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狭間世界編
第十七話:栄耀同盟の前線基地2
しおりを挟む栄耀同盟がカルツィオ大陸の旧ガゼッタ領に築いた、前線基地となる拠点に潜入しているコウ。少し騒ぎを起こして警備員を出動させ、彼等から有用な情報を入手したコウは、この拠点施設の地下区画を移動していた。現在は工作活動を行いながら、魔導兵器の生産工場方面に向かっている。
既に彼等の切り札である魔導兵器『機動甲冑』の組み立ては完了しており、パトルティアノースト内の拠点に数機が搬入されているらしい。
(おっと、ここにもあった)
コウが移動しながら行っている工作活動とは、この施設全体に仕掛けられている自爆装置の、部分的な解除である。
ポルヴァーティアの魔導技術を駆使して造られたこの拠点施設は、古代魔導文明の遺跡のように魔力の通り道が張り巡らされており、ブロック構造である各区画毎に自爆装置と連動する『爆弾になる部分』が埋め込まれている。
普段は魔力が通り抜けるだけだが、自爆装置が起動すると『爆弾になる部分』を通る魔力は純粋な無属性の魔力から可燃性の魔力に変質する。
『爆弾になる部分』は、いわば魔力の属性を変化させるフィルターのような役割をもつ変換器なのだ。それら可燃性の魔力が施設全体に行き渡ったところで起爆が実行される。
施設に張り巡らされた魔力の通り道を含め、繋がっている全ての魔導機器諸共、跡形も無く吹き飛ばすという仕掛け。コウはこの『爆弾になる部分』に細工を施して回っていた。
この部分には常に一定量の魔力がせき止められているので、魔力を視認出来るコウには簡単に見分けられた。
(これでよし。――うん?)
ふいに、コウは覚えのある気配を感じた気がして振り返る。
(……朔耶?)
なんだか天井の隅当たりから、朔耶の視線を感じる。しかし、朔耶自身の存在は感じられない。ステルスモードで近くにいる訳ではないようだ。
時間的に今は深夜であり、当人は火急の用事でも無ければ寝ているはず。
(あ、もしかして『夢内異世界旅行』っていう状態で見に来てるのかな)
見られているなら後で説明の手間が省けると、コウは視線の事は気にせず活動を続けた。
その過程で、機動甲冑を含む魔導兵器の保管庫や、製造工場区画も見つけた。いずれも地下深くに設けられており、一際広い空間には試験用なのか、一機だけ組み立て済みの機動甲冑もあった。複合体と同じくらいの大きさで、見た目は重甲冑の全身鎧といった風体だ。
搬出する時はパーツ毎にバラして運ぶらしく、完成品のまま移動させられそうな広い通路は無い。とりあえず、完成品の機動甲冑一機は異次元倉庫に取り込んでおく。
他にもこの施設の魔力供給を担っている動力源も見つけた。これは施設建造の資材として海底から引き上げた艦船の動力を改造して使っているらしい。
そうして施設の隅々まで回り、自爆装置の要である全ての『爆弾になる部分』である『魔力の変換器部分』に細工を施し終えた時には、そろそろ夜も明けようかという時間になっていた。
施設の警戒態勢は続いているが、警備員達はどこにも異常が見当たらないので、皆待機室に引き揚げている。
朔耶の視線は、いつの間にか感じなくなっていた。本人が眠りに就いたのかもしれない。
(こっちはこれで準備おっけー。あとはここをこうして――)
魔導兵器を持ち出せないよう、保管庫の扉を弄って封鎖したコウは、仕上げに施設の各種設備を制御する部屋に侵入した。
当直の栄耀同盟構成員も居たが、扉を開かず通気口から羽虫で入ったので、気付かれていない。この部屋の奥の壁に自爆装置の起動端末が設置されている。
近くに置いてある金庫の中から必要な鍵を入手し、起動端末の前で少年型を召喚して憑依すると、さっそく鍵を差し込んで操作した。起動の手順も入手済みである。
「だ、誰だ! 何をしている!」
部屋の中に突然現れた子供に、当直の構成員は跳び上がって驚くも、侵入者騒ぎで警戒していたからか直ぐに魔導拳銃を構えると、威嚇しながら誰何する。――が、既に手遅れであった。
「ぽちっとな」
