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第八幕 奸計の古城

停戦協定

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 ナラさんはさっきからずっと周囲の草を食べまくっている。

「クッソ、草、美味いわ。アカンわ、18年ぶりの草、美味すぎやわ。腰抜けそうや。ヨダレ垂れてまうわ」

 やはりハルさんとの間には緊張感が漂うが、草さえ食べてたら超・ご機嫌だ。崖の上の世界に戻ってきたことはナラさんにとっても大きなメリットがあったようだ。良かった良かった。

 アミは、俺なんかよりニコに再会できたことが嬉しかったようで、2人で顔を寄せ合ってずっと何か話し込んでいる。時々キャッキャ声を上げて盛り上がってる様子を見ると、俺が思ってた以上に話が合うんだろう。こちらも良かった良かった。



「はい、遅くなったけど夕食の準備ができたわよ」

 ハルさんが大鍋を持ってきた。辺りに良い匂いが漂う。

「そこの鹿さんもミネストローネは食べるのかしら?」

 一応ハルさんが声をかけるが、

「ふん! そんなモン要らんわ。ワシは鹿や。草食うとったらそんでええねん」

 ふて腐れてる。

 しかし俺たちが美味しい美味しいと食べていると気にはなるようで、時々首を上げてこっちをじっと見ている。話の輪には加わりたいんだろうな。ナラさん、意地っ張りだな。

 その時、ニコが優しく声をかけた。

「ナラさん、こっちに来て一緒に食べよ。これ下から持って来た魚の干物で出汁を取ったんだよ」

 ナラさんもニコに言われるとむげには断れない。黙ってこっちに寄ってきて、くんくん匂いを嗅いでいる。

「ふん、ニコが言うんやったらちょっと食うてみたるわ」

 ニコが差し出したお椀に鼻先を突っ込んでもぐもぐしてる。

「なるほど、まあまあやな。さすがにワシが作った干物や。出汁がよう効いとる」

 その時、アミがナラさんの背中の毛を撫でた。

「綺麗な毛並みね。それにこの白い斑点が可愛い」

 ナラさんはちょっと身をよじって奇妙な声を出した。

「あっ、あっ、ちょちょちょちょ、お姉ちゃん、そこ触ったらワシ感じてしまうがな」

「えっ! じゃあ、この立派な角は?」

「あっ、そこはもっと感じてまう! ヘンな気分になってまうがな」

 そんなことを言いながらナラさんはニコとアミの間にすとんと座り込んでしまった。その収まり具合は最初からそこに座ってたようだ。女性陣がうまく場をとりなしてくれた。



 ようやっと5人、というか、4人と1匹というか、全員が焚き火の周りに揃った。

「さあ、ようやっとメンバーがみな揃ったところで、一人一人自己紹介でもしようかしら」

 げ、自己紹介。未だに苦手意識あるんだよな。と思っていたら、

「じゃあ、順番が後になるほど緊張するから、ソウタから行きましょうか」

 いきなりハルさんに指名されてしまった。

 しかし立ち上がって見回すと、みな家族同然の人たちだ。緊張する必要ないよな。そう思ったら、ドキドキしてたのがちょっと落ち着いてきた。

「ええっと、ソウタです。今から1年9ヶ月ぐらい前、ニコの家の畑に転移してきました。音痴なので震の歌術しかできません。一応、黒髪の歌い手ということになってますが、最近、違うんじゃないかなと思うことしきりです。好きな音楽はプログレ、担当楽器はこのべー太です。以上、みなさん、よろしく」

 ぱちぱちぱち、みんな拍手してくれる。ふう、このメンバーの前ならしゃべれるな。っていうか軽音での自己紹介みたいになってしまった。

「じゃあ、次はニコちゃんかな」

 ニコはすっと立ち上がり、

「ニコです。ソウタと一緒に村を出て、旅人してます。歌術は……震の歌術は苦手です。好きな音楽は、凍歌と水歌と、あと、ソウタの作った歌が大好きです。楽器は、この笛を吹いてます。よろしくお願いします」

