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第三話 召使いって……

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生奪の魔剣。
 黒龍ことヒステリアの持つ操土の魔剣を始めとした、魔力を刀身に秘めた操魔シリーズに並び、
 魔剣作りの天才と名高い刀匠カムラが鍛えた数ある魔剣の中でも最上の業物とされたこの剣は、その名の通り命を奪う魔剣だ。

 無論、所有者の命では無く、それ以外の周りにある命という命全てだ。
 力ある者が持てば単騎で世界を殺せるとまで言われる禁忌の魔剣。

 だが、それはあくまでも言い伝えに過ぎない。
 どれ程強かろうが斬られる前に終わらせればいい話。

 五本の竜を模した土でアッシュを襲うと見せ掛け、ヒステリアは操土の力でアッシュを背後から串刺しにしようとしていた。

 先の騎士のような名乗りも不意討ちという騎士道に反する選択肢を隠すカムフラージュであった。
 試合でも見せた事の無いこの手には絶対の自身がある。

 今は亡き祖国の為に。
 それだけを心に戦って来た彼女に卑怯、などという思考は無い。
 ただ、勝つ為に。
 裏の闘会での戦いは資金集め、腕試し、そして使えそうな人材を探す為のもの。
 それと違ってギャラリーの居ない真剣勝負において、ヒステリアは禁じ手を躊躇わない。

 対するアッシュは竜の先で居合いの構えを取っている。
 後ろの地面から迫る土槍に気づいている様子は全く無い。

 魔剣が、本人が、どれ程強かろうが、斬り合いが強いだけでは私には絶対に勝てない。
 ヒステリアは勝利を確信し、握り締めた操土の魔剣に力を込める。

(勝った!!!)

 そう、ヒステリアの確信は普通なら間違いでは無い。
 確実に、一瞬で決着はついた。
 土槍に刺される前にアッシュが動ける時間はまさに一秒に満たない一瞬。
 ただ一度、剣を振り抜くだけで終わる刹那の時。

 その一瞬で、

 ――――――――――――――――――――

「……ここは……?」
 目を開けたヒステリアはゆっくりと辺りを見回して呟いた。

 ここは修練場の医務室。
 専属の治療師は現在食堂でグロッキー状態な為、一応の応急処置を施してベットに寝かせていた。
 しかし、昨日のマジョリーといい、このヒステリアといい、割りと本気で殺すのを覚悟で斬っている身としては、生きていてくれて嬉しいやら、殺しきれずに残念やらで複雑な気分だ。

 とは言え、生きているんだから喜ぶべきなんだろう。
「お目覚めですね、黒龍……じゃなくてヒステリアさん。って呼んでいいんですか?」

 俺の質問には答えずに、
「私は……負けたのか……」
 感情の読めない瞳で天井を見上げ、ヒステリアは言った。

「申し訳ありませんが、始まる前にちゃんと忠告はしましたからね。後悔はしないで下さいね、と。」
「……」
 ヒステリアは答えない。
 負けた事がよほどショックだったのだろうか。もしくは、負けたのに生きている事が気に入らないのかもしれない。

 どちらにせよ忠告はしたのだ。
 これ以上どうこう言うつもりは無い。
「鎧と剣はそこに、中に着ていた肌着はボロボロになった上に血だらけになってしまったので捨ててしまいましたが、大丈夫でした?」
 鎧も無惨な姿になってしまったが、こちらは破片を集めて全て取ってある。

「どうやって……」
「え?」
「一体どうやって私を倒したのだ?」
 覇気の無い、倒れる前では考えられない力無い瞳で俺を見て、ヒステリアは聞いてくる。

 どうやっても何も、
「斬った、としか言いようが無いんですが……」
「……後ろからの不意討ちに気づいていたのか?だとしても……」
 そこで何か考えるように黙り込むヒステリア。

「後ろからの攻撃は事が終わってから気づきました。
 何て言うか、変な奴だと思われるかも知れませんがこの魔剣から声が聞こえるんです」
 腰の魔剣を指して言うと、
「……」
 ヒステリアは笑う事無く、無言で続きを促す。

「峰側を使って戦う時は何も聞こえないんですが、
 今日みたいに刃を向けないと勝てない相手に相対した時にだけ、頭に直接、怨念のこもった女の声で『殺せ!殺せ!!』と」
 一息入れて続ける、
「その声が聞こえると、自分でもどうにもならないんです。
 相手の為、と言うより周りにある命の為に魔剣の力を抑えるのが手一杯で」

「そうか、では私は手加減した貴様に完敗した訳だ。」
 ポツリ、とヒステリアが呟く。

「いやいや、手加減とかそういう類いの話じゃないんですよ。さっきの勝負も魔剣の能力が無ければ確実に俺の負けでしたから」

「貴様は嘘が下手だな。その魔剣の能力が無ければ、貴様はもっと自由に剣が振れる。自分の思うまま、私を傷つけずに決着をつけられた。それこそ半年前の決勝戦、峰打ちで私を倒した時のように。そうだろう?」

