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07 これってふつう?
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翌朝、早速大井に絡まれた。どうやら昨日のことを聞いたらしい。
「おまえもマメだなあ」
からかっているようで、ほっとしているようでもある。類が友人で、山斗に引き継がせた手前というのもあるかもしれない。
「彼女大変じゃないか?」
「いませんよ……」
明らかなからかい口調の大井に、嫌味ですかと返すと苦笑された。
「別に嫌味とかじゃないけど。いなけりゃいないで良かったかもなー」
手が掛かるだろ、と言った相手が誰のことなのかは当然わかっている。
「……否定はしませんけど」
「彼女そっちのけで世話焼いてたら絶対妬かれるし面倒事になってただろうからな。ま、でも安心した。あいつの友人としてもだけど、仕事の上でもな。けっこうまともに仕事してるんだって?」
「大井さんとの時はどんな仕事してたんですか……?」
不安になりつつ問えば、思いのほか真面目な答えが返ってくる。
「ほとんど連載小説だな。あとは文庫用の書き下ろし。年に二冊か、多くて四冊ってとこだけど。最近はコラムも始めたって?」
「ええ、今のところはサイトの小さいコーナーですけど。近々は本誌のほうでもお願いするつもりですよ」
「へえ! 締め切りは守るタイプだから、そのへんはやりやすいだろうな。テーマは何書いてるんだ?」
「これ以上ないってくらいピッタリなテーマですよ。動物のことですから」
「……そりゃピッタリだ」
くくく、と大井が笑う。
類は時間があれば動物園や水族館に行くこともあるらしい。散歩中の犬や野良猫と触れ合うことも多いと言うから、今日の動物、というようなコーナーはちょうどいい。
大井はひとしきり笑うと溜息を吐いた。
「その調子で、ちょっとはマトモな食生活を送ってくれるといいんだけどなあ」
「ほんとですね……」
仕事をしてもしていなくても心配されるのはいかがなものか。だがその心配も、大井にしてみれば友人だから、なのだろう。面倒見がいいというのも要因のひとつか。
「まあ、あまりひとりの作家にかまけてるなよー。数人分の労力あるけどな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「誰のおかげだと思ってるんだ」
「おかげって……」
「おかげだろ。おまえなんだかんだと楽しそうだし」
「えっ」
意外だと声を上げたが、大井にしてみれば山斗の反応のほうが意外だったらしい。驚いた表情をして、顔を見つめられた。
「なんだよ。毎日仕事楽しそうにしてるし、あいつと打ち合わせとかメールのやりとりとか嬉しそうにしてるって聞いたけど」
「……誰からそんなことを……」
「誰からだっていいだろ。まったくの嘘じゃなさそうだし」
「…………」
「やっぱり楽しいんじゃないか」
けらけらと笑う大井に肩を叩かれた。
(間違ってはないけど……)
誰かにそれを知られている状況というのはあまり良くない気がする。
「ま、あんまり入れ込みすぎずに適度に力抜いて頑張ってくれよ」
気楽な調子で寄越すと自分の部署へ帰っていく。たぶん大井の休憩に付き合わされたということになるのだろう。
(入れ込む……か)
本心としては、していないとは言い切れない。自覚はある。
(これってやっぱり……)
初恋の人と再会できて舞い上がった、だけではない。今また彼に惹かれているということだろう、と自己分析する。
(……男の人なんだけどなあ……)
それも年上の。
(でもなんか……華奢だし、きれいだし……なんだか放っておけないし……)
ふ、と息を吐く。十年以上前の、類の顔を思い出した。きれいな顔、瞳から、長い睫毛を濡らしてはたはたと落ちた涙。自分よりずいぶん年上だと思っていた人でも、泣くことがあるのかと驚かされた。
今の類の泣き顔は見たことがない。いつもどこかぼんやりとした無表情で、近所の犬や猫、動物の話になると嬉しそうにする。儚いような笑みは見たことがあるが、笑った顔は見たことがない。
できればもっと笑顔が見たい。
