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第六幕 踊り子

バンドデビュー

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 表通りに出ると、まだまだ黙呪兵がいっぱいいる。そいつらがみなブツブツ炎歌を歌って火を放っている。

 小雨が降っているにもかかわらず、その数の多さのためか、あちこちで火の手が上がり始めていた。町の人が消火しようとしているが多勢に無勢だ。まずい。黙呪兵を片付けるより先に火を消さないと大火事になってしまう。

「水鳴剣で消火します」

「頼んだわ。私たちがニコを守るから」

 俺はニコをチラッと見た。彼女はもう笛を口に当て、緊張した顔でこちらを見てる。

「ニコ、よろしく!」

 ニコは大きくうなずくと美しい旋律を奏でた。その途端に俺が両手で構えた剣が青く光り、ものすごい勢いで水が噴き出す。

 消防ホースのように水流を操って、燃え上がる炎にぶっかけた。周りの空気が湿気で満ちているためだろう。大量の水がいくらでも噴き出してくる。ボヤ程度の火を消すには十分だ。

 通りに面した建物はすぐに鎮火した。しかし町の奥の方からも火の手が上がっているのが見える。

 俺は黙ってニコに近寄った。目が合うと彼女は頬を赤くして、俺を受け入れる体勢になってくれた。

 ハルさんは今から何が起こるか分かってるからニヤニヤしてる。アミが驚いた顔をしているのを尻目に俺はニコを抱き寄せ、がっつりキスをした。

「俺があそこの角を曲がってから20数えたら水鳴剣だ。よろしく」

「うん。了解」

 まだ赤い顔をしたニコを置いて、火の手の方に向かって走る。今のキスの意味については、後でハルさんがアミに解説してくれるだろう。



 しかし奥の方の火を消して戻ってくると、また手前の方で炎が上がりかけてる。これではキリがない。

 狙いは俺のはずなのに、黙呪兵はこっちに向かってこない。町中に散らばってあちこちで放火してるだけだ。それに黙呪兵を操っている人間もまだ姿を見せていない。やはりアレか? アレが必要か?

「ハルさん、アレやりましょうか?」

「そうね。あの歌、あなたの歌を演奏して、敵をここに集めてしまいましょう。このままじゃらちが明かないもんね」

 あの歌、『女神の旋律』は、いつも歌うと何かが引き寄せられて来る。

 最初は黒い鳥女と村人、次はヒヒ、ボナキャンプでは大量の黙呪兵を引き寄せた。やってみる価値はあるだろう。

 ちょうど俺たちが今いる場所は、町の真ん中にある橋のたもとで、ちょっとした広場になっている。町の人たちは橋の向こう側の広場に避難してるので、ここに敵を集めるのは問題ない。

 ハルさんは背負っていたギタ郎を胸に構えた。ニコはまた笛を口に当てる。きょとんとした顔のアミに俺は説明した。

「今から俺たちで歌を歌う。敵を集める効果がある歌だ。できるだけ効果を高めたいから、お前も歌に合わせて即興で剣舞をやってくれないか」

「うん、分った。やってみる」



『ポロン、ポロン、ボロン、ボロン……』

 ギタ郎はウクレレのような優しい音しか出ないが、それでもコードが鳴ると期待で胸がドキドキしてくる。

 そこに早速アミが加わった。

『シャン、シャン、シャシャシャン……』

 おお! 何かいい感じだ。

 彼女が剣を持って舞うと、その動きに合せて踊り子装束からリズミカルな鈴の音が響く。リズムもギタ郎ときちんと揃っている。

 そしてそこにニコの涼しい笛の音が加わる。ああ、いいよ、いいよ、いい感じだ!

 俺の書いたメロディーがモノクロだとすると、3人がそこに美しい色を着けてくれたイメージだ。



 一人で歌っても、一人で楽器を弾いても、もちろん音楽は楽しい。

 でも何人かで音を合わせると、もっともっと楽しい。気の合う仲間で合わせると、もっともっともっと楽しい。

 ああ、バンドだ。これはもうバンドだ。高校に入って、軽音に入って、初めてバンドで演奏した時の感動がよみがえる。

 一人の音の魔力が、二人の魔力、三人の魔力になっていく。それは足し算ではない。かけ算でもない。累乗だ。



 ニコが前奏のメロディーを吹き終えた。曲はAメロに入る。

 えい、もう、音痴だけどごめんよ! 歌わせてもらうよ!

