掛けて置いた爆弾が炸裂するという仕組みになっていた。
 確実に仕留められるよう、部屋の奥に如何にも身を隠せそうな壁で仕切られたスペースが作られており、そこに潜んでいるか確かめようと、慎重になって足を止めるくらいのタイミングで爆発する。

(ここはキケン、と)

 中に入れるなら爆弾の回収をしておきたかったが、甲虫の身体でも通れそうな隙間すら無かった。交感で朔耶に情報を送りつつ、部屋の前に装飾魔術と付与魔術で×印を付けておく。

(動力室をめざそう)

 朔耶が護る強襲部隊の方では既に戦闘も始まっており、遠くから魔導小銃の発射音が断続的に響いている。コウはまっすぐ動力室を目指した。
 道中、いくつか似た様なトラップ部屋を見つけては印を付けたり、天井から下がる迎撃用タレットを丸ごと異次元倉庫に失敬して無力化を図ったりしつつ、朔耶と情報を共有しながら進んで行く。

 そうして通路と個室の並ぶ入り組んだ区画を抜けると、かなり広い空間に出た。
 この施設の中央部分で、見取り図には集会・演習所と記されていた。元々は海洋研究用の様々な観測機器や大型機械が並べられていた実験棟区画だったらしい。
 出入り口からどのルートを辿ってもここを通る構造になっている。

 そして今この場所には、シンプルな胸壁型バリケードが幾つも設置されており、大勢の栄耀同盟構成員が完全武装で待ち構えていた。防衛部隊のようだ。
 殆どの構成員が魔導拳銃を手にしている中、旧ポルヴァーティア神聖軍で使われていたらしい白い全身甲冑姿の重装兵が、魔力の矢を放つ弓『汎用神聖光撃弓』という武器を構えている。
 あれは機動甲冑の腕にも付いている魔導弓で、連射力は低いが威力はかなり高いと、悠介達の記憶情報や先日のガゼッタでの戦闘で知っている。
 バリケード群の前には大きな盾と大剣を装備した四機の機動甲冑が待機中。恐らく、この本拠地に詰める栄耀同盟の全戦力が集結していると思われる。

(機銃っぽいのもあるなぁ)

 汎用戦闘機の標準武装『神聖光撃連弓』という魔力の矢を連続発射する魔導弓が、バリケードの隙間に設置されていた。
 奥に続く通路は丈夫そうな扉で硬く閉ざされている。もう直ぐ味方の強襲部隊がやって来る。どうやらここが決戦の舞台になりそうであった。

(今のうちに危なそうな武器は間引いておこう)

 この場所の情報を朔耶に伝えたコウは、制圧力の強そうな『神聖光撃連弓』辺りを回収しておく。床を這うような超低空飛行でバリケードの前を横切り、光撃連弓の銃座にくっついて異次元倉庫に取り込んだ。

「あれ? なんだ……?」
「ん? どうした――って……おい、光撃連弓はどうした」

 銃座担当の構成員が、自分達の武器が忽然と消えてしまった事で狼狽えている。
 ぶっちゃけ、やろうと思えばコウが一人で敵方の装備を根こそぎ回収して武装解除、等という事もできるのだが、ここでそれをやる訳にはいかない。
 理由は、カナンやアルシア達から読み取っていた、今回の戦いの意義にある。栄耀同盟との戦いは、有力組織連合の交誼こうぎと結束を固めるのに利用されている側面もあった。

「一番銃座の光撃連弓が消えたぞ!」
「二番と三番もだ! 一体何が起きて……」
「ここに置いてあった改造光撃弓を持って行った奴は誰だ! あれは重装兵用のだぞ!」

 『暁の風』を始め、ポルヴァーティア人自治区内に存在する元二等市民達が集まった各組織は、大神官の『真聖光徒機関』に対抗するべく立ち上げられた。
 しかし、勇者アルシアのような後ろ盾がない弱小組織も含めて、彼等は普段から大神官達とやりあっているわけではない。
 今はどちらも組織の拡大と安定に勤めて力を溜め込んでいる最中であり、自治区の運営に関して話し合いをする事もあれば、今回のように協力し合う事もある。
 目立った闘争が無い分、危機感も薄れ気味の現状。弱小組織や他民族組織は、最大組織である『真聖光徒機関』からの宥和政策で取り込まれてしまう危険があった。

「ああっ、機動甲冑の汎用神聖大剣が無い!」
「予備の魔導拳銃が箱ごと消えたぞ!」
「ど、どうなってるっ 消えるってなんだよ!」

 『真聖光徒機関』は、未だ旧ポルヴァーティアの信仰組織として体制を維持している。
 彼等がポルヴァーティア人自治区を掌握――ひいてはポルヴァーティア大陸の覇権を握ってしまうと、大神官を頂点とした『旧執聖機関』の復活となり、元の木阿弥である。

 他民族組織や弱小組織の人達にも、大神官等旧執聖機関の残党に二度と独裁体制を敷かせないよう、危機意識を共有して欲しい。そんな裏事情と憂慮を抱えているが故に、この強襲作戦では有力組織連合がしっかり手を取り合い、共に戦ってもらう必要があるのだ。

「集団幻覚……って訳でも無いな」
「ハッ ま、まさか、遠征組の報告にあった原住民の仕業なんじゃ……」
「馬鹿な、どうやってこっちに渡って来られる」

 ――と、ポルヴァーティアの有力組織連合の為に、栄耀同盟側の武器を間引いていたコウは、強襲部隊が到着したので合流するべくバリケード群の陣地を離れた。

 少年型を召喚して夢幻甲虫から乗り換えると、強襲部隊の先頭に立つ朔耶の隣に並ぶ。突然現れた黒髪の少年に、栄耀同盟側と強襲部隊からも驚きのざわめきが上がった。

「おかえり、コウ君。道中の×印と情報、助かったわ」
「ただいまー。あそこのじんちから強そうな武器を半分くらいぼっしゅーしておいたよ」
「良い働きをしたな。コウ」

 部隊の殿を護っていたアルシアが前に出て来る。彼女は強襲部隊が通り過ぎた後に、背後から急襲してくる相手を叩いていたようだ。

「来た! 勇者アルシアだ」
「混沌の使者――黒き翼を持つ者『障壁の使者』もいるとは……!」

 アルシアと朔耶の姿を認めた栄耀同盟の構成員達が騒ぐ。決戦の舞台となる集会・演習所にて、バリケードを築いて迎撃態勢を整えている防衛部隊。コウの工作で少々混乱しているが、彼等は展開を始めた有力組織連合の強襲部隊と対峙する。

 一方で有力組織連合側だが、まさか海中の施設に機動甲冑のような重魔導兵器を出して来るとは思わなかったらしく、コウからの情報を朔耶に聞いていたものの、若干の動揺がみられる。

「本当に機動甲冑が居るぞ」
「旧神聖軍の重装兵まで……」
「我々の武器で通じるか?」

 道中の爆弾トラップ部屋といい、「奴等はこの本拠地施設が沈む事も厭わないのか?」と、慎重になり始めている。

(外側の壁を撃ち抜いたりしない限り、大丈夫って確信があるみたいだけどね)

 栄耀同盟側は、自分達が手を加えて使っている施設アジトなだけに、どこまでなら無茶をできるか把握しているようだ。コウはその事を味方に伝えて戦闘をサポートする。
 施設の崩壊を気にするあまり萎縮して動きが鈍ると、勝てるものも勝てない。


 現在、有力組織連合の強襲部隊と栄耀同盟の防衛部隊は、この集会・演習所の開けた空間で睨み合いのまま膠着状態にある。
 栄耀同盟側は強襲部隊がここに到達した時点で迎撃を始める手筈だったのだが、コウが彼等の武器でも特に強力そうなモノから回収して攪乱した為、行動が遅れた。
 そこに勇者アルシアや、混沌の使者として恐れられる朔耶が揃ったので、攻撃を躊躇している。

 そして強襲部隊の方も、機動甲冑や旧神聖軍の正規兵装備など、予想外の戦力を目の当たりにして足を止めてしまい、勢いを失くした。

 このまま睨み合っていても埒が明かないと、代表で前に出たアルシアが栄耀同盟側に降伏勧告を行う。

「私は組織連合の代表、『暁の風』に所属するアルシアだ。諸君らのアジトは間もなく制圧される。これ以上の戦いに意味はあるまい。降伏する事を勧める」

 ざわめく栄耀同盟の防衛部隊。彼等から漏れ伝わってくる思考内容を拾ってみると、困惑と焦燥、それに達観も交じった迷いの感情が多く感じられた。
 それぞれ方向性は違えど、殆どの思考から「いずれこうなる事は分かっていた」という厭世的な心情が読み取れる。

