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start No 1 風見総司は一層仕事に励む。

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「あーー。眠い。言いたくないのに眠いー……っと」

 モニタの右下を確認するともう午前の9時だった。そりゃ外も明るくなるわな。九月末の朝の水色は妙に好きだからいいけど、24時間連続稼働はちょっとだけ堪える様になってきたかもしれない。
 僕は昨晩のハンター業務からそのまま会社に戻って、回収した『素材』をとっとと保管庫に放り込んでシャワーを浴びた後、速攻マイデスクでデータを打ち込んでいた。
 この会社のこの部署、大会社だからこそ出来るだろう融通の利きすぎるフレックス制を採用しているから大いに活用しているとはいえ、一度データ入力を始めるとうっかり時間を忘れるのが僕の悪い癖だ。昨晩と今の働きで明日は余裕でお休みが取れそうだ……、と気が緩んだらひと際大きな欠伸が出た。漫画にもありそうなそれに思い切り口も開けてついでにぐっと伸びをしてたら、丁度出勤してきた同僚、一ノ瀬さんと思い切り目があってしまった。わあー。

「おはよう風見、その様子だと昨日も狩ってたの?」
「おうよおはよー、レアの腕いっぽんとそこそこの頭ふたつ持ってきたから好きに使ってー」
「なかなかだな? 丁度眼球が欲しかったから後で申請する」
「またなんかわかったら教えてー」

 軽い挨拶もそこそこ、一ノ瀬さんもそこからは自分のデスクに向かって勢いも同じ様にパソコンに向かい合った。一ノ瀬さんはクールな横顔美形さんだからつい見ちゃう、というと誤解を生みそうだけど動作からして僕がさっき入力したデータを早速呼び出して検証してくれる様だ。ありがてえ。
 
「ああそうだ風見、その傷大丈夫か?」
「一応検査もしたけど問題ないってさ。結構持ってかれたから暫く突っ張るだろうって位?」
「余り無理するなよ? 風見の持ってくる現地データ、ほんと有難いものだし」
「おうよこの怪我の復讐はきっちり果たすから解析よろしくッ」
「いやそうじゃなくて? 風見を心配する声だって結構多いんだからな」

 そんな心遣いある同僚の苦笑いもいつものことだ。言われて思い出した右目上に作ってしまった裂傷にテープ貼ってなかったな。7針分の黒糸付きのキズはまだ見た目グロいから隠す意味も込みなんだけどうっかりしていた。僕はデスクから保護テープを取り出し、とっとと貼ろうとしたけど、毎回その長さに自分で引く。12cmー。
 戦闘中の怪我は即ち自分のミスでやらかした訳ではあるけれど、それをこうして同僚が心配してくれるのは素直にうれしいまである。
 応急処置的に自分で縫い合わせたのをそのままにしてテープを貼ってると、一ノ瀬さんがモニタにやや前かがみになるのが分かった。流石だもう気づいたか。

「……なんか、今回の割合おかしくない?」
「そうなんだよね、いつもの時間枠に出てる割に泥がやけに多かったなあ」
「老朽化した物件だから、にしては数も多いよな?」
「今回のMVPは大会議室でほぼ泥の24体同時討伐だった」
「…………、それ、多いよな、絶対多いよな?」
「そこ担当がたまたまベテラン遠野くんだったから良かったけど、僕の見積もりじゃ10体だったんだよね。中秋の名月だったからなのも踏まえてるけど」
「だから数が増えてると見るか、このレアケースが今後のスタンダードとみるか、だな」
「それなー、あいててて」

 雑談の様な報告も含めながら傷の処置を終えた僕は、まさに今纏めたデータを自分でも再確認してみた。特にここ最近に関して、妙に目立っている数値がある。……それが結構な問題だ。こうして僕たちが研究している謎のイキカエリ事件にイレギュラー案件が多く確認されている。
 ざっくり言えば、出現比率と個体の能力差に変なバグが出てる。
 いつもより数が多いとかは序の口で、なんか変に強靱なレア種が出始めて研究班は大騒ぎだ。だから僕が率先して調査してた一週間前、そのやべーやつの急襲に遭ってしまい出来た傷がこの額のソレだ。近くの路地裏の調査中に怪しい波形が出たと思った直後に雷みたいな現象が起きるわ異様に強靭なのが突然出てきたらそりゃー怪我もするってもんだよ。……まあ、遠野くんが近くにいなかったらちょっと危なかったかもしれないのも認めている。未熟だな。まあ僕は眼球と骨と腱がが無事だったら一通りは喉元ナントカで済ますタイプです。
 けど科学者サイドの僕が自ら赴いた調査中に大怪我した上でデータを回収出来た事で、ハンターさんらに一瞬漂った研究班への不信や不安の声が随分静まっただけでも十二分な怪我の功名なので別にいいんだけどねー。あんまりいい意味じゃない中間管理職みたいな状況でも嫌いじゃないし。
 大怪我したけど咄嗟の救援で来てくれた遠野くんが潰した連中の肉片一部で、強靭レア種発生イベントの条件一部が解明したのだってあるし一石三鳥以上の収穫でもあった訳だ。仲間内の空気って凄く大事だぞ。
 ただ、発生条件が若干解明出来たけれど、発生自体はそこそこ前から起きている……のがなあ、なんか変な生え方したのをうっかり見た一般人も出始めた様でじわじわ小耳に挟む様になってるみたいでリアルめに頭が痛い。

