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第十幕 革命前夜
鹿に乗った女神
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しばらくしてまたタイコの音が鳴り、新たな見張り当番と入れ替わりでシン君は村に戻っていった。もちろん俺たちの作戦と彼の役割は伝達済みだ。
交代した見張りゴブリンは申し訳ないがぐるぐる巻きにさせてもらい、代わりに身軽なアミが見張り台に登って村の様子を探った。
「村の中央の広場に大きな柱が立ってて、そこに2人がくくりつけられてるわ。周りには薪がたくさん盛られてて、あれに火を着けるつもりね」
何だか絵に描いたような火あぶりの構図だ。ニコが泣きそうな顔になった。
「大丈夫。必ず助けるから」
俺は彼女の肩を抱いて励ます。
「う、うん……」
彼女は少し震えてる。
「大丈夫よ、ニコ。いざとなったらこっちにも人質がいるんだから」
そう言ってハルさんが振り返る。そこにはお転婆娘がナラさんの短い尻尾を引っ張って遊んでいた。
「痛たたたたた、痛いて、痛いて、引っ張らんといてえな」
何だかナラさんの方が人質みたいだ。
でもこの子だって家族が恋しいだろうに、一目散に村に走って行ってしまうかと思いきや、俺たちの元に留まってくれている。俺たちの話をナラさんが通訳すると、じーっと聞いている。この状況を理解してくれてるんだろうか。
日が暮れてきた。
「広場にゴブリンが集まってきたわ! そろそろ始まりそうよ」
アミが見張り台から慌てて下りてきた。
「よし、行こう!」
「うん!」
「了解!」
俺の号令で作戦開始だ。
☆☆☆☆☆☆
村の中央広場。村人が総出で取り囲んでいるのは愚かな人間の番だ。
村に入ろうとしているところを捕まえた。どうせまた子供をさらおうとでもしてたんだろう。許さん。絶対に許さん。
キナがいなくなって1年になる。もう生きてはいないかもしれない。あの子の仇討ちだ。殺せ、殺せ。焼き殺せ。そして喰ってやれ。喰って糞にしてやれ。
明日は戦士たちの出発だ。こいつらを喰って景気づけだ。人間を皆殺しにするんだ。
『よし、火を放て!』
村長の号令で、歌術が得意な奴が炎歌を歌う。積み上げた薪に火を着ける。
よし。燃えろ、燃えろ、燃えろおっ!
ん?
雨が降ってきたぞ。
何だ? さっきまであんなに良い天気だったのに。
えっ! 何だ何だ? 風が吹いてきたぞ。
うわっ! 何だ、いきなり土砂降りの雨になったぞ! ああ、火が消える、火が消える……何だ何だ何だ……
『ばっしいいいん!!』
うわっ! 何だあっ! 村の奥の樹に雷が落ちたぞ!
『がこおおおおおん!』
どわあああああっ! 何だ!? 村の入り口の大門が砕け散ったぞ。
悲鳴絶叫が飛び交う村に静々と入って来たのは、大きな鹿に乗った人間の女だ。横には騎士のような男が付き従っている。
神々しいほどの美しさで、しかも2人とも真っ黒な髪をしている。古来から伝わる神話の神か。どこからか「女神様だ!」という声があがる。
女神は広場の前で止まった。傘にしていた大きなフキの葉を投げ捨てると、ぴたりと雨風が止んだ。
そして小声で何か歌術を歌った。するとたちまち広場全体……本当に広場全体が真っ白に凍てついた。雨に濡れた村人たちの足元もガチガチに凍りつき、みな身動きできなくなった。
石を投げようとした者がいた。しかし騎士の男が一瞬指を動かしただけで、その石は投げられる前に砕け散った。
歌術の得意な奴が炎歌を歌おうとした。しかし女神が指差して凍歌を歌うと、そいつの口元だけがガチンと凍りついた。
長老の誰かが鳥を使役する歌術を使った。村の周囲の木立からいっせいにフクロウが飛び立ち、鋭い声をあげながら女神に襲いかかった。しかし騎士が風歌を歌うと、ごおっと強い風が吹き抜け、フクロウたちは一羽残らず、どこかへ消し飛んでしまった。
圧倒的な歌の力だ。誰も死んでいない。誰も傷ついていない。それなのに誰も動けない。もうそれ以上、彼らに攻撃を加えようとする者はいなかった。
女神は広場の中ほどまで進み、するりと鹿の背から下りた。
ん? 女神の身体に隠されていたがもう1人、鹿の背に乗ってる。
あっ!!