(そう言えば……)

 と、コウはアルシア達やカルツィオで対峙した栄耀同盟構成員から読み取った記憶情報の中で、彼等がどのような人々の集まりであったかを思い出す。

 栄耀同盟の指導者は、旧ポルヴァーティア体制下では特別な身分にあった元エリート将校達だ。
 且つての栄光を忘れられず、その選民意識から抜け出せなかったが故に、『真聖光徒機関大神官達』からも爪弾きにされた。『新しい時代を受け入れられなかった者達』である。

 彼等のような特殊な立場にあった者達以外にも、新体制に上手く馴染めず自分で生き方を考えられなかった人々が、惰性で暮らすうちに流されるまま組織に組み込まれた。
 そんな構成員も少なくない。

(スパイやってた他民族組織の人達もそんな感じだったよね)

 栄耀同盟は、組織を結成した指導者達を始め、一部のやる気を持て余した懐古主義者による革命組織であった。
 カルツィオまで出向いて精力的に活動していた構成員は、そのやる気を持て余した懐古主義者側の人だとして、本拠地に残っている防衛部隊の彼等は、どこまで本気でやっているのだろうか。
 ふと、そんな疑問を浮かべたコウが彼等の意識を深く探ってみたところ、大半の構成員の心情に『ただ与えられた役割をこなしているだけ』という空虚さを感じた。
 それが『使命』でも『命令』でも何でもいい。自分の存在理由を与えてくれるなら、役割それに従うだけ。そこに情熱や使命感、ましてや忠誠心すらもなかった。

「おもったよりからっぽな人達だった」
「うん? なあに、コウ君」

 コウの呟きに朔耶が反応する。コウは、今し方読み取った栄耀同盟の一般構成員達の在り方について説明した。

「あらー……そうなんだ? それじゃあ――」
「うん、説得に応じる人もいるかも」

 アルシアの降伏勧告に従う構成員が出るかもしれない。朔耶とそんな話をしていると、睨み合いが続く集会・演習所に館内放送らしき声が響き渡った。

『貴様ら何をしている! 早く敵を迎撃しないか!』
『出来損ないの勇者なぞに怯みおって! それでも栄えある神聖軍兵士か!』

 少ししゃがれた男性の怒声が二つ。コウは微妙にノイズが交じったその声の主から思考を拾う。そうして読み取れた内容によると、どうやら栄耀同盟の指導者として活動する最初期メンバーで、組織を結成した創始者達のようだ。現在、自分達専用の機動甲冑に乗って移動中らしい。

「いまの栄耀同盟の指導者の人だよ。ここに来るみたい」
「あらま、急展開」
「ほう。過去の遺物が、業を煮やして出て来るか」

 出来損ないの勇者などと罵られたアルシアだったが、本人は全く気にしていないようだ。邪神製大型メイスを握り直して、不敵な笑みを浮かべている。

 やがて、防衛部隊の背後に見える奥の扉が開いて、隊長機とその僚機らしき機動甲冑が現れた。立ち姿勢のままホバー移動して来た二機には、ガゼッタで交戦した機動甲冑には見られなかった華美な装飾が施されており、胸と肩には紋章が描かれている。
 アルシア曰く、旧ポルヴァーティア『神聖地軍・聖機士隊』の紋章らしい。

『我らにあの栄光を取り戻さんがため!』
『富と力を在るべき場所へ!』

 二機の装飾付き機動甲冑が、栄耀同盟のスローガンのようなものを唱えながら前に出て来る。
 武装は紋章付きの大きな盾と剣、腕に固定されている魔導弓という機動甲冑の標準装備だが、機体性能が通常のモノより少し高いようだ。
 コウの視点から見て、機体を循環する魔力の量がやや多い。

 栄耀同盟の指導者が駆る隊長機が、防衛部隊の機動甲冑四機を指揮下に入れて隊列を組む。先程まで目に見えて覇気の無かった防衛部隊の構成員達が、戦闘意欲を持ち直した。
 流されるまま他者に管理支配されて生きて来た彼等は、使役される事には慣れている。自分達を指揮する者が在れば、何も考えずそれに従う。

「来るぞ! 覚悟を決めろ!」
「制圧部隊の突入までもう間がない! 殲滅するぞ、旧体制の亡霊退治だ!」

 『暁の風』を含め、有力組織連合に与する各組織のメンバーは、大神官達の旧体制に対抗するべく皆自らの意志で選んで立ち上がった者達だ。
 六機の機動甲冑部隊には流石に怯みを見せたものの、退く事は無い。強襲部隊の面々は一斉に魔導小銃を構えた。

