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09 遊園地4
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「……そういえば。覚えてますか?」
「うん?」
「この、テストのお祝いもですけど……願い事を叶えてくれるって」
「ああ……言ったね。覚えてる」
お祝いはこちらが用意するものだが、願い事は葵が自発的に欲しいものを言ってくれればいい。
それで張り合いが出るならいいし、なんでも多少のご褒美があったほうがやり甲斐があるというもの。
ごく軽い気持ちで言ったことだが、さて葵は何をお願いしてくれるだろう。
「あんまり高価なものをねだられると困っちゃうけど……」
「大丈夫です。物質じゃありませんから。……ある意味、物質かもしれませんが……買えるものじゃないので」
「んん……?」
物質じゃない、が、物質かもしれない、買えるものじゃないもの。
絢斗が持っているもので、何か譲って欲しいものでもあるのだろうか。最初に浮かんだのはそういった物だ。
昔は成績のいいクラスメイトなり上級生なりのシャープペンシルを借りたり譲ってもらったりして受験に臨む、神頼みのようなおまじないもあった。
絢斗は馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、もし葵がそういうものを信じているのなら、彼に限っては馬鹿にしないようにしておこう。
そんなことを考えている間にも、葵の澄んだ黒の瞳にじっと見つめられていた。真っ直ぐな視線には、いつだって少しは落ち着かなくさせられる。
「目、瞑っててもらってもいいですか」
「? いいけど」
求められるまま頷き、軽く目を閉じる。
「そのまま五秒くらいじっとして、逃げないでくださいね」
「ん」
なんだか似たようなシチュエーションに覚えがあるな、あれはなんだったかなと考えていると、不意に、くちびるに柔らかい感触。
反射的に身を引き目を開けると、長い前髪に隠れがちな葵のきれいな顔が間近にあった。
「……なんで逃げるんですか」
逃げないで下さいねって言ったのに、と葵は不満げだが、これは葵に非があると思う。
「だっ……なに、して」
「キスですけど……真柄さんでもそんなカワイイ反応するんですね」
「可愛くはない! なんでキス?!」
「なんでもいいって言ったじゃないですか」
「言っ……たけれども!」
覚えてる。
言った。
言ったが、せいぜい携帯ゲーム機のソフトとか、服とか、そういった物だと思っていた。
「なにかひとつ、なんでもいいって言われた時、すぐに決めたんです。だから頑張れた。……別にファーストキスでもないんでしょう? 驚いたり狼狽えたりする必要ありますか?」
「…………」
ずいぶん冷静だし、ずいぶんな言いようだ。これほど豪胆なら、本番の試験もきっと大丈夫に違いない。
それにしても、葵の言い分はやや引っかかる。
「……誰でも、思いがけない相手からいきなりキスされればびっくりすると思うけど?」
「ああ、それは一理ありますね。驚かせてしまってすみません」
「……軽いな……」
キスしたことではなく驚かせたことのほうを謝るとは、ずいぶん悪びれない男だ。
「もうすぐ下に着きますよ。次に行くところ、さっき真柄さんが気になるって言ってたところに行きましょう」
笑みかけてくれる顔は綺麗なのに、今はどこか裏があるように思えてしまう。
はぁ、と息を吐くと頷いた。特に悪気や悪意は感じられない。したいからしたとか、大人をからかいたかったとか、そんなところだろう。それなら気にしすぎても良くない。
扉が外から開けられると、先に葵が下りる。続いて下りると、もう一度だけ息を大きく吐き、コートのポケットに入れていた地図を広げた。
「うん?」
「この、テストのお祝いもですけど……願い事を叶えてくれるって」
「ああ……言ったね。覚えてる」
お祝いはこちらが用意するものだが、願い事は葵が自発的に欲しいものを言ってくれればいい。
それで張り合いが出るならいいし、なんでも多少のご褒美があったほうがやり甲斐があるというもの。
ごく軽い気持ちで言ったことだが、さて葵は何をお願いしてくれるだろう。
「あんまり高価なものをねだられると困っちゃうけど……」
「大丈夫です。物質じゃありませんから。……ある意味、物質かもしれませんが……買えるものじゃないので」
「んん……?」
物質じゃない、が、物質かもしれない、買えるものじゃないもの。
絢斗が持っているもので、何か譲って欲しいものでもあるのだろうか。最初に浮かんだのはそういった物だ。
昔は成績のいいクラスメイトなり上級生なりのシャープペンシルを借りたり譲ってもらったりして受験に臨む、神頼みのようなおまじないもあった。
絢斗は馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、もし葵がそういうものを信じているのなら、彼に限っては馬鹿にしないようにしておこう。
そんなことを考えている間にも、葵の澄んだ黒の瞳にじっと見つめられていた。真っ直ぐな視線には、いつだって少しは落ち着かなくさせられる。
「目、瞑っててもらってもいいですか」
「? いいけど」
求められるまま頷き、軽く目を閉じる。
「そのまま五秒くらいじっとして、逃げないでくださいね」
「ん」
なんだか似たようなシチュエーションに覚えがあるな、あれはなんだったかなと考えていると、不意に、くちびるに柔らかい感触。
反射的に身を引き目を開けると、長い前髪に隠れがちな葵のきれいな顔が間近にあった。
「……なんで逃げるんですか」
逃げないで下さいねって言ったのに、と葵は不満げだが、これは葵に非があると思う。
「だっ……なに、して」
「キスですけど……真柄さんでもそんなカワイイ反応するんですね」
「可愛くはない! なんでキス?!」
「なんでもいいって言ったじゃないですか」
「言っ……たけれども!」
覚えてる。
言った。
言ったが、せいぜい携帯ゲーム機のソフトとか、服とか、そういった物だと思っていた。
「なにかひとつ、なんでもいいって言われた時、すぐに決めたんです。だから頑張れた。……別にファーストキスでもないんでしょう? 驚いたり狼狽えたりする必要ありますか?」
「…………」
ずいぶん冷静だし、ずいぶんな言いようだ。これほど豪胆なら、本番の試験もきっと大丈夫に違いない。
それにしても、葵の言い分はやや引っかかる。
「……誰でも、思いがけない相手からいきなりキスされればびっくりすると思うけど?」
「ああ、それは一理ありますね。驚かせてしまってすみません」
「……軽いな……」
キスしたことではなく驚かせたことのほうを謝るとは、ずいぶん悪びれない男だ。
「もうすぐ下に着きますよ。次に行くところ、さっき真柄さんが気になるって言ってたところに行きましょう」
笑みかけてくれる顔は綺麗なのに、今はどこか裏があるように思えてしまう。
はぁ、と息を吐くと頷いた。特に悪気や悪意は感じられない。したいからしたとか、大人をからかいたかったとか、そんなところだろう。それなら気にしすぎても良くない。
扉が外から開けられると、先に葵が下りる。続いて下りると、もう一度だけ息を大きく吐き、コートのポケットに入れていた地図を広げた。
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