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祝宴の一夜

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「どうしてもこれ、着なきゃいけないのか……?」

「はい。私はエステル様より、そう伺っておりますゆえ……ささっ、観念してくださいませ」




シュリは、最後の最後迄、拒否の姿勢を崩さず頑張ってはいたが、そこはそれ、メイド家業の長いエマだ、まるで子供の様に嫌がり逃げようとするシュリに、まんまときらびやかな王子様服を、着せたのだった。












「ギャッハッハッハッ~」


寝ていた筈のロイが、エマが出て行ってすぐに、ムクリと起き上がって来て、シュリを見た第一声が、この大爆笑だった。


「なはははは~!! さすが!! 魔術師! いょっ! 馬子にも衣装ってのはこーゆー事を言うんだなっ!!」


ナハナハとお腹をよじらせ、ソファーでのたうち回って笑うロイに、シュリは拳を握り締めて怒りに耐えていた。

白地に金の刺繍の衣装は、シュリの屋敷の書庫に有る、地球の書物に書かれている、中世ヨーロッパの衣装にとても酷似していた。

そう、彼は正に王子様だった。



「ロイ、きさま…… 。どうやら死にたい様だな…… 。いや、殺しても死なないから痛い目か」



低く地を這う様なシュリの言葉と声に、ロイは馬鹿笑いをピタリと止めた。

ドスン……… 。

いつの間に現れたのか、ロイの身体スレスレに巨大な本が落とされている。

身体スレスレの所で、銀の意匠が張り付く形で、やけに冷たい。

身体が冷える。

首だけ捻って本を見ると、本が冷たい意味が解った。

ロイが、喉を鳴らして唾を飲み、次にシュリを見る。

ほっと安堵出来たのは、シュリが怒りの表情を作って見せている事だ。 

彼が本気なら、表情など作らないのだ。

ロイは経験上それを知っている。 


「笑わない……。笑わないから、お願いシュリ、この、魔術書グリモワール退けて…… 。怖いよぉ、コレ、寄りによって『ネクロノミコン』じゃないかぁ~」


半ベソ状態で、魔術書を指差しながらロイは、シュリに必死の形相で懇願した。

黒い毛皮で被われているロイの必死の形相などたかが知れてはいるが、見ていてじつに面白い。

シュリはと言うと、そんなロイに脅しとばかりに無表情な顔を作って、ロイを見ている。


そして、ようやく口を開いた第一声が。


「お願いします……だ。ロイ」

「うっ……。お願いします……。シュリ」


オウム返しの様に呟くロイに、シュリは口元をわずかに吊り上げると、ロイの身体スレスレで突き立てた魔術書を退けて、それを取り出した亜空間に納めた。

ロイは、魔術書が無くなると安堵の息を吐いてよろよろと起き上がり、ブルッと身体を奮わせて、シュリを見上げた。

じっとシュリを見つめる瞳が、フッと和む。

何度か見た事があるシュリの魔術師や黒騎士の正式な衣装。

それを彷彿とさせる今回の衣装。

ここまで華美では無かったが、魔術師の衣装に至っては、白を基調としているところは同じ。

それと照らし合わせると、今の衣装は決して似合っていないと言う訳ではなかった。

むしろ、似合いすぎていると、言った方がいい。

魔術師と白を基調とした彼らの正装とは。



ザイラスでは、魔術師と魔女と呼ばれる者は、王族と謁見する時、白の魔術師の制服を着用する事が、義務付けられていた。

勿論、黒騎士、白騎士も同じだ。

それを考えれば、今回着るお仕着せ等、慣れた物だ。

シュリとしては、魔術師の衣装ですら苦手だったらしいのだが。


── それにしても、この国のシンボルカラーが『白』だったとはね……。出来過ぎた偶然だ』──


シュリは自分の着ている服を見下ろすと、溜め息を吐いた。


 

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