が、行動は少々控える必要がある。大井があんな風に言ってきたのは、遠回しな忠告だろう。仕事をおろそかにしているつもりはないが、傍から見てそう見えるということ自体が問題だ。妙な邪推をされても困る──当たるだけに。
幸か不幸か、しばらくは忙しくなる。通常業務に集中しようと、ひとまずメールをチェックした。
最近少し増えた仕事は、類にとってはまったく苦にならなかった。
月刊雑誌のコラム。千字程度の小さなコーナーに担当の山斗から与えられたのは、動物のことを書いてくれ、という課題だった。
動物のどんなことを書けばいいのか少しだけ迷ったが、毎回一種ずつ取り上げて、その子のどんなところが素敵でかわいくて好きなのかということを書こう、と決めた。山斗からは類が決めた内容については駄目出しを食らっていないから、これでいいのだろう。
千字ではとうてい語り足りないが、できるだけそれぞれの魅力を伝えていきたい。
今メールで送信したのが三回目のコラム、今回は三毛猫についてだった。
「……ふぅ」
小さく息を吐くと立ち上がる。時刻は十四時。少し遅い時間だが、何も食べないよりは食べたほうがいい。最近は食事をすることを意識するようにしていた。不規則な生活をしているから三食とまではいかないが、少なくとも二食は食べる。
食事内容も、今までは固形の栄養食やゼリー状ものが多かったが、スーパーで総菜やおにぎりを買う。逆に言えば、意識しないとすぐに栄養食になってしまうのだが。
食生活を意識するようになったのは山斗がきっかけだと言っていい。
類の元を訪れる山斗は、毎回のように食事を作ってくれるし食事はちゃんと料理を食べてくださいと訴えてくる。それはもう毎回のように言ってくるし、控えめに反論しても、栄養食は食事に入らないと言うのだ。類としては手軽に食べられるし最低限の栄養は摂れるから、という単純な理由で選んできたが、あたたかな料理や様々な味の料理を食べさせられれば、たしかに栄養食は食事に入らないかもしれないと思い直すようになった。
(貞宗はそんなに言ってこなかった気がするけど……)
もっとも付き合いが長い彼は、食事については学生時代から見てきているし、どこか諦めがあったのかもしれない。大井ではないから真相はわからないけれど。
山斗からは午前中にメールが一本入っていた。当分は来られそうにないことと、その詫び。けれど山斗が担当しているのは類だけではないだろうから、気にしなくてもいいと思うのだけれど。
前日買い込んでいた鯖の南蛮漬けをひとつレンジにかける。それと昆布のおにぎりがひとつが昼食だ。食が細いので南蛮漬けも一切れで充分だ。温まると流しの前に立ったまま食べ始める。部屋に持って行くと流しに食器を洗いに来るのが面倒になるから、めんどくささもあって立ち食いだ。
(……怒られるかな……?)
食事をするようになっただけマシになったと見逃してもらいたい。
そうして、食事をとるようになってから気付いたことがある。
(…………この前食べた時のほうが、美味しかった……気がする、ような……?)
昨夜も食べた南蛮漬けは以前、山斗とスーパーに行った時に買って、一緒に食べたことがある。その時は酸味と甘みがほど良くて美味しいと思ったのだけれど、今はその時ほど美味しいとは思えない。味付けが特に変わった、という気はしないから、類の味覚がおかしくなったとは考えにくい。
「なんでだろう……」
ぽそりと呟いたところでレンジがチーンと鳴った。
「っていうことがあったんだけど」
「…………」
にやけそうになった表情筋を抑えるのは相当の苦労がいった。
(どう受け取ればいいんだろう……)
言葉通りに受け取れば、ひとりで食べた食事が味気なかったということ。一人暮らしをしている山斗にもわかる。友人たちと会った時の食事のほうが楽しく、美味しくなるからだ。
類が言っているのも、おそらくそれと同じなのだろう、けれど。それに自分が関わっているとなると、かなり嬉しい。
「……大勢で食事をするのは楽しいですからね。ひとりで食べると味気ないというのは、あると思いますよ」
「そういうもの?」
「たぶん、ですが……大井先輩の時はどうだったんですか?」
「貞宗? うーん…………覚えてないな。話をしながら食べてたせいかな……」
首を傾げる類は何かを思い出す時や考える時の癖なのか、人差し指でくちびるや顎を撫でる。出会った頃に比べてずいぶんと血色も張りもよくなったような気がした。
