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姫の決断
②
しおりを挟む『彼がいれば、心配無いでしょう』
王妃は、娘を抱きしめながら、娘の背後に佇む男の息子を盗み見た。
自分達より、遙に生きる彼。
イシスを導き、助けとなってくれるであろう事を期待して、王妃は娘を国王に預ける。
「言いたい事は、全て王妃が言ってしまったな。わしからは、改めて言う事は無いが、姫よ、わしらもそなたも、何ら変わりは無い。変わらずそなたはわしの娘だ」
「お父様!」
ぎゅっと抱き着くイシスの背中を撫で、王は王子へと彼女を促す。
「お兄様……」
「良いよ、何も言わなくて」
全て承知していると、視線だけで語りかけ、イシスの表情にうなづく。
義理の姉も極上の笑顔を見せて、
「もう逢えない訳では無いのだから、笑って。ね、イシス」
そう、彼女に語りかけた。
「みんな……皆、大好きです。ありがとう。私、幸せです。お父様、お母様、お二人の娘に生まれてよかった。お兄様の妹でよかった。お義姉様に逢えてよかった……」
イシスの心からの思いが、皆の心を響かせて、辺りがやんわりとした空気に包まれた。
「さぁ、姫君。心の準備は出来たかい?」
イシスを促す声がして、彼女は、ゆっくりと振り返る。
大好きなシュリに、どことなく似ている漣が、柔らかい笑顔を貼付けて、イシスに右手を、差し出した。
「覚悟は良いね。イシスちゃん」
イシスは、こくんとうなづいて、漣の下に歩み寄る。
漣は、シュリの横に、一人掛けのソファーを引っ張って来ると、イシスを座らせ、眠るシュリに向き直った。
「よかったな、シュリ。イシスちゃん、本気でお前を思っている様だぞ……後は、お前が彼女に応える番だ」
漣が静かに、シュリの耳元で囁いて、ふと、シュリの額に手を置く。
シュリの額から、青みがかった紫の淡い光が、漣の手の平へと、吸い上げられてゆく。
世にも不思議で、奇妙な光景が、その場にいた人々、全ての目前で、さも当たり前の様に、繰り広げられて行く。
そこにあった物の、いかほどが、漣に引き出されたのだろうか。
かなり、大きな光球になったのを、見計らって、漣は、額から手を除けた。
その行為だけで、ハスターの姿が若干、シュリ寄りに戻った気がする。
と、言っても、本当に、僅かばかりなのだが。
漣が手の平に、青紫の球を乗せたままイシスに向き直る。
イシスは、ぼうっと漣の、手の平の球を見つめていた。
「イシスちゃん」
「あ、は、はいっ!」
我に返るイシスが、どもりつつ、慌てて返事を返す。
漣は彼女に、柔らかな笑みを見せると、言った。
「君は一度死ぬ。この光の球に耐え切れずに……だが、それと同時にこれによって生かされる。シュリの様に……球の力で生き返ったその時こそ、風の神にして黄衣の王、ハスターの妻、女神イシスが誕生する」
優しい瞳が、驚くべき事実を語る。
シュリが、一度死んでいる事実。
イシスが、人から神になる事実。
「私が、女神……?」
「そうだよ。当たり前だろう。ハスターの力の3割近くを君に移すんだ、人間では初めて、我々、古き者どもの中でも、初めて迎える。そういう女神が誕生するんだ……」
漣の言葉が、事態の大きさを改めて痛感させる。
「私は、そんな、たいそれた者では有りません……ただの……人間です」
「ん~、どうやら驚かせたみたいだね?」
漣は、小首を傾げるとシュリが言う所の、『腹黒い』微笑みをイシスに投げかけた。
「その正体が、『神』と、呼ばれる男の力を受けるんだよ。普通に終わるはずが無いでしょ。神の妻は女神。まぁ、神と人の婚姻は、有るには有るけど、大半は人間のままで、神の力を受ける事は無いからね。受ければその者も必然的に神となる。そう、決まっているんだよ。イシスちゃんには、後悔してほしく無いんだけど、遅いよ。意にそわなくても、君は選んだ。賽は投げられたんだよ……」
イシスが、言葉を発する前に、漣が動く。
彼女の額に、シュリから引き出した球を、押し付けたのだ。
球は、帰る場所を見つけたかの様に、するすると、イシスの額に滑り込んで行く。
全てが彼女の中に入り終えた頃、事が始まった。
身体が、ぼろ雑巾の様に捻り潰され、引っ張られ、細かく、引きちぎられる感覚。
余りの痛みに、ソファーに深く沈み込んでいた身体が、弓なりに反り返り、細く長い悲鳴が、可憐な唇から漏れ出る。
「れ……ん……きさま……」
イシスの悲鳴が、届いたのだろうか。
まだ、息すら整っていないシュリが、身体を起こして、イシスへと腕を伸ばしていた。
ずるずると、ずり落ちる様にソファーから移動し、イシスを掴むと腕に抱える。
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