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新婚浮かれモード
73.浮かれデート冬日和
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鼻先を湿らす澄んだ空気と、雪を溶かすような淡い黄色の日差しが交差するのは真冬特有のもので、一年の中でも特に好きな天気である。
そんな空を眺めながらブランケットに包まれた真紘はまったりとお茶を飲む。茶葉はオリジナル配合。タルハネイリッカ領で摘んだ薬草を天日干しした物で、味は緑茶とハーブティーを混ぜたようなものだ。
大きなたんぽぽの綿毛のようなものが目の前を通過していく。
一月も半ばだというのに見ているこちらの方が寒くなりそうなほど重盛は薄着だった。
体が変化して平熱が上がった気がする、というのも本当らしい。彼のおかげで湯たんぽが要らぬほど布団の中はすぐに暖かくなる。
「シャツ一枚なんて信じられない……」とわざとらしく震えてみる。
「天然のファーがついているので」
尻尾を振った重盛は鼻歌混じりにベランダへ出て行った。
窓を隔てて目が合ったので手を振る。
重盛はこちらに手を振ったりポーズを決めたりしながらも洗濯物を干していく。アイドルのファンサービスというよりもリズム芸人のような振舞いに真紘は吹き出して笑った。
初めて洗濯物を担当した重盛が真紘の下着を握りしめて縮んでしまったと耳を折り畳んで嘆く姿を思い出す。
勿論、下着は縮んでなどいなかったし、真紘の腰が重盛の想像以上に細かっただけだった。
こんな布切れだけで真紘の大事なところを守れるわけがない、と絶叫する重盛を家から放り出したのも今となっては笑い話だ。
王都に戻ってからは担当制を廃止。料理を教わったり掃除に便利な魔法を教えたりと共同作業が増えている。
これは一人になるための準備ではなく、単純に二人でやった方が楽しく、ゆっくりできる時間も増えるという真紘からの提案だった。
ブランケットを肩に巻き付けてベランダに出ると、いたずらな風が服の中を駆け抜けていった。
「ありゃ、ぬくぬくしてて良かったのに」
「一緒にやりたくなったんだ。早く終えて一緒にぬくぬくしよ」
「冬限定のお菓子のCMみたいなこと言うじゃん……。青空の下が似合いすぎる。撮影したい。カメラ持って外出れば良かった」
「君は本当にブレないなぁ」
白いシーツがパタパタと風に吹かれシャボンの良い香りがする。
年明け早々に事件に携わり気分が沈むこともあったが、今日という日常がどれほど尊く有難いものなのか、これから魔法とどう向き合っていくべきなのかを再確認するきっかけにもなった。
「重盛も今日は一日予定なかったよね?」
「うん。家でゴロゴロしてもいいし、買い物があれば付き合うよ」
「じゃあさ、僕とデートしない?」
「一番俺が喜ぶ誘い方しやがって……! きゅんときた!」
「ふふん、もっと喜んで! なんとクルーズトレインに同乗するパティシエさんの二号店オープン記念チケットも準備してます。更に好きなケーキ三個までお持ち帰り可」
「い、イケメンすぎ……っ!」
真紘はお姫様抱っこされながら満足そうに口角を上げる。
エスコートするつもりでベランダに降り立ったはずが、いつの間にかいつもの調子になっていたことに気付いたのは、風に靡く開店祝の旗を見てからだった。
煉瓦色の起毛ニットに黒のスラックス。カジュアルなカーキのキルティングコートは真紘が積極的に選ばな色合いで、菓子の並ぶショーウィンドウに映る自身が新鮮だった。
隣で目を輝かせている重盛は薄手の白いハイネックのニットと白いスラックス。キルティングコートはアイボリーで、尻尾と耳との色合いも良い。
「真っ白で雪ん子みたいだ」と言うと「久しぶりにじーさんみを感じた」と笑われた。
キラキラと宝石のように輝く菓子はどれも魅力的で、目移りしてしまう。
「ああ~どれも美味しそうで選べない。真紘ちゃん、三個まで無料ってことは、オーバーした分のお代払えば何個でもいいってこと?」
「申し訳ございません、本日は数に限りがございますので、皆様に三個までとお願いしております。気に入って頂けましたら是非またいらしてください」
若い女性店員はクスクスと笑う。
「そのための優待チケットだから今日は我慢して。僕は別のやつを選ぶから半分こしよう。そうしたら六個味わえるでしょう?」
「ありがとう。あーあ、ショーケースの中にお前が入ってたら一択なのにな」
「さらっと怖いこといわないでよ……。お菓子には見えないし、偽物とかいうレベルじゃない。待てよ? もしかして君って僕のこと捕食対象なの……? 食べるところ少なくて美味しくないと思うけど」
「そっちのがさらっと怖いこと言ってるって! 俺の胃袋は人間仕様だっつーの。獣化しても玉ねぎ食えるし」
「イヌ科はネギ食べると中毒症状出るもんね。気にせず色々食べれるなら良かった」
「いやいや、俺達何の話してんの? お姉さんドン引きしてない?」
営業スマイルを浮かべる店員に見守られながら二人はケーキを六個選んだ。
散歩がてら近くの公園訪れてみると、ベンチの下や木陰には先日降った雪が少し残っていた。
新聞の週刊予報によれば積雪は来週以降らしい。まだ猶予はある。
今日も雪かき用のスコップや手押し車などが売りに出されているのを何度も見かけた。
「僕達も除雪グッズ買っておこうか? もう少ししたらもっと雪が降るのかな。やっぱりリアースの気候はほとんど地球と変わらないね」
「そうだな。でもその頃にはもう俺達王都にいないかも」
「確かに。じゃあスコップはまた今度でいいか。忘れない内に旅用のトランクにまっぽけ付けておかないと」
クルーズトレインのプレランは予定通り行われることになった。
ブランシュを亡くしたベレッタ家の当主はあれから体調を崩し床に伏せっている。
東行はベレッタ家、西行はバロン家が同乗するため、ベレッタ家からは当主の代わりに次男が参加すると招待券を持ってきた麻耶から聞かされた。
キルタ元神官の代わりに同行する神官は、不祥事の後始末も兼ねて位の高い王城付き神官から選ばれるようだ。
ポカポカとした日差しの中、重盛はケーキの箱を解体して皿代わりに広げる。
ショートケーキ、チーズケーキ、フルーツタルト、ガトーショコラ、オペラ、ティラミス。
キラキラと光を反射する飴細工が乗った宝石箱のようなそれはどれも美味しそうだった。
「まさかここで全部食べるつもり?」
「真紘ちゃんが食えるなら」
「もう箱破いちゃったじゃないか。完食できると思うけどお昼ご飯はいいかな。それにしても、どれもキラキラしていて綺麗だねぇ」
「ねぇー。お菓子は見た目も楽しめていいな。勿体ないけど全部半分にするぞ。食べきれなかったら俺が食べるから具合悪くなる前に言ってね」
「過保護だな、大丈夫だよ――」と言ってケーキを完食したのは一時間前。
最後のケーキを食べて口元を抑えているのはなぜか重盛の方だった。
眉間に皺を寄せて水を大量に飲む彼は唸っている。
「何か苦手な食材でも入ってたの?」
「……いや、俺、基本的に好き嫌いないけど、最後のやつだけ何か味が好みじゃなかったというか……」
「一番甘さ控えめのティラミスか。上に乗ってたカラメルのパリパリした感触が面白かったけど、そんなに人を選ぶような味だったかな?」
「そのパリパリが問題でさ、マジの宝石かってくらいつるんとしてたじゃん。あれ、何でか分かんないけどすんごい量の着色料っぽいの入ってる。でも多分鼻の利く獣人じゃないと分からないと思う。めちゃくちゃ甘ったるい花、フラワァ~って感じ。真紘ちゃんは平気?」
「うん、平気。そうだったんだね。これ全部オーナーさんが作ってるらしいけど、こういうのって伝えた方がいいの? でもオープン記念なのに味に関してネガティブなこと言われたら嫌だよね。衛生面で問題があるわけでもないし……」
「俺があの店のオーナーの立場だったら言ってもらった方が助かるけど、見た目重視であえてそうしてる可能性もあるしなぁ。獣人にはオススメできないけど、他のやつは超美味かったから。今回はただの一顧客だしさ」
「なんだかごめんね。僕と違って重盛は五感が鋭くなっているから色々大変なのに気軽にあれもこれもと誘ってしまって……」