血が通った人間になっている。そう思えた。
「そういうのもあると思いますよ」
視線をくちびるから無理矢理逸らすと、平静を装って頷く。
「そっか」
なるほど、と頷く類は、どうやら納得したらしい。
「そういえば、話は変わるんだけど」
「はい」
「氷室くんにお願いがあるんだけど、いいかな?」
「お願い……ですか?」
唐突な申し出だ。だが聞く前から断ることなんてありえない。
「俺にできることでしたら」
「ありがとう。……あのね、」
はにかむ類が俯く。思わず見惚れたのは見たことがない表情を見てときめいたせいだ。
(そんな表情、初めて見た……)
にやけそうになるのを、拳を握りしめてなんとか堪える。
けれどそんな山斗の努力を吹っ飛ばすような発言を、類はくれた。
「……抱きつかせてくれないかな」
「えっ?」
類の発言は自分の欲望の具現、あるいはそうだったらいいのにという願望が聞かせた幻聴ではないかと思った。
けれど類の表情ははにかんでいるものの、瞳は真剣そのもので、とても冗談や幻聴だったとは思えない。どういう理由でその要求になったのかは、まったくわからないが。
だとすると、答えはひとつだ。
「……俺でよければ、構いませんが」
「ありがとう。……じゃあ」
いそいそと近付いてきた、と思うと、両手を広げてがばっと胸に抱きつかれた。
(…………平常心……平常心……)
意外と強い力で抱きしめられるのも理性を試されている。それから、間近で初めて気付いた石鹸の香りも。
「やっぱり大きい。前に一度だけおとなしいハスキーに抱きつかせてもらってこともあるけど、あの子より大きくてがっしりしてる。何か鍛えてる?」
「いえ……特にそういうことは……」
「そうなの?」
「ええ、まあ」
正直受け答えは上の空だ。
自分を抑えるのにいっぱいいっぱいなのに、類はさらに山斗の理性の限界を試すようなことを言う。
「氷室くん」
「はい?」
「氷室くんも抱きしめてみて」
「……はい?」
「おまえもマメだなあ」
からかっているようで、ほっとしているようでもある。類が友人で、山斗に引き継がせた手前というのもあるかもしれない。
「彼女大変じゃないか?」
「いませんよ……」
明らかなからかい口調の大井に、嫌味ですかと返すと苦笑された。
「別に嫌味とかじゃないけど。いなけりゃいないで良かったかもなー」
手が掛かるだろ、と言った相手が誰のことなのかは当然わかっている。
「……否定はしませんけど」
「彼女そっちのけで世話焼いてたら絶対妬かれるし面倒事になってただろうからな。ま、でも安心した。あいつの友人としてもだけど、仕事の上でもな。けっこうまともに仕事してるんだって?」
「大井さんとの時はどんな仕事してたんですか……?」
不安になりつつ問えば、思いのほか真面目な答えが返ってくる。
「ほとんど連載小説だな。あとは文庫用の書き下ろし。年に二冊か、多くて四冊ってとこだけど。最近はコラムも始めたって?」
「ええ、今のところはサイトの小さいコーナーですけど。近々は本誌のほうでもお願いするつもりですよ」
「へえ! 締め切りは守るタイプだから、そのへんはやりやすいだろうな。テーマは何書いてるんだ?」
「これ以上ないってくらいピッタリなテーマですよ。動物のことですから」
「……そりゃピッタリだ」
くくく、と大井が笑う。
類は時間があれば動物園や水族館に行くこともあるらしい。散歩中の犬や野良猫と触れ合うことも多いと言うから、今日の動物、というようなコーナーはちょうどいい。
大井はひとしきり笑うと溜息を吐いた。
「その調子で、ちょっとはマトモな食生活を送ってくれるといいんだけどなあ」
「ほんとですね……」
仕事をしてもしていなくても心配されるのはいかがなものか。だがその心配も、大井にしてみれば友人だから、なのだろう。面倒見がいいというのも要因のひとつか。
「まあ、あまりひとりの作家にかまけてるなよー。数人分の労力あるけどな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「誰のおかげだと思ってるんだ」
「おかげって……」
「おかげだろ。おまえなんだかんだと楽しそうだし」
「えっ」
意外だと声を上げたが、大井にしてみれば山斗の反応のほうが意外だったらしい。驚いた表情をして、顔を見つめられた。