「とはいえ、機動甲冑部隊は荷が重いな。私とサクヤ、それにコウで押さえられるか?」

 大型メイスを構えたアルシアが、そう言って一歩前に出る。

「コウ君が後ろの部隊の強力な武器は粗方片付けてくれたから、大丈夫でしょ」

 魔法障壁で強襲部隊を護る朔耶が、威圧効果も狙って漆黒の翼を広げて見せた。朔耶はその場から動かず、味方を護りながらでも雷撃で援護もこなせる。
 オールラウンダーな朔耶に護りと援護を任せ、コウはアルシアと並んで前に出る事にした。

「じゃあボクも秘策をだすね」

 コウはそう宣言して少年型を解除。異次元倉庫内で準備しておいたソレと共に、複合体を出して憑依した。
 ズシンという地響きを立てて現れた複合体。その背後には、二機の武骨な機動甲冑が付き従う。

『なにっ、機動甲冑だと!?』
『それよりも、今どこから現れた!』

 栄耀同盟の指導者達から驚愕と戸惑いの声が上がる。『まさか、亜空間シフト技術か!』という、ガゼッタでの戦いの中でも栄耀同盟の指揮官が口にしていたキーワードが出て来た。
 かつてポルヴァーティアで研究されていたが、理論を実証する目途が立たずお蔵入りになったらしい空間転移技術の事だ。

 少し気にはなるが、それはさておき、複合体と共に取り出した機動甲冑である。
 装飾も所属を示す徽章も無いこの機動甲冑は、カルツィオで強奪した支部施設の地下に置いてあった完成品と、ガゼッタでの戦闘のどさくさで失敬した機体だ。
 搭乗者はエイネリアとレクティマ。
 彼女達は戦闘用ではないが、極めて精巧に人と同じ動きが出来るので、機動甲冑に乗せれば戦闘にも参加できるのではと、『暁の風』本部施設裏の訓練場で試した秘策である。

 二人の機動甲冑には大盾を装備させてあり、武器は腕に固定された魔導弓のみ。主にアルシア達の援護を中心に立ち回って貰う。

(ボクや朔耶は大丈夫だけど、生身のアルシアは撃たれたらまずいよね)

 機動甲冑部隊とやり合う最中に、バリケード陣地の向こうから魔導拳銃等で狙われると危険だ。そう判断したコウは、自分がなるべく相手陣地に近い場所で暴れて注意を惹き付ける事にした。

「ヴァーヴォヴァヴォ "じゃあつっこむね"」

 エイネリア機とレクティマ機をその場に残し、複合体コウは魔導輪を使わず立ったまま滑走態勢に入る。先程、相手の隊長機が見せたホバー移動を参考にした。
 今の複合体は邪神ユースケによって強化された『浮遊装置・改』を内蔵しているので、風の魔術と併用して自力飛行も可能になっている。
 立体的な機動を駆使しての戦闘行動は、機会があれば練習しておきたいところであった。

『こやつ!? 遠征部隊の報告にあった奴か!』
『起立浮走ができるという事は、後期型の改良機だな。小癪な』

 栄耀同盟の指導者隊長機は、何やら機体の分析をしながら指揮下の四機に指示を出す。

『アレは我々がやる。貴様達は勇者と反徒共を蹂躙しろ!』
『重装兵は我らの援護だ、行くぞ!』

 二機の隊長機が剣を振り翳しながら突っ込んで来た。複合体コウと斬り結び始めてから、指揮下の四機が後方の強襲部隊に襲い掛かる算段のようだ。

 ガガンッと金属の衝突音を響かせ、大盾で二機の攻撃を受け止める複合体コウ。そのタイミングで四機の機動甲冑が低空跳躍を行い、強襲部隊へ迫ろうとするが――

(カニカニアタック!)

 剣を受け止めた態勢のまま、大盾の表面にギャリギャリと火花を散らしてスライド移動した複合体コウは、四機の機動甲冑に横から体当たりした。
 宙に浮いている為、踏ん張りがきかない機動甲冑は、四機まとめて薙ぎ払われるかのように吹き飛ばされる。

『速いっ!? 何という運動性能……!』
『武装を犠牲にした高機動型か、小賢しいわっ!』

 強襲部隊と防衛部隊の撃ち合いも始まっており、魔力弾が飛び交う集会・演習所の中央付近で機動甲冑部隊と対峙する複合体コウに、再び隊長機が突進して来る。

(う~ん?)

