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第七幕 崖の下の住人

空からの来訪者

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 砂に足を取られながらも、俺はすぐに立ち上がって戦闘体勢をとった。

 この笑い声、絶対に忘れない。あいつだ。

 何でこんなところに? こんなタイミングで? あり得ないだろ。

 そう思いながらも、俺は笑い声がした方向に右手を向け、震歌を歌い始めていた。先手必勝だ。とりあえず威力を抑えて軽い目の震歌を連発しよう。

 しかし早撃ちは相手の方が勝っていた。

『パチン!』

 いきなり暗闇に電光が走り、俺の右手を直撃した。

 あ痛たたたたたたたっ! 

 まだ震動が育たないうちに散らされてしまった。ちっ!

 右手は痺れてしまった。それなら左手で震刃だ。

「ニコ! 水壁を頼む。雷の歌術に有効なはずだ」

 俺はニコに援護を頼んだ。



「待って、ソウタ、待って!」

 しかし彼女は慌てた様子で俺を止めようとした。

「何で!? 何で止めるんだ」

「この人は……この人は、たぶん、敵じゃない」

 はあ!? こいつは黙呪王の眷属だぞ。畑で襲われた時、ニコも怖い思いをしたじゃないか。

「きひひひひ、娘、這いつくばって泣いてるだけじゃなくって、ちっとは頭が回るようになったじゃないか。さすがは歌い手被疑者その2だね」

 背後の茂みから姿を現わしたのはやはり黒い鳥女だった。

 保護色というか、翼や下半身は夜の闇にとけ込んでしまって見えない。裸の胸と整った顔だけが暗がりに白々と浮かんでいてまるで幽霊のようだ。背筋がぞーっと寒くなる。



「ニコ、敵じゃないって、どういうことだ?」

 俺は動揺していた。

「夢か現実か分からなかったから言ってなかったけど、たぶん滝から落ちた私たちを助けてここまで運んでくれたのはこの人……この鳥さんなの」

 はあ!? こいつが? 何だそりゃ。

 ……あ、そうだ。思い出した。

 俺たちが空中に投げ出されて落ちてる途中、黒い影が急降下してきて、そこで不意に眠くなったんだ。

 またこいつか。またこいつの眠歌で眠らされたのか。

「私は眠歌が効きにくいみたいで、途中で何回か目が覚めたの。そしたらこの鳥さんが私たち2人をぶら下げて海の上を飛んでて、『ああ重た、ああしんど』って言いながらも、一生懸命この浜まで運んでくれたの」

 まじかよ。

 いったい何なんだ? こいつ。

 最初に出会った時も、結局は俺たちを殺さなかった。ライオンと戦ってて横やりを入れてきた時も、眠らされたが、殺されはしなかった。ジゴさんとナギさんが逃げられたのも、『雷が落ちまくった』おかげだって手紙に書いてあった。

 イズの町で俺たちが牛ゴリラと戦ってるのも上から見てたんだな。それで俺たちが流されて滝から落ちたから、後から追いかけて拾い上げてくれたのか。

 滝から落ちた時、俺は何とか助かると思ってたけど、実際には非常にヤバい状況だった。しかも俺が逆らって暴れる可能性を見越して、わざわざ眠歌で寝かせてから助けたのか。

 何でそんなに何度も助けてくれるんだ? こいつは黙呪王の眷属、つまりボス敵の一人だろ?



「やっぱりお前か。そのうち何か言うて来るんちゃうか思たわ」

 気がつくとナラさんも浜に出てきていた。

「ジジイはお呼びでないよ。背中が曲がってるじゃないか。コケて骨折しないうちに寝床へお戻り。いっひひひ!」

「アホか。お前こそ自慢の乳がちょっと垂れてきたんとちゃうか。補整下着つけとけ」

「きひひひ! そういう下品なセクハラワードを言うと電撃で永眠させるよ」

「うるさいわボケ。ワシが電撃に耐性あるのん忘れたんか。脳みそも垂れて来とんのちゃうか」

 まるで漫才のような2人の……2匹のやり取り。どう聞いても初対面じゃない。旧知の仲のようだ。

「ナラさん、あの、いったいどういうご関係ですか?」

「ああ、こいつがキョウと一緒に旅をした生き残りのもう一匹や。名前はソウタも知ってんねやろ?」

「ヌエ……さん」

「きひひひひ! 歌い手様からさん付けで呼ばれるとは光栄、光栄。キョウは呼び捨てだったからね。いひひひひ!」

 笑ってやがる。そうか。そうだったのか。

 こいつ、元々は先代の旅のメンバーだったんだ。キョウさんが死んだ後、裏切って黙呪王の眷属になった、っていうことだったけど……



「それよりここに何しに来たんや。ワシと勝負しに来たんとちゃうやろ」

「いひひひひ、そうだった。教えてやりたいことがあって来てやったんだ。あんたたちが浜辺でイチャイチャしてるの見物してて忘れてたよ」

 け、見物してたのか。悪趣味だな。

「ひひひひ……あんたたちが滝から落ちた後、2人とも死んだことにして中央に報告してやったんだけど、奴ら信じないのさ。滝の下の海域をしつこく調べて、どこにも死体がないってことになって、大海峡全体を調べだして、とうとうここも見つかったってわけさ、いひひひひ」

「えっ! じゃあ、俺たちがここにいることはもうバレてる?」

 思わず声が出た。

「バレてるどころか、奴ら2、3日中にはここに大挙して押し寄せてくるよ。楽しみにしときな。きひひひひ!」

 俺たち3人は固まった。

「私も監視が付くようになってしまってさ、なかなか自由に動けなくなっちまった。ここに来るのも監視をまいてようやっと来たんだ。だからあんたたちを一人一人崖の上まで運んでやるなんて時間はないし、戦いに加勢してやることもできない。自力で何とかするしかないよ、いひひひひ」

 ああ、この人、この笑い方さえしなければもっと好感度上がるのになあ。

「ふん、お前に助けてもらおとかハナから思てへんわアホ。用が済んだらさっさと帰れ、ヴォケ」

 ああ、この人も口が悪いなあ。ただヌエの方はナラさんの悪口には慣れてるようで相手にしてない。

「せっかく来てやったのにアホ呼ばわりはないんじゃないかえ、いひひひひ! せっかくだからもう一つ重要な情報を教えといてやろう」

「要らん要らん、もう早う帰れ」

「ここへ来る部隊を率いるのは海魔イレンだ」

「ああ、もう聞いてへんからな。早う帰れ、しっしっ!」

「そして船にはフリトがサブで乗ってる」

「聞いてへんて言うてるやろ。勝手にべらべらしゃべんな」

「後はそこのウマシカ野郎と相談するといい、ひひひひひ」

「誰がウマシカ野郎やねん! しばくぞヴォケが!」

 まるでしゃべくり漫才だ。やり取りのテンポが早過ぎてついて行けない。



「じゃあな。生きてたらまた会おう、いひひひひっ!」

 言うだけ言うともう翼を広げて飛び立とうとしてる。と、こちらを振り返った。

「娘、そいつを好きなんだったら、お前がしっかりすることだ。黒髪の力を自覚しな」

「え? あ、はい」

 突然声をかけられてニコは戸惑っている。

「きひひひひ! お前が覚醒するのを楽しみにしてるよ。お前次第だ。いひひひひ!」

 言い終わるや、2、3歩助走してぴょんと跳び上がり、バサバサ大きく羽ばたいて夜空に消えてしまった。
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