 俺は3人の演奏に乗って、『女神の旋律』を大声で歌い出した。



 朝7時 いつものアラームは鳴らず 目覚めたら 驚いた顔の君がいた♪

 ここはどこ 俺の問いかけは通じず 君の声 不思議な響きの言葉 ♪



 黙呪兵たちの動きがピタリと止まった。顔を上げてこちらを見ている。そしてこっちに向かってのろのろ歩いて来る。やはりこいつら、この歌に反応するんだな。

 町中の黙呪兵が集まって、あっという間に広場は埋め尽くされた。みな火を放つのを止め、ボーッと突っ立ったままで俺たちの演奏を聴いている。

 しかし集まってきたのは黙呪兵だけではない。町の人間もみな橋の向こう側からこちらを見ている。

 黙呪兵が相手だと音痴でも恥ずかしくないが、人間が聴いてるとなると違う。ぐっと緊張が高まり、ノドが締って声が出にくくなる。

 しかしちょうどそこでサビになり、ハルさんが一緒になって歌ってくれた。

「女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪」

 ハルさん、この曲のコードだけでなく歌詞まで覚えてくれたんだ。俺が思わず振り返るとニッと笑い返してくれた。

 そうだ。もう俺が一人で歌ってるんじゃない。苦楽を共にした、同じ釜の飯を食った仲間が一緒に俺の歌を歌ってくれてる。



 女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど 光になって 風になって 夢中で歌う 俺の女神に♪



 胸が熱くなる。涙が出そうになる。

 音痴だけど、顔を上げ、胸を張って必死で歌った。



 演奏が終わった。黙呪兵たちは完全に機能停止している。やるなら今だ。

「ニコ! 凍、風のセットを頼む」

 叫んで奏鳴剣を構えた。ニコはすぐに凍歌のメロディーを奏でてくれた。

 木剣はパキパキと音を立てながら真っ白に光り始め、すぐに剣先から凄まじい冷気が噴出した。俺が軽く剣を振ると、雨でびしょ濡れになった黙呪兵の群れはたちまちガチガチに凍てついた。

 と、ニコが次のメロディーにつなげた。剣は薄緑色に光を変え、そして剣先からは真空の刃が無数に飛び出した。そしてその刃は白く固まった黙呪兵たちを粉砕していった。広場を埋め尽くしていた黙呪兵の群れはあっという間に粉々になった。

 あっけないほどの完勝だ。

 数秒経って橋の向こう側にいる町の人たちから拍手喝采が沸き起こる。後を振り返るとアミが唖然としている。

「……あんた、本当に歌い手様だったんだね」

「これまで何だと思ってたんだよ」

「ううん、歌い手様だってのは疑ってなかったけど、こんなすごいとは思ってなかった……」

「今のはほとんどこの奏鳴剣の力で、俺の力じゃねえよ」

「いいえ、その剣もあなたとニコが使うからこんな威力が出るのよ、ジゴとナギではここまで行かなかったわ」

 横からハルさんが持ち上げてくれる。そんなことを言われるとドヤ顔になってしまうじゃないか。



 しかしその時だった。町の人たちがざわめいた。

「何だ、何だ、あれは!?」

 彼らの視線は山側の通りに向けられている。そちらを見て俺たちは固まった。

 何やら大きい塊が、のっしのっしと歩いてくる。

 全身を灰色の毛に覆われた馬鹿でかい生き物。何だありゃ? ゴリラか? 2階建ての家と同じぐらいの大きさがある。まるでキングコングだ。

 しかしその姿は『異形』という表現がぴったりだった。身体は確かにゴリラなのだが、頭の左右には太く曲がった角が生えていて、口元は前に突き出ている。目と目が離れたその顔はどう見ても牛の顔だ。

 身体はゴリラで顔は牛。

 言葉で書くと何となく愛嬌を感じるが、とてもそんな可愛らしいものではない。赤く血走った両目からも、手に持った巨大な両刃斧からも、とにかくそいつの全身からは凶々しいオーラが放たれている。まさに異形のもの、化け物だ。

 あの頭が三つのライオン……ベロスとかいったか。あいつにも匹敵するインパクトだ。そうか、こいつもベロスやヌエと同列で、黙呪王の眷属なのかもしれない。



 ん? 気がつくと、その化け物の後に人間がちょこちょこ付いてきている。鎧姿の3人、こいつら親衛隊だな。こいつらが黙呪兵を操っていたのか。

 !!

 しかしその3人……俺には見覚えがあった。いや、見覚えどころじゃない。よく知ってる奴らだ。

 立ち止まった牛ゴリラの前に3人のうちの1人、ガタイの良い、こちらもゴリラのような男が出てきた。何か言ってるぞ。

「ニコ、久しぶりだな。約束通り、お前を迎えに来たぞ」
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