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姫の決断

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大量の力を失って、目眩の様な、虚脱感に襲われているシュリの額に、脂汗が浮かぶ。


「今すぐ……取り除いて……やるから……な」


なんとか息を整えて、イシスに告げて、彼女の心臓に、手を添えようとしたシュリの手首を、小さくて細い手が掴む。

弱々しくて、入らない力。

苦痛に歪む顔も可憐な彼女が、無理矢理に瞼をもたげ、シュリを見る。

そして、痛みに耐えて、力ある瞳で訴える。


『そのままに……』


と。


『わたしが望んだ事なの……』


と。

シュリが眉をしかめる。 

彼女の声が脳裏に響く。 

だからなのだろう。

シュリは、イシスを見つめ、呟いた。


「馬鹿が……、イシス姫。どうして漣の口車に乗ったんだ」


イシスを抱えた、シュリの顔が苦痛に歪む。


「え~! 口車って酷いよ、シュリ~」


脳天気な漣の言葉が、間髪入れずにシュリの耳に届いたが、彼の静かな声音が、漣の口を閉じさせた。


「父上は、少し黙っていてくれませんか」


こんな口調で息子が話す時は、本気で怒りモード爆発させた時か、元老院の前に出た時だけ。

今回は、バリバリ前者だと悟った漣は、大人しく、息子の言う通りにしたのだった。


「イシス……君は」


静かな声音で、語りかけるシュリの言葉に、イシスがゆっくりと瞼を開く。 


「俺の力を、少しでも肩代わりする事の意味を、解っていてこんな事をしたのか?」


シュリの硬い声音に、イシスは怯む事無く、口元に微笑を湛える。

解っていて、望んでした事だと、彼女は微笑みで訴える。

シュリが抱きしめた事で、彼女を苛んでいた、身体中の痛みは消えていた。 

彼が、彼女の為に、力をさりげなく使ったのか、はたまた彼女が乗り切ったのか、イシスは、シュリの言葉に答えられる迄に、回復していた。


 「わたくし……後悔したくは無かったのです……」

「後悔? 力を受ける方が後悔するぞ」


シュリの言葉に、イシスは、力無く首を横に振る。


「貴方様と共に生きる事に、後悔は有りません。むしろ、この道を選ばなかった事に、後悔するでしょう……いえ、後悔したのです……」

「後悔、した……だと? それは、どういう意味だ?」


イシスが、怪訝そうにしているシュリに、ふわりと笑顔を投げかけた。

優しくて、誰もが抱きしめ、キスしたくなるような、可愛らしい微笑み。

そんな彼女に戸惑いながらも、彼は、根気よくイシスの言葉を待った。


「セレナさん……」


彼女は一言呟くと、身じろぎしてシュリの腕から逃れようとする。

きっと、態勢を立て直し、姫君らしくりんとした形で話したいと思ったのだろう。

だが、強い力で拘束された彼女は、もっと深く、シュリに抱きしめられた、形となった。


「シュリさま……あの……」

「離れるな。今、お前が力に蝕まれ無いよう、抑え込んでいる。離れれば、また侵食が始まる」


顔を赤らめ、抱擁に、はにかんでいたイシスだったが、シュリの言葉にはっと我に返った。

好かれて、愛されての、抱擁では無い事を思い知って、イシスは、涙を零しそうになった。

そんな彼女の、微妙な変化を、感じ取れた所はさすがと、言えよう。


「また、泣きそうな顔をしている……」


そう言った、シュリの言葉に、


「シュリさまの意地悪……」


大きな瞳に、涙を溜めたイシスが、抗議の声を上げる。



『貴方を、愛しているのに』


『惑わされているのでは無いのよ』


『何度でも愛するわ』


『出会い方も愛し方もきっかけに過ぎないわ。ようは、どう思いあったか、どう愛して、その愛に、悔いは無かったか、よ』


イシスの心に、浮かんでは消える、心の声。

それは、イシスの思い、だけでは無かった。


 
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