「買い被りすぎです。今のヒステリアさんはあの時より遥かに強いですし、何より半年前は本気じゃなかったじゃないですか。
 今の貴方を傷つけずに倒すなんて、例え全力を出せたとしても、自分にそんな真似は出来ませんよ」

「フッ、それを本気で言ってるところが余計に腹立たしいな」
 事実を言っただけなのだが、何故か俺を過大評価しているヒステリアは悲しげに笑みを浮かべて言う。

「まあとにかく、今は応急処置しただけなんですから、ゆっくり寝てて下さいよ。治療師のおっさんも明日まで起きないでしょうから」
 それだけ言って医務室を出ようとすると、ヒステリアに呼び止めらた。

「待て、まだ大事な話が終わっていない」
「……何か頼みがあるんでしたね。でも、俺は勝ちましたよね?」
 だから言う事を聞く義務も義理もない。

「そうだ、貴様は私を殺さずに倒した。だから、」
 ヒステリアはそこで言葉を区切り、真剣な表情で言った。
「私の体は貴様のモノだ。それをどうするのかと聞いている」

「え?」
 確かにさっき、勝負に勝ったら命の代わりに自分のモノになれ、的な事を言っていたな。
 あれって俺が勝った場合も有効だったのか……。

 とは、言ったものの、
「別にどうもしませんよ。自分には、この自分の体と剣があれば十分ですから」
「……それが本心だとして、命を掛けた勝負に対する侮辱だと、それを分かって言っているのか?」
 ヒステリアが俺を睨む。

 いや、どうしろって言うんだ。
 元奴隷で剣闘士の俺にはお手伝いなんて必要無いし、
 かと言って、ご主人様の為に働いてくれ、とか言ったらまた侮辱だとか言い出しかねない。

 しばらく悩んでから思いついたものをとりあえず言ってみる。
「じゃあ、自分の代わりにこの修練場で兄貴分をやるとかはどうですか?」
 対する答えは、
「却下」
 と短く即答された。

「じゃあ、自分の代わりにご主人様、マーガリン伯爵の護衛をして欲しい、とかは?」
「却下」
 これもダメ。

「……ヒステリアさんは何か思いつきますか?」
「何かも何も、自分の為に働け、と言えばいい話だろう?」
 いつの間にかヒステリアさんの表情はさっきまでの無気力なものから、勝負前に見せた意地の悪い笑顔になっている。

 何を企んでいるのか分からないが、どうあっても部下にするしかないようだ。
 あの顔を見てると何か悪い予感がするんだよなぁ。
「……分かりましたよ。じゃあ自分は明日から魔法学園の生徒になるんで、その召使いって名目で働いて下さい」

 魔法学園は生徒のほとんどが貴族の為、専属の召使いを連れている者も少なくない。
 俺自身お嬢様の護衛兼召使いとして働くつもりだったのだが、召使いが召使いを連れているのはアリなのだろうか。

「あぁ、承知したぞ、ご主人」
 早速ご主人呼びしてきたヒステリアは、ところで、と続けて言う。
「良い主人というものは下僕に褒美を与えるものだな?」

「まあ、そうかもしれませんね」
 相づちをうちながら確信した。
 分かった、この人俺に対する頼み事諦めてないわ。

「つまり、私が貴様に尽くせば、貴様も私の頼みを聞く、聞かなければならない訳だ」
 そんな義務は無い訳だ、と言ってやりたい。

「……もしかして最初から負けるつもりでした?」
「いいや、本気で勝つつもりだったさ。だが、負けたのなら仕方ない、約束は約束だ。条件は受け入れなければな?」
 ニヤリ、と笑みを深めて言うヒステリア。

「それは、そうかもですが……。
 貴方を召使いにしたからって貴方の頼みを聞く義務は無いですよね?」
「確かに義務では無いが、いいのか?悪い主人は心穏やかな下僕に滅ぼされるのが世の常だが」
 人を脅すような剣士を心穏やかな、とは言わないだろう。

「具体的にはマーガリン伯爵の領地で貴様の悪評を垂れ流す。あと私のツテで他の貴族連中にも言いふらすぞ。すると貴様の大好きなマーガリン伯爵の評判も相対的に落ちていく訳だが、いいのか?」

「……それって召使いとして正しいんですか?」
「勿論だとも。貴様が私の頼みを聞けばそんな事はしないがな」

 有無を言わせぬとはこの人みたいな人の事を言うんだな。
 断るのはもう無理として、
「そういえば何なんですか?頼みって?確か自分の腕を見込んでの頼みだって言ってましたけど、誰か殺せばいいんですか?」

「それは追々話す。だが安心しろ、貴様の主人に害が及ぶ事では無いし、むしろ主人を守る事に繋がる話だ」
「それならまあいいですけど、何かもう頼みを聞くのは避けられないみたいなんで召使いの話も無しになりませんか?」
 この人を学園に連れてくと話が拗れそうな気がするんだよな。下手すると死人とか出しそうだし。

