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13 告白

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 葵の併願校の入試を二日後に控えた日。
 絢斗宅での勉強を終え、少し遅くなったからと葵を送ることにした。普段は葵ひとりで帰るが、入試を控えて何かあってもいけない、と判断したからだ。
「今日も、ありがとうございます」
 葵がぺこりと頭を下げる。彼はいつでも礼儀正しい。好感が持てるところだ。
「いいよ。帰り道に何かあったら、そっちのほうが許せないし……試験以外のことのせいで葵くんが試験に集中できなかったら、イヤだしね」
 試験会場では、実力を充分に発揮して臨んでほしい。半年以上勉強を見てきたのだから、その想いは強い。
 弱点だった部分もほぼ解消できているし、テキストの読み取りも間違えなくなった。もともと速かった計算も公式を当てはめる判断に迷いがなく、さらに速くなったし、古文も苦手だった活用はもう不安がない。
 あとは何もないことを祈るしか、絢斗ができることはない。
「じゃ、ありがとうございました」
 マンション前まで来ると、葵がまたぺこりと頭を下げた。
「……それで、真柄さんに話があるんですけど」
「改まって、急にどうしたの。……ん?」
 その時。
 絢斗たちが歩いてきた道とは反対側から、見慣れた人物が歩いてきた。
 和至だ。
「よっ、絢斗」
「なんでおまえがこんなところに」
 気軽い調子で手を振ってすぐ傍までやってくる和至に、驚きと、なんだか酒臭い様子に呆れもした。思わず葵を背に庇ってしまう立ち位置になってしまったのは仕方がない。
 友人としては悪くない男だが、親しくない未成年には特に有害な男だと思うからだ。
「あっ、……えーと……葵! くん! も。こんばんは」
「こんばんは……」
 葵の名前を覚えていたぞというドヤ顔をされても反応に困る。絢斗の背に半分くらい隠れてしまっていた。
「そういえば、訊こうと思ってたんだよね」
「何を?」
「絢斗じゃないよ。葵くんに」
「僕?」
「葵くんに? なんで?」
 何かこのふたりに接点があっただろうか。疑問に思っていると、和至が葵を手招く。葵は戸惑いつつも、和至のほうへ近寄った。
「和至、葵に変なこと吹き込むなよ。二日後には入試なんだから」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。すぐ済むよ」
「葵も、変なこと言われたら殴って逃げておいで」
「だから変なことなんて訊かないって!」
 信用がないなあ、とぼやいているが、信用をなくさせているのは当の本人だ。こればかりは絢斗がフォローできない部分。
 和至と葵は、絢斗に背を向けて何かを話している。葵は特に慌てたり、取り乱したりする様子もない。それなら本当に変なことは訊かれていないんだな、とホッとした。
 葵が何か大きく頷いた。じっと和至を見ているようでもある。和至も葵を見つめていた。どこか真剣な雰囲気。それからすぐ、ふたりの会話は終わった。
 和至が葵の背をぽんぽんと叩く。
「終わったぞー。葵くん悪かったな。気になって気持ち悪くてさ」
「いえ、誤解が解けて良かったです」
 思いがけず、ふたりは和やかな空気でいる。戸惑ったのは絢斗だ。
「……なんでそんな和やかなんだよ」
「おまえが思ってたような変な話はしてないからじゃないか?」
「大丈夫ですよ、真柄さん」
「…………」
 仲間はずれにされたような疎外感を感じるのは気のせいだと思いたい。そんなものを感じるほど子どもではないからだ。
「じゃ、俺行くわ。また連絡入れるから」
 そう笑うと、和至は駅のほうへと歩いて行ってしまった。まったく、嵐のような男だ。角を曲がるところまで見送ると、葵に向き直る。
「葵くん、ほんっとうに大丈夫だった?」
「そんなに友成さんって信用ないんですね……? 大丈夫でしたよ。むしろいい人だと思いました」
「え……あいつが……いい人……?」
 悪い奴ではないことはわかっているが、いい人とは言いがたい。けれどそういえば、和至は酒臭かった。酔っ払うとたまにまともなことを言うやつだったと思い出す。
 それにしても、と思うが、葵が嘘やお世辞を言っている様子はない。
「いい人だなと思ったのは、真柄さんの心配をしていたからです」
「オレの?」
「僕が、二股かけたり……騙すんじゃないかって」
「……?」
 およそ葵と不似合いな単語が出てきた。
「的外れな心配じゃないか?」
「いえ、そうとも言えなくて……ええと……」
 葵は口許に指を宛てて少し考え込む。伏せた顔をまた上げて絢斗を見つめるまで、時間はそんなにかからなかった。
 じっと、真っ直ぐ見つめてくる。
 この空気には覚えがある。あ、と思ったが、逃げられない。
「僕、真柄さんが好きなんです。恋愛的な意味で。付き合いたいって、ずっと思ってました。……いえ、思ってます」
 ちゃんと、ハッキリ聞いたわけではないことを、今言われた。強くきらめく瞳は、意志が固いことも窺わせた。
「返事は、……本命の試験が終わってからでお願いします」
「え、……う、ん」
「じゃあ……送ってくれて、ありがとうございました」
 試験頑張ります、と力強く言った葵は、微笑んでマンションへと入っていく。
 がんばってね。言えたかどうかわからないが、真っ直ぐ伸びた背がエントランスの奥に行って見えなくなるまで見送った。
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