「そろそろ地味に噂になってるみたいだぞ、死んだあの人を見かけたとか、なんとか」
「僕を襲ったタイプがドッペルゲンガー扱いになってるみたいだよね。面倒だね」
「……ここらで食い止めないとボーナス査定に響くのが俺たちの仕事なんだよな……」
「まあまあ、素材はまた回収してくるからリクエストあるなら受け付けるし」
「研究と回収の兼任に余り負担かけたくないから今の素材を徹底的に調査してから言うよ。てか風見はそろそろ休んだ方がいいよ」
「うーん、そうすっかなあ……」

 そこで僕は一度大きく伸びをするとふわっと優しい眠気が目の回りに揺らいだ。ねむねむだなあと目元を擦ったら一ノ瀬さんが僕の肩を優しくたたいてくれたりなんかする。
 まあ一応ひと区切りついたし、これ以上ここにいると逆に周りに心配かけさせちゃうかもしれないな。みんなが優しい職場でとてもよい。僕は自分のパソを落とし、残っていたほぼ水の白湯を一気に飲み干した。

「じゃ、一度かえr」

 と声に出した途端。僕のそれに乗せる形で一ノ瀬さんのパソコンから短いアラートが三回なった。スマホの目覚まし機能とほぼ同じ音色で意味も似たようなものだけど、問題は回数だった。きっかり三回。それが意味するものは。

「…………、一ノ瀬さん、場所と時間は?」
「うーん、風見に伝えていいのか解らないけど、今日の午後5時からのプラマイ1時間。規模が極小。場所は……」
「まじか。それってよしゃラキじゃん? それ、僕と遠野くんで行くよ」
「……だよなあ、その傷作った現場だよなここ……」
「今からなら十分眠れるよ。遠野くんには僕から連絡するからそっちのパソで全体通達お願いするー」
「……ああ、解った。頼んだ。風見と遠野のコンビなら安心だしな」
「うん、頼まれた。しっかりお土産持ってくるね」

 やや困り顔になってしまった一ノ瀬さんにこれ以上の心配かけさせるのも憚られるね! アラート三回の合図は極小規模の発生感知のお知らせだ。最近世間の噂になってしまう元凶ともいえるものだから確実にぶっ潰しておかないとという研究者兼ハンターとしての責務と、このデカい傷を作ってきやがった場所への復讐カッコワライの個人的感情でちょっとだけ顔がニヤついているのが解る。やだなあ僕マッドサイエンティストじゃないですって。
 とはいえちょっと身体が疲労状態なのも確かなので家に帰らず最寄りのビジホで仮眠取った方がいいかな。極小規模から生えてくる連中らは凶暴性も高いのがほぼ確定してるからさあ……。まあ殺される気もないけど、遠野くんもいるなら安心、という若干情けないところだってある人間だもの。総司。

「あ、風見」

 不意に一ノ瀬さんが僕を呼ぶ。なにーとそっちを見ると、ぽいっとキラキラするものを投げてきた。 

「それ、この前買ったら旨かったやつだから足しにしてくれー」
「おおぅ」

 ぺと、と手のひらで受け取る。それはまだしっかり凍っているゼリー飲料だった。霜の残るラベルを見るとどうやらビタミンとアミノ酸がメインのやつで、僕達が不足しがちな栄養を補うチョイスというのがまた一ノ瀬さんらしい。研究員が飲むものといえばカフェインとかアルギニンとかのプロゲーマー必須的なものを想像しがちだけどそれ今から飲んだら眠れなくなっちゃう。気付にぐっと飲んでおいしいぞ! って言いたいのも確かだけどね。

「ありがと一ノ瀬さん、おいしく頂くね」
「ああ、お疲れ様、風見」

 僕は一ノ瀬さん含む入れ違いの同僚さんらに挨拶しながら部署を出ると、そのままスマホで近場のホテルのデイユース予約を入れた。便利な時代になったもんだよねーと思いつつも歩きスマホは危ないぞと怒られそうでもある。そして遠野くんにも今日の16時程にと依頼を流したら秒の範囲でピコンと既読がついてから可愛いイラストのスタンプで『りょかー』とつけられた。
 遠野くん寝てる?? 大丈夫? 長年コンビで活動してても遠野くんは未だ掴めないところがあるなあ。でもそういうところも好きなので気にしない様にしてるし、僕も似た様な絵柄のスタンプでありがと★ と返しておいた。
 うーん。でもちょっとだけ残念だ。僕は廊下を擦れ違う方々に挨拶しつつもちょっと口を尖らせてしまう。
 だって僕の中での今日の予定はもうちょっと入力作業した後に、近くのおいしい洋菓子屋さんで出来立ての差し入れを買って、愛する先輩のいる楽器屋に寄っていこうと思っていたんだよ。チキショー予定の方が大惨事だよ!
 一一延々と振り返りもしない先輩を追ってもう何年になるっけ? けど、けど! まあ報われる必要のない愛情だし、僕はそれで構わないと捉えている。相方遠野くんには偶に凄く残酷なものを見る目で見られるけれどね! 第一僕がこの会社に入れた大元も辿るに辿ればその先輩が大いに影響している訳だし。
 ……逢えないなら仕方ない。寧ろ仕事で逢えないなら頑張るまである。
 今日出てくる誰かの想い出のカケラを叩き潰さなきゃ。
 今を生きている僕がやれる事は過去への冒涜の復讐だ。
 大きく伸びをしながら自動ドアを出ると、角度的にビルの隙間から出てきていた太陽に思いっきり直射日光を浴びせつけられた。その強烈な熱視線に思わず目を反らすけど、今日はどうやらすごくいい秋晴れの様だ。網膜に眩しすぎるのと別の意味を追加してうっすら涙が出る。

「……ああああああ先輩に逢いたかったよおおおおああああああ」

 思わず声に出た。
 多分、声は小さいハズ。周囲の人ごめんなさい。

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