両手を合わせて頭を下げると重盛は慌てて手を振った。
「真紘ちゃんが謝る必要全然ないって! 着色料の味もカレー味のもん食ったら全部カレーになっちゃうみたいな感じで、食べてしんどくなったわけじゃないから! 心配させてごめんね」
お互いがペコペコと頭を下げるので、真紘は堪らずクスクスと笑ってしまった。
「僕はこっちの世界に来てから胃腸も強くなったし、沢山食べれるようになったんだ。風邪も引いていないし、君を支えるために健康体になったのかも。いつも重盛が色々してくれるからこういう時くらい恩返しさせてよ」
「お、おお……今日のカッコよさぶっちぎってるな……」
「それは良かった。じゃあデート切り上げて帰ろうか」
「えっ、それはやだやだ!」
「こーら、ベンチにしがみつかないの。抱き着くならこっち」
両手を広げると、重盛は一瞬で懐に飛び込んで来る。
散歩をしている老夫婦がこちらを見て微笑む。真紘が照れ笑いを浮かべると、そっくりな笑みが二つ返って来た。
「ねえ、でも重盛さんもそろそろ寒いんじゃない?」
「寒くない、まだデートしたい」
「さ、寒いと思うなぁ」
「上着貸そうか?」
「はぁ、寒くて思考も鈍ってるんじゃないの、この鈍ちん……。お家デートしようって言ってるのに……」
真紘がぷくりと頬を膨らませると、重盛は尻尾を勢いよく振った。ベンチ横の枯葉が宙を舞う。
「ははん、なるほど。真紘さん渾身のスケベなお誘いだったわけか」
「は、はあー⁉ どうしてそうなるの! 家に帰って一緒に旅行の準備したり集めた資料を見ながら行きたいお店や名所を決めたりしようよってことだよ……」
「ホントに? その後は?」
「後? 後は……お夕飯を食べてお風呂入って」
「入って?」
「寒くなくなるまで、温かくして、寝る……」
「直接的な言葉よりエロいな……」
「う、うるさい! 気付いてるのに分かんないフリしないでよ! もういい、鼻グスグスの人は早寝早起き、これ我が家に伝わる秘伝の薬なり!」
「わははっ、また変なキャラ出てる。でもなんか話してたらにおいも気にならなくなってきた。サンキュー」
「それは何より、どういたしまして……」
「帰ったら重盛君も誠心誠意、恩返ししますっ」
ハートを手で作ってウインクと飛ばされる。
真紘はうわっと声を上げて仰け反った。
「わははっ、避けんな」
「全然誠意を感じられない。身の危険を感じる」
「照れんな照れんな。さあ、俺達の愛の巣に帰りましょーねー」
「やっ、いやだ!」
本日二度目のお姫様抱っこ。じたばたと形だけ抵抗してみせるが、苦しんでいる表情よりニヤケ面の方がまだ良いか、と徐々に思考が傾いていく。
真紘だって白景色の中に溶け込む重盛を見て写真を撮りたいと思った。
今日もケーキ屋の店員は皆彼を見ていた気がするし、街行く中で真紘の知らない知人に何度も声をかけられた。
交友関係の広さは重盛の懐の深さの表れのようで勝手に誇らしくも思っている。
しかし、それ以上にひとり占めしたい気持ちが大きい。
年が明けてからも多忙で、ずっと子供がじゃれつくような触れ合いしかしてこなかったため、はっきり言ってしまえば真紘は欲求不満であった。
実のところ朝からずっと早く日が暮れて欲しいと思っていた。
「いつも君ばかり余裕そうで悔しい。ちゃんと楽しんでほしかったのに僕のリサーチ不足だよ……」
「喜ぶと思ってサプライズしてくれたんでしょ。大成功、嬉しかったよ。ありがとね。それにいつも余裕があったら俺もこんな風に半分冗談な感じで揶揄わないっしょ。まあ、流石に真紘ちゃんの火の玉ストレート喰らったらイチコロよ」
「ふーん。じゃあ、ストレート投げてみようかな……」
真紘は腕を伸ばし、重盛の頭を抱きかかえるようにして耳元で囁く。
「外じゃできないこと、お家でいっぱいしたいから、早く連れて帰ってよ」
熱に浮かされた耳の先と頬は、ブラウニーにラム酒が入っていたせい。
重盛が好みそうな穏やかな笑みを浮かべ、ちゅっと頬に口づけを落すと、彼は見たことのないくらい顔を真っ赤に染めて震え出した。
「うわぁ、イチコロって本当だったんだ」
「くっ……俺嘘つかないタイプの狐なんでぇー……」
「それで返事は?」
「もう、だあーっ! 新婚ってやべぇな!」
吠えるように答えた重盛は真紘を抱えたまま跳躍して屋根の上を走る。
長い銀色の髪が横に流れて額が露になった。
「重盛は僕に甘いなぁ。今日食べたどのケーキよりも甘い」
「そうだよ、文句あんの」
「ますますメロメロになっちゃうなぁ」
「煽りまくりやがってちくしょう!」
「あははっ!」
移動中で手出しできないのをいいことに、真紘は上下する重盛の喉元を軽く吸った。
ひえっと悲鳴を上げ、全身の毛を逆立てた夫の様子に満足して鼻歌を奏でる。
帰宅してから返り討ちにされることを考慮し行動しなければならないと反省したのは、喉がカラカラに渇いて起きた翌日の昼になってからであった。
そんな空を眺めながらブランケットに包まれた真紘はまったりとお茶を飲む。茶葉はオリジナル配合。タルハネイリッカ領で摘んだ薬草を天日干しした物で、味は緑茶とハーブティーを混ぜたようなものだ。
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一月も半ばだというのに見ているこちらの方が寒くなりそうなほど重盛は薄着だった。
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「天然のファーがついているので」
尻尾を振った重盛は鼻歌混じりにベランダへ出て行った。
窓を隔てて目が合ったので手を振る。
重盛はこちらに手を振ったりポーズを決めたりしながらも洗濯物を干していく。アイドルのファンサービスというよりもリズム芸人のような振舞いに真紘は吹き出して笑った。
初めて洗濯物を担当した重盛が真紘の下着を握りしめて縮んでしまったと耳を折り畳んで嘆く姿を思い出す。
勿論、下着は縮んでなどいなかったし、真紘の腰が重盛の想像以上に細かっただけだった。
こんな布切れだけで真紘の大事なところを守れるわけがない、と絶叫する重盛を家から放り出したのも今となっては笑い話だ。
王都に戻ってからは担当制を廃止。料理を教わったり掃除に便利な魔法を教えたりと共同作業が増えている。
これは一人になるための準備ではなく、単純に二人でやった方が楽しく、ゆっくりできる時間も増えるという真紘からの提案だった。
ブランケットを肩に巻き付けてベランダに出ると、いたずらな風が服の中を駆け抜けていった。
「ありゃ、ぬくぬくしてて良かったのに」
「一緒にやりたくなったんだ。早く終えて一緒にぬくぬくしよ」
「冬限定のお菓子のCMみたいなこと言うじゃん……。青空の下が似合いすぎる。撮影したい。カメラ持って外出れば良かった」
「君は本当にブレないなぁ」
白いシーツがパタパタと風に吹かれシャボンの良い香りがする。
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「重盛も今日は一日予定なかったよね?」
「うん。家でゴロゴロしてもいいし、買い物があれば付き合うよ」
「じゃあさ、僕とデートしない?」
「一番俺が喜ぶ誘い方しやがって……! きゅんときた!」
「ふふん、もっと喜んで! なんとクルーズトレインに同乗するパティシエさんの二号店オープン記念チケットも準備してます。更に好きなケーキ三個までお持ち帰り可」
「い、イケメンすぎ……っ!」
真紘はお姫様抱っこされながら満足そうに口角を上げる。
エスコートするつもりでベランダに降り立ったはずが、いつの間にかいつもの調子になっていたことに気付いたのは、風に靡く開店祝の旗を見てからだった。
煉瓦色の起毛ニットに黒のスラックス。カジュアルなカーキのキルティングコートは真紘が積極的に選ばな色合いで、菓子の並ぶショーウィンドウに映る自身が新鮮だった。
隣で目を輝かせている重盛は薄手の白いハイネックのニットと白いスラックス。キルティングコートはアイボリーで、尻尾と耳との色合いも良い。
「真っ白で雪ん子みたいだ」と言うと「久しぶりにじーさんみを感じた」と笑われた。
キラキラと宝石のように輝く菓子はどれも魅力的で、目移りしてしまう。
