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第八幕 奸計の古城

捕捉

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「……いや、もう少しガマンしましょう」

 ハルさんが苦しげな顔で身体を起した。

「アカン……降りたらアカン……」

 ナラさんもうわごとのようにつぶやいている。

「船から降りて、もし一刻城に行くことになっちゃったらどうすんのよ」

 アミも口を尖らせて言う。



 俺は今、見てきた光景について話した。

「実は空が赤っぽく見えるんです。たぶんこれ、天候操作による嵐じゃないかと思います。だとすると簡単には治まらないし、そのうち敵が襲って来る可能性があります。でもこの状態でみなさん戦えますか?」

「……」

 返事はない。

「黙呪城に行くことになってもアウトですが、今ここに敵が来てもアウトです。船を降りましょう」

 俺はもう一度宣言した。

「そうよね……とりあえずレジスタンスと接触しなければいいのよね」

 アミがつぶやくように言う。

「ナラさん、降りましょ。このまま我慢してたら敵の思うつぼかもしれないわ」

 ニコがナラさんに優しく語りかける。

「うう……申し訳ない……ワシが船に弱いばっかりに……」

 また涙ぐむナラさんに、ハルさんも手を差し伸べた。

「あなただけじゃないわ、みんなぼろぼろよ。気にしないで。それにソウタとニコの言う通りだわ。このままだとかえって危ないし、思い切って降りましょう」



 しかし外はすごい吹き降りだ。さらに5人とも足元がふらふらだ。タラップを下ろして渡ろうとするが、よろけて海に落ちそうになる。

 特にナラさんが危ない。俺とハルさんでかつぐようにして支え、どうにか陸地に降り立つことができた。

 どうしよう……とにかくどこかで安静にして、船酔いを治さないといけない。

 俺たちは安全な隠れ場所を探して港の倉庫街をうろうろ……というより、よろよろと彷徨っていた。その時だった。



「あっ! 歌い手様だ!」

 子供の声が響いた。

 見ると小学生ぐらいの男の子がきびすを返して走り出すところだった。

 ヤバい!

 歌い手『様』って言うところ、レジスタンス組織の子だろう。最も見つかってはいけない相手に見つかってしまった。

「待って! ちょっと待って!」

 慌てて声をかけるが、あっという間に倉庫の隙間を抜け、街の方に駆けて行ってしまった。

「まずいわね……」

「まずいですね……」

 思わずハルさんと顔を見合わせる。

 間もなくレジスタンス組織の大人たちが駆けつけて来るだろう。

 戦うか? いやいや、さすがに味方のレジスタンス組織と戦うことはできない。

 船に戻るか? いやいや、それがリスキーだから降りてきたんじゃないか。

 逃げるか? しかし仲間を見渡すと……みんなぼろぼろ、しかも横殴りの雨で全身びしょぬれだ。大した距離は逃げられない。すぐに見つかってしまうだろう。

 万事休す。



「見つかっちゃった以上は、もう逃げも隠れもせず、レジスタンス組織に合流しましょ。もし一刻城に行くことになってしまったら、ソウタとニコちゃんを置いて、残り3人で行くわ」