あれは、キナ! 生きてたのか!
手を振ってる……元気そうだ。
良かった……良かった……な、涙が出てきた。
女神が人間の言葉で話すのを鹿が通訳した。
『この子は、ここから遠く離れた街で、悪い人間に捕らえられているのを私たちが見つけ、保護しました。病気もケガもなく元気です。この子をお返しします。その代わりと言っては何ですが……』
彼女は柱にくくられた愚かな番を指して続けた。
『この者たちをお返し下さい。この者たちは私たちの大事な身内です。しかもあなたたちゴブリンに仇をなす者ではありません。むしろ多くのゴブリンを救うため苦労してここまで来た者です。どうか縄を解き、この者たちの話を少しで良いので聞いてやって下さい。お願いします』
女神は腰を折り、深々と頭を下げた。隣の騎士も、鹿までもが頭を下げた。
村人たちはどよめいた。
これほどまでの力を持つ女神たちが頭を下げて頼んでいる。
ってか、この番は女神の遣いだったのか? 捕らえてくくりつけて焼いて喰おうなんて、俺たちとんでもないことをしちまったんじゃないのか?
その時、キナが鹿から下りて、こちらにちょこちょこっと走ってきた。村長に向かって言う。
「爺ちゃん、ただいま! この人たち、本当に良い人だよ。人間の中にもゴブリンの味方はいるんだよ。私、この人たちにいっぱい可愛がってもらって、いっぱい良くしてもらったよ。だから、言うこと聞いてあげて。その人たちを放してあげて」
村人たちは再びどよめいた。そしてみな村長を振り向いた。「放してやれ」「解放してやれ」「許してやれ」そんな言葉が飛び交う中、村長は苦い顔で言った。
「分かった。誰か、そいつらを放してやれ」
誰も動けないと思ったら、物陰からシンが走り出してきた。そしてハサミで縄をちょんちょんと切ってしまった。
柱から崩れ落ちる男女を、女神と騎士が抱き止めた。
こちらではシンとキナがしっかり抱き合った。
「兄ちゃん!」
「キナ!」
みな泣いた。下半身凍りつきながら泣いた。良かった。良かった。
☆☆☆☆☆☆
……ゴブリン側から見たら、こんな展開だっただろう。
ニコが温歌を歌って氷をとかし、ゴブリンたちは動けるようになった。みんながキナとシン兄妹の周りに集まり喜びを分かち合った。
一方で俺たちもジゴさん、ナギさんの周りに集まり、隠れていたハルさんとアミも出てきて、再会を喜んだ。
「ニコ、あなた……歌術で天候操作までできるようになったの? 驚いたわ。本当に女神様みたい」
ナギさんは娘を抱きしめて放さない。
「ソウタ、危ないところを助けてくれて本当にありがとう。もうダメかと思ったよ。ってか、さっきのお前の風歌、すごかったな。さすが歌い手だ。もう俺たちの域をはるかに越えちゃってるな」
ジゴさんの方は俺をハグして放さない。
「いえいえ、最初に歌術を教えてくれた先生が良かったんです」
「ハル、お前も本っ当にありがとう。この子たちをよくここまで守り育ててくれた」
「どういたしまして。私はむしろ2人に守ってもらってる方よ。それに、この鹿さんや、踊り子さんにも礼を言ってあげてね」
急に話を振られてナラさんとアミが慌てる。
「いやいやあ! ワシなんか大したことしてへんて!」
「私も、むしろソウタとニコに助けてもらってばかりで……」
しかし、ふと視線を感じてゴブリンたちの方を見ると、みんながキナを囲んで盛り上がる中、村長のところで何かヒソヒソ話をしながらこっちをにらんでる連中がいる。あれが反・人間で凝り固まった長老たちか? 何だかイヤな雰囲気だ。
『人間どもよ』
村長が何か言おうとしてる。周囲はさっと静まる。すかさずナラさんが通訳してくれる。
『キナを助けてくれたことについては礼を言おう。しかし……』
しかし、何だよ。
『我々は決して人間を許さない。我々は明日、人間に対して宣戦布告する。そなたたちとも戦わねばならなくなる。早々にこの村を、この森を、立ち去られることを勧める』
ちっ、この期に及んでまだそんなこと言うのか。頭の固い連中だ。
それを聞いてジゴさんが前に出た。
「ちょっと待ってくれ。頼むから俺たちの話を聞いてくれ」
