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かいほうの章

第六十一話:進軍開始

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 農産国クレアデスの王都アガーシャから、南の大国オーヴィスの聖都サイエスガウルまで横断する中央街道。
 国境の街パルマムから中央街道を北へ、馬車で二日程進んだ先にカルマールという中規模の街がある。そのカルマールから一キロと離れていない場所にも二つ、同じ造りの街があった。

 それぞれ、バルダーム、メルオースという街で、中央街道沿いに互いの防壁を視認できる位置に造られたこれらの街は、外敵の侵攻を塞き止める砦のような役割を担っていた。
 王族がアガーシャからパルマムに逃れた時、この三つの街が魔族軍の追撃を阻止する筈だったのだが、魔族軍部隊に想定を上回る進軍速度で迂回され、パルマムが急襲されるに至った。

 ロイエン達が当初推していた迂回作戦は、件の魔族軍部隊――精鋭レーゼム隊が使った進軍速度重視の行軍を意識したものだったようだ。
 聖都サイエスガウルからパルマムまでは、通常なら馬車で三日は掛かるところを、徒歩の兵士達を率いながら、たった一日で移動させてしまった聖女の祝福を当て込んでの思惑だった。


 パルマム行政院の宮殿で今後の方針を話し合った結果、王都には三つの街を全て攻略してから進軍する作戦が推される事になった。

「最初はカルマールの攻略になりますが、ここは夜襲にしましょう」
「夜襲ですか」

「はい、それも奇襲で」

 呼葉の提案にロイエンが訊ねると、呼葉はさらに詳しく手順を語る。
 パルマムからカルマールまでは、祝福込みなら半日で到着が可能だ。昼にパルマムを出発し、陽が沈む頃に到着すると、陣を張るなどせずにそのまま攻撃を開始。
 突入してカルマールを占拠している魔族軍を叩き出す。
 もし、街にクレアデス兵の生き残りが捕らわれていたならば、直ちに解放してカルマールの防衛部隊を編成し、街を護らせる。
 そしてクレアデス解放軍は、状況を見てバルダームかメルオースの攻略に出撃する。

「三つの街はイマイチ情報が集まらないのよね」

 あまり重要視していなかったのか、件の街には『縁合』の諜報員が潜り込んでいないので、内部の詳しい様子が分からない。
 クレアデス解放軍がパルマムの街に入った事は、向こう側も掴んでいると思われる。敵に万全の態勢を整えられる前に仕掛けたい。

「朝までに三つの街を全部奪還、無理でも二つは落とせるでしょ」

 魔族軍側はクレアデスに戦力を集中させているとの情報を、この前の遠征訓練でも入手したが、その大半は王都アガーシャに集結しているというのが呼葉達の予想だ。

「しかし、もし想定以上の戦力がカルマールを始めとする三つの街に入っていたとしたら?」
「この規模の街なら、あまり多くの兵を抱えて置く事は難しいでしょう」

 ロイエンがクレアデス解放軍の代表として、各部隊長辺りから上がって来る懸念事項を告げると、聖女部隊側からはアレクトールが答え、ザナムが街の資料を見ながら捕捉する。
 街道上の街なので補給面には強そうだが、街自体は遠征訓練で解放した辺境の街よりも小さい。詰められる兵力は、三千人も入れば良い方だろう。
 三十人程度の戦力で、二千人規模の魔族駐留軍を退けた聖女部隊が参加しているクレアデス解放軍の敵ではない、と。

「な、なるほど」

 聖都で喧伝されていた聖女部隊の功績は、決して誇張ではない事を示唆され、実際に聖女呼葉の祝福効果を体験しているロイエンは納得して頷いた。


 翌日。朝から出撃の準備を整えているクレアデス解放軍。夜に出発して深夜から明け方に掛けて急襲するという手も考えた呼葉だったが、夜間に祝福状態での全力行軍は、解放軍にまだ経験が無い為、危険と判断した。

(夕方頃に着いた方が、向こうも油断するかもしれないしね)

 これから陽が落ちるという時間帯に現れた大部隊が、野営の準備にも入らず、隊列を整えるでもなく、そのまま攻め寄せて来たとなれば、大層慌てることだろう。

 段取りとしては、街道を爆走行軍した勢いを保ったまま街の門前まで進み、呼葉の特大火炎弾で街門を一気に抜いて、そのまま街に雪崩れ込む。
 後は乱戦になるので各個撃破しつつ、重要施設など街の各所を掌握していく。相手の籠城戦に付き合うつもりは無い。


