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第四章:想う心と○○な味の……
(29)
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ドアに額をくっつけて項垂れていたら、隣の家のドアが開く音がした。
何気なくそちらを見遣ると、家の中から出てきた女性と目が合ってしまう。
彼女は少し怪訝そうに俺を見ていて、どうにも気まずい。
――そりゃ、怪しいよな俺。
仕方なく会釈すると、むこうも小さく返してくれた。
「あの、お隣の……、篠崎さんは、この前引越しされましたけど……」
――え?
一瞬、耳を疑った。俺の聞き間違いか……でなければ、この人が何か勘違いしているんだと思った。
だけど続けられた言葉に、これが認めざるを得ない現実だと知らされる。
「急だったみたいで、荷物を運び出すのも、代理の方が立ち合っておられましたが……」
どうして……こんな急に……。絶望感で頭がいっぱいになって、ぐらりと周りの景色が揺れる気がした。壁に手をつき身体を支えていないと、その場に倒れてしまいそうだった。
「あの、引越ししたのはいつですか?」
「えーと、いつだったかな……。一週間以上は前だったと思います……」
――俺がインフルエンザで、ずっとバイトも休んでいた頃だ……。
「あ、あのすみません、もしかして連絡先とかご存知ないですか?」
「え、いえ、そこまでは…… あ、でも転勤で関西の方に行くと仰っていましたよ」
――転勤……?
「あ、あの……! どちらの会社に勤めていたかご存知ですか?」
「……え? いえ、そんなにお話しをした事はありませんので……」
俺は、思わず前のめりに詰め寄って、矢継ぎ早に質問攻めにしてしまっていた。どんな小さな情報でもいいから欲しい。
「関西のどこに行ったのか分かりませんか? 大阪とか、神戸とか、京都とか……」
「……すみません……、分からないんです」
そう言って、隣人は僅かに後退った。
彼女が困惑した表情を浮かべていることに漸く気付いて、俺は、はっと我にかえった。こんな初対面で得体の知れない男に詰め寄られたら、怖いにきまってる。
「そうですか……。すみません、教えていただいてありがとうございました」
「いえ……、じゃ、私はこれで」
会釈をして立ち去っていく女性の後ろ姿に、俺はもう一度「ありがとうございました」と言って、深々と頭を下げた。
隣人がいなくなった後は、やけに辺りが、しん、と、静まり返っている気がした。
頭の中はグチャグチャしていて、考えがまとまらなかった。
――結婚……じゃなくて、転勤……なのか?
どちらかは分からないけど、ここに透さんはいないのは確実なわけで……。
「……なんでっ……、」
ドアを軽く拳で叩いて、何気なくドアノブに触れると……動いた……。
――鍵が開いてる!
そっとドアを開いて、恐る恐る中に入っていってみる。
玄関で靴を脱ぎ廊下の突き当りのドアを開ける。そこは、ガランとした広いリビング。
一緒に食事をしたテーブルも、ケーキを食べて初めてのキスをしたソファーも、何もかも……なくなっていた。
「なんで……」
あのすれ違ってしまった夜、透さんはどうして俺に会いにきてくれたんだろう。
関西に行く前に、別れを言いに来たんだったら…?
もう、この先会う事もなくなるだろうからって……。
俺は……
「このまま会えないなんて……嫌だよ……」
透さんは、それでも平気なのか……。
哀しいのに、涙も出ない。
もう、透さんの匂いも思い出す物も何もない部屋で、ただ立ち尽くすことしか出来ずにいる。
抱きしめた腕の中の紙袋が、カサッと小さく音をたてた。
何気なくそちらを見遣ると、家の中から出てきた女性と目が合ってしまう。
彼女は少し怪訝そうに俺を見ていて、どうにも気まずい。
――そりゃ、怪しいよな俺。
仕方なく会釈すると、むこうも小さく返してくれた。
「あの、お隣の……、篠崎さんは、この前引越しされましたけど……」
――え?
一瞬、耳を疑った。俺の聞き間違いか……でなければ、この人が何か勘違いしているんだと思った。
だけど続けられた言葉に、これが認めざるを得ない現実だと知らされる。
「急だったみたいで、荷物を運び出すのも、代理の方が立ち合っておられましたが……」
どうして……こんな急に……。絶望感で頭がいっぱいになって、ぐらりと周りの景色が揺れる気がした。壁に手をつき身体を支えていないと、その場に倒れてしまいそうだった。
「あの、引越ししたのはいつですか?」
「えーと、いつだったかな……。一週間以上は前だったと思います……」
――俺がインフルエンザで、ずっとバイトも休んでいた頃だ……。
「あ、あのすみません、もしかして連絡先とかご存知ないですか?」
「え、いえ、そこまでは…… あ、でも転勤で関西の方に行くと仰っていましたよ」
――転勤……?
「あ、あの……! どちらの会社に勤めていたかご存知ですか?」
「……え? いえ、そんなにお話しをした事はありませんので……」
俺は、思わず前のめりに詰め寄って、矢継ぎ早に質問攻めにしてしまっていた。どんな小さな情報でもいいから欲しい。
「関西のどこに行ったのか分かりませんか? 大阪とか、神戸とか、京都とか……」
「……すみません……、分からないんです」
そう言って、隣人は僅かに後退った。
彼女が困惑した表情を浮かべていることに漸く気付いて、俺は、はっと我にかえった。こんな初対面で得体の知れない男に詰め寄られたら、怖いにきまってる。
「そうですか……。すみません、教えていただいてありがとうございました」
「いえ……、じゃ、私はこれで」
会釈をして立ち去っていく女性の後ろ姿に、俺はもう一度「ありがとうございました」と言って、深々と頭を下げた。
隣人がいなくなった後は、やけに辺りが、しん、と、静まり返っている気がした。
頭の中はグチャグチャしていて、考えがまとまらなかった。
――結婚……じゃなくて、転勤……なのか?
どちらかは分からないけど、ここに透さんはいないのは確実なわけで……。
「……なんでっ……、」
ドアを軽く拳で叩いて、何気なくドアノブに触れると……動いた……。
――鍵が開いてる!
そっとドアを開いて、恐る恐る中に入っていってみる。
玄関で靴を脱ぎ廊下の突き当りのドアを開ける。そこは、ガランとした広いリビング。
一緒に食事をしたテーブルも、ケーキを食べて初めてのキスをしたソファーも、何もかも……なくなっていた。
「なんで……」
あのすれ違ってしまった夜、透さんはどうして俺に会いにきてくれたんだろう。
関西に行く前に、別れを言いに来たんだったら…?
もう、この先会う事もなくなるだろうからって……。
俺は……
「このまま会えないなんて……嫌だよ……」
透さんは、それでも平気なのか……。
哀しいのに、涙も出ない。
もう、透さんの匂いも思い出す物も何もない部屋で、ただ立ち尽くすことしか出来ずにいる。
抱きしめた腕の中の紙袋が、カサッと小さく音をたてた。
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