 ヒステリアはもう話は済んだとばかりに目を閉じて、短く言った。
「却下」

「じゃあ絶対に暴れないって約束出来ます?」
「却下」
「……せめて死人は出さないで下さいね?」
「却下だ。時と場合によるが」

 これは召使い的にアリなんだろうか?
「あの、召使いって上役の命令を聞くものだと思うんですが……」
「却下。貴様が盛大に腹を裂いたせいで疲れた、もう休ませてくれ」
 言ってヒステリアは毛布を頭の上まで引き上げ、しばらくすると安らかな寝息が聞こえてきた。

「……」
 俺は安易に勝負を受けた事を後悔しながら、自室へと戻った。
 送別会もいつも通りの宴会だったし、乱入してきた憧れの剣士は女性だったし、普段のイメージと全然違うし、脅されるし、何か今日は散々な一日だったな……。

 ――――――――――――――――――――――

「……ソード、起きているか?」
 アッシュが部屋を出て少し経った後、寝たフリをしていたヒステリアは毛布を下ろして床に置かれた愛刀に語りかける。

『どうしたご主人?』
 その焦げ茶色の刀身から低く渋い声が聞こえる。
 ヒステリアが『ソード』と呼ぶ彼は操土の魔剣の意識のような物だ。

「さっきの、アッシュの話は聞いていたな?」
『ああ、ご主人が好きそうな可愛い顔の男だったな』
「……そうか耳がないから話が聞けないんだな?この怪我が治ったら貴様の刀身に耳の代わりの穴を開けてやろう」

 ソードは刀身をカタカタと笑うように震わせて、
『冗談じゃないかご主人。あんまりにも女扱いされなかったからって―――――、分かった、落ち着けご主人。謝るからその魔力を引っ込めてくれ』

 本気で穴を開けそうな程魔力を迸らせたヒステリアは暫くソードを睨みつけてから、魔力を戻して言った。
「あまり調子に乗るなよ」
『うむ、スマンスマン。で、何だって?』

「さっきの会話は聞いていたんだろう?奴の魔剣、どう思う?」
『どうもこうも、俺と同じだろ。詳しく聞かないとハッキリは分からないが、少なくともこのまま放置したら大変な事になるだろうな』

 ヒステリアは険しい顔になって聞く。
「生奪の魔女と言ったな、あの剣の原料は」

『そう、その魔女の心臓があの魔剣の能力の正体。
 俺達普通の魔剣と違って、あの生奪の魔剣はカムラが鍛えた魔剣の中でも特異中の特異。凶悪な魔女の心臓を使って鍛えた、禁忌の三魔剣の一振りだ。』
『俺達が色んな人間の、それこそ何十、何百人分の魔力を込めて作られたのに対して、あの三振りはそれぞれ魔女一人の魔力で作られてる』
『たった一人で百人と同等、いやそれ以上の魔力を持った化け物だ、あれの意識が目覚めたら、あの男は体を乗っ取られて死ぬ。ついでに体を手に入れた魔女が生前みたいに暴れまわって世界が破滅、なんて事もありえるかもな』

「それを止める方法は?」

『……ハッキリ言って、無理だ。長い間歴代の聖女の力で封印されてきたあれが今、表にあるって事は今の時代の聖女じゃあれの力を抑えられないって事さ』
『となると折るしかない訳だが、それはもっと難しい。元々聖剣に対抗する為に打たれたあの魔剣は、聖剣か同じ禁忌の魔剣か、でしか破壊出来ない』
『どこにあるか、本当にあるかすら疑わしい代物を見つけるのは無理だろ?』

「貴様も同じ魔剣なんだから、気配なり魔力なり探れないのか?」
『無理だって言ったろ?俺はただの剣なんだぜご主人?』

 はぁ、とヒステリアは呆れたようにため息をついた。
「使えない剣だな、まったく」

『えぇ!?そりゃないぜご主人。俺ってば確かに特別じゃないけど武器としては結構強い筈なのに……』
 ショボンと一気に落ち込んだ声になるソード。

 結構どころか最高位の魔剣に数えられる一振りなのだが、ヒステリアはこの反応を面白がってわざわざ説明はしない。

 ヒステリアは子供に言い聞かせるような声音で愛刀に言う。
「ただ強いだけでは何も出来ない。私の座右の銘、いつも言っているだろう?」
『そりゃ、知ってるけど……俺にはどうにもならないし……剣だから』

 落ち込みまくりのソードの声に、ヒステリアはわざとらしくため息を吐き、
「はぁ、言い訳ばかりで努力しない男(?)は最低だな。この傷が癒えたら他のもっとイイ魔剣を探しに行くか」

『そそそそんな!?待ってくれご主人、どうにかしてみるから捨てないでくれよぉ!』
 ソードは、ヒステリアの明らかな冗談に対して、刀身をガタガタと震わせながら泣き声で返した。

(フフン、まったく情けない)

 人(剣)をイジメるのがストレス発散、というか半ば趣味である王女様ヒステリアは内心で楽しそうに笑いながら、しかし表向きはつまらなそうに、話を続けていった。
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