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狭間世界編
第十二話:古都パトルティアノースト
しおりを挟む汎用戦闘機の編隊がカルツィオの空を行く。カルツィオ聖堂から南下を続けて月鏡湖を越えると、やがてガゼッタの首都である巨大な城塞都市、パトルティアノーストが見えて来る。
「けっこう大きいなぁ」
「昔はアレが全部王宮だったのじゃよ」
古代カルツィオで当時世界を支配していた白族帝国の中枢である古都パトルティアノーストは、城塞都市が丸ごと王族の城だったそうな。
長方形の箱型で、中央よりやや北寄りの部分に大きな塔が立っており、その屋上には緑の庭園が見える。塔の周りは深い溝で隔てられ、橋が掛けられている。
城塞部分からは隔絶された『中枢塔』というらしい。
パトルティアノーストの上空までやって来ると、大量の捕虜を乗せた輸送機隊はガゼッタの戦士達が待機している軍施設の敷地へ。
コウとアユウカスを乗せた機体は、中枢塔の天辺に広がる空中庭園に下りて行った。
夕日に照らされる中枢塔。着陸した汎用戦闘機から降り立ったコウは、改めて周囲を見渡した。
相当に高い位置に造られたこの場所は、まさに『空中庭園』の名に相応しく、ぐるりと360度カルツィオの大自然が広がっている。
すぐ下に広がる巨大な城塞都市部分も視界に入らないので、ここだけ高い山の頂きに切り取られた場所のような錯覚を覚える。
キョロキョロと視線を彷徨わせるコウは、庭園の其処彼処に遺跡っぽく佇んだり転がっている古そうな石柱を観察しつつ、感嘆していた。
「すごいなぁ」
「良いところじゃろ? まずはここの王を紹介しよう。こっちじゃ」
アユウカスは、自身のお気に入りの場所でもあるこの庭園を軽く自慢しつつ、コウを奥に見えるドーム状の建物へと誘う。
神議堂と呼ばれるその建物は、ガゼッタ国の意思決定が行われる『中枢塔』の中にある『中枢施設』であった。
ドーム状の建物の前には、白髪の大柄で精悍な顔つきをした男性が佇んでいた。
(あ、ガゼッタの王様だ)
コウはアユウカスや悠介達から得た記憶情報で、彼が『シンハ王』だと直ぐに分かった。王の出迎えにアユウカスが声を掛ける。
「今戻ったぞ。おとなしゅうしておったか?」
「ああ、こっちは動きも無く退屈だったぞ。婆さんは随分楽しんできたようだな」
カルツィオ聖堂での騒動とそれに伴う大量の捕虜を連れて帰還した事は既に伝わっているらしく、シンハ王は退屈な留守番をさせられた事を不満げに愚痴る。
「潜伏しておる連中がいつ動くかもわからんのに、もうちっと緊張感を持て」
血気盛んな若者を言い聞かせるように諫めるアユウカスに、ふんと鼻を鳴らして応えたシンハ王は、コウに視線を向けて問う。
「して、その子供は?」
「コウという。ユースケやサクヤ達と同じ異界から来た者じゃ」
「よろしくー」
紹介されて挨拶をするコウ。
「ガゼッタの王、シンハだ。それで、お前は何が出来る? 婆さんがわざわざ連れ帰るという事は、ユースケやサクヤのような人外の力を持つのだろう?」
実に王族らしからぬ大雑把な挨拶と、王に相応しい洞察力。コウは初めて見るタイプの王様だなぁと興味を抱く。
そこでアユウカスが動いた。
「ところで、シンハは先延ばしにしておる結婚についてどう考えておるのかのう」
急にサリナ――シンハの婚約者の話題を出されて訝しむシンハだったが、アユウカスの問い掛けはシンハではなく、コウに向けられていた。
「えーとねー」
じっとシンハを見上げながら何かを答えようとしているコウに、不穏な直観を働かせたシンハがアユウカスに意図を訊ねる視線を向ける。それにニヤッと笑みを返したアユウカスが告げた。
「この子はのう、人の心を読み取る事が出来るんじゃ」
「っ!?」
コウの読心能力は人の内面をかなりの深層レベルまで読み取ると聞いて慌てるシンハ。
「まて、白族の王として我が心を読む事は許さん」
シンハは、ガゼッタ国王の名において読心を禁じた。コウはアユウカスに御伺いを立てる。
「王さまが駄目って言ってるよ?」
「かまわん、白族の里巫女であるワシが許可する」
アユウカスはそう言ってガゼッタ王の令に被せる。
「どっちがエライの?」
「ワシじゃ」
「……」
沈黙するシンハ王。
事実、アユウカスは古代カルツィオに繁栄した大帝国で、白族の帝王トルイヤードに見初められた王妃でもある。里巫女として白族を見守りながら、悠久の時を過ごして来た最古の王族なのだ。
「えーとねー」
シンハ王の本音の気持ちが、コウの読心能力で暴露される。
「めんどくさいが六割。リシャって人の気持ちが気になるのが三割。跡取りだけ残せれば後はウヤムヤにならないかなーって期待が一割?」
婚約者サリナとの結婚は、実は以前にもサリナ側の保留でつまずき、国内を二分する勢力と隣国も巻き込んで少し揉めた事がある。
脳筋気味なシンハにとって、剣の腕では解決出来ない問題は頭が痛い。正式に結婚を進めれば、またぞろややこしい問題に対処しなければならなくなるかもしれず、それならばいっそ世継ぎだけ用意して、後は適当に流せれば――あわよくば有耶無耶にして済ませたい。
というのが、シンハの本音である。
「……シン坊」
「お、王の勤めは果たしているだろう」
ジト目のアユウカスに低い声で詰め寄られて、顔色を悪くするシンハ王。そんな二人のやり取りを耳の端に聞きつつ、コウは空中庭園の端まで歩いて行く。
安全柵などは設けられていないが、直ちに落下するような造りではないようだ。庭園の端から下を覗き込むと、二メートル幅ほどの足場があった。
空中庭園は皿の上に皿を乗せた様な二重構造になっており、土の流出防止や水捌けも考えられた仕掛けが組み込まれているらしい。
これらは過去カルツィオに降臨した、古代の邪神によって造られた施設なのだそうな。
(大昔のカルツィオかぁ。古代魔導文明くらいの昔はどんなだったんだろう)
狭間世界を漂う浮遊大陸にも、魔術や技術が発達した超文明が存在したのだろうかと、異世界の歴史に想いを馳せるコウ。
潜伏する敵対勢力の燻り出しを期待されて、ガゼッタにやって来た一日目は、こんな感じに過ぎて行くのだった。
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