 俺と同じフォーマットで自己紹介した。しかし、拍手に混じってツッコミが入った。突っ込んだのはアミだ。

「質問です! その指輪は何ですかあ?」

 ツッコミを受けてニコは急に照れてしまった。

「え? え? えと……あの……こ、婚約指輪……です」

 きゃーきゃーひゅーひゅーと冷やかされて、真っ赤な顔して座ってしまった。可愛いなあ。



「はいはい。じゃあ、次はアミね」

「はい、アミです。イズの温泉街で母と癒術宿してたんですけど、ソウタに『ぜひ俺たちの一行に加わってくれ』ってスカウトされたので、無理矢理、旅に出ました」

「ウソつけ、そこまで言ってないぞ」

 思わず突っ込んだが、アミも黙ってない。

「ウソじゃありませーん、泣きながら頼まれました。えっと、それはもういいとして、癒術は一通りできます。でも得意なのは剣舞です。よろしく!」

 結局そのまま押し通されてしまった。まあいいか。『一緒に来るか?』と誘ったのは事実だからな。



「次はあなたかしら」

 ハルさんがナラさんを指名すると、

「はあ? アナタって誰のこっちゃ?」

 また一瞬不穏になりかけるが、すかさずアミが空気を読んだ。

「わあ、聞きたい聞きたい! 鹿さんのプロフィール」

「ああ? ワシのプロフィールか? 聞きたいんか、しゃあないな」

 見事に場を取りなした。さすがだ。あのフリーダムなお母さんに鍛えられただけあるな。



「ワシはナラや。またの名は中央森林の魔鹿マジカっちゅう。先代の歌い手、キョウと一緒に黙呪城まで行ったけど、キョウが死んで仲間もバラバラなって、死に場所を求めて彷徨ってたら船が難破してな。この崖の下の浜辺に流れ着いて18年間ボーッとしとったんや」

 ナラさんは俺たちをちらっと見て続ける。

「ほしたら3ヶ月ほど前、突然こいつらが現れてな。最初は髪の毛黒いしヤバい奴らやなあ思うたけど、しゃべったらええ奴らやしな。一緒にバンドやって楽しく暮らしとったんや。ほしたら眷属やら黙呪兵やら現れてな。うわあ今度こそ死ぬかも、思とったのに、気がついたらここにおるんや」

 この人の関西弁の語りは何だか人を引き込む力があるなあ。上方落語ってこんな感じだったかな? よく知らないけど。

「ワシはサカの谷のレジスタンスキャンプで育ったからな、人間の言葉はこの通りベラベラや。なまりがキツイんは勘弁してな。サカの方言や」

 へえ、そんな土地があるのか。みんなこんな言葉をしゃべってるんだろうな。名物はタコヤキとか? 行ってみたいなあ。

「それからな、これだけは言うとかなアカン」

 ん? 何だ?

「ワシの母親はエルフの狩人に殺されたんや。そやからエルフは母の仇、永遠の敵や」

 うっ、またそんなこと言って……ぶち壊しじゃないか、困った人だなあ、と思ったら、

「そやけど、ワシも大人や。ソウタについて行ってやることにしたからな、大事の前の小事、仲間内でケンカしとってもしゃあない。そこのもじゃもじゃ頭とはとりあえず停戦や」

 ニヤッと笑ってハルさんに前足を差し出した。

「もちろんよ。この子たちのために、協力しましょう」

 ハルさんも握手で応じる。ここに鹿とエルフの停戦協定が成立した。2人とも大人じゃないか。ホッとした。



「じゃあ、最後にアタシね」

 ハルさんがトリで自己紹介する。

「アタシはハル。ナジャのレジスタンス組織の元リーダーよ。ニコのお父さんお母さんの友達っていうことで、村を出た2人が私を頼ってきてくれたので、一緒に旅に出たの。まあ2人の保護者ってところね。ただ、イズの町からはもう一人、娘が増えたわね」

 アミとニコが顔を見合わせて笑った。そうだな。アミとハルさんのこの3ヶ月のことも、またいろいろ聞きたいところだ。

「2人がイズで川に流されてしまって、もう、どうしようかなと思ってたけど、ここでこうやって合流できて本当に良かったわ」

 それについては本当に心配をかけてしまって申し訳ない。元々、俺が川に落ちたから大事になってしまったんだ。

「得意技はツタ使いだけど、ボウガンもちょっと使えるようになったし、このギタ郎も弾けるようになったわ。ただ、剣を振り回すのはあんまり得意じゃないの」

 いやいや、ハルさん、剣を振り回しても結構戦えてたぞ。



「それから、アタシはこの2人を黙呪王と戦わせるつもりはないわ。この旅の目的は、黙呪王や親衛隊を倒すことではなく、逃げて逃げて逃げまくって、2人が平和に暮らせる場所を見つけてあげることよ。そこに異議はないかしら?」

 ハルさんは全員を見回しながら改めて確認した。

「異議なし!」

 アミが元気な声を出す。

「ワシも異議なしや」

 ナラさんも言った。

「ホンマはこの下の浜辺で2人ずっと暮らしとったら良かったんやけどな。こんなことになってもうたらしゃあない。何処か別の場所を探したらんとな」

 ありがたい。ありがたい話だ。

 俺は立ち上がった。ニコがボーッとしてたので、引っ張って立ってもらった。

「僕たち2人のために骨を折って下さってありがとうございます。僕たち自身もがんばりますので、どうかこれからもお力添えをお願いします」

 ちゃんとお礼を言っとかないと。みんなパチパチパチと拍手してくれた。

 しかし1人、話に付いて来れてない人が、俺にこっそり耳打ちする。

「ソウタ、誰も骨折なんかしてないよ?」

 ……この子、結構読書してるのになあ。いったいどういう文章理解をしてるのか確かめてみたくなる。
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