「そんなことできますか?」

「だって、それしか手がないじゃないの」

「……行ける。ワシが道を知っとる。3人で行くからお前らは絶対に中に入るな……」

 ナラさんが絞り出すような声で言う。

 ニコを見ると、彼女も困った顔をしてこちらを見返す。そこまで言われると、俺たちからは何も言えない。

 仕方ない。とりあえずレジスタンス組織に行こう。体調を戻してから、その後のことを考えよう。



 それから小一時間もしないうち、倉庫の軒で雨宿りする俺たちの前に、立派な客室のついた2頭立ての馬車が停まった。

 中からきちんとした身なりの男が降りてきて丁重にお辞儀をしてくれた。

「歌い手様、お勤め、誠にお疲れ様です。スギナ会の代表でヤスと申します。お迎えが遅くなり恐縮です」

「あ……いえ……とんでもないです」

「どうぞお乗り下さい」

「あ……はい……ありがとうございます」

 もう観念して乗り込むしかない。



 馬車はしばらく走って石造りの大きな建物に乗り入れた。

「さあ、どうぞ」

 外から扉が開けられ、降りようとして驚いた。目の前にレッドカーペットが敷かれ、その左右にずらっと人が並んでいたからだ。ど、どんだけ大歓迎なんだよ。

「歌い手様、こちらにお越し下さい」

 さっき挨拶してくれたヤスさんとかいう紳士に手招きされて一同、おどおどしながらカーペットの上を歩く。

「お勤め、お疲れ様です!」

 両脇に並んだ連中が腰を曲げ声を揃えて挨拶するからびっくりした。まるで出所した組長さんだ。

 しかしこいつらが言う『お勤め』っていうのは一刻城に行ってフラグを立てることなんだろうなあ。ああ、気が重いなあ。



 いきなり小ホールみたいな所に通されそうになったので、先に着替えをさせてもらって、それから改めてご挨拶の時間になった。

 俺たちは最前列の席に座らされ、壇上で代表のヤスさんが声を張り上げる。

「歌い手様、そしてメンバーの皆様、この度はレミの街に、スギナ会に、おこしいただきまことにありがとうございます! 一刻城でのお勤めを無事に済ませられますよう、一同、身体を張ってサポートさせていただきます!」

 そこで後の人たちが全員立ち上がって声を揃える。

「よろしくお願いしまーす!」

 うわ……何かすごい圧だ。仕方なく俺たちも立ち上がってお辞儀をする。

「我々スギナ会は一刻城のお膝元、このレミの街で、代々の歌い手様がお勤めを果たされるお手伝いをさせていただいてまいりました。ところが20年前、先代の歌い手様は我々とコンタクトせずにお勤めを済ませてしまわれたため、我々はとても残念な思いをしました……」

 思わずナラさんを見るが、まだ船酔いが抜けないらしく、目を閉じたまま身体を揺すっている。

「キョウさんはこのレジスタンス組織をスルーしたんですか?」

「あ? ああ。キョウは中央森林のレジスタンスキャンプで懲りたんや。そやから旅の間、各地のレジスタンス組織とはほとんど関わらんかったわ。もう、そんなことより早よ横にならしてくれや」

「しっ、聞こえますよ」

「……こたび、第13代の歌い手様は我々を頼っていただき感謝感激、約40年ぶりの大仕事で我々みな身が震える思いです」

 何だか言うことが堅いというか、大げさだなあ。

 その後、俺たちが挨拶して、レジスタンス組織の役員の紹介が続いた。それがまた、みな一言二言ではなく三言も四言もしゃべるのでなかなか終わらない。話す内容もヤスさんと同じように大仰な言葉が並んでる。これがこの地方の風習なんだろうか。

「な? 面倒くさいやろ?」

 ナラさんが、もううんざりという表情で話しかけてくる。

「まあ、こんなモンでしょ」

 学校のイベントで長々話す大人たちを思い出す。

「だいたい話長い奴ほど、話の中身あらへんねん」

「しーっ! 聞こえたらヤバいですよ」





 俺たちが解放されたのはさらに1時間以上経った後だった。

「ここのレジスタンス組織は何だか堅苦しい雰囲気ですね」

「そうね。言うことがいちいち大げさね。魔笛団とはえらい違いだわ」

 ハルさんも苦笑いだ。

「レジスタンス組織もいろいろなんですねえ」

「ま、そうね。雰囲気も、考えてることも、みなバラバラ。しかも交流があるのはせいぜい同じ地方の組織だけで、遠くの組織なんて、鳥急便のやりとり以外、ほとんどつながりはないわ」

 はあ、なるほどなあ。

 そういえば魔笛団の中でも、ハルさんとジゴさんで歌い手に対する考え方は違ってたわけだ。ボナ・キャンプでも、俺を大歓迎してくれる人もいれば、「俺様が真の歌い手だ」っていう馬鹿もいた。考え方はいろいろだ。

いずれにせよ『歌い手』という存在を強く意識し、そこに何らかのつながりを持ちながら生活して行く……それがレジスタンスの人たちに共通した生き方なんだろう。

 このスギナ会という組織は、代々の歌い手が一刻城でフラグを立てるのを手伝うのがアイデンティティになっているようだ。だったら先代のキョウさんにスルーされて、そりゃショックだったろうな。
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