 やがて準備も整い、出発の刻が来た。クレアデス解放軍の総指揮官を担うロイエンと、補佐のグラドフ将軍が、出撃前の兵士達を激励する。

「作戦は伝えた通りだ! 我らが祖国を取り戻す、これがその第一歩となる!」
「諸君らの奮闘を期待する」

 『応!』とトキで答えた兵士達が、パルマムの北門から順次出撃していく。聖都からパルマムに来た時と同じく、祝福効果での全力行軍。
 今回は聖女部隊を中心に周りを歩兵で固め、その左右を騎馬隊が護る陣形で進む。騎馬隊から時折斥候が出て、周辺の索敵と安全を確認しながらの進軍となった。

 途中で休憩は取らず、食事も移動しながら済ませる事になる。

「まあ、私らは馬車の中でゆっくり食べるんだけどね」
「コノハ殿は作戦の要ですからね」
「コノハ嬢にはしっかり体調管理をしていただかないと」

 クレアデス解放軍全体に聖女の祝福を維持する呼葉は、馬車に同乗するアレクトールやザナム達と駄弁りながら、簡素だが温かい食事を頂く。

「シド君、皆との食事の時くらいは隠密解こっか」
「……ん」

 先程から空中に浮いたパンがモゴモゴ動いていた場所に、シドが現れた。もうすっかり隠密スタイルが板に付いているシド少年。
 彼にも、カルマール強襲突入後は敵の司令部を探り出すという重要な任務が与えられている。

 魔族勢力下にあるクレアデス国領内は、パルマムからカルマール方面を行く旅人の姿など無い。偶に魔族軍の偵察らしき小隊と遭遇した斥候の騎馬隊が交戦するなど、多少のトラブルもあったが、概ね予定通り、夕刻頃にカルマールの街影を捉えた。

「前方にカルマールの街確認! 周辺に敵影無し!」

 街の様子を観察した遠見役から『備え無し』の報告を受け、クレアデス解放軍は当初の作戦に基づき進軍速度を整える。
 解放軍の中心にいた聖女部隊が最前列に移動し、歩兵部隊と騎馬隊がその左右に付く。馬車の屋根に上った呼葉は、まずは街の防壁上に居る敵の弓兵を『宝珠の魔弓』で狙う事にした。

 数日前に、聖女部隊が遠征訓練で解放した東側裏街道の国境の街の戦いでは、祝福を乗せた魔法の矢の範囲攻撃でかなりの戦果を上げられた。
 あの時ほどの魔力の練り込みはしないので、分裂する魔法の矢はせいぜい数百発程度に抑えられそうだが、街門付近の敵兵を狙うには十分だろう。
 そのすぐ後には、特大火炎弾で街門を吹き飛ばすのだ。突入する騎馬隊と歩兵部隊の援護として申し分ない効果を得られる筈。

 呼葉が走る馬車の屋根で魔弓を構えて、集束する魔力の光を湛えていると、相手も接近するクレアデス解放軍に気付いたのか、防壁上に篝火が増え始める。

「――降らせ!」

 幾つかの篝火が忙しなく行き来する街門周辺の防壁に向かって、先制の一撃が放たれた。
 緑色の軌跡を残しながら天高く昇って行った魔法の光は、幾筋もの光の矢となって街門周辺に降り注ぐ。
 美しい見た目とは裏腹に殺傷力の高い分裂第二段階目の魔法の矢は、その範囲内に居た魔族軍兵士達を容赦なく貫いた。

 この一撃で、街門を中心に半径五十メートル以内の敵勢力が一掃された。街門の前後と防壁上も手薄になったところで『宝珠の魔弓』を仕舞った呼葉は、宝杖フェルティリティを構える。

「突入準備!」

 呼葉の号令で騎馬隊が先行を始め、歩兵部隊も突入態勢を整える。そして、呼葉が構えた大杖の先から、直径三メートルはありそうな特大火炎弾が撃ち出された。

 先行する騎馬隊の間を追い越し、周囲を煌々と照らしながら飛んで行ったソレは、カルマールの街門を蒸発させ、両脇の防壁の一部を削って街の中に飛び込むと、大爆発を起こした。

「突撃!」

 まだもうもうと煙が立ち込めている中へ騎馬隊が突撃を開始。速度を緩めた聖女部隊の脇を通り抜けて、歩兵部隊も突入を開始した。
 少し遅れて、隠密状態のシドも飛び出して行くのを感じた。

(さあ、ここからが本当の初陣だ)



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