長老たちは『フン!』と馬鹿にしたような顔をしているが、村長は一応、相手にしてくれた。
『ふむ。キナを助けてくれた恩に報じ、語る機会だけは与えよう。しかし我らは気が短い。手短に頼む』
すー、はー、一呼吸してからジゴさんは語り始めた。
『手短に』と言われたせいだろう。話はいきなり核心からだった。
「俺は見た。たくさんのゴブリンが殺されるのを。メスは腹を裂かれて死に、取り出された卵は選別され、生まれたメスは卵を採るためだけに育てられ、そして殺される。オスは黙呪兵にされ、戦場で都合良く使い捨てられて死ぬ。地獄だ。永遠に続くゴブリンの地獄だ」
空気が凍った。キナの周りで喜んでいたゴブリンたちも固まった。
「人間の中にはそのゴブリン地獄のおかげで権力を握っている者たちがいる。私はそういう人間を倒したい。そしてひどい目に遭っているゴブリンたちを解放したい。どうか力を貸して欲しい。一緒に戦って欲しい、それだけだ」
ゴブリンたちはざわめいた。特に長老たちは村長の周りで声高に議論している。やがて村長が周囲を制し、重々しく口を開いた。
『ならばそなたに問う。何故そなたはそこまでゴブリンに肩入れするのだ?』
「可哀想だからだ」
ジゴさんは正直に答えた。
「人間がゴブリンをそんな風に利用し、ひどい目に遭わせるのが可哀想だからだ」
それを聞いて村長は口を歪めて笑った。
『ふっふっふ……出たな。可哀想とな。ずいぶんと見下した話じゃ。別にそなたのような人間に哀れんでもらわんでも、助けてもらわんでも結構じゃ。ゴブリンの問題はゴブリンが片付ける』
慌てて何か言おうとしたジゴさんを遮って村長は大声を出した。
『場所はどこじゃ? そなたが見た、ゴブリン殺しの現場はどこじゃ? ちょうど我々は明日、人間に宣戦布告し出陣する予定じゃ。まずはその場所へ攻め込もう。ゴブリンはゴブリンが助ける。人間の手は借りん。どこじゃ、言え!』
ジゴさんはひるまなかった。
「それは言えないな」
『何じゃと!?』
「その場所を突き止めるためにこっちは命をかけてきたんだ。上からの物言いになったのは悪かったが、そっちもずいぶんと上からの物言いじゃないか。そんな相手に、貴重な情報は渡せない。お前らが協力しないなら、こっちが勝手に実行するだけだ。しかし、そうなったらみな言うだろうな。ゴブリンは自分たちのケツも自分で拭けない、とな」
うわあ……言っちゃったよ、ジゴさん。
ゴブリンたちはわいわい騒ぎ出した。彼らの怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。まずい、これはまずい。一触即発の雰囲気になってきた。
その時だった。
突然ニコが歌い出した。『女神の旋律』を。
「朝7時 いつものアラームは鳴らず
目覚めたら 驚いた顔の君がいた♪」
ゴブリンたちは驚いてシンとなった。何が起こったのか分からずきょろきょろしていた者も、女神が歌い出したのだと気付くと、その目と耳は釘付けになった。
「ここはどこ 俺の問いかけは通じず
君の声 不思議な響きの言葉♪」
彼らにも歌詞の言葉は通じないだろう。しかし俺が書いたキャッチーな旋律が心には響いたようだ。
俺も声を合わせて歌った。そしてハルさんも、アミも、ナラさんも。
ジゴさんとナギさんは最初、唖然とした顔をしていたが、やがて笑顔で身体を揺すり始めた。
「ああ 君に出会うためここに来た
ああ 君に歌うため世界を越えた
女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど
顔を上げ 胸を張って 必死で歌う
女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど
光になって 風になって 夢中で歌う
俺の女神に♪」
見ると、ゴブリンたちもウェーブしている。村長も、長老たちも。
そのまま2コーラス目に突入し、俺とハルさんは久々に背中の楽器を鳴らした。ナラさんはドンドン足踏みでリズムを刻んだ。
アミが前に出て見事な剣舞を舞った。向こうからはキナが前に出てきて、即興の可愛らしい踊りを踊ってくれた。
俺たちが歌い終わると、今度は向こうから何人か出てきて、ゴブリンの歌を歌ってくれた。俺たちは交代交代に歌った。そのうち料理が出てきた。酒も出てきた。
歌が、煮えたぎった空気を解熱させた。
さっきまでの険悪な雰囲気はなくなり、人間とゴブリンは夜更けまで互いに手を取って歌い踊った。
交代した見張りゴブリンは申し訳ないがぐるぐる巻きにさせてもらい、代わりに身軽なアミが見張り台に登って村の様子を探った。
「村の中央の広場に大きな柱が立ってて、そこに2人がくくりつけられてるわ。周りには薪がたくさん盛られてて、あれに火を着けるつもりね」
何だか絵に描いたような火あぶりの構図だ。ニコが泣きそうな顔になった。
「大丈夫。必ず助けるから」
俺は彼女の肩を抱いて励ます。
「う、うん……」
彼女は少し震えてる。
「大丈夫よ、ニコ。いざとなったらこっちにも人質がいるんだから」
そう言ってハルさんが振り返る。そこにはお転婆娘がナラさんの短い尻尾を引っ張って遊んでいた。
「痛たたたたた、痛いて、痛いて、引っ張らんといてえな」
何だかナラさんの方が人質みたいだ。
でもこの子だって家族が恋しいだろうに、一目散に村に走って行ってしまうかと思いきや、俺たちの元に留まってくれている。俺たちの話をナラさんが通訳すると、じーっと聞いている。この状況を理解してくれてるんだろうか。
日が暮れてきた。
「広場にゴブリンが集まってきたわ! そろそろ始まりそうよ」
アミが見張り台から慌てて下りてきた。
「よし、行こう!」
「うん!」
「了解!」
俺の号令で作戦開始だ。
☆☆☆☆☆☆
村の中央広場。村人が総出で取り囲んでいるのは愚かな人間の番だ。
村に入ろうとしているところを捕まえた。どうせまた子供をさらおうとでもしてたんだろう。許さん。絶対に許さん。
キナがいなくなって1年になる。もう生きてはいないかもしれない。あの子の仇討ちだ。殺せ、殺せ。焼き殺せ。そして喰ってやれ。喰って糞にしてやれ。
明日は戦士たちの出発だ。こいつらを喰って景気づけだ。人間を皆殺しにするんだ。
『よし、火を放て!』
村長の号令で、歌術が得意な奴が炎歌を歌う。積み上げた薪に火を着ける。
よし。燃えろ、燃えろ、燃えろおっ!
ん?
雨が降ってきたぞ。
何だ? さっきまであんなに良い天気だったのに。
えっ! 何だ何だ? 風が吹いてきたぞ。
うわっ! 何だ、いきなり土砂降りの雨になったぞ! ああ、火が消える、火が消える……何だ何だ何だ……
『ばっしいいいん!!』
うわっ! 何だあっ! 村の奥の樹に雷が落ちたぞ!
『がこおおおおおん!』
どわあああああっ! 何だ!? 村の入り口の大門が砕け散ったぞ。
悲鳴絶叫が飛び交う村に静々と入って来たのは、大きな鹿に乗った人間の女だ。横には騎士のような男が付き従っている。
神々しいほどの美しさで、しかも2人とも真っ黒な髪をしている。古来から伝わる神話の神か。どこからか「女神様だ!」という声があがる。
女神は広場の前で止まった。傘にしていた大きなフキの葉を投げ捨てると、ぴたりと雨風が止んだ。
そして小声で何か歌術を歌った。するとたちまち広場全体……本当に広場全体が真っ白に凍てついた。雨に濡れた村人たちの足元もガチガチに凍りつき、みな身動きできなくなった。
石を投げようとした者がいた。しかし騎士の男が一瞬指を動かしただけで、その石は投げられる前に砕け散った。
歌術の得意な奴が炎歌を歌おうとした。しかし女神が指差して凍歌を歌うと、そいつの口元だけがガチンと凍りついた。
長老の誰かが鳥を使役する歌術を使った。村の周囲の木立からいっせいにフクロウが飛び立ち、鋭い声をあげながら女神に襲いかかった。しかし騎士が風歌を歌うと、ごおっと強い風が吹き抜け、フクロウたちは一羽残らず、どこかへ消し飛んでしまった。
圧倒的な歌の力だ。誰も死んでいない。誰も傷ついていない。それなのに誰も動けない。もうそれ以上、彼らに攻撃を加えようとする者はいなかった。
女神は広場の中ほどまで進み、するりと鹿の背から下りた。
ん? 女神の身体に隠されていたがもう1人、鹿の背に乗ってる。
あっ!!
あれは、キナ! 生きてたのか!
