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しんげきの章

第五十五話:魔族軍の戦慄

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 魔族軍駐留部隊の中でも、抜群の突破力と機動力を誇る騎獣部隊。それを率いる部隊長は、ひたすら困惑していた。

 信じられないような大規模魔術を放った伝説の聖女にも驚かされたが、その聖女さえ押さえてしまえば、傭兵交じりの歩兵のみで構成されたちっぽけな少数部隊など直ぐに蹴散らせる筈だった。
 こちらの動きに合わせて攻魔隊からも援護の攻撃魔術が放たれるので、一度の突撃で殲滅可能と踏んでいたのだ。
 が、攻魔隊の切り札とも言える過縮爆裂魔弾は、聖女によって呆気なく迎撃された。強力無比で凶悪な威力を誇るあの多重爆発系の特殊攻撃魔術が、撃ち落とされるなど想像もしなかった。

 それならば、聖女の意識がそちらに向いている今こそ騎獣部隊の突破力で聖女の護衛を粉砕し、攻魔隊との波状攻撃で仕留めればよいと突撃を仕掛けたものの、護衛の兵士や傭兵共が異常だった。
 どう見ても普通の中型盾を構えた兵士が、先頭の騎獣の突撃を押さえ込んでしまったのだ。
 極厚大型盾を装備した重装盾士でも、二人か三人掛かりで何とか一体を受け止められるというほどの破壊力を持つ騎獣部隊の突撃が、たった一列の基本装備な兵士達に塞き止められた。

 そこに傭兵共が斬り込んで来たのだが、連中の武器は騎獣の硬皮を防具諸共易々と貫いて来る。中でも、炎を纏う大剣使いが厄介だった。
 打ち合えばその大剣から噴き出して来る炎に巻かれる。騎獣で踏み潰そうにも、正面から騎獣ごと騎手を斬り倒す豪傑ぶり。
 足を止められた状態では騎獣の本領が発揮できないと、態勢を立て直すべく後退に転ずるも――

「何なのだこやつ等は! なぜ歩兵が騎獣と同じ速さで走れる!」

 移動用の騎獣に比べると、防具を纏っているので多少速度は落ちるが、それでも普通の馬と変わらない速さで駆けている。人の足で追い付ける筈がないのだ。にも関わらず、傭兵共の追撃で次々と部下達が討ち取られていく。
 さらには、こちらの後退に合わせて聖女の本隊も動き出した。

「このままではいかん! 一度街の中に撤退して味方と合流せねば」
「隊長、前方に攻魔隊が!」

 街の門前には、同じく撤退中の攻魔隊が辿り着こうとしていた。騎獣部隊が徒歩の傭兵に追撃を受けているという異様な光景に気付いた彼等は、魔術による援護の態勢に入った。門を護っている弓隊もそれに加わる。

「おおっ、ありがたい! 全隊、左右に展開! 友軍の射線を開けろ!」

 幸いな事に、聖女の危険性を訴えていた攻魔隊は、件の規格外な魔法の矢による大規模攻撃から逃れており、殆ど損害を出していない。
 無傷の部隊がそのまま動いているので、攻撃手である魔術士の数は追撃して来る傭兵共を上回る。流石に正面から攻撃魔術と弓による飽和攻撃を受ければ、あの異常な傭兵共も足を止めるだろう。

 騎獣部隊の隊長が安堵を浮かべたその時、攻魔隊の魔術士達が何かに気付いたように空を見上げると、魔法障壁を展開した。
 そこへ、緑色に光る魔法の矢が着弾し始める。

「!……っ」

 思わず息を呑む騎獣部隊の面々。次の瞬間、攻魔隊は大量の光弾に飲み込まれた。ズアアアァンッと響く轟音と一瞬の閃光。立ち昇った砂塵が辺り一帯を覆い尽くす。
 視界が効かない中、街門を目指していた騎獣部隊は、聖女の大規模攻撃の範囲に入るのを恐れて速度を緩める。

「ああ……!」

 やがて砂煙が晴れると、街の門前には抉れて穴だらけになった地面に、攻魔隊や弓兵だった者達の残骸が埋もれて散らばるばかりであった。



 魔族軍の騎兵隊が後退を始めて直ぐ、追撃に出たパークス達に合わせて馬車隊を進めた聖女部隊は、呼葉が二射目の範囲攻撃を放って門前の敵勢力を殲滅すると、そのまま突撃態勢に入った。
 前方には丁度、撤退しようとしている魔族軍の騎兵隊が居る。当初の予定通り、敵部隊との乱戦に持ち込みながら街の中へと雪崩れ込む作戦で行く――つもりだったのだが、追撃中のパークス達と共に全力で突撃していた聖女部隊の馬車隊は、速度を緩めた魔族軍の騎兵隊に一瞬で追い付くと、勢い余って轢き潰してしまった。

「敵騎兵隊、壊滅――あー……殲滅……消滅……?」

 戦況報告担当の兵士が、何と表現すべきか戸惑っている。ともあれ、街の門は開いたままなので、パークス達傭兵部隊を先頭に聖女部隊は街の中へと突入した。

「コノハ殿、危険ですのでこちらへ」
「うん」

 魔族軍が拠点にしている街に入るのだ。流石に屋根に上ったままでは危ない。
 走る馬車の屋根からヒラリと身を躍らせた呼葉は、アレクトールが開いてくれている扉から車室の中へと飛び込んだ。ソルブライトをクッションにして背中から着地する。

