上 下
112 / 140
オルドリア大陸編

第六話:狭間の世界へ

しおりを挟む


 フレグンスの地下遺跡調査で見つかった『発掘品』は、そのほとんどが格納庫に落ちていたコンテナの中身で、『影晶』という古代魔導文明の記録媒体だ。
 影晶に記録されている情報を読み出せるのは、今のところ古代魔導文明の技術で作られたガイドアクターのエイネリアとエティスのみ。
 帰国の準備に入っているレイオス王子達には、影晶の中身情報を吟味する時間的余裕も無い。
 その為、破損して機能が失われているものを数点と、適当に何か情報が入っている影晶を譲って貰う事で交渉の決着が付いた。

 魔導船に水や食料も積み込み、魔導機関を始め各部の点検も終わって準備は万端。
 ウェベヨウサン島のリゾート遺跡施設で見つけた究極の魔材など、コウが異次元倉庫に保管していた魔導船団のいくつかの荷物も、既に魔導船に積み替えてある。
 究極の魔材に関してはアンダギー博士に解析してもらう予定だが、かなりの貢献も果たして魔材の扱いに慣れているコウにも、少し分け与えられていた。
 明日の朝には、フラキウル大陸に向けて出発する予定であった。


 そんな夕暮れの刻。フレグンス城の客間がある階の、四隅に設けられているサロンにて、コウとガウィーク隊はささやかなお別れ会をやっていた。

「コウはまた異世界に渡るんだな」
「うん、地球世界だよ」
「サクヤちゃん達が住んでるせかいだっけ」
「……興味深い」

 魔法は存在しないが、古代魔導文明にもよく似た雰囲気の世界だと聞いているガウィーク達は、今回の遺跡探索で古代魔導文明に対する認識も深まっており、朔耶が時々見せる地球世界の道具の事も相まって、高度な文明を持つ異世界をより明確に実感しているようだ。

「しかし、コウは本当の意味でも冒険者やってるよな」
「確かに、世界を股にかけて飛び回っているからな」

 リーパやダイドの言葉に、ガウィーク隊のメンバーは揃って頷く。
 今回の冒険飛行や地下遺跡の発見と探索によるコウの功績は、ガウィーク隊とレイオス王子達からも冒険者協会に報告されるので、コウが個人で取得している勲章メダルも更新される見込みだ。
 いずれまた、冒険者協会の支部がある街にでも立ち寄れば、そこでメダルが贈られるだろう。


 やがて夜になり、皆が寝静まる頃。『サクヤ式ランプ』の街灯で照らされたフレグンス城の庭園を散歩しているコウは、明日からの動きについて京矢と交信で相談していた。

『キョウヤを地球世界に送ってから沙耶華をこっちに連れて来て、それから地球世界に戻った朔耶がエイネリアを狭間世界に連れて行く予定なんだって』

 今日の昼頃、ガウィーク隊とのお別れ会に向かう途中で朔耶と会ったコウは、明日の予定をそう聞いていた。

『ボクはキョウヤが地球世界に送られたら、異次元倉庫から渡るつもり』
――地球世界でエイネリアを出して預けるわけか……ふーむ――

 明日の段取りを聞いた京矢は何やら考え込んでいる。京矢の思考に意識を向けると、考えている内容が伝わって来る。
 それは、『コウも一緒に狭間世界に行った方が良いのではないか?』という指摘だった。

『ボクも?』
――うん? ああ、考えてる事が伝わったのか。ちょっと気になる事があってな――

 コウがこの前に朔耶から聞いた、レクティマの状態について。記憶がかなり戻り掛けているという話だったが、完全に正常になった場合どうなるのか。

――所属とか実行命令とかそのままだったら、あのリゾート施設の遺跡から勝手に持ち出されてる事になるよな――
『あ~、そっか~』

 エイネリアもエティスも、管理者の認証コードを使ってコウやレイオス王子に所属を移す事で、外に連れ出す事が出来た。京矢は、レクティマにも同じ処置が必要になるかもしれないという。
 例の認証コード書き換え済み託児カードと、究極の魔材も少し手元にある。念の為、行けそうなら連れて行ってもらえとアドバイスする京矢に、コウも同意した。
 エイネリアを狭間世界に連れて行くにも、異次元倉庫に入れて運べば安全確実。エイネリアは、異次元倉庫内に居る間は、同じく収納されている待機用の椅子に鎮座している。倉庫内には高出力の魔力を発する魔導器の類が揃っているので、魔力の補充には困らないのだ。
 待機用椅子の下に魔力を発する物を置いておけば、そこからエイネリアに必要な魔力を吸い上げて充填してくれる。