コウは手動でこの施設の自爆装置を起動した。施設内の通路や部屋にある警告ランプが点滅し、非常ブザーが鳴り響く。間を置かずして、各所から問い合わせの通信も飛び込んで来た。
『おい、制御室! 何事だっ』
『非常ブザーが鳴ってるぞ! 何があった!』
『この警告ランプパターンって自爆モードじゃないのか!?』
「侵入者だ! 黒髪の子供が自爆装置を起動させやがった!」
当直の構成員は、魔導拳銃をコウに向けたままマイクに向かって叫ぶ。すると一瞬の沈黙の後、各所からの怒号が飛び交う。
『排除しろ! 自爆装置を止めるんだ!』
『黒髪の子供って、ガゼッタの街に来た奴じゃないのか!?』
『もう一人居るはずだ! 緑髪の女を探せ!』
『とにかく自爆装置を止めろ! 警備員を向かわせるんだ!』
少々混乱気味ながら、自爆装置の停止を優先すべきと判断した当直の構成員は、コウを威嚇しながら起動端末に近付こうとする。
発砲しないのは、相手が子供である事に加え、この部屋がデリケートな機器類に囲まれた制御室だからだ。
「そこを動くな、ゆっくり離れるんだ」
「だがことわる!」
コウは地球世界のサブカルチャーで学んだ『お約束』で返すと、少年型を解除しつつ端末の前に下の階で拾って来た機動甲冑を置いた。
「なっ!?」
少年の身体がいきなり光に包まれたかと思ったら何故か機動甲冑が現れた事で、当直の構成員は混乱する。まるで機動甲冑に変身したかのように見えたのだ。
『おい、どうした! 制御室応答しろ!』
「き、消えた! それに機動甲冑が……」
『もう直ぐそちらに到着する、落ち着いて状況を説明しろ!』
「子供が消えて、機動甲冑が出て来たんだ……!」
『何を言ってる……?』
互いに困惑した様子で通信のやり取りをする警備隊員と、制御室の当直構成員。するとまた別の警備隊員が割り込んでまくし立てる。
『そいつは幻覚だ! 早く自爆装置を解除するんだ!』
「違うっ! 幻覚なんかじゃない、実体を持ってるんだよっ!」
『落ち着け、警備の応援はまだか』
『今到着した』
やがて、制御室に二チームの武装警備員が飛び込んで来る。が、彼等は奥の壁際に佇む機動甲冑に目を瞠った。
「なんだこりゃ!?」
「幻覚だ! この部屋にあのサイズが入る訳ないだろ!」
本当に機動甲冑があった事に驚く者が半分。先の侵入者騒ぎの捜索で幻覚を使う原住民の仕業と判断していたチームは、自爆装置の起動端末周辺に向けて魔導拳銃を発砲した。しかし――
「な……っ、そんな馬鹿な!」
幻覚の機動甲冑をすり抜けて近くに立っているであろう原住民に当たると思っていた魔導拳銃の魔導弾は、機動甲冑の装甲に跳ね返された。
最初の発砲に触発されて他の警備員や当直の構成員も攻撃を試みるが、機動甲冑の丈夫な装甲はビクともしない。そうこうしている内に、自爆装置の解除可能時間が過ぎていく。
点滅する警告ランプの色が変わった。
「駄目だ、もう間に合わん……」
「こうなったら、魔導兵器を持てるだけ持って脱出するぞ!」
自爆装置が起動してから実際に爆発するまで、基地施設の場合は最初に自爆装置を解除する為の猶予が設けられており、解除可能時間を過ぎると爆発までのカウントダウンが始まる。
機動甲冑や汎用戦闘機のような乗り物兵器は割と直ぐに爆破されるが、大勢の施設職員を退避させたり、重要な資料や備品類を持ち出す必要のある基地施設には結構余裕を持たせてあるのだ。
もちろん、コウはそれらの情報も入手済みなので、きちんと対策をしてある。
『保管庫の扉が開かない! 封鎖されてるぞ!』
『資料室もだ!』
『制御室聞こえるか? こちら運搬チームだが、食糧庫の通路が封鎖されている』
次々に寄せられる各所からの報告に、制御室に集まっている警備隊員や駆け付けた幹部達は顔を見合わせる。
「くそっ、原住民め!」
侵入されてから僅か数時間で、多くの魔導兵器や資材共々この基地施設を放棄しなくてはならなくなった事に、歯噛みする栄耀同盟構成員達。
「ここまで鮮やかにやられたとなると、施設の内情に詳しい協力者が居たと考えるべきだな」
「っ!?」
「それは、組織の中に裏切り者が居るという事か?」
施設幹部の重々しい呟きに、驚きの表情を浮かべながらも、有り得ない事ではないと頷く警備隊の面々。点滅する警告ランプが最終段階に入った事を示す色になった。
「とにかく、こうなっては仕方がない。手持ちの荷物だけ持って脱出だ」
幸い、メインゲートと通常の通路は封鎖されていない。私物を持って逃げ出すだけの時間は残されていた。
概ねコウの狙い通り、栄耀同盟の拠点基地施設から、魔導兵器や備品などを持ち出させる事なく構成員達を追い出す事が出来た。本当は彼等の私物も入手したかったのだが、自爆装置が予想以上にゆったりしていたので、着の身着のまま逃げ出すようには仕向けられなかった。
脱出したこの施設の構成員約八十人は、爆発に巻き込まれないよう森の方へと避難している。
無人になった施設内に少年型を召喚して降り立ったコウは、制御室の機動甲冑を回収して施設の最下層を目指す。最後の総仕上げが残っているのだ。
「うまく行くといいなぁ」
施設最下層の奥まった場所にある、ほぼ使われていない通路にやって来たコウは、そこの非常口から外に出た。こちら側は施設の出入り口とは反対方向なので、洞穴の中に出る事になる。
施設拡張用の区画だが、この施設はこれ以上大きくする予定が無かったので、そのまま放棄されて小さな空間が残った。たまにここでサボる人が居るらしく、非常口の鍵は開いたままだ。
この場所からは洞穴内に組み上げられた、この施設の外壁を見る事が出来る。
「ちょっと大きいけど、出来るかな?」
施設の外壁に触れたコウは、そのまま異次元倉庫に取り込んだ。栄耀同盟の拠点だった基地施設が一瞬で消え去り、後にはぽっかりと空いた巨大な洞穴の空間だけが残された。
「よし、うまくいった」
無理なら一ブロック毎に分割して取り込むつもりでいたが、狙い通り、施設を丸ごと異次元倉庫に取り込めた。
これはこの施設が地球世界の造船技術のようなブロック工法で組み上げられた、一個の構造体として完全に独立した状態だったので実現出来た荒業だ。
地面や壁と接合していた場合は、その部分だけ取り込めずに残される可能性もあった。
「こんど中を探索しよう」
色々便利なものが見つかるかもしれない。エイネリア達ガイドアクターを始め、異次元倉庫内に漂わせている数々の書類や道具類など、無数のアイテムを保管しておく場所としても使える。
なかなか良い拾いものだったと満足気に頷いたコウは、最後に施設の自爆を偽装するべく、洞穴の出入り口に適当な爆発物を仕掛けた。
ちなみにこの爆発物だが、コウは東方オルドリア大陸のフレグンス王国を訪れていた時、王都の大学院の地下に発見された古代遺跡を探索中、過去の時間軸に飛ばされる事があった。
その時に、通路の爆破用に仕掛けられていた爆弾の中身を抜き取り、通路の爆破を無かった事にする歴史改変――正確には少し結果の違う時間軸への移動という経験をしている。この爆発物はその時の物だ。
仕掛けた爆発物に起爆用の魔術を付与する。装飾魔術の応用で、一定時間の経過後に小さな火花と電撃が発生するというもの。
(これでよし。ボクも脱出しよう)
少年型を解除し、羽虫に憑依してこの場を離れる。しばらくふよふよと飛んでいると、爆発が起きて洞穴の出入り口が崩落。完全に封鎖された。
あの規模の施設全体が吹き飛んだにしては、かなりささやかな爆発だったが、脱出した栄耀同盟の構成員達が様子を確かめに来る事は無かった。
彼等はパトルティアノーストを目指しているようだ。潜伏組と合流するつもりなのかもしれない。
(ボクも帰ろう)
やがて高い木の天辺で待っていたガゼッタの伝書鳥のところに辿り着くと、羽虫から離れて伝書鳥に憑依する。
『ただいま~』
「ギュワッ」
『羽虫君もおつかれさま』
「…」
小さな虫にとってはかなりの大冒険に付き合わされた羽虫は、微かに楽し気な意識を返して木の表面に着地。もぞもぞと這いながら去って行った。
『それじゃあパトルティアノーストに帰還しよう~』
「ギューワッ」
栄耀同盟の前線基地である拠点施設をまるごと異次元倉庫に納めて無力化したコウは、ガゼッタの伝書鳥と共にカルツィオの夜明けの空へ飛び立った。
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