手を振ってる……元気そうだ。
良かった……良かった……な、涙が出てきた。
女神が人間の言葉で話すのを鹿が通訳した。
『この子は、ここから遠く離れた街で、悪い人間に捕らえられているのを私たちが見つけ、保護しました。病気もケガもなく元気です。この子をお返しします。その代わりと言っては何ですが……』
彼女は柱にくくられた愚かな番を指して続けた。
『この者たちをお返し下さい。この者たちは私たちの大事な身内です。しかもあなたたちゴブリンに仇をなす者ではありません。むしろ多くのゴブリンを救うため苦労してここまで来た者です。どうか縄を解き、この者たちの話を少しで良いので聞いてやって下さい。お願いします』
女神は腰を折り、深々と頭を下げた。隣の騎士も、鹿までもが頭を下げた。
村人たちはどよめいた。
これほどまでの力を持つ女神たちが頭を下げて頼んでいる。
ってか、この番は女神の遣いだったのか? 捕らえてくくりつけて焼いて喰おうなんて、俺たちとんでもないことをしちまったんじゃないのか?
その時、キナが鹿から下りて、こちらにちょこちょこっと走ってきた。村長に向かって言う。
「爺ちゃん、ただいま! この人たち、本当に良い人だよ。人間の中にもゴブリンの味方はいるんだよ。私、この人たちにいっぱい可愛がってもらって、いっぱい良くしてもらったよ。だから、言うこと聞いてあげて。その人たちを放してあげて」
村人たちは再びどよめいた。そしてみな村長を振り向いた。「放してやれ」「解放してやれ」「許してやれ」そんな言葉が飛び交う中、村長は苦い顔で言った。
「分かった。誰か、そいつらを放してやれ」
誰も動けないと思ったら、物陰からシンが走り出してきた。そしてハサミで縄をちょんちょんと切ってしまった。
柱から崩れ落ちる男女を、女神と騎士が抱き止めた。
こちらではシンとキナがしっかり抱き合った。
「兄ちゃん!」
「キナ!」
みな泣いた。下半身凍りつきながら泣いた。良かった。良かった。
☆☆☆☆☆☆
……ゴブリン側から見たら、こんな展開だっただろう。
ニコが温歌を歌って氷をとかし、ゴブリンたちは動けるようになった。みんながキナとシン兄妹の周りに集まり喜びを分かち合った。
一方で俺たちもジゴさん、ナギさんの周りに集まり、隠れていたハルさんとアミも出てきて、再会を喜んだ。
「ニコ、あなた……歌術で天候操作までできるようになったの? 驚いたわ。本当に女神様みたい」
ナギさんは娘を抱きしめて放さない。
「ソウタ、危ないところを助けてくれて本当にありがとう。もうダメかと思ったよ。ってか、さっきのお前の風歌、すごかったな。さすが歌い手だ。もう俺たちの域をはるかに越えちゃってるな」
ジゴさんの方は俺をハグして放さない。
「いえいえ、最初に歌術を教えてくれた先生が良かったんです」
「ハル、お前も本っ当にありがとう。この子たちをよくここまで守り育ててくれた」
「どういたしまして。私はむしろ2人に守ってもらってる方よ。それに、この鹿さんや、踊り子さんにも礼を言ってあげてね」
急に話を振られてナラさんとアミが慌てる。
「いやいやあ! ワシなんか大したことしてへんて!」
「私も、むしろソウタとニコに助けてもらってばかりで……」
しかし、ふと視線を感じてゴブリンたちの方を見ると、みんながキナを囲んで盛り上がる中、村長のところで何かヒソヒソ話をしながらこっちをにらんでる連中がいる。あれが反・人間で凝り固まった長老たちか? 何だかイヤな雰囲気だ。
『人間どもよ』
村長が何か言おうとしてる。周囲はさっと静まる。すかさずナラさんが通訳してくれる。
『キナを助けてくれたことについては礼を言おう。しかし……』
しかし、何だよ。
『我々は決して人間を許さない。我々は明日、人間に対して宣戦布告する。そなたたちとも戦わねばならなくなる。早々にこの村を、この森を、立ち去られることを勧める』
ちっ、この期に及んでまだそんなこと言うのか。頭の固い連中だ。
それを聞いてジゴさんが前に出た。
「ちょっと待ってくれ。頼むから俺たちの話を聞いてくれ」
長老たちは『フン!』と馬鹿にしたような顔をしているが、村長は一応、相手にしてくれた。
『ふむ。キナを助けてくれた恩に報じ、語る機会だけは与えよう。しかし我らは気が短い。手短に頼む』
すー、はー、一呼吸してからジゴさんは語り始めた。
『手短に』と言われたせいだろう。話はいきなり核心からだった。