 盾を正面に翳しながら剣を振り上げている隊長機の片方に向かって、複合体コウは大盾を構えたまま踏み込みつつ軽く跳躍する。

『むっ!?』

 振り上げられた剣に大盾を被せるようにして相手の攻撃を潰した複合体コウは、そのまま隊長機の首の後ろにある取っ手のような部分を掴んで引き倒した。

『ぬわーー!』

 ホバー移動でやはり宙に浮いていた為か、あっさり投げ落とされた隊長機の片方から動力部分を抜き取って沈黙させる。

『っ!? おのれ!』

 もう片方の隊長機が一瞬動揺したように動きを止めるも、剣を横に構えて半円を描くような軌道で回り込むように迫って来る。

(うーん、やっぱりガゼッタで戦った人の方が強かったなぁ)

 この隊長機の機体性能が通常の機体より高いのは分かる。が、パイロットとしての腕はガゼッタの中枢塔の空中庭園で戦った、小刻みな跳躍をしていた人が一番強かったとコウは思う。
 その時、バリケード向こうの防衛部隊から重装兵による魔導弓の一撃が複合体の装甲を叩いた。結構な威力があるようで、貫きはされなかったが軽く仰け反るように姿勢を崩された。

『もらった!』

 重装兵の援護を受けて、一気に距離を詰めた隊長機が横薙ぎに剣を振るう。

「ヴァヴォヴァヴォヴァ "あげないよ"」

 異次元倉庫から背中側に取り出した魔導槌でその一閃に合わせると、ガインッと剣を弾き返された隊長機がたたらを踏んだ。
 姿勢を崩した隊長機に対して、複合体コウは振り返りながら背中に担いだ魔導槌を振り下ろした。ガコォンという衝突音と共に、薙ぎ倒された隊長機が鋼鉄の床に叩きつけられる。
 胸部装甲が大きく陥没した機体から動力部分を抜き取り、こちらの隊長機も無力化した。

 先程吹き飛ばした四機の機動甲冑を見やると、一機はアルシアに脚を潰されて戦闘不能。三機は機体を循環する魔力が寸断されて動けなくなっているのが分かった。
 周囲を飛び交う思考内容から推察するに、恐らく朔耶がピンポイント電撃を放ったのだと思われる。朔耶がよく使う攻撃法に、意識の糸を相手に絡めて防御も回避も不能な電撃攻撃がある。

(あれは装甲も結界も関係無く通り抜けるからなぁ)

 内側から電撃に曝されて機動甲冑のデリケートな部分が焼き切られたのだろう。そしてアルシアはというと、防衛部隊に突喊とっかんしてバリケードごと敵陣を吹き飛ばしていた。まるで戦車だ。
 魔導拳銃を撃たれているが、彼女が装備している甲冑は魔導拳銃が放つ程度の魔力弾は完全に防げるようだ。それ以前に、鎧から露出している当たれば危険な場所に飛んで来た魔力弾は、ことごとくメイスで打ち払っている。
 あの大型メイスを片手でナイフのように振るえるのは、凄まじいの一言であった。

 特に威力の高い魔導弓を使う重装兵を優先的に粉砕してくれたらしく、おかげであまりこちらに援護の攻撃が飛んでこなかった。
 光撃連弓のような機銃があれば、あそこまで容易には敵陣に近付けなかったようなので、コウの事前の工作は功を奏したと言える。

 栄耀同盟の指導者が駆る隊長機二機を含め、機動甲冑部隊が瞬く間に壊滅。
 撃ち合いでは朔耶とエイネリア、レクティマの乗る機動甲冑の護りで有力組織連合の強襲部隊は全くの無傷。
 逆に防衛部隊はアルシアに陣地内まで突っ込まれて、なすすべなく打ち倒されていく。

 更には、突入して来た制圧部隊がこの集会・演習所にまで到達した。その時点で、元々士気の低かった栄耀同盟の防衛部隊は、完全に降参したようであった。

(これで片付いたかな?)

 ひとまず、戦闘は収まった。この施設を掌握しながら、ぞくぞくと集まって来る制圧部隊を眺めた複合体コウは、集会・演習所を見渡して一息吐いた。



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