「うおっと! まったくお転婆な聖女様だなっ」
「今更でしょ」

 車室に置いておいた宝具入れの鞄を受け取り、宝珠の魔弓を片付けた。ここからは市街戦となるので、呼葉は直接戦闘を控えめにして祝福の調整を中心に行う。
 聖女部隊全体への祝福維持は当然ながら、街中に残されているであろう善良な住人達も、祝福の効果対象に加えるのだ。

「シド君、また偵察お願いね」
「ん」

 姿は見えずとも声だけで答えたシドが、街の中へと飛び出して行った。



 クレアデスとの国境沿いにあるこの街は、以前呼葉達が解放したパルマムの街からは二日半ほどの距離にある。クレアデスとオーヴィスを繋ぐ一番大きな中央の街道からは少し外れた、若干辺境寄りの街であった。オーヴィスの裏街道沿いにある街の中では、最大規模の街でもある。
 魔族軍がオーヴィス侵攻の前線基地として使う予定だったパルマムが呼葉達に奪還された為、作戦を継続するのに適した規模や地理的条件を満たす代わりの街として狙われた。
 パルマムに駐留するべく移動していた魔族軍部隊が急遽先遣隊となり、この街に奇襲を仕掛けたのだ。

 国境沿いの街として、隣国の戦況など人類軍の旗色の悪さについてはそれなりに情報が入っていたので、街の警備隊も十分に警戒はしていた。しかし、基本的な身体能力の高さに加えて、兵士の一人一人が魔術にも精通している魔族軍は強く、街の警備隊は全く歯が立たなかった。
 一夜にして街を占拠した魔族軍の先遣隊は、オーヴィス側に気取られる事なく駐留拠点化に成功したのだ。

 そして今、この街では魔族軍が雪崩れ込んで来た時と、逆の事が起きていた。圧倒的な力の差で瞬く間に占領された時のように、魔族の駐留軍が聖女部隊によって制圧されていく。
 この短時間で駐留軍部隊の半数以上を失った総司令官達は、司令部として使う為に接収している街長の館を目指していた。

「街中の兵員を全て召集しろ! アガーシャに救援要請を出すぞ! 司令部まで後退して籠城を――」
「閣下! 司令部の建物が既に占拠されています!」
「何だとっ!」

 街長の館の前には聖女部隊の馬車隊が並び、あの騎獣部隊の突撃をも押さえ込んだ兵士隊が待ち構えている。
 いつの間に自分達を追い抜いたのか、先回りした聖女部隊に籠城先を取られてしまい、街の中央通りで立ち往生する羽目になった。
 一応、兵力差はまだ十倍以上あるのだが、連隊規模の軍勢が一撃で壊滅し兼ねない攻撃を個人で放って来るような相手と、まともに戦えるはずがない。

(く……! もし今、あの異常な魔法の矢で狙われたら――)

 こんな遮蔽物も無い広い通りで密集していては恰好の的だと、部隊分けをしながら付近の建物に散らばって行く。
 門前から街の中央を抜ける大通り周辺の建物は全て接収し、駐留軍用の兵舎や施設として改築してあるので、それぞれの建物で数日間の籠城が可能な備蓄もある。

 異常な強さを見せた聖女部隊だが、数は少ないのだ。街の複数個所で同時に籠城すれば、援軍の到着まで十分に時間を稼げると総司令官は判断した。

「あの……総司令殿、このまま留まるよりも、街から撤退した方が良いのでは?」

 部隊分けが進められる中、成り行きでずっと総司令官達に付いて回っていた中継基地砦の指揮官と補佐官が、遠慮がちに進言する。

(この状況で撤退などしようものなら、背後からアレに狙い撃ちされる……冗談ではないぞ)

 総司令官も出来れば撤退したいと思っていたが、あの長距離殲滅攻撃が怖過ぎる。無防備に背中を向けて逃げるよりも、籠城して援軍を待つ方が安全では無いか。そんな風に考え込んでいると、副司令官が苛立ったように彼等を怒鳴りつけた。

「貴様ら! 今がどういう状況か分かっているのかっ、この臆病者共め!」
「まあ待て」

 閣下の手を煩わせるなどと憤る副司令を宥めた総司令官は、中継基地砦から撤退してきた部隊の使い道を思い付いた。実質、あの聖女部隊をこの街まで招き寄せた事になる中継基地砦の指揮官達は、駐留軍の中ですこぶる立場が悪い。
 籠城に使える建物も備蓄も限りがある。ここは一刻も早く援軍を送って貰う事と、聖女に関する正確な情報を本国に伝える為にも、彼等に働いて貰うべきだ。己の中でそう結論付ける。

「君達の騎獣あしなら逃げ切れるだろう。急ぎアガーシャに向かい、集結中の友軍に我々の窮状を伝えてくれ」
「り、了解しました!」

 思わぬ重大任務を賜ってしまい、緊張気味に敬礼した中継基地砦の指揮官達は、一緒に脱出して来た指揮部隊のメンバーを集めながら厩舎に向かった。直ちに出発準備に取り掛かるようだ。
 それを見送りつつ、総司令官は声を潜めて副司令に確認を取る。

「聖女に動きは無いか?」
「斥候の報告によると、遠目にしか確認できませんが、館の護りを固めているそうです」
「そうか。ならば我々も敵に倣おう」

 下手に刺激する事は無い。伝令の実用性も兼ねた囮も出すので、こちら本隊に意識が向く危険もいくらか抑えられるだろう。

 駐留軍の総司令官は、攻魔隊の隊長の忠告に真剣に耳を傾けなかった事を後悔しながら、複数人の精鋭戦士を護衛に近くの比較的強固な軍施設へ退避を始めた。
 ――その行動が、聖女という規格外の存在と力を恐れ過ぎたが故の、誤りである事に気付かず。



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