――明日、都築さんが来たら俺からも話しておくよ――
『よろしくー』


 翌日。コウはフレグンス城の竜籠発着場から飛び立つ魔導船団を、朔耶と共に見送っていた。

「みんなー、またねー」
「コウー! こっちに戻ったらまた顔出せよー!」
「コウちゃーん」

 甲板で手を振るガウィーク隊メンバーや船員達。レイオス王子の傍には、今朝早く朔耶が連れて来た沙耶華の姿もあった。
 魔導船団は見事な隊列を組みながらフレグンス城の周りを一周し、上層階のテラスに立つカイゼル王やアルサレナ王妃、レティレスティア王女達にも挨拶をして、西の空へと昇って行った。
 城の庭園で見送ったフレグンスの貴族達は、いずれこの国にもあのような魔導船が飛び交うようになるかもしれないと期待しているようだ。
 ――実際には、魔導船の技術はグランダール国の最重要機密に当たるので、他国に売り出されたり譲渡される事は、まず無いであろうが。

「さて、お見送り完了~」
「じゃあボクはキョウヤのところに行ってるね」

 一息吐きながら呟いた朔耶に、コウは一足先に地球世界へ渡る事を告げる。

「うん。迎えに行くから、京矢君の家で待っててね」
「りょーかい」

 少年型を解除して精神体になったコウは、異次元倉庫内から京矢との繋がりの線を辿って世界の壁を超える。初めて自力で世界を渡った時は、途中でつっかえて動けなくなったりしたが、今は道が出来たのかスムーズに渡れるようになった。
 地球世界の実家、御国杜家の自室に居る京矢の傍に抜け出たコウは、少年型を召喚して憑依する。

「とうちゃーく」
「お、来たか」

 召喚の光と共に部屋に現れたコウを、京矢は掃除機片手に迎えた。

「お掃除してたの?」
「ああ、何日も放置してると結構埃とか溜まるからな」

 現在の京矢の生活は、帝都エッリアの離宮で仕事をこなしながら過ごすのが日常で、地球世界の実家に帰って来るのは一、二週間に一度くらいになっている。実家に帰って最初にする事は、自室の掃除からというのが習慣になっていた。
 以前の、行方不明だった頃は、両親が毎日のように部屋を掃除してくれていたが、今は異世界の宮殿に勤める社会人(?)なので、自分の事は自分でやるのが当たり前なのだ。


 ちなみに、コウは京矢の両親からも非常に好かれている。稀に地球世界に来た時は率先して顔見せの挨拶に行くようにしていた。

「あらーーーーコウ君ーー! 久しぶりぃーーーーー!」
「こんにちはー」

 ゆっくりして行ってねぇーーーと歓迎する京矢のママさんに一通り甘える演出などこなしつつ、朔耶が迎えに来るのを待つ。
 一方、部屋の掃除を終えた京矢は、次に向こうへ持って行く物のリスト作りや荷物の整理をしながら、コウの子供演技にツッコんでいた。

『お前、それ毎回やるのな』
――ママさんも本当はキョウヤに甘えて欲しがってるよ?――

『……知ってる』

 流石に二十歳過ぎの息子としては、いい歳して『母さん母さん』と甘えるわけにもいかないし、甘える気にもならない。なので京矢は、自分の代わりをやってくれるコウには実際、有り難いと思っていた。

(まあ、成人する直前に一年近くも行方不明になってたからな……)

 立派に成長した息子の姿を実感する間もなく、飛行機事故で生存は絶望視されたまま遺体も見つからず約一年が経過し、ある日突然『異世界で生きている』なんて事が伝えられた。
 ようやく再会したかと思えば、そのまま家に落ち着く事も無く、通常の方法では連絡のつかない異世界に就職して、偶にしか帰って来ない。

『う~ん、何か親不孝してる気がして来た』
――そのうち、エッリアにも呼んであげれば?――

 コウ曰く、朔耶は自分の家族や親しい友人の家族も異世界に招き、フレグンスの別荘に宿泊させるなどしている。京矢の両親も、スィルアッカ達に挨拶する目的で一泊二日くらいなら離宮に部屋を用意してもらえるのではないかとの提案。

『異世界旅行のプレゼントか……都築さんやスィルアッカ達に丸頼りになるけど、ちょっと考えてみるか』


 そんなこんなと過ごしているうちに、朔耶が御国杜家にやって来た。地球世界での朔耶は、ごく普通の女性に過ぎない。ちょっと精霊術とか使ったりするが、普通の人間である。多分。
 都築家からここまでは交通機関を使った移動で、それなりに時間が掛かる。今日は朔耶の兄である重雄が車で送ってくれたようだ。

「おまたせー、じゃあ一旦あたしの家に行こっか」
「りょーかーい」

 京矢の両親にも軽く挨拶をした朔耶に連れられ、コウは都築家へと向かう。道中、コウは京矢の両親を帝都エッリアに連れて行く異世界旅行計画について、京矢の代わりに色々相談しておいた。

「そうね、沙耶華ちゃんのご両親も博士のところはちょっとアレだけど、グランダールに招こうかって話は出てるし、良いんじゃない?」

 また今度、当人達を交えてじっくり計画を練ろうかという方向で話がまとまった。

 一時間ほどで都築家に到着。庭に小石を並べて作られたストーンサークルを転移の目印に世界を渡る。

「じゃあ狭間世界に跳ぶわね」
「わくわく」

 円に入って朔耶と手を繋いだコウは、精霊の力が働くのを感じながら転移の瞬間を待つ。京矢にも一言、転移直前の交信を入れておいた。

『じゃあちょっと行ってきまーす』
――おーう、行ってこーい――

 京矢のゆるーい送り出しを受けるのとほぼ同時に景色が切り替わった。地球世界の一般的な家の庭から、大きなお屋敷を見上げる庭園の一角へ。
 周囲を見渡せば、石造りの屋敷がポツポツと立ち並び、少し遠くに大きな塔のような建物が聳えている。
 この場所はかなり高い位置にあるらしく、大きな屋敷群の隙間から覗く街の景色は、密集した家々の屋根や路地の様子を見渡せた。

「さ、行きましょ」
「はーい」

 目の前の石造り三階建てくらいの屋敷に向かって歩き始める朔耶に、コウも続く。
 コウと朔耶がいきなり敷地内に現れた事で、門を護っている衛兵らしき人達が動揺していたが、屋敷の玄関から出て来た執事っぽい初老の男性が、彼等に『問題無い』と指示を出していた。

「こんにちは、ザッフィスさん」
「お待ちしておりました」

 既に何度かここを訪れている朔耶は顔見知りのようだ。執事長のザッフィスに屋敷の中へと案内された。

 屋敷の中はあまりごてごてとした装飾品類は無く、落ち着いた雰囲気の調度品で整えられた空間が広がっていた。その玄関ホールで、邪神・悠介に出迎えられる。
 以前見た黒いマントの隊服姿ではなく、部屋着らしい割とラフな格好をしている。

「やほー、おはよう悠介君」
「やほー、ユースケおにーさん、おじゃましまーす」
「いらっしゃい――てか、コウ君も一緒か」
「うん、ネリアちゃん運ぶのにも都合がいいし、ちょっと気になる事もあるんで」

 連れて来ちゃったと説明する朔耶に、悠介はOKOKと歓迎してくれた。
 ちらりと見えた奥の広間には、白髪の少女と青髪の女性が並んで座っている。こちらの様子を覗っていた二人は、コウと目が合うと会釈したので、コウもペコリとお辞儀を返す。
 それを目の端に捉えた悠介が内心に思い浮かべた『今日の予定』や『身の回りの人物』に関する情報を、コウは瞬時に読み取った。
 悠介は今日は休暇を貰っているので、衛士隊業務は無し。広間の二人は、スンとラサナーシャという名の同居人で、それぞれ恋人と愛人という関係。肉体関係あり。もう一人ラーザッシアという女性とも関係を持っており、その女性は悠介の奴隷という身分にある。現在は地下室で薬の研究中。
 他にもパルサという不老不死の能力を持つ女性が居候しており、今は就寝中らしい。彼女達は皆、様々な立場から紆余曲折を経て、悠介の傍に身を置いているようだ。
 コウが悠介から拾えた情報を一通り読み取ったところで、朔耶が告げる。

「さっそくティマちゃんにネリアちゃんを会わせたいんだけど」

 そう言って視線を向けて来た朔耶の意図に応え、コウは異次元倉庫からエイネリアを取り出した。
 以前、魔王討伐で共闘した悠介はコウの能力の一端を見た事があったのであまり驚かなかったようだが、屋敷の使用人達は、どこからともなく現れたエイネリアに目を丸くしていた。

「皆さん、お久しぶりです」

 エイネリアはそう言って丁寧な挨拶をすると、スッと屋敷の奥に視線を向けた。その方向にある部屋の一室に、スリープモードで待機しているレクティマが居るらしい。エイネリアに確認したところ、どうやら救難信号を発しているようだ。
 さっそく部屋に案内してもらう。そこには充填用の椅子に座って目を閉じているレクティマの姿があった。彼女の前に立ったエイネリアが、通信による呼び掛けを始める。
 少し遠巻きにしながら見守る事しばらく。呼び掛けに応じたレクティマが目を開いた。

「あ、おきた」

 二人の傍に歩み寄ったコウは、エイネリアと交信中であるレクティマの人工精霊から情報の読み取りを試みる。
 まず確認が必要なのは、現在のレクティマの状態や、最優先で実行されている命令内容だ。そこから所属の変更など再設定が必要か否か、その見極めをする。

 そうしてコウの観察とエイネリアの解析で分かった事。レクティマは記憶情報の整理でスリープモードに入っていたのではなく、盗難対策として設定されている活動制限モードが発動していた。
 記憶が正常に戻った時に座標の照会が行われたのだが、現在地不明という結果からセキュリティプログラムが『当機は所属していた施設から持ち出されている』と判定した。
 それにより、レクティマはあらゆる機能にロックが掛けられたのだ。可能な限り機体の状態を保ちつつ、救難信号を発しながらの待機状態だった。

「そうだったのか」
「今、エイネリアが一時的に解除してくれてるよ」

 同僚機であるエイネリアがガイドアクターの専用回線からアクセスしてロック状態を解き、その間に所属の変更を行う。
 コウは、送り込んだイメージを立体的に再現する機能を持つ『究極の魔材』を使い、異次元倉庫内でガイドアクターの全権責任者であった人物の顔を模したお面を作った。
 以前は全身を作っていたが、認証に必要な情報はコードと顔だけでOKであると、エイネリアから聞いている。このお面と共に認証コードを書き換えた腕輪を朔耶に渡す。

「うおっ、なんすかそれ」
「リードゥ主任っていう、古代のおじさんの顔」

 やたらリアルなお面に引いている悠介に、それを被った朔耶がレクティマの所属の変更に必要な手順である事を説明した。
 リードゥ主任のお面と認証コードの腕輪を付けた朔耶がレクティマの前に立つ。
 はたから見れば何ともシュールな光景だが、レクティマは被り物朔耶を全権責任者リードゥ主任と認識したようだ。

「所属部署の責任者を確認。当機の一部機能制限を解除しました。おはようございます、リードゥ主任」

 椅子から立ち上がったレクティマがペコリと挨拶する。リードゥ主任役の朔耶は、一つ深呼吸して切り出した。

「レクティマ君、突然だが君の所属を変更する事になった」
「まあ、そうなのですか?」

 朔耶が男性役らしく低い声を出そうとしているが、その様子を見た悠介が内心で「某塚歌劇団を見ているようだ」という感想を抱いた。コウは以前、地球世界に遊びに行った時に、京矢の家のテレビでその歌劇団を見た事があったなぁなどと思い出す。

「エイネリアの時もこんな風にしたんだよ」
「ほほう」

 コウが悠介に、ガイドアクターの所属変更手続きについて話している内に、朔耶がレクティマの所属をコウに移した。
 レクティマに内蔵された記憶を司る人工精霊にコウが所有者として登録され、所属の変更が完了した。

「うん、上手く行ったみたいね。悠介君もここまで協力ありがとね」
「いえいえ、こっちも色々手伝って貰ってますから。っていうか、今それ外しちゃって大丈夫なんすか?」

 レクティマの目の前でお面と腕輪を外した朔耶に悠介がツッコんでいるが、ガイドアクターのその辺りの認識は結構アバウトなのだ。

「何せ古代文明の人って、性別は勿論、見た目の年齢まで変えたり出来るそうよ」
「へぇー」

 大富豪限定ではあるが、実年齢六十過ぎで見た目は十歳の子供爺さんが普通に存在していたのだ。あくまで見た目だけだが。
 普通の人間がそこまで若返りというか若作り出来る世界であるなら、本人を認証する方法は基本的にデータ上にしか存在せず、いきなり目の前の実物が別物になっても問題無いのかもしれない。

「いやまあ問題はあるんだろうけど、その辺りの細かい照会とかは他でやってたんじゃない?」
「だろうね。聞いた限りじゃ世界中に監視網が張りめぐらされてるような文明だったみたいだし、役割分担的にも、ガイドアクターの認証機能はそこまで高性能にする必要がなかったのかも」

 悠介と朔耶が、古代文明の社会システムについて色々と考察を始めた。
 コウはその内容にも興味があったが、二人の傍らで話に付いていけない様子のスンという少女と、辛うじて概要を理解しているラサナーシャという女性から情報の読み取りを行っていた。
 この狭間世界について詳しく知るには、現地に住む様々な人間の知識に触れると手っ取り早い。二人の知るフォンクランクという国。カルツィオという大陸。そして『田神悠介』の人物像。
 『災厄の邪神』で在りながら平和主義者を自称し、世界に平穏をもたらせるべく奔走して、改革を成し遂げていく英雄。そんな『悠介と世界』の姿が垣間見えた。
 コウは「凄い事してる人なんだなぁ」と感心する。その時――

(うん?)

 ふと、この場に居ない『誰か』の思考の流れを拾った。それは「面倒な」とか「厄介だ」という、漏れ零れた呟きのような思考。
 今現在、この部屋に居るのは朔耶と悠介に、スンとラサナーシャ。使用人はおらず、エイネリアとレクティマは心の中で独り言を呟いたりしない。
 キョロキョロと部屋の中を見渡し、先程の呟き思考の主を探す。すると『何をしている?』というような疑問を抱く思考が拾えた。どうやら思考の主はコウの動きに注目しているらしい。
 明確にこちらに意識を向けられた事と、その思考を狙って読み取った事で、思考の主を特定する事が出来た。
 この部屋の天井の隅。直接覗いているのではなく、何か微弱な魔術のような力を使い、鏡に反射させるような方法でこちらを観察しながら、音声も自身の持つ技術で拾っていたようだ。
 部屋の中央付近に固まって話している朔耶達の輪から、スッと一歩離れたコウは、自分を注視しているその存在に、不意打ちで視線を合わせてやった。

『っ!』

 一瞬『気付かれた!?』という緊張した思考と硬直する気配。すると、悠介と話していた朔耶がちらりとコウを見て、次いで天井の隅を一瞥すると、コウに交感で伝えて来る。

――大丈夫よ、あの人そんなに害は無いから――
『そうなんだ?』

 どうやら朔耶の精霊も気付いていたようだ。天井の隅から観察していた存在、『レイフョルド』というこの国の特殊工作員らしい人物は、それからすぐに立ち去った。
 悠介の敵では無いようだが、朔耶や自身コウに対してはあまり友好的とも言えない。国に従事する立場の人らしい。

(あの人からは、色々詳しい情報が読めるかも)

 狭間世界の『裏社会』の情報に関しては、ラサナーシャもかなり深く精通しているようだが、レイフョルドは各国の王室や地下組織にも詳しいそうな。
 貴重な狭間世界の情報源として、再会に期待するコウなのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。