「なんだよ。毎日仕事楽しそうにしてるし、あいつと打ち合わせとかメールのやりとりとか嬉しそうにしてるって聞いたけど」
「……誰からそんなことを……」
「誰からだっていいだろ。まったくの嘘じゃなさそうだし」
「…………」
「やっぱり楽しいんじゃないか」
けらけらと笑う大井に肩を叩かれた。
(間違ってはないけど……)
誰かにそれを知られている状況というのはあまり良くない気がする。
「ま、あんまり入れ込みすぎずに適度に力抜いて頑張ってくれよ」
気楽な調子で寄越すと自分の部署へ帰っていく。たぶん大井の休憩に付き合わされたということになるのだろう。
(入れ込む……か)
本心としては、していないとは言い切れない。自覚はある。
(これってやっぱり……)
初恋の人と再会できて舞い上がった、だけではない。今また彼に惹かれているということだろう、と自己分析する。
(……男の人なんだけどなあ……)
それも年上の。
(でもなんか……華奢だし、きれいだし……なんだか放っておけないし……)
ふ、と息を吐く。十年以上前の、類の顔を思い出した。きれいな顔、瞳から、長い睫毛を濡らしてはたはたと落ちた涙。自分よりずいぶん年上だと思っていた人でも、泣くことがあるのかと驚かされた。
今の類の泣き顔は見たことがない。いつもどこかぼんやりとした無表情で、近所の犬や猫、動物の話になると嬉しそうにする。儚いような笑みは見たことがあるが、笑った顔は見たことがない。
できればもっと笑顔が見たい。
が、行動は少々控える必要がある。大井があんな風に言ってきたのは、遠回しな忠告だろう。仕事をおろそかにしているつもりはないが、傍から見てそう見えるということ自体が問題だ。妙な邪推をされても困る──当たるだけに。
幸か不幸か、しばらくは忙しくなる。通常業務に集中しようと、ひとまずメールをチェックした。
最近少し増えた仕事は、類にとってはまったく苦にならなかった。
月刊雑誌のコラム。千字程度の小さなコーナーに担当の山斗から与えられたのは、動物のことを書いてくれ、という課題だった。
動物のどんなことを書けばいいのか少しだけ迷ったが、毎回一種ずつ取り上げて、その子のどんなところが素敵でかわいくて好きなのかということを書こう、と決めた。山斗からは類が決めた内容については駄目出しを食らっていないから、これでいいのだろう。
千字ではとうてい語り足りないが、できるだけそれぞれの魅力を伝えていきたい。
今メールで送信したのが三回目のコラム、今回は三毛猫についてだった。
「……ふぅ」
小さく息を吐くと立ち上がる。時刻は十四時。少し遅い時間だが、何も食べないよりは食べたほうがいい。最近は食事をすることを意識するようにしていた。不規則な生活をしているから三食とまではいかないが、少なくとも二食は食べる。
食事内容も、今までは固形の栄養食やゼリー状ものが多かったが、スーパーで総菜やおにぎりを買う。逆に言えば、意識しないとすぐに栄養食になってしまうのだが。
食生活を意識するようになったのは山斗がきっかけだと言っていい。
類の元を訪れる山斗は、毎回のように食事を作ってくれるし食事はちゃんと料理を食べてくださいと訴えてくる。それはもう毎回のように言ってくるし、控えめに反論しても、栄養食は食事に入らないと言うのだ。類としては手軽に食べられるし最低限の栄養は摂れるから、という単純な理由で選んできたが、あたたかな料理や様々な味の料理を食べさせられれば、たしかに栄養食は食事に入らないかもしれないと思い直すようになった。
(貞宗はそんなに言ってこなかった気がするけど……)
もっとも付き合いが長い彼は、食事については学生時代から見てきているし、どこか諦めがあったのかもしれない。大井ではないから真相はわからないけれど。
山斗からは午前中にメールが一本入っていた。当分は来られそうにないことと、その詫び。けれど山斗が担当しているのは類だけではないだろうから、気にしなくてもいいと思うのだけれど。
前日買い込んでいた鯖の南蛮漬けをひとつレンジにかける。それと昆布のおにぎりがひとつが昼食だ。食が細いので南蛮漬けも一切れで充分だ。温まると流しの前に立ったまま食べ始める。部屋に持って行くと流しに食器を洗いに来るのが面倒になるから、めんどくささもあって立ち食いだ。
(……怒られるかな……?)
食事をするようになっただけマシになったと見逃してもらいたい。
そうして、食事をとるようになってから気付いたことがある。
(…………この前食べた時のほうが、美味しかった……気がする、ような……?)
昨夜も食べた南蛮漬けは以前、山斗とスーパーに行った時に買って、一緒に食べたことがある。その時は酸味と甘みがほど良くて美味しいと思ったのだけれど、今はその時ほど美味しいとは思えない。味付けが特に変わった、という気はしないから、類の味覚がおかしくなったとは考えにくい。
「なんでだろう……」
ぽそりと呟いたところでレンジがチーンと鳴った。
「っていうことがあったんだけど」
「…………」
にやけそうになった表情筋を抑えるのは相当の苦労がいった。
(どう受け取ればいいんだろう……)
言葉通りに受け取れば、ひとりで食べた食事が味気なかったということ。一人暮らしをしている山斗にもわかる。友人たちと会った時の食事のほうが楽しく、美味しくなるからだ。
類が言っているのも、おそらくそれと同じなのだろう、けれど。それに自分が関わっているとなると、かなり嬉しい。
「……大勢で食事をするのは楽しいですからね。ひとりで食べると味気ないというのは、あると思いますよ」
「そういうもの?」
「たぶん、ですが……大井先輩の時はどうだったんですか?」
「貞宗? うーん…………覚えてないな。話をしながら食べてたせいかな……」
首を傾げる類は何かを思い出す時や考える時の癖なのか、人差し指でくちびるや顎を撫でる。出会った頃に比べてずいぶんと血色も張りもよくなったような気がした。
血が通った人間になっている。そう思えた。
「そういうのもあると思いますよ」
視線をくちびるから無理矢理逸らすと、平静を装って頷く。
「そっか」
なるほど、と頷く類は、どうやら納得したらしい。
「そういえば、話は変わるんだけど」
「はい」
「氷室くんにお願いがあるんだけど、いいかな?」
「お願い……ですか?」
唐突な申し出だ。だが聞く前から断ることなんてありえない。
「俺にできることでしたら」
「ありがとう。……あのね、」
はにかむ類が俯く。思わず見惚れたのは見たことがない表情を見てときめいたせいだ。
(そんな表情、初めて見た……)
にやけそうになるのを、拳を握りしめてなんとか堪える。
けれどそんな山斗の努力を吹っ飛ばすような発言を、類はくれた。
「……抱きつかせてくれないかな」
「えっ?」
類の発言は自分の欲望の具現、あるいはそうだったらいいのにという願望が聞かせた幻聴ではないかと思った。
けれど類の表情ははにかんでいるものの、瞳は真剣そのもので、とても冗談や幻聴だったとは思えない。どういう理由でその要求になったのかは、まったくわからないが。
だとすると、答えはひとつだ。
「……俺でよければ、構いませんが」
「ありがとう。……じゃあ」
いそいそと近付いてきた、と思うと、両手を広げてがばっと胸に抱きつかれた。
(…………平常心……平常心……)
意外と強い力で抱きしめられるのも理性を試されている。それから、間近で初めて気付いた石鹸の香りも。
「やっぱり大きい。前に一度だけおとなしいハスキーに抱きつかせてもらってこともあるけど、あの子より大きくてがっしりしてる。何か鍛えてる?」
「いえ……特にそういうことは……」
「そうなの?」
「ええ、まあ」
正直受け答えは上の空だ。
自分を抑えるのにいっぱいいっぱいなのに、類はさらに山斗の理性の限界を試すようなことを言う。
「氷室くん」
「はい?」
「氷室くんも抱きしめてみて」
「……はい?」
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