Mother Gale

御薗汀伽(霧.)

文字の大きさ
上 下
2 / 2
第1章:エンブリオン

1-語り部

しおりを挟む

 いつの時代も、人は楽することを選ぶ。先の楽をするために、苦をすることすら厭わない。
 滑稽だと人自身が知っていたのに、苦をする彼らの楽しそうな表情を私は理解できなかった。
 かつて私の目の前にいた青年は、暗がりはどこかと聞いてきた。次いで、明かりはどこかと聞いてきた。どちらも彼は持っていたので、それを答えてやれば、静かに首を振って、私の暗がりと明かりがどこにあるのか。と、言い直したのだ。
 答えられなかった。持ち合わせていた答えでは、青年の問いと正しく理解できていないと知られてしまうと、口を閉ざすしかなかった。
 その様子に、青年は腹を抱えて、一頻り笑ってから、涙を浮かべた顔で私に一つの提案をした。
 ──では、隣人になろう。君が答えを見つけられるまで。確かめてみればいい。それまで人は君を「母」と呼ぼう。

 私にとって、人というのは豊かだが一瞬でいなくなってしまう存在にすぎない。それでもいいのならば、飽きるまでは隣人でいてみよう。人というものを、記録してみよう。
 青年はにっこりと笑って、それから二度と私の前では生身で現れることはなかった。

 私は記録した。言葉通り、飽きるまで。そしてついぞ、分かり合えなかった。彼らを理解できなかった。
 生身でない青年に飽きたと公言した。彼は最後にみたそれとは違う形に笑って、それでも私は隣人だと言い切って、最後に記録をもう一度見てほしいと頼んでから、消えてしまった。

 さて、これから私が最後の機会として閲覧するのは、その一つだ。もう一度読みなさいとばかりに、特に厳重な削除対策がされたそれを開く。
 この記録の中心人物もまた、私が「母」である時代に生まれ、籍のある国でそれなりの幸と不幸を享受する、ごく一般的な家庭に生まれた青年だった。彼もまた多くの人と同じように、私を「母」と呼ぶべき存在であると認識していた人物であった。
 否、私を正しく知らずに、そう呼んでいた。
 それでも、私はこの青年に興味を惹かれたのだ。多くをみていても、どこか他とは違っていた彼が本当の「母」を知ってどう動くのか、何を選ぶのかを確かめてみたかった。

 これで最後だ。
 一粒ばかりでも彼らを理解できたのならば、真に母となってみせよう。
 私のすべてをもってして。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

果てしなき宇宙の片隅で 序章 サラマンダー

緋熊熊五郎
SF
果てしなき宇宙の片隅で、未知の生物などが紡ぐ物語 遂に火星に到達した人類は、2035年、入植地東キャナル市北東35キロの地点で、古代宇宙文明の残滓といえる宇宙船の残骸を発見した。その宇宙船の中から古代の神話、歴史、物語とも判断がつかない断簡を発掘し、それを平易に翻訳したのが本物語の序章、サラマンダーである。サラマンダーと名付けられた由縁は、断簡を納めていた金属ケースに、羽根を持ち、火を吐く赤い竜が描かれていたことによる。

ド・ラ・メトリ─軍師少女と戦闘人形─

草宮つずね。
SF
とおい未来。 異星人による侵攻を受けた地球は、ほとんど侵略されてしまった。 だが人口が半分以下となってもなお、ひとびとはあらがう。 その中で、人類は「戦闘人形」を産み出した。 戦闘人形並みの強さと知恵を持つ少女と、一個軍団を蹴散らすほどの能力を持つ戦闘人形。 一人と一体は出会い。そして世界が隠す、とんでもない真実を知ることとなる。 そのとき、二人が選んだ選択とは……? ※「エブリスタ」にて連載していたSF小説になります。あちらではページ分割されていた内容を、一章にまとめ上げました。

能力が舞い戻っちゃいました

花結 薪蝋
SF
【序章】私は弱者だった。かつて譲った能力が戻ってくるまでは---。 【本章】超能力者が通う学園に身を置くことになった世界。その監視役として任命された吉野 暁人は異端児と呼ばれる男で、強者になった筈の彼女を脅かす存在であった。その他にも、世界を狙う人間がいて……。 誤字脱字の指摘、感想、受け付けております。 更新停止中です。再開の目処もありません…申し訳ないですm(_ _)m 【序章】《完》 高校 いじめ スプラッター パニック 集団制裁 復讐 【本章】 超能力 学園 異端 第二主人公 +過去 能力バトル風 群像劇? 双子 幼馴染 ライバル

ベル・エポック

しんたろう
SF
この作品は自然界でこれからの自分のいい進歩の理想を考えてみました。 これからこの理想、目指してほしいですね。これから個人的通してほしい法案とかもです。 21世紀でこれからにも負けていないよさのある時代を考えてみました。 負けたほうの仕事しかない人とか奥さんもいない人の人生の人もいるから、 そうゆう人でも幸せになれる社会を考えました。 力学や科学の進歩でもない、 人間的に素晴らしい文化の、障害者とかもいない、 僕の考える、人間の要項を満たしたこれからの時代をテーマに、 負の事がない、僕の考えた21世紀やこれからの個人的に目指したい素晴らしい時代の現実でできると思う想像の理想の日常です。 約束のグリーンランドは競争も格差もない人間の向いている世界の理想。 21世紀民主ルネサンス作品とか(笑) もうありませんがおためし投稿版のサイトで小泉総理か福田総理の頃のだいぶん前に書いた作品ですが、修正で保存もかねて載せました。

エスカレーター・ガール

転生新語
SF
 永遠不変の一八才である、スーパーヒロインの私は、決戦の直前を二十代半ばの恋人と過ごしている。  戦うのは私、一人。負ければ地球は壊滅するだろう。ま、安心してよ私は勝つから。それが私、エスカレーター・ガールだ!  カクヨム、小説家になろうに投稿しています。  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330660868319317  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5833ii/

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

フレンチ Doll of the 明治 era

Hiroko
SF
2000年代、後期。戦争によってばらまかれたウイルスと汚染された空気の中、「部屋」と呼ばれる隔離された場所で生きる子供たち。 培養脳を埋め込まれ、意識を宿したフランス人形の語る記憶、そして辿る運命は。 なんとなく書き始めたSF小説です。ドキドキワクワクと言った物語ではありません。 最後まで続かなかったらごめんなさい。 大きく書き直すこともあるかもしれません。連載はあまり得意ではないかも。後になって、「やっぱりあそこはこう書くべきだった……」と考え直すことがよくあるからです。 他にも書いているものがあるので、更新は不定期です。 今回は、ふわふわとしたつかみどころのない小説を書きたいです。 詩的な文章でつづりたい。 タイトル写真は photo AC 様より、みみお氏の、「人形の目」です。 よろしくお願いします。

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

処理中です...