遅れた救世主【聖女版】

かつやくの章

第十一話：コノハの作戦

　翌早朝。パルマムの街を正面に見据えながら、街道に集結を始める援軍兵団。直ぐに出番が来るであろうアガーシャ騎士団は陣内で準備を進めながら、緊張に包まれていた。
　パルマムを占拠中の魔族軍も、カーグマン援軍兵団の動きを見て仕掛けて来ると判断したらしく、防壁上の投擲兵が慌ただしく走り回っている。
　その防壁上からは小鬼型の小隊がロープを伝って下りて来て、街門前に設けられたバリケードの後ろに陣取った。

　援軍兵団は相手の矢が届くギリギリの位置で隊列を組むと、中央に破城槌を乗せた荷車を配置。周囲に大盾持ちと、破城槌を押す役の兵士が後方に待機。
　最初の突撃で攻撃兵が街門前まで斬り込んで門前の小隊を叩き、弓兵や魔術士が防壁上の投擲兵を牽制しつつ、工作兵が街門前のバリケードを排除。その後、破城槌を押し込んで街門を破る。
　アガーシャ騎士団と呼葉は、破城槌を出すタイミングでの出撃となる。

「アレクトールさんとザナムさんは、そろそろ退がってて。ここだと流れ矢とか届きそうだし」
「分かりました。お気をつけて、コノハ殿」
「御無理はなさらぬように」

　破城槌の後方で待機するアガーシャ騎士団に交ざった呼葉は、戦いが始まる前の独特の張りつめた空気に緊張しているアレクトールとザナムを退避させる。
　そして、騎士団長のクレイウッドに声を掛けた。

「クレイウッドさん、私達の作戦のお浚いをしましょう」

　破城槌で街門を破り、突入したらまず、一塊になりながら街の中央にある広場を目指す。
　カーグマン将軍達の作戦では、中央広場に配置されている魔族軍の指揮部隊に攻撃を仕掛けて、そこに留まり続ける事で街中の敵戦力を引き付ける。
　その後、援軍兵団の一斉突撃を待つという、アガーシャ騎士団の全滅を前提にしたような内容だが、呼葉の作戦はそこから『別に倒しちゃってもいいよね？』的な展開に持って行く。
　中央広場には、高さ三階建て程度の展望台のような建物がある。中央広場と街門までの街の全貌が見渡せる人気の観光向け施設で、恐らく敵の指揮部隊が陣地に使っていると思われる。

「まずは指揮部隊を速やかに排除して展望台施設を確保。私が展望台から広場全域に聖女の祝福を向けるから、皆さんはその範囲内で戦って、集まって来る魔族軍を撃退、殲滅してください」
「う、うむ……しかし聖女様、先程も話した通り、魔族軍の指揮部隊は非常に強力だ。我々だけで展望台施設を陣地に構える魔族軍の指揮部隊を退けられるものだろうか？」

　クレイウッドは、呼葉が提示した作戦案に異存は無いモノの、果たして実現可能なのかと、自分達の実力を鑑みた上で訴える。下手をすれば、人類の救世主たる聖女をここで失い兼ねない。

「指揮部隊ってどのくらい強いの？　アガーシャ騎士団の五十倍？　百倍？」
「いや、流石にそこまでの差は……我々も戦闘部隊としての練度は高い方だと自負している。だが、指揮部隊を構成するのは走狗の魔物や魔獣ではなく、魔族の戦士達だ」

　魔族は人間と似た姿形をしており、独自の文化や価値観を持つ人種の一つにも思えるが、普通の人間よりも長い寿命や、魔力の扱いに長けた性質など、人間とは異なる部分も多い。
　魔族の戦士達は、訓練所上がりの若輩者であっても魔力による常時身体強化は当たり前にこなしているので、魔族の新兵は人間の熟練兵に匹敵する。
　その中でも、特に腕の立つ者ばかりで構成された指揮部隊の戦士ともなれば、全員が相当な実力者と言えるだろう。

「正直なところ、我々では魔族の戦士一人相手取るにも、三人以上で対処しなくてはならないほど厳しいと思う」
「ああ、そのくらいなら大丈夫、大丈夫」

　呼葉に宿る能力『聖女の祝福』は、味方の身体能力のみならず、武具の性能まで一緒くたに強化するという、割と節操のない加護だ。
　集団戦闘ではかなりの効果を発揮するはずだからと、呼葉がクレイウッド団長の不安をさらりと流して励ましたところで、援軍兵団の進軍ラッパが鳴り響いた。
　牽制の一斉射。攻撃魔術と矢がシュルシュルと風を切る音を鳴らしながら防壁に向かって次々に放たれ、攻撃部隊が正面のバリケード群に斬り込んでいく。
　辺りは一気に喧噪に包まれる。戦場となった街門前は両軍の雄叫びや剣戟が響き渡り、断末魔が飛び交う地獄と化した。

「始まった。みんな覚悟決めてね」

　激しくぶつかり合う緒戦の様子に、いささかの怯みも見せず、大きな杖を構えてパルマムの街を仰ぎ見る小さな少女の姿に、クレイウッド団長を始めアガーシャ騎士団の騎士達は大きく頷いた。