46 / 123
第五幕 告白
戦場のファーストキス
しおりを挟む
しかし会場に一人だけ、それを受け入れない奴がいたようだ。
「うううっ!」
突然苦しげなうめき声がして後を振り返ると、ガイさんが仰向けに倒れるところだった。
あっ!!
その身体には深々と剣が刺さっている。そしてその向こうにはゾラが立ち上がっていた。会場は静まり返る。
「ちっ! 絶好のチャンスを……くそジジイが、邪魔しやがって」
吐き捨てるように言う。
一瞬、何が起ったのか分らなかったが……こいつが俺たちに剣を投げつけ、それをガイさんが、身体を張ってかばってくれたのか?
しかし俺たちが駆け寄るよりも早く、奴はガイさんの身体から剣を引き抜き、
「俺が癒歌を使えないとでも思ったのか。馬鹿め、死ね!」
もう一度、こっちに向かって投げつけてきた。
うわっ! マジか!
震壁では間に合わない。とっさに俺は震刃でその剣をなぎ払った。剣は澄んだ金属音を立てて弾け飛んだ。
危ない! 野郎、もう一回震貫を食らわせてやる!
しかし俺が照準を定めた、その時だった。
奴はにやにや笑いながら両手を地面にかざし、聞いたことのない歌を歌った。抑揚がなく、歌というより呪文に近い感じだ。
何だ? 何してるんだ?
すると驚いたことに、グランドの地面のあちこちがボコボコ盛り上がった。そして土を押しのけて黒い物体が出現し、やがてそいつはゆっくり起き上がった。
……黙呪兵だ。
あっという間に辺りは黙呪兵だらけになった。よく見ると、グランドだけじゃなく、キャンプ内のあちこちの地面から黙呪兵がわき出している。
何でだ!? 何でこんなところに!?
試合会場は一瞬でパニックになった。悲鳴や怒号が響き渡り、人々は右往左往して逃げ惑う。
さっきの歌……あいつが黙呪兵を召喚したのか? だとしたらあいつ何者なんだ? ただの馬鹿だと思っていたが、黙呪王側のスパイだったのか。
しかし、気がつくと奴の姿はもうどこにもない。どさくさに紛れて逃げやがったか。
幸い、グランドにわいた黙呪兵たちはその場にぼーっと突っ立ってるだけで、こっちに襲いかかってくる気配はない。
俺とニコはガイさんに駆け寄った。
「ガイさん!」
ニコと二人で抱き起こすと、苦しげに顔をしかめたまま、何か言おうとしている。
「……ゾラは、ゾラは、あんなことをする奴じゃなかった。あいつは俺の自慢の息子だったんだ。全てはあの野郎のせいだ。あの武器商人のせいだ……歌い手様、どうかゾラを、ゾラを真人間に戻してやって下さい……」
がくりと力が抜けた。
え、え! 死んでないよね? 死んでないよね?
ニコが一生懸命癒歌を歌うが傷はだいぶ深そうだ。お腹から大量に出血している。
「ちょっとガイ! 大丈夫なの!?」
そこにハルさんとノボさんも駆けつけて来た。
「今、ニコが癒歌をかけてるんですが血が止まりません」
俺が報告すると
「分かったわ。後は私たちに任せて。あなたはこの黙呪兵どもを掃除してちょうだい」
預けていた奏鳴剣と雌雄剣を渡された。そしてニコに向かって
「ニコちゃんおかえり。これ、あなたのよね?」
ハルさんはニッと笑って魔笛を差し出した
「はい……ごめんなさい」
彼女は両手でそれを受け取り、胸に抱きしめた。
「謝んなくってもいいわよ。でもね、ソウタの横でこの笛を吹くのは、あなたしかいないのよ」
「はい」
ニコは大きくうなずき、そして俺を見た。俺と目が合うや神妙な表情が解けていって、いつもの彼女の笑顔になった。
ああ、この笑顔だ。女神の笑みが胸に染みる。この笑顔のためなら俺は死ねる。もうこの笑顔を絶対に放さないぞ。
ガイさんが担がれて行くのを見届けてから、周囲の状況を確認する。
黙呪兵はかなりの数だ。このグランドに湧いた黙呪兵だけでも40~50体、キャンプのあちこちに出てきた奴を合わせると100体は超えそうな感じだ。
ただいずれもあまり活性は高くない。みなぼーっと立ってるか、うろうろしてるだけだ。何だかコマンドを与えられていないロボットみたいな印象だ。
やはり実戦経験の差だろうか。若手の連中は、こんなにおとなしい黙呪兵を前にしてもパニクって逃げ回っているが、おっさんたちはひるまずに剣を振るい、歌術を歌って黙呪兵を駆逐している。ただ数が多いのでなかなか減らない。
とりあえず、すぐ近くにいる奴を1体、2体、震刃で切り倒してみる。そうすると俺を敵性と判断したのだろう。周囲の黙呪兵がこちらに向かってくる。しかし数が多いから右手一本だとなかなか片付かない。
「ソウタ、これ使う?」
ニコが魔笛を見せる。そうだな、奏鳴剣の出番だ……ただ、その前にもう少し黙呪兵をこちらに集めることができるといいんだが。
その時、あるアイデアが頭に浮かんだ。ダメ元でやってみようか。
「ニコ、俺の歌『女神の旋律』のメロディーをその笛で吹ける?」
「うん、できるよ」
で、できるのか。こっちから話を振っておいて彼女の即答に驚く。
「じゃあちょっとやってみて」
ニコは笛を口に当て、お馴染みのメロディーを奏でてくれた。
よく知ってるメロディーでも、楽器が変わるとイメージが変わる。垢抜けない旋律が、すごくスッキリとした爽快な曲に聞こえる。
っていうか、ニコって本当にメロディーの記憶力がハンパない。わずか数回聴いただけの旋律をこんなに覚えてるのか。すごいな。
周囲の黙呪兵がおとなしくなった。ニコの笛の音に魅入られているようだ。
そこで俺も歌い出した。ニコの笛と俺の歌の合奏というか、合わせ技だ。
「女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪」
笛がメロディーガイドになってくれるので、音痴の俺でも若干歌いやすくなる。
俺は、キャンプ中に届くことを願って、思い切り大声で歌った。ああ、久々に大声で歌ったな。気持ちいいぞ。
案の定だ。
キャンプ中の黙呪兵たちがわさわさと寄って来た。ただ暴れるでも踊り出すでもなく、俺たちの歌をおとなしく聞き入っている。そして人間たち、おっさんも若手もみな「何だ、この歌は」と振り返った。
最初に歌った時はあの鳥女が飛んできた。おまけに村人も詰めかけてきた。2回目に歌った時はヒヒが引き寄せられた。
ジゴさんは何度も言っていた。
「歌には力がある。歌えば何かが起る」
俺はひょっとするとこの歌には何かを呼び寄せる力があるのではないかと思ったんだが、どうもその推測は当たっていたようだ。
集まってきた黙呪兵たちは今やグランドにひしめき合っている。よし、いい頃合いだ。
「ニコ、ありがとう! よし、水・凍・風のコンボで行こう」
「うん!」
俺は奏鳴剣を抜いて黙呪兵たちに向けた。ニコは俺のすぐ脇にぴったり寄り添った。
そして彼女が美しくなめらかな旋律を奏でると、みすぼらしい木剣は青い光を放ち、その先端辺りから凄まじい勢いで水流がほとばしった。俺はその反動に耐えながら、頭の上でぐるりぐるり剣を振り回し、奴らを水浸しにした。
続けて旋律は下降音型のメロディーを繰り返す。剣からは冷気が放たれ、水を浴びせられた黙呪兵たちはあっという間に凍りつき、彫像のように固まってしまった。
ちらっとニコが俺を見た。俺はうなずく。
それを合図に笛の音はブレス成分を含んだ荒々しい音色に変わる。そして剣からは真空の刃が断続的に放たれた。俺たち二人を取り囲んでいた黙呪兵は、乱風刃を食らい、ガラスのような音を発しながら砕けていった。辺りにはダイヤモンドダストのようなキラキラが舞う。
剣を握っている自分でも驚くほどの光景だ。ヒヒを相手に戦った時より剣の威力が数段上がった気がする。俺とニコの関係が深まったということか?
ま、とりあえず、これでグランドに集まった黙呪兵は片付いた。
しかし奏鳴剣が届かなかったのだろう。キャンプの向こうの方ではまだ黙呪兵とベテラン勢の小競り合いが続いていた。ここからはちょっと距離がある。ニコと一緒に走って行っても良いが、ニコはここにいた方が安全だ。
奏鳴剣、遠距離……検索をかけるまでもなく答えは出てる。
ニコを見た。真正面から目が合った。心臓がズキッとした。彼女も同じことを考えてたんだろう。
「ニコ……」
「なあに?」
「キスしていいか?」
「うん、いいよ」
彼女は頬を染めつつ、こっくりうなずいた。
俺は右手に奏鳴剣を持ったまま、彼女の身体を抱き寄せた。動かない左手がもどかしい。でも彼女は素直に身を任せ、ちょっと上を向いてくれた。
目を閉じていたんだろう。自分が何を見ていたか記憶にない。覚えているのは彼女の柔らかい唇の感触だけだ。
ああ、これがキスか。
彼女いない歴=年齢の俺にとってはもちろん人生初めてのキスだ。そしておそらくニコにとっても。
ファーストキスというのはもうちょっとロマンティックな状況でするもんだと思ってた。
でも、こういう切迫した戦いの場面で、砕け散った黙呪兵のダストに取り囲まれながらじゃないと、ヘタレの俺は一歩踏み出せなかったかもしれない。
まだまだ高鳴っている胸を押さえながら、照れを振り切るようにニコに言った。
「よし、行ってくる。俺が合図したら炎鳴剣だ。もう一度合図するまで続けてくれ」
「うん、分かった」
赤い顔でうなずくニコを置いて俺は走った。グランドを出て通路の向こう側。司令部の手前だ。
この辺りの黙呪兵は荒れている。拳を振り上げて人間に襲いかかってくる。やはりこちらが攻撃するとスイッチが入るのだろうか。おっさんたちが何人か剣や歌術で応戦しているが押され気味だ。
ニコのところからだいぶ距離があるが大丈夫かな。俺は振り返って遠くに見える彼女に合図した。
笛の音は聞こえない。しかし構えた奏鳴剣が赤く光ったかと思うと、その先からごおっと音を立てて炎が噴き出した。まるで火炎放射器のようだ。
この距離でちゃんと炎鳴剣が発動してるということは、やはりキスをした効果は出ているのだろう。しかもこの威力……間違いなく以前より数段パワーアップしてる。
俺は剣を振り回し、暴れる黙呪兵たちを焼き払った。
奴らは言葉にならない声を上げながら倒れていった。何だかその姿は哀れだ。
でも仕方ない。恨むなら召喚したあの馬鹿を恨んでくれ。
「うううっ!」
突然苦しげなうめき声がして後を振り返ると、ガイさんが仰向けに倒れるところだった。
あっ!!
その身体には深々と剣が刺さっている。そしてその向こうにはゾラが立ち上がっていた。会場は静まり返る。
「ちっ! 絶好のチャンスを……くそジジイが、邪魔しやがって」
吐き捨てるように言う。
一瞬、何が起ったのか分らなかったが……こいつが俺たちに剣を投げつけ、それをガイさんが、身体を張ってかばってくれたのか?
しかし俺たちが駆け寄るよりも早く、奴はガイさんの身体から剣を引き抜き、
「俺が癒歌を使えないとでも思ったのか。馬鹿め、死ね!」
もう一度、こっちに向かって投げつけてきた。
うわっ! マジか!
震壁では間に合わない。とっさに俺は震刃でその剣をなぎ払った。剣は澄んだ金属音を立てて弾け飛んだ。
危ない! 野郎、もう一回震貫を食らわせてやる!
しかし俺が照準を定めた、その時だった。
奴はにやにや笑いながら両手を地面にかざし、聞いたことのない歌を歌った。抑揚がなく、歌というより呪文に近い感じだ。
何だ? 何してるんだ?
すると驚いたことに、グランドの地面のあちこちがボコボコ盛り上がった。そして土を押しのけて黒い物体が出現し、やがてそいつはゆっくり起き上がった。
……黙呪兵だ。
あっという間に辺りは黙呪兵だらけになった。よく見ると、グランドだけじゃなく、キャンプ内のあちこちの地面から黙呪兵がわき出している。
何でだ!? 何でこんなところに!?
試合会場は一瞬でパニックになった。悲鳴や怒号が響き渡り、人々は右往左往して逃げ惑う。
さっきの歌……あいつが黙呪兵を召喚したのか? だとしたらあいつ何者なんだ? ただの馬鹿だと思っていたが、黙呪王側のスパイだったのか。
しかし、気がつくと奴の姿はもうどこにもない。どさくさに紛れて逃げやがったか。
幸い、グランドにわいた黙呪兵たちはその場にぼーっと突っ立ってるだけで、こっちに襲いかかってくる気配はない。
俺とニコはガイさんに駆け寄った。
「ガイさん!」
ニコと二人で抱き起こすと、苦しげに顔をしかめたまま、何か言おうとしている。
「……ゾラは、ゾラは、あんなことをする奴じゃなかった。あいつは俺の自慢の息子だったんだ。全てはあの野郎のせいだ。あの武器商人のせいだ……歌い手様、どうかゾラを、ゾラを真人間に戻してやって下さい……」
がくりと力が抜けた。
え、え! 死んでないよね? 死んでないよね?
ニコが一生懸命癒歌を歌うが傷はだいぶ深そうだ。お腹から大量に出血している。
「ちょっとガイ! 大丈夫なの!?」
そこにハルさんとノボさんも駆けつけて来た。
「今、ニコが癒歌をかけてるんですが血が止まりません」
俺が報告すると
「分かったわ。後は私たちに任せて。あなたはこの黙呪兵どもを掃除してちょうだい」
預けていた奏鳴剣と雌雄剣を渡された。そしてニコに向かって
「ニコちゃんおかえり。これ、あなたのよね?」
ハルさんはニッと笑って魔笛を差し出した
「はい……ごめんなさい」
彼女は両手でそれを受け取り、胸に抱きしめた。
「謝んなくってもいいわよ。でもね、ソウタの横でこの笛を吹くのは、あなたしかいないのよ」
「はい」
ニコは大きくうなずき、そして俺を見た。俺と目が合うや神妙な表情が解けていって、いつもの彼女の笑顔になった。
ああ、この笑顔だ。女神の笑みが胸に染みる。この笑顔のためなら俺は死ねる。もうこの笑顔を絶対に放さないぞ。
ガイさんが担がれて行くのを見届けてから、周囲の状況を確認する。
黙呪兵はかなりの数だ。このグランドに湧いた黙呪兵だけでも40~50体、キャンプのあちこちに出てきた奴を合わせると100体は超えそうな感じだ。
ただいずれもあまり活性は高くない。みなぼーっと立ってるか、うろうろしてるだけだ。何だかコマンドを与えられていないロボットみたいな印象だ。
やはり実戦経験の差だろうか。若手の連中は、こんなにおとなしい黙呪兵を前にしてもパニクって逃げ回っているが、おっさんたちはひるまずに剣を振るい、歌術を歌って黙呪兵を駆逐している。ただ数が多いのでなかなか減らない。
とりあえず、すぐ近くにいる奴を1体、2体、震刃で切り倒してみる。そうすると俺を敵性と判断したのだろう。周囲の黙呪兵がこちらに向かってくる。しかし数が多いから右手一本だとなかなか片付かない。
「ソウタ、これ使う?」
ニコが魔笛を見せる。そうだな、奏鳴剣の出番だ……ただ、その前にもう少し黙呪兵をこちらに集めることができるといいんだが。
その時、あるアイデアが頭に浮かんだ。ダメ元でやってみようか。
「ニコ、俺の歌『女神の旋律』のメロディーをその笛で吹ける?」
「うん、できるよ」
で、できるのか。こっちから話を振っておいて彼女の即答に驚く。
「じゃあちょっとやってみて」
ニコは笛を口に当て、お馴染みのメロディーを奏でてくれた。
よく知ってるメロディーでも、楽器が変わるとイメージが変わる。垢抜けない旋律が、すごくスッキリとした爽快な曲に聞こえる。
っていうか、ニコって本当にメロディーの記憶力がハンパない。わずか数回聴いただけの旋律をこんなに覚えてるのか。すごいな。
周囲の黙呪兵がおとなしくなった。ニコの笛の音に魅入られているようだ。
そこで俺も歌い出した。ニコの笛と俺の歌の合奏というか、合わせ技だ。
「女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪」
笛がメロディーガイドになってくれるので、音痴の俺でも若干歌いやすくなる。
俺は、キャンプ中に届くことを願って、思い切り大声で歌った。ああ、久々に大声で歌ったな。気持ちいいぞ。
案の定だ。
キャンプ中の黙呪兵たちがわさわさと寄って来た。ただ暴れるでも踊り出すでもなく、俺たちの歌をおとなしく聞き入っている。そして人間たち、おっさんも若手もみな「何だ、この歌は」と振り返った。
最初に歌った時はあの鳥女が飛んできた。おまけに村人も詰めかけてきた。2回目に歌った時はヒヒが引き寄せられた。
ジゴさんは何度も言っていた。
「歌には力がある。歌えば何かが起る」
俺はひょっとするとこの歌には何かを呼び寄せる力があるのではないかと思ったんだが、どうもその推測は当たっていたようだ。
集まってきた黙呪兵たちは今やグランドにひしめき合っている。よし、いい頃合いだ。
「ニコ、ありがとう! よし、水・凍・風のコンボで行こう」
「うん!」
俺は奏鳴剣を抜いて黙呪兵たちに向けた。ニコは俺のすぐ脇にぴったり寄り添った。
そして彼女が美しくなめらかな旋律を奏でると、みすぼらしい木剣は青い光を放ち、その先端辺りから凄まじい勢いで水流がほとばしった。俺はその反動に耐えながら、頭の上でぐるりぐるり剣を振り回し、奴らを水浸しにした。
続けて旋律は下降音型のメロディーを繰り返す。剣からは冷気が放たれ、水を浴びせられた黙呪兵たちはあっという間に凍りつき、彫像のように固まってしまった。
ちらっとニコが俺を見た。俺はうなずく。
それを合図に笛の音はブレス成分を含んだ荒々しい音色に変わる。そして剣からは真空の刃が断続的に放たれた。俺たち二人を取り囲んでいた黙呪兵は、乱風刃を食らい、ガラスのような音を発しながら砕けていった。辺りにはダイヤモンドダストのようなキラキラが舞う。
剣を握っている自分でも驚くほどの光景だ。ヒヒを相手に戦った時より剣の威力が数段上がった気がする。俺とニコの関係が深まったということか?
ま、とりあえず、これでグランドに集まった黙呪兵は片付いた。
しかし奏鳴剣が届かなかったのだろう。キャンプの向こうの方ではまだ黙呪兵とベテラン勢の小競り合いが続いていた。ここからはちょっと距離がある。ニコと一緒に走って行っても良いが、ニコはここにいた方が安全だ。
奏鳴剣、遠距離……検索をかけるまでもなく答えは出てる。
ニコを見た。真正面から目が合った。心臓がズキッとした。彼女も同じことを考えてたんだろう。
「ニコ……」
「なあに?」
「キスしていいか?」
「うん、いいよ」
彼女は頬を染めつつ、こっくりうなずいた。
俺は右手に奏鳴剣を持ったまま、彼女の身体を抱き寄せた。動かない左手がもどかしい。でも彼女は素直に身を任せ、ちょっと上を向いてくれた。
目を閉じていたんだろう。自分が何を見ていたか記憶にない。覚えているのは彼女の柔らかい唇の感触だけだ。
ああ、これがキスか。
彼女いない歴=年齢の俺にとってはもちろん人生初めてのキスだ。そしておそらくニコにとっても。
ファーストキスというのはもうちょっとロマンティックな状況でするもんだと思ってた。
でも、こういう切迫した戦いの場面で、砕け散った黙呪兵のダストに取り囲まれながらじゃないと、ヘタレの俺は一歩踏み出せなかったかもしれない。
まだまだ高鳴っている胸を押さえながら、照れを振り切るようにニコに言った。
「よし、行ってくる。俺が合図したら炎鳴剣だ。もう一度合図するまで続けてくれ」
「うん、分かった」
赤い顔でうなずくニコを置いて俺は走った。グランドを出て通路の向こう側。司令部の手前だ。
この辺りの黙呪兵は荒れている。拳を振り上げて人間に襲いかかってくる。やはりこちらが攻撃するとスイッチが入るのだろうか。おっさんたちが何人か剣や歌術で応戦しているが押され気味だ。
ニコのところからだいぶ距離があるが大丈夫かな。俺は振り返って遠くに見える彼女に合図した。
笛の音は聞こえない。しかし構えた奏鳴剣が赤く光ったかと思うと、その先からごおっと音を立てて炎が噴き出した。まるで火炎放射器のようだ。
この距離でちゃんと炎鳴剣が発動してるということは、やはりキスをした効果は出ているのだろう。しかもこの威力……間違いなく以前より数段パワーアップしてる。
俺は剣を振り回し、暴れる黙呪兵たちを焼き払った。
奴らは言葉にならない声を上げながら倒れていった。何だかその姿は哀れだ。
でも仕方ない。恨むなら召喚したあの馬鹿を恨んでくれ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる