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しんげきの章
第五十六話:制圧と解放
しおりを挟む街長の館を司令塔に設定して、この街に居る魔族軍の動向に注意を向ける呼葉達。クラード将軍に兵士隊の指揮を任せて護りを固めると、非戦闘員は全員館の中に避難させた。
聖女コノハを中心に六神官と参謀クレイウッドが側に付き、傭兵隊長のパークス以下傭兵部隊は臨戦態勢で待機。魔族軍の動きに関する情報を待ってから随時出撃可能な態勢を構築する。
そうして準備が整ったところへ、偵察に出ていたシドが戻って来た。
「敵は中心部にバラけて籠城。街の住人は外寄りの建物。軍の施設で働いてる人も多数」
「ふむふむ、籠城しちゃったか~……逃げてくれればよかったのに」
シドの報告に、ふっと軽く息を吐いて呟いた呼葉は、宝杖を手に立ち上がる。
魔族軍側は、一個小隊ほどの騎兵隊が街を出て北側の街道を上がっていった他は、残りの全軍が街に留まる選択をしたようだ。あくまでも、この街を駐留拠点として使うつもりらしい。
いくら聖女の祝福で装備ごと強化されているとは言え、数の問題は大きい。通常の数倍の力で、数倍の時間戦い続ける事が出来るだけで、別に不死身になる訳ではないのだ。いずれ限界が来る。
正面からぶつかれば、聖女部隊よりも遥かに兵力の多い魔族の駐留軍側に分があった。
だからこそ、呼葉達はパルマム奪還戦の時のように、まずは籠城場所の確保をと一番丈夫そうな街長の館を真っ先に押さえたのだ。
そこから呼葉達の味方となる街の住人達を祝福の対象に加えながら、残った魔族軍の攻撃を捌きつつジリジリ削っていく算段だった。
厄介なのは、数の利を活かして包囲しながらの波状攻撃を延々繰り返すような戦法に出られる事だったのだが、分散した上で特定の場所に引き篭もってくれるなら非常に片付け易い。
「それなら仕方ないわね、ちょっと行って来るわ」
呼葉は、館の防衛をクレイウッド参謀とクラード将軍に任せると、パークス傭兵隊長に傭兵部隊から数人。隠密中のシド。六神官からはソルブライトを連れて、街の中心部を目指した。
「しっかし、連中はなんで籠城なんか選んだんだろうな?」
「たぶん、魔法の矢が怖かったんじゃないかな」
移動中、不可解そうに呟くソルブライトに、呼葉は自分の推察を述べた。あれだけの軍勢をほぼ一瞬で殲滅して見せたのが効いたのだろう。
恐らく、ここに駐留している魔族軍は、今までの人類軍との戦いでこれほどの被害を被った経験は無かったのではないかと思われる。
身体能力も魔法の扱いでも人間より優れる魔族は、その根本的な力の差でもって常に優位な戦いをして来たのが、ここで引っ繰り返された。聖女の祝福という力の前に、立場が逆転したのだ。
「えー? 嬢ちゃんの力が怖くて引き篭もったって事かぁ? あの魔族達がぁ?」
パークスが「そんな事有り得るのか?」と懐疑的な態度を見せるが、呼葉は別段おかしい事ではないと肩を竦める。
「種族的な能力だけ見れば、人間の上位互換みたいな人達だけどね。でも、ただそれだけ。中身は魔族も人間も大差ないのよ」
呼葉は、アルスバルト王子との会談で魔族側の情報、特に魔王ヴァイルガリンに関する話を聞いて、そう思うに至ったと語る。
そんな話をしている内に、最初の目標となる建物が見えて来た。街の中心部はほぼ全ての建物が軍の利用向けに補強、改築されており、丈夫そうな外観の軍施設が大通り沿いに並んでいる。
元は宿屋だったのであろう、二階建てのそこそこ大きな屋敷に裏手から近付いた呼葉達は、中の様子を探りつつ突入のタイミングを計る。
あらかじめ『魔王ヴァイルガリンに忠誠を誓う者以外の人族』の条件で街中に祝福を放ってあるので、ここで労働に従事している街の住人は戦闘に巻き込まれても怪我だけで済む。
運が悪ければ命に係わるような重症を負うかもしれないが、そんな時の為にソルブライトを連れて来ている。
ソルブライトの得意な魔法は、革鎧並みに自分自身の防御力を上げる『強化硬』と、軽度の傷を治せる『治癒術』だ。呼葉の祝福で効果が数倍になるので、防御力は鋼鉄鎧並みに。治癒術は重度の怪我も癒せる高位神官並みになる。
異常に硬い回復要員として、今回のような危険な現場では非常に重宝する人選であった。なるべく非戦闘員に犠牲を出さない方針で、籠城している魔族軍兵士を制圧するのだ。
「じゃ、手筈通りに」
「いつでも行けるぜ」
合図と共に、裏口を蹴破って突入した。最初に踏み込んだ場所には、床も壁もタイル張りされた厨房っぽい部屋に、三人ほどの魔族兵士が屯していた。
突然飛び込んで来たパークス達に驚いた顔を向ける彼等は、直ぐに剣を抜いて応戦しようとする。が、扉を蹴破ったパークスの大剣が最初の一人目の首を捉えるまでに半呼吸。
返す刃で二人目を斬り上げた時には、三人目も後続の傭兵部隊が仕留めていた。首を失った死体がタイルの床を血に染めながら倒れ伏す。
正面には大きなカウンターテーブル。その向こうは食堂になっていたらしく、沢山のテーブルと椅子が並んでいる。そこで寛いでいた十数人の兵士達が、異変に気付いて一斉に立ち上がった。
「襲撃だ!」
ガタガタンッという木椅子の脚が床を跳ねる音に交じって、若い女の悲鳴が上がる。この状況下でお楽しみ中だったらしく、着衣を乱した給仕らしき女性が、拘束から逃れて床に蹲った。
カウンターを挟んで対峙する呼葉達と魔族軍兵士。一ヵ所の制圧にあまり時間は掛けられない。パークスが宝珠の大剣をカウンターに叩きつけて炎の剣波を飛ばすと同時に、傭兵部隊が斬り込んで行く。
ここにいる魔族軍兵士達は、祝福効果で強化されているパークス達の戦闘力を知らない。それが故に、炎の剣波に一瞬怯みつつも普通に斬り結ぼうとして、あっさり薙ぎ倒された。
瞬く間に半数が討ち取られ、思いのほか強敵であると認識した魔族軍兵士は、魔法や弓での攻撃に切り替える。
「後衛を狙え! 神官が居るぞ!」
先に支援系や治癒系の術士を潰すのはセオリーとばかりに矢を放つが、ソルブライトの頭に跳ね返されて床に落ちた。それを見て一瞬唖然とする魔族軍兵士。
その隙を逃さず、パークスが宝珠の大剣で一薙ぎにする。斬りつけた瞬間、刀身から噴き出した炎の剣波が後方の兵士も巻き込んだ。
「よーし、ここはこれで全部だ」
「ご苦労様。保護した人はそっちの壁際に集めて、ソルブライトさんは怪我を見てあげてね」
「ああ、任せろ」
「後は上の階だけど――」
そこへ、二階の様子を探りに行っていたシドが報告に現れた。
「部屋は八つ。手前の左右二つは無人。他の六つに人の気配。一番奥の右は三人以上で盛ってる」
「……祝福は掛けてあるから、パークスさんよろしく」
「よっしゃ! 野郎共、奇襲を仕掛けるぞ! 一人一部屋だ!」
既に食堂の騒ぎで襲撃に気付かれている可能性もある。迅速に制圧するべく、パークス達は誰がどの部屋を受け持つかを確認しながら階段を駆け上って行った。
彼等を見送った呼葉は、ソルブライトが治癒している給仕の女性の元へ、話を聞きに歩み寄る。
「私はオーヴィスの聖女、呼葉です。あなたは……ここの従業員さん?」
「は、はい。助けていただいて、ありがとうございました」
救出した給仕から得た情報によると、この建物はやはり元宿屋だったらしく、現在は十人ほどの従業員がそのまま働かされている。
街が占領され、軍用施設として接収された後は魔族軍に雇用されている形だが、兵士達の横暴な振る舞いは日常だったそうだ。
「レジスタンス組織とかはないの?」
「それらしい集まりがあるとは、噂された事はありますが……」
あまり自由の無い彼女達は、兵士達が話しているのをちらっと聞いた程度で、詳しい事までは分からないという。
治癒を施しながら一緒に話を聞いていたソルブライトが、立ち上がりながら言った。
「まあ、あったとしても活動らしい活動は出来ないんじゃないか?」
「そうだね。ここまでガッチリ支配されてたら、こっそり集まる事も難しいかも」
魔族軍の駐留拠点に選ばれるほどのそこそこ大きな街だが、聖女部隊の突入後も特に混乱が起きる様子が無い事から、魔族軍に街の隅々まで把握されていると思われる。この中で抵抗組織を作るのも、維持するのも難しそうだ。
聞き取りが一段落する頃には二階も片付いたようだ。パークス達が上がって行ってから、しばらくどったんばったんやっていたが、静かになった。
「おーい、上にも怪我人がいるから診てやってくれ」
ソルブライトが呼ばれて治癒に向かった。入れ替わりに下りて来たパークスから報告を受ける。
「上は士官が四人ほど居たな。たぶん、一つの施設に下士官以下三十人から四十人前後ってところだろう」
「そっか、ご苦労様。じゃああと二十回も繰り返せば終わるね……それと、返り血はちゃんと拭いてね」
直ぐに次の施設に仕掛けるので準備をよろしくと、労いながら手ぬぐいを渡す呼葉に、パークスはニヤリと野性味あふれる笑みを返した。
その後も同じように、籠城施設内で気を抜いている魔族軍部隊に奇襲を仕掛けて、五つ目くらいまではすんなりと制圧出来たが、次の施設辺りからかなり警戒度が上がっていた。
各施設は定時報告をおこなっていたらしく、連絡の取れなくなった部隊が複数出て来た事で異変に気付いたようだ。
呼葉達は一つ施設を制圧する度に、救出した人の中から味方になる街の住人や元警備兵が加わり、戦力を少しずつ増やしていた。
元警備兵には武器を与えて戦闘員に加わって貰い、戦えない一般民には陽動をやって貰う。
最初、呼葉は救出した一般民達を司令塔の館に保護しておくつもりだったのだが、彼・彼女達がどうしても「聖女様を手伝いたい」と申し出た。
彼等の意気込みの裏には、魔族軍に対する仇や復讐心が多分に見え隠れしていたが、呼葉達の指示には絶対に従う事を条件に、一時的に聖女部隊に加わる事を許可した。
丸腰の一般民が正面から目標の施設を訪ね、自分達が働いていた施設の部隊が去ってしまったと訴える。
「街を脱出すると言っていましたが……」
「なんだと!? 少し待て」
詳しい話を聞くべく彼女等を迎え入れようと扉を開くと、隠れて待機していたパークス達の急襲を受けるという寸法だ。
この陽動作戦で制圧も捗ったが、部隊別に籠城している魔族軍を疑心暗鬼にさせる効果もあった。陽動組の訴えを受けた後、他の部隊に連絡を入れたり、総司令官の本隊に確認の問い合わせを行うしっかりした部隊が居た為だ。
自分達を聖女の囮にして逃げ出した部隊が居るのではないか、あるいは総司令官達がそうやって脱出する部隊の選別をしているのではないか――そんな疑念が生まれたらしい。
それは、呼葉達にとって有利に働いた。窓際に張り付いて建物の周囲を監視している元警備兵に、呼葉が声を掛ける。
「外の様子は?」
「動きはありませんね」
緊張気味に答える見張り役の元警備兵。少し人数の多い部隊が籠城していた施設を急襲した際、最初の斬り込みで確実に仕留めるべき連絡役を討ち漏らし、襲撃の報せを発信されてしまった。
だが、罠を警戒したのか、見捨てたのか、魔族軍から応援の部隊が駆け付ける事は無かった。
「あと五ヶ所くらいかな?」
「そうだな。残りはここほどでかい建物も無いし、多くても大隊以下くらいじゃねぇかな」
呼葉の問いに、パークスが頷いてそう推察する。街に残っている魔族軍は、あと二百人もいないだろうと。
この籠城破り巡りで、一番最初に制圧した元宿屋と同規模の施設であるここ元大商店の建物内で、応援の魔族軍部隊が来る事に備えていた呼葉達は、増えた戦力を整理して締めの準備に入る。
「残りの籠城施設を制圧に行く部隊と、街に解放を報せる部隊を分けましょう」
元警備兵と一般民で構成された数人のグループを作り、街の外寄りの建物に押し込められている住人達に現状を伝えて、決起してもらう。籠城中の魔族軍部隊の他にも個別に潜んでいる魔族兵士が居るかもしれないので、その燻り出しなりを任せるのだ。
勿論、街の住人達は呼葉の祝福の対象に加えられているので、ただの一般民でも鍛え上げられた兵士並みに強化されている。そろそろ自分達の身体の異変に気付く人も居そうであった。
(念の為に『縁合』の関係者で敵対しない人も祝福の対象にしときましょうかね)
もし、これまでに倒した兵士の中に『縁合』の関係者が居た場合は手遅れだが、そこは割り切る。
空が茜色に染まり始めた頃。街の彼方此方から歓声と怒号が上がった。聖女による魔族軍の壊滅と、街が解放される報せが行き渡ったようだ。
決起した住人達により、隠れていた魔族兵士が引き摺り出されて袋叩きにあっている光景が、街の其処彼処で見られ始めた。
「じゃあ、残りも片付けちゃおうか」
「「おう!」」
呼葉の言葉に、パークス達傭兵部隊と元警備兵達も気勢を上げて応えた。
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