73 / 106
おわりの章
第七十二話:王都アガーシャへ
しおりを挟む奴隷部隊が発見された河原で、彼等を縛る呪印から解放した呼葉達。
ラダナサを始めとする50人の元『贄』だった魔族集団と、奴隷部隊にされていた1200人の難民集団を連れて関所陣地跡に戻って来た聖女部隊は、難民集団を天幕に加えて一休みさせた。
そしてラダナサ達魔族集団には、多くの捕虜を抱える仮設収容所に同行してもらい、捕虜達に使っている魔封じの枷のチェックを頼んだ。
何せ捕虜自身に作らせた急造品なので、性能の信頼性は低い。
故意に作られた不良品なのか、単に制作者の技量が足りていなかったのか、幾つか性能不足や効果に不具合のあるものを見つけて修正してもらった。
収容所の捕虜達は、生け贄部隊として送り出したラダナサ達が、聖女の手先となって自分達の拘束をより強固な物へと補修していく作業を、複雑な思いで見詰めていた。
流石に『同胞を裏切って人間側に付いた』等と悪態を吐ける者は居なかったようだ。
ラダナサ達のチェック作業は、夜明け頃には一段落した。
「これで一先ず問題無いだろう」
「お疲れ様。向こうに天幕を用意してあるから、皆さんゆっくり休んでね」
呼葉は枷の補修に協力してくれたラダナサ達を労うと、難民集団を保護している一画に増設した天幕で休むよう勧めた。
クレアデス解放軍の天幕群との間には聖女部隊の馬車隊が陣取り、さり気なく境界線の役割を果たしている。
第四師団に差し向けられた奴隷部隊を、丸ごと解放して味方に引き込んだ形だが、ラダナサ達魔族の集団には未だ警戒の目が向けられている。
バルダームからの応援を待つ間に、解放軍の兵士達と余計なトラブルが起きないよう配慮した。
クレアデス解放軍と聖女部隊が、魔族軍の関所陣地跡で野営を始めて四日目、バルダームからの応援の第一陣が到着した。
水や食糧などの補給物資と人材を沢山の荷車に満載してやって来ると、荷物と人材を下ろして空になった荷車に、移送する捕虜達を乗せて戻っていく。
最初の一便は通常運行でやって来た輸送隊だが、以降は聖女の祝福が付くので、帰りの移動速度は来る時とは比べ物にならない。
三日掛けてやって来た道程を一日で走破してしまう為、第五陣まで予定されていた応援部隊は三隊編制で往復する輸送体制が確立された。
六日目辺りからは往復する輸送隊が毎日やって来るようになり、1000人を超える捕虜は瞬く間に三つの街へと移送されていった。
保護した難民集団とラダナサ達も、このピストン輸送の最終便で送り出してある。
ここ数日の間、王都アガーシャ方面から魔族軍の斥候らしき部隊が何度か、様子を探りに近くまで来ていたようだが、これといった大きな動きは見せていない。
クレアデス解放軍と聖女部隊は、十分な補給と休息を取る事が出来た。
「明日はいよいよ王都奪還に向けて再出発だね」
「ええ、結局十日近くここで足止めになってしまいましたが」
仮収容所の捕虜達も居なくなり、クレアデス解放軍と聖女部隊の天幕が残る関所陣地跡は少し閑散とした雰囲気になっている。
呼葉と六神官は、中央のひときわ大きな天幕でロイエン総指揮にグラドフ将軍も交えて明日からの進軍行程について話し合っていた。
「第四師団の動向が分かりませんが、まだこの先も広域殲滅魔法のような脅威があると思いますか?」
ロイエンの問いに、呼葉は無いとは言い切れないと答える。
「ラダナサさん達に聞いた限りだと、『贄』の呪印って刻むのにもそれなりに時間と手間が掛かるらしいけどね。今回解放した人達で全部とは限らないんじゃないかな」
魔族軍で禁呪を扱う技術を持っているのは、概ね第四師団に限られるらしい。その第四師団の魔術士達は、ここで呼葉達に大ダメージを負わされた。
数だけ見れば、まだ4000の兵力を有しているとは言え、前線で戦略儀式魔法を扱える熟練の魔術士達をごっそり減らしたのは、かなりの痛手だったのではないかと思われる。
が、それで第四師団が迎撃の手を緩めるような事はないだろう。
「まあ今後も私達に近付いて来る相手は、軍民問わず注意を向けるべきでしょうね」
「そう、なりますか……」
一人の『贄』でも直径500メートルの範囲を焼き尽くすという禁呪・広域殲滅魔法の脅威には、常に周囲の警戒を怠らないようにする等の方法で対処するしかない。
味方を巻き込むので近接戦や乱戦では使えないという欠点もあるが、味方を犠牲にしてでも討ちに来る可能性が無いわけではないのだ。
王都までの進軍とその後の攻略に向けてロイエン達と方針を定めた呼葉は、明日の出発に備えて早目に身体を休めた。
相変わらずの馬車泊ではあるが、今は寝袋で座席にごろ寝では無く、簡単な寝台を用意している。この関所陣地跡での野営中、呼葉が瓦礫から材料を集めて作ったものであった。
アレクトール達は、『聖女様を廃材のベッドに寝かせるのはどうなのか』と微妙な反応だったが、呼葉は『我ながら良い出来だ』と密かに自作ベッドに満足していた。
こっそり隣に眠りに来ているシドにも好評であった。
翌朝。野営の天幕も片付けられて、いよいよ閑散とした関所陣地跡に、出発の号令が響き渡る。クレアデス解放軍と聖女部隊は、王都アガーシャに向けて進軍を再開するのだった。
0
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~
灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。
その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。
魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。
首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。
訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。
そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。
座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。
全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。
ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
駆け落ちした王太子様に今更戻って来られても困ります。
木山楽斗
恋愛
聖女の選抜において、公爵令嬢であるファナティアは平民に敗北を喫することになった。
しかし彼女は、潔く敗北を受け入れており、むしろ平民の聖女を支えようと前向きな気持ちでさえいた。
だが聖女は、職務当日に行方不明となってしまった。
さらに相次いで、王太子もいなくなる。二人はほぼ同じタイミングで、姿を消してしまったのだ。
そのせいで、ファナティアは聖女としての仕事を請け負うことになった。
選抜において二番目の成績だった彼女に、自然と役目は回ってきたのである。
懇意にしていた第三王子ウルグドの助けも借りて、ファナティアはなんとか聖女として務めることができていた。
そんな彼女の元に、王太子が現れる。彼は聖女と駆け落ちしていたが、心を改めて帰って来たという。
ただ当然のことながら、それはファナティアとしても王国としても、受け入れられることではなかった。既に王太子に、居場所などはなかったのである。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる