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第一幕 歌のない世界
序曲 ~走馬灯~
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つい、いい気になって歌ってしまったんだ。俺の悪い癖だ。おだてられるとすぐその気になってしまう。
畑を耕しながら無意識に鼻歌を口ずさんでたら、横にいたニコが、元から大きい目をさらにパチクリさせて、
「えっ!? 今の何? もういっぺん歌って! もういっぺん歌って!」
って、すごい食いつきだったからさ。つい新作のラブソングを披露してしまったんだ。
俺は音痴だ。
作曲や楽器の演奏センスはそんなに悪くないと思うんだが、歌はダメだ。本当は歌うことが大好きなのに、歌うと必ず音程を外す。前の世界では、この音痴のせいでいろいろ苦労した。
しかしこっちの住人で歌というものを知らないニコには、俺が音痴だって分からないはずだ。現に今も、うっとりした表情で聴き入ってくれてる。
すっかり良い気分になって、最初は小声で歌うつもりだったのにだんだん声が大きくなってしまった。
久しぶりだ。誰かの前で歌うのは。ああ、やっぱり歌うって気持ちが良いな。
しかし、ささやかな愉しみの代償は大きかった。
Aメロ、Bメロからサビに入り1フレーズだけ歌ったところで、ごおっと冷たい風が俺の顔に吹きつけた。
!?
びっくりして歌うのを止めた。
さっきまで晴れわたっていた秋の青空がにわかに黒雲に覆われ、周囲が暗くなったかと思うと、音を立てて大きな雨粒が落ちてきた。
な、何だ? 何だ?
辺りをキョロキョロ見回していると、いきなり、畑の端にある柿の木に大きな火柱が立った。
『どしゃあああああああああん!!』
とんでもない閃光と轟音と地響き。
「きゃあああ!」
ニコは悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「大丈夫か!?」
駆け寄ろうとしたが……足がおかしい。こむら返りを起こしたみたいに筋肉が強張ってる。駆け寄るどころか、足がもつれてニコの横にどうと倒れ込んでしまった。
それでも土まみれの顔を上げて
「ニコ、大丈夫か!?」
声をかけるが返事がない。
その名の通りいつもニコニコと可愛いニコの顔が、恐怖で引きつっている。全身をがくがく震わせ、俺の背後の一点を見つめている。
何だ? どうしたんだ?
言うこと聞かない身体を無理矢理ねじって後を振り返った。そこには変な生き物がいた。
人の背丈ほどもある大きな黒い鳥……いや、鳥じゃないな。
黒い大きな翼を持ち、下半身も真っ黒な羽毛に覆われている。しかし、その上半身は人間だ。なんと、裸の美女だ。
顔立ちはギリシア彫刻のような美人なのに、眉間にしわを寄せ、口元に嘲笑を浮かべたその表情は、見る者をなんとも言えず不快な気持ちにさせる。
裸の胸には当然乳房があり、ちらっと見たところ結構な美乳なのだが、色っぽさは欠片も感じない。エロよりグロだ。不気味さが圧倒的に勝っている。
何だこいつ。いつの間にこんな所に?
その変な生き物は翼をたたみ、こちらに一歩二歩近寄りながら、甲高い声を出した。
「きひひひひ! 下っ手くそな歌と思ったら、何だガキか。親の教育がなってないね。どうせロクな大人になるまい。今のうちにこの世から消してやろう」
そして何やら歌のようなものを一節歌った。
「来たれよ光 来たれよ光 走り走りて貫き通せ~♪」
その途端にまた、
『ばっしいいいいいいいいいいん!!』
すぐ至近距離でとんでもない閃光と轟音が響き、俺たちは悲鳴をあげて地面から数センチ飛び上がった。全身がびりびり痺れて動けない。
そうか、これは魔法だ。
こいつが、この気持ち悪い鳥女が、魔法で雷を落としてるんだ。歌……今の歌が魔法の詠唱みたいになってたのか?
それにしてもこいつ……こいつは本物だ。本物の魔物だ。
話には聞いてたが、本当にこんな奴がこの世界にはいたんだ。
混乱する俺の横ではニコが、可哀想に、うずくまったまま泣いていた。何とか、何とか、この子を守らないと。
強張った身体を無理矢理動かして、俺はニコの上に覆い被さった。意味はないかもしれない。でもちょっとぐらいは防御になるだろう。
そして顔を上げて鳥女を睨み付ける。怖い。怖い。それに気持ち悪い。
「きひひひひ! お前何やってんだ? そのメスガキをかばうのかえ? きひひひひ! じゃあ仲良く一緒に黒焦げになりな!」
そしてまたさっきの歌のようなものを歌い始めた。
俺は死を覚悟した。
走馬灯っていうのか? 観念して目を閉じた俺の頭の中を、この世界に来て1年の出来事が足早に駆け抜けて行った。
そうだ。始まりもこの場所だったんだな。
この世界に転移して畑の真ん中でぶっ倒れてた俺を、農家の一人娘であるニコが見つけてくれた。そして父親のジゴさんが、かついで家に連れて帰ってくれたんだ。
すぐに意識は戻ったが、言葉も通じず、ここがどこかも分からない。自分が異世界に転移したと理解するまで、まる1日はかかったな。
だって、神様がチート能力を授けてくれる場面とか、お約束のステ振りの場面とかあったらすぐに気付いたんだろうが、前の晩、普通にベッドで眠りにつき、目覚めたらもうこっちの世界だったんだ。
俺はニコの家族と身振り手振りでコミュニケーションしながら、この世界のことを少しずつ知った。
異世界かよ!
当然ながら剣と魔法のファンタジー展開を期待した。そりゃもう、大いに期待してワクワクした。
しかし。
ここはいろいろと残念な異世界だった。異世界に当たりハズレがあるなら、ハズレだな。
ここには魔法なんてない。剣はあるが普通の剣だ。魔物なんて、この1年見たこともなかった。
ただ、電気やガスはないし、当然ネットもない。その辺だけは異世界のテンプレをきっちり押さえている。つまりファンタジーでもなんでもない、ただの中世ヨーロッパ風、田舎暮らしだ。
そして俺にはチートどころか何の能力もなかった。
いろいろやってみたさ。でも何をどうやっても魔法なんか使えない。手から水弾を出せるわけでもない。空を飛べるわけでもない。がっかりだった。
ない、ない、ないのついでに、この世界にはもう1つないものがある。
それは歌や音楽だ。
いや、歌や音楽が『無い』というのは正確ではないな。歌や音楽は『禁じられて』いるんだ。
この大陸を支配している悪しき王『黙呪王』が、歌や音楽を奏でることを厳しく禁じており、大陸のどこであれ、歌ったり楽器を奏でたりすると、その地獄耳にキャッチされ、瞬時に魔物が放たれ殺されるという。
歌うと殺される……人々のビビり方は尋常じゃない。音楽は絶対の禁忌だ。人はみな、どんな時でも歌うことを避け、息を潜めて生きている。
実際にはちょっと鼻歌を歌ったぐらいでは何事も起こらないんだが、目の前でやると温厚なジゴさんや奥さんのナギさんでも「それだけは止めて!」と血相を変えるぐらいだ。
歌や音楽がない世界。
県立高校軽音部のトップバンド『ネイルヴェイル』のベーシスト、そしてソングライターだった俺、神曲奏太にとってはあり得ない世界だ。
何せ俺にとって音楽は空気みたいなものだ。物心ついた時から当たり前にそこに存在し、それを呼吸しながら生きてきた。俺にとって音楽抜きの生活なんか想像もできなかった。
それでもこの世界に来て1年間。
農作業だの家事だの、この家の手伝いをしながら、音楽抜きでやってきた。言葉もどうにか通じるようになった。
音楽抜きの生活に耐えられたのは、ひとえにニコのおかげだ。
童顔なので幼く見えるが、実際には15歳の立派なレディーだ。この世界ではもう結婚できる年齢らしい。
ウェーブした茶色い髪にパッチリした大きな目。少し青みがかった灰色の瞳。真っ白で広い額にちょっと太い目の眉。上品な鼻と口。きゅっと締まった顎。
ニコという名前は偶然の一致だろうが、本当に笑顔が最高に可愛い、癒やし系の美少女だ。ちょっと天然で空気の読めないところがあるが、そこがまたキュートだ。
そんな女の子が何故かソウタ、ソウタと俺を慕ってくれる。
一時期ちょっとホームシックになりかかったが、それもニコの笑顔を見てると吹き飛んでしまった。
もういいかな。元の世界に戻らなくても。
ちゃんとした音楽がないのは残念だが、鼻歌で我慢するか。
何で転移したのか分からないが、別にそれを突き止めないといけないってこともないだろ。
このままニコの家に婿入りして田舎のスローライフを満喫できるなら、その他もろもろは我慢できそうな気がする。
母ちゃん、姉ちゃん、バンドのみんな、俺はこっちの世界で幸せになります……そんなことも考え始めてたんだがな……
うっかり歌ってしまった。
これまで鼻歌ぐらいなら大丈夫だったんで油断した。調子に乗って堂々と歌ってしまった。
そうか。歌うとこんな恐ろしいことになるんだ。魔物が来て惨殺されるというのは本当だったんだ。だからみんなあんなにビビってたんだ。
っていうか、やっぱりあるんだ、魔法。
ひょっとしたら剣術の方でも、最強の魔剣とか、あるのかもしれない。
馬鹿だな俺は。こんな訳の分からない世界で、魔法も剣術も何しに来たのかも分からないうちに死ぬのか。こんな気持ちの悪い化け物に殺されるのか。
しかもニコを巻き込んでしまった。
ニコ、ごめん。本当にごめん。助けられなくってごめん。何もできなくってごめん。
ん?
いや、待てよ。まだできることがあった。
そうだ、謝罪と命乞いだ。
もうこうなったらいい格好する必要もない。地面に張り付いて、土下座して、謝って、ニコの命だけでも助けてもらおう。歌ったのは俺だ。悪いのは俺だ。
しかし土下座ってこっちの世界で通用するのか? わからない。でも、やれるだけやってみよう。とにかくまず謝るんだ。
……っていうか、あれ?
長い走馬灯だな。
畑を耕しながら無意識に鼻歌を口ずさんでたら、横にいたニコが、元から大きい目をさらにパチクリさせて、
「えっ!? 今の何? もういっぺん歌って! もういっぺん歌って!」
って、すごい食いつきだったからさ。つい新作のラブソングを披露してしまったんだ。
俺は音痴だ。
作曲や楽器の演奏センスはそんなに悪くないと思うんだが、歌はダメだ。本当は歌うことが大好きなのに、歌うと必ず音程を外す。前の世界では、この音痴のせいでいろいろ苦労した。
しかしこっちの住人で歌というものを知らないニコには、俺が音痴だって分からないはずだ。現に今も、うっとりした表情で聴き入ってくれてる。
すっかり良い気分になって、最初は小声で歌うつもりだったのにだんだん声が大きくなってしまった。
久しぶりだ。誰かの前で歌うのは。ああ、やっぱり歌うって気持ちが良いな。
しかし、ささやかな愉しみの代償は大きかった。
Aメロ、Bメロからサビに入り1フレーズだけ歌ったところで、ごおっと冷たい風が俺の顔に吹きつけた。
!?
びっくりして歌うのを止めた。
さっきまで晴れわたっていた秋の青空がにわかに黒雲に覆われ、周囲が暗くなったかと思うと、音を立てて大きな雨粒が落ちてきた。
な、何だ? 何だ?
辺りをキョロキョロ見回していると、いきなり、畑の端にある柿の木に大きな火柱が立った。
『どしゃあああああああああん!!』
とんでもない閃光と轟音と地響き。
「きゃあああ!」
ニコは悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「大丈夫か!?」
駆け寄ろうとしたが……足がおかしい。こむら返りを起こしたみたいに筋肉が強張ってる。駆け寄るどころか、足がもつれてニコの横にどうと倒れ込んでしまった。
それでも土まみれの顔を上げて
「ニコ、大丈夫か!?」
声をかけるが返事がない。
その名の通りいつもニコニコと可愛いニコの顔が、恐怖で引きつっている。全身をがくがく震わせ、俺の背後の一点を見つめている。
何だ? どうしたんだ?
言うこと聞かない身体を無理矢理ねじって後を振り返った。そこには変な生き物がいた。
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黒い大きな翼を持ち、下半身も真っ黒な羽毛に覆われている。しかし、その上半身は人間だ。なんと、裸の美女だ。
顔立ちはギリシア彫刻のような美人なのに、眉間にしわを寄せ、口元に嘲笑を浮かべたその表情は、見る者をなんとも言えず不快な気持ちにさせる。
裸の胸には当然乳房があり、ちらっと見たところ結構な美乳なのだが、色っぽさは欠片も感じない。エロよりグロだ。不気味さが圧倒的に勝っている。
何だこいつ。いつの間にこんな所に?
その変な生き物は翼をたたみ、こちらに一歩二歩近寄りながら、甲高い声を出した。
「きひひひひ! 下っ手くそな歌と思ったら、何だガキか。親の教育がなってないね。どうせロクな大人になるまい。今のうちにこの世から消してやろう」
そして何やら歌のようなものを一節歌った。
「来たれよ光 来たれよ光 走り走りて貫き通せ~♪」
その途端にまた、
『ばっしいいいいいいいいいいん!!』
すぐ至近距離でとんでもない閃光と轟音が響き、俺たちは悲鳴をあげて地面から数センチ飛び上がった。全身がびりびり痺れて動けない。
そうか、これは魔法だ。
こいつが、この気持ち悪い鳥女が、魔法で雷を落としてるんだ。歌……今の歌が魔法の詠唱みたいになってたのか?
それにしてもこいつ……こいつは本物だ。本物の魔物だ。
話には聞いてたが、本当にこんな奴がこの世界にはいたんだ。
混乱する俺の横ではニコが、可哀想に、うずくまったまま泣いていた。何とか、何とか、この子を守らないと。
強張った身体を無理矢理動かして、俺はニコの上に覆い被さった。意味はないかもしれない。でもちょっとぐらいは防御になるだろう。
そして顔を上げて鳥女を睨み付ける。怖い。怖い。それに気持ち悪い。
「きひひひひ! お前何やってんだ? そのメスガキをかばうのかえ? きひひひひ! じゃあ仲良く一緒に黒焦げになりな!」
そしてまたさっきの歌のようなものを歌い始めた。
俺は死を覚悟した。
走馬灯っていうのか? 観念して目を閉じた俺の頭の中を、この世界に来て1年の出来事が足早に駆け抜けて行った。
そうだ。始まりもこの場所だったんだな。
この世界に転移して畑の真ん中でぶっ倒れてた俺を、農家の一人娘であるニコが見つけてくれた。そして父親のジゴさんが、かついで家に連れて帰ってくれたんだ。
すぐに意識は戻ったが、言葉も通じず、ここがどこかも分からない。自分が異世界に転移したと理解するまで、まる1日はかかったな。
だって、神様がチート能力を授けてくれる場面とか、お約束のステ振りの場面とかあったらすぐに気付いたんだろうが、前の晩、普通にベッドで眠りにつき、目覚めたらもうこっちの世界だったんだ。
俺はニコの家族と身振り手振りでコミュニケーションしながら、この世界のことを少しずつ知った。
異世界かよ!
当然ながら剣と魔法のファンタジー展開を期待した。そりゃもう、大いに期待してワクワクした。
しかし。
ここはいろいろと残念な異世界だった。異世界に当たりハズレがあるなら、ハズレだな。
ここには魔法なんてない。剣はあるが普通の剣だ。魔物なんて、この1年見たこともなかった。
ただ、電気やガスはないし、当然ネットもない。その辺だけは異世界のテンプレをきっちり押さえている。つまりファンタジーでもなんでもない、ただの中世ヨーロッパ風、田舎暮らしだ。
そして俺にはチートどころか何の能力もなかった。
いろいろやってみたさ。でも何をどうやっても魔法なんか使えない。手から水弾を出せるわけでもない。空を飛べるわけでもない。がっかりだった。
ない、ない、ないのついでに、この世界にはもう1つないものがある。
それは歌や音楽だ。
いや、歌や音楽が『無い』というのは正確ではないな。歌や音楽は『禁じられて』いるんだ。
この大陸を支配している悪しき王『黙呪王』が、歌や音楽を奏でることを厳しく禁じており、大陸のどこであれ、歌ったり楽器を奏でたりすると、その地獄耳にキャッチされ、瞬時に魔物が放たれ殺されるという。
歌うと殺される……人々のビビり方は尋常じゃない。音楽は絶対の禁忌だ。人はみな、どんな時でも歌うことを避け、息を潜めて生きている。
実際にはちょっと鼻歌を歌ったぐらいでは何事も起こらないんだが、目の前でやると温厚なジゴさんや奥さんのナギさんでも「それだけは止めて!」と血相を変えるぐらいだ。
歌や音楽がない世界。
県立高校軽音部のトップバンド『ネイルヴェイル』のベーシスト、そしてソングライターだった俺、神曲奏太にとってはあり得ない世界だ。
何せ俺にとって音楽は空気みたいなものだ。物心ついた時から当たり前にそこに存在し、それを呼吸しながら生きてきた。俺にとって音楽抜きの生活なんか想像もできなかった。
それでもこの世界に来て1年間。
農作業だの家事だの、この家の手伝いをしながら、音楽抜きでやってきた。言葉もどうにか通じるようになった。
音楽抜きの生活に耐えられたのは、ひとえにニコのおかげだ。
童顔なので幼く見えるが、実際には15歳の立派なレディーだ。この世界ではもう結婚できる年齢らしい。
ウェーブした茶色い髪にパッチリした大きな目。少し青みがかった灰色の瞳。真っ白で広い額にちょっと太い目の眉。上品な鼻と口。きゅっと締まった顎。
ニコという名前は偶然の一致だろうが、本当に笑顔が最高に可愛い、癒やし系の美少女だ。ちょっと天然で空気の読めないところがあるが、そこがまたキュートだ。
そんな女の子が何故かソウタ、ソウタと俺を慕ってくれる。
一時期ちょっとホームシックになりかかったが、それもニコの笑顔を見てると吹き飛んでしまった。
もういいかな。元の世界に戻らなくても。
ちゃんとした音楽がないのは残念だが、鼻歌で我慢するか。
何で転移したのか分からないが、別にそれを突き止めないといけないってこともないだろ。
このままニコの家に婿入りして田舎のスローライフを満喫できるなら、その他もろもろは我慢できそうな気がする。
母ちゃん、姉ちゃん、バンドのみんな、俺はこっちの世界で幸せになります……そんなことも考え始めてたんだがな……
うっかり歌ってしまった。
これまで鼻歌ぐらいなら大丈夫だったんで油断した。調子に乗って堂々と歌ってしまった。
そうか。歌うとこんな恐ろしいことになるんだ。魔物が来て惨殺されるというのは本当だったんだ。だからみんなあんなにビビってたんだ。
っていうか、やっぱりあるんだ、魔法。
ひょっとしたら剣術の方でも、最強の魔剣とか、あるのかもしれない。
馬鹿だな俺は。こんな訳の分からない世界で、魔法も剣術も何しに来たのかも分からないうちに死ぬのか。こんな気持ちの悪い化け物に殺されるのか。
しかもニコを巻き込んでしまった。
ニコ、ごめん。本当にごめん。助けられなくってごめん。何もできなくってごめん。
ん?
いや、待てよ。まだできることがあった。
そうだ、謝罪と命乞いだ。
もうこうなったらいい格好する必要もない。地面に張り付いて、土下座して、謝って、ニコの命だけでも助けてもらおう。歌ったのは俺だ。悪いのは俺だ。
しかし土下座ってこっちの世界で通用するのか? わからない。でも、やれるだけやってみよう。とにかくまず謝るんだ。
……っていうか、あれ?
長い走馬灯だな。
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