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おわりの章

第七十四話:王都奪還1

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 王都アガーシャの正門前に陣を構える魔族軍。騎兵が目立つ左右の部隊と、盾兵の多い中央にそれぞれ推定で4000ずつ。防壁上にも2000人規模の魔術兵が詰めている。

 クレアデス解放軍と聖女部隊が凡そ500メートルほどの距離まで近付くと、防壁上の魔術兵から中央の盾兵部隊に対して、何らかの魔法が行使された。

(うん?)

 ずらりと並んだ盾兵が掲げる盾の表面に、魔法陣が浮かんでいる。その無数の魔法陣の群れは、防壁上から注がれる魔法の光に反応するように輝きを増していく。
 一見、防御力を高める支援魔法のようにも思えるが――

(なんか、魔力の流れがこっち向いてる気がする……)

 あれは攻撃系の魔法ではないかと思った呼葉は、宝杖フェルティリティを構えながら全軍に警戒の指示を出して前に出た。
 呼葉を屋根に乗せた馬車が、クレアデス解放軍と聖女部隊の先頭に立つ。

 盾兵部隊を包む程に増した魔法陣の光は、やがて渦を巻くように収束し、高出力な熱線となって放出された。

「うわっ、やっぱり攻撃魔法だった」

 ほぼ同時に、左右の騎兵部隊が動き始めた。片方はゆっくりと、もう片方は早駆はやがけで回り込んで来る。
 呼葉は正面に迫る熱線に対し、魔力吸収効果を持たせた特大光弾を浮かべて防いだ。
 広範囲に撃たれていれば、横陣を敷いているクレアデス解放軍の両脇が護りの外になるところだったが、正面に集中していたので被害は完璧に抑えられた。

「コノハ殿! 大丈夫ですかっ!」
「問題無いよ、危ないからしばらく顔出さないようにね」

 馬車の窓から身を乗り出しているアレクトール達に答えた呼葉は、左側から回り込んで来る魔族軍の騎兵部隊に、誘導と吸引効果を持たせた特殊火炎弾を放った。
 呼葉がこの時代に来た初日に、第一防衛塔前で使ったものだ。


 一方の魔族軍騎兵部隊。
 初撃の第四師団魔術兵と第二師団特殊盾兵部隊による連携範囲攻撃魔法を合図に飛び出した第五、第二師団混成右翼部隊は、クレアデス解放軍の側面から回り込もうとしていたのだが――

「対魔法防御!」
「止まるな! 駆け抜けろ!」
「散開! 散開!」

 儀式魔法未満ながら、十分な威力と効果範囲を持つ連携範囲攻撃魔法を防ぐのに相当な力を使わせたと思った聖女から、直後にとんでもなく高威力の特大火炎弾が飛んで来た。
 慌てて回避行動を取るが、聖女の放った反撃は普通では無かった。

「うわっ! こ、こっちに――」
「回避ーー!」

 その巨大な火炎弾の恐ろしいところは、ただ飛んで来て爆発するという従来の範囲攻撃と違い、周囲の兵達を吸引しながら追尾して来るのだ。
 最初に回避してやり過ごしたと思った瞬間、突然方向を変えて来た事に対応出来ず、十数騎が飲み込まれた。火炎弾に飲まれた兵士や騎獣は一瞬で燃え上がり、蒸発。

「第二班、第四班共に消滅! 火球なおも接近中!」
「無茶苦茶だっ!」

 思わず叫ぶ部隊長。既に大隊規模の兵士が犠牲になったが、聖女の火炎弾は尚も勢いを落とす事なく部隊を蹂躙し続けている。
 第五、第二師団混成右翼部隊は、最早クレアデス解放軍を攻撃するどころではなくなっていた。そんな味方の様子を見た混成左翼部隊も、『これはマズいのでは?』と動きが鈍る。


 呼葉が放った特殊火炎弾は、魔力の強さに反応してそちらへ流れていく仕様になっている。
 魔力を吸引しようとする力が移動の源にもなっているので、結果的に追尾機能のような挙動となり、特に複数人で固まっているところへ優先的に向かうのだ。

 特殊火炎弾はもうしばらく持続する。
 混乱して逃げ惑う魔族軍の右翼部隊を尻目に、宝杖フェルティリティを一旦鞄に挿し戻した呼葉は、宝珠の魔弓を取り出す。
 右翼部隊と連携して正面から圧力を掛けようと動いていた魔族軍の左翼部隊に対して、宝珠の魔弓による範囲攻撃を放った。

 遠征訓練の時に使ったような過大な魔力を練り込まなくても、十分に威力がある。
 祝福の効果により、数百発に増えるばら撒き型の魔法の矢を十連射もすれば、左翼部隊も統制が取れなくなったらしく右往左往し始める。
 これで左右の騎兵部隊の動きは封じた。

 その時、正面中央に陣取る魔族軍に動きがあった。防壁上の魔術兵から、正門前の盾兵部隊に魔力が流れ込んでいる。先程の高出力な熱線攻撃を狙っているらしい。

 呼葉は宝珠の魔弓を足に引っ掛けて宝杖フェルティリティを抜き出すと、前方に特大火炎弾を浮かび上がらせる。
 このまま魔力吸収効果を持たせて防御すれば、先程の再現になるところだが、相手が同じように正面にのみ撃ってくるとは限らない。

 クレアデス解放軍と聖女部隊は前進を続けており、正門前の盾兵部隊との距離は既に約200メートルを切っている。

(やっぱり上の魔術兵が問題よね)

 強力な一発がある魔法を先に封じておくべきだと判断した呼葉は、特大火炎弾に圧縮を掛けた。
 絞りに絞って眩しく輝く光の玉状にまで圧縮したそれを宝杖の先に掲げると、防壁上の魔術兵集団に向かって放出した。

 ヴィンッという何かの振動音のような響きと共に、レーザーのごとく光の線が防壁上を薙ぎ払う。数瞬遅れて炎が噴き上がり、光線が薙いだ部分の防壁が広範囲に渡って前方へと滑り落ちた。

「あ」

 ここまで威力があがるとは予想外だった呼葉は思わず声を漏らす。圧縮火炎弾レーザーで斜めに切り取られた防壁が、盾兵部隊の頭上に降り注ぐ。
 防壁上に居た魔術兵との連携攻撃魔法も当然不発に終わり、大混乱に陥っている盾兵部隊に、クレアデス解放軍が一気に速度を上げて突撃した。

 聖女の祝福効果で装備も含めて、一騎当千レベルに底上げされた兵士達。混乱しているところに斬り込まれた盾兵部隊は、あっというまに蹴散らされた。

 王都アガーシャの正門前を確保するクレアデス解放軍。
 彼等の後方に付いていた聖女部隊はこの突撃と制圧には参加せず、呼葉が動きを封じた左右の魔族軍騎兵部隊に目を光らせていた。

「様子はどう?」
「今のところ、仕掛けて来る気配はありませんね」
「こっちもだ。ありゃあ王都の裏側に撤退するんじゃねーかな」

 馬車の屋根から訊ねる呼葉に、クレイウッド参謀とパークス傭兵隊長がそれぞれ答える。
 特殊火炎弾に追い回されて半数以下まで数を減らしている右翼部隊と、同じく数千発の魔法の矢雨に曝されて壊滅状態にある左翼部隊は、混乱から立ち直って統制は取れているようだ。
 しかし、一向に近付いて来ない。

 やがて、左右の騎兵部隊は王都の防壁に沿って西と東へ退却して行った。
 パークスの予想通り、北側の門から王都内に撤退するつもりなのかもしれない。流石にあのままルーシェント国に向かうという事は無いだろう。

 正門前は掃討も終わっており、瓦礫の撤去作業が一段落しそうであった。

「さて、門を破る前に魔法の矢でも降らせておきましょうかね」

 門前と防壁上に陣を敷いていた魔族軍部隊、凡そ14000をあっさり退けたクレアデス解放軍と聖女部隊。
 呼葉は、突入前の露払いとばかりに宝珠の魔弓を構えるのだった。


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