「俺は見た。たくさんのゴブリンが殺されるのを。メスは腹を裂かれて死に、取り出された卵は選別され、生まれたメスは卵を採るためだけに育てられ、そして殺される。オスは黙呪兵にされ、戦場で都合良く使い捨てられて死ぬ。地獄だ。永遠に続くゴブリンの地獄だ」
空気が凍った。キナの周りで喜んでいたゴブリンたちも固まった。
「人間の中にはそのゴブリン地獄のおかげで権力を握っている者たちがいる。私はそういう人間を倒したい。そしてひどい目に遭っているゴブリンたちを解放したい。どうか力を貸して欲しい。一緒に戦って欲しい、それだけだ」
ゴブリンたちはざわめいた。特に長老たちは村長の周りで声高に議論している。やがて村長が周囲を制し、重々しく口を開いた。
『ならばそなたに問う。何故そなたはそこまでゴブリンに肩入れするのだ?』
「可哀想だからだ」
ジゴさんは正直に答えた。
「人間がゴブリンをそんな風に利用し、ひどい目に遭わせるのが可哀想だからだ」
それを聞いて村長は口を歪めて笑った。
『ふっふっふ……出たな。可哀想とな。ずいぶんと見下した話じゃ。別にそなたのような人間に哀れんでもらわんでも、助けてもらわんでも結構じゃ。ゴブリンの問題はゴブリンが片付ける』
慌てて何か言おうとしたジゴさんを遮って村長は大声を出した。
『場所はどこじゃ? そなたが見た、ゴブリン殺しの現場はどこじゃ? ちょうど我々は明日、人間に宣戦布告し出陣する予定じゃ。まずはその場所へ攻め込もう。ゴブリンはゴブリンが助ける。人間の手は借りん。どこじゃ、言え!』
ジゴさんはひるまなかった。
「それは言えないな」
『何じゃと!?』
「その場所を突き止めるためにこっちは命をかけてきたんだ。上からの物言いになったのは悪かったが、そっちもずいぶんと上からの物言いじゃないか。そんな相手に、貴重な情報は渡せない。お前らが協力しないなら、こっちが勝手に実行するだけだ。しかし、そうなったらみな言うだろうな。ゴブリンは自分たちのケツも自分で拭けない、とな」
うわあ……言っちゃったよ、ジゴさん。
ゴブリンたちはわいわい騒ぎ出した。彼らの怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。まずい、これはまずい。一触即発の雰囲気になってきた。
その時だった。
突然ニコが歌い出した。『女神の旋律』を。
「朝7時 いつものアラームは鳴らず
目覚めたら 驚いた顔の君がいた♪」
ゴブリンたちは驚いてシンとなった。何が起こったのか分からずきょろきょろしていた者も、女神が歌い出したのだと気付くと、その目と耳は釘付けになった。
「ここはどこ 俺の問いかけは通じず
君の声 不思議な響きの言葉♪」
彼らにも歌詞の言葉は通じないだろう。しかし俺が書いたキャッチーな旋律が心には響いたようだ。
俺も声を合わせて歌った。そしてハルさんも、アミも、ナラさんも。
ジゴさんとナギさんは最初、唖然とした顔をしていたが、やがて笑顔で身体を揺すり始めた。
「ああ 君に出会うためここに来た
ああ 君に歌うため世界を越えた
女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど
顔を上げ 胸を張って 必死で歌う
女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど
光になって 風になって 夢中で歌う
俺の女神に♪」
見ると、ゴブリンたちもウェーブしている。村長も、長老たちも。
そのまま2コーラス目に突入し、俺とハルさんは久々に背中の楽器を鳴らした。ナラさんはドンドン足踏みでリズムを刻んだ。
アミが前に出て見事な剣舞を舞った。向こうからはキナが前に出てきて、即興の可愛らしい踊りを踊ってくれた。
俺たちが歌い終わると、今度は向こうから何人か出てきて、ゴブリンの歌を歌ってくれた。俺たちは交代交代に歌った。そのうち料理が出てきた。酒も出てきた。
歌が、煮えたぎった空気を解熱させた。
さっきまでの険悪な雰囲気はなくなり、人間とゴブリンは夜更けまで互いに手を取って歌い踊った。
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聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
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