「ああ~どれも美味しそうで選べない。真紘ちゃん、三個まで無料ってことは、オーバーした分のお代払えば何個でもいいってこと?」
「申し訳ございません、本日は数に限りがございますので、皆様に三個までとお願いしております。気に入って頂けましたら是非またいらしてください」
若い女性店員はクスクスと笑う。
「そのための優待チケットだから今日は我慢して。僕は別のやつを選ぶから半分こしよう。そうしたら六個味わえるでしょう?」
「ありがとう。あーあ、ショーケースの中にお前が入ってたら一択なのにな」
「さらっと怖いこといわないでよ……。お菓子には見えないし、偽物とかいうレベルじゃない。待てよ? もしかして君って僕のこと捕食対象なの……? 食べるところ少なくて美味しくないと思うけど」
「そっちのがさらっと怖いこと言ってるって! 俺の胃袋は人間仕様だっつーの。獣化しても玉ねぎ食えるし」
「イヌ科はネギ食べると中毒症状出るもんね。気にせず色々食べれるなら良かった」
「いやいや、俺達何の話してんの? お姉さんドン引きしてない?」
営業スマイルを浮かべる店員に見守られながら二人はケーキを六個選んだ。
散歩がてら近くの公園訪れてみると、ベンチの下や木陰には先日降った雪が少し残っていた。
新聞の週刊予報によれば積雪は来週以降らしい。まだ猶予はある。
今日も雪かき用のスコップや手押し車などが売りに出されているのを何度も見かけた。
「僕達も除雪グッズ買っておこうか? もう少ししたらもっと雪が降るのかな。やっぱりリアースの気候はほとんど地球と変わらないね」
「そうだな。でもその頃にはもう俺達王都にいないかも」
「確かに。じゃあスコップはまた今度でいいか。忘れない内に旅用のトランクにまっぽけ付けておかないと」
クルーズトレインのプレランは予定通り行われることになった。
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東行はベレッタ家、西行はバロン家が同乗するため、ベレッタ家からは当主の代わりに次男が参加すると招待券を持ってきた麻耶から聞かされた。
キルタ元神官の代わりに同行する神官は、不祥事の後始末も兼ねて位の高い王城付き神官から選ばれるようだ。
ポカポカとした日差しの中、重盛はケーキの箱を解体して皿代わりに広げる。
ショートケーキ、チーズケーキ、フルーツタルト、ガトーショコラ、オペラ、ティラミス。
キラキラと光を反射する飴細工が乗った宝石箱のようなそれはどれも美味しそうだった。
「まさかここで全部食べるつもり?」
「真紘ちゃんが食えるなら」
「もう箱破いちゃったじゃないか。完食できると思うけどお昼ご飯はいいかな。それにしても、どれもキラキラしていて綺麗だねぇ」
「ねぇー。お菓子は見た目も楽しめていいな。勿体ないけど全部半分にするぞ。食べきれなかったら俺が食べるから具合悪くなる前に言ってね」
「過保護だな、大丈夫だよ――」と言ってケーキを完食したのは一時間前。
最後のケーキを食べて口元を抑えているのはなぜか重盛の方だった。
眉間に皺を寄せて水を大量に飲む彼は唸っている。
「何か苦手な食材でも入ってたの?」
「……いや、俺、基本的に好き嫌いないけど、最後のやつだけ何か味が好みじゃなかったというか……」
「一番甘さ控えめのティラミスか。上に乗ってたカラメルのパリパリした感触が面白かったけど、そんなに人を選ぶような味だったかな?」
「そのパリパリが問題でさ、マジの宝石かってくらいつるんとしてたじゃん。あれ、何でか分かんないけどすんごい量の着色料っぽいの入ってる。でも多分鼻の利く獣人じゃないと分からないと思う。めちゃくちゃ甘ったるい花、フラワァ~って感じ。真紘ちゃんは平気?」
「うん、平気。そうだったんだね。これ全部オーナーさんが作ってるらしいけど、こういうのって伝えた方がいいの? でもオープン記念なのに味に関してネガティブなこと言われたら嫌だよね。衛生面で問題があるわけでもないし……」
「俺があの店のオーナーの立場だったら言ってもらった方が助かるけど、見た目重視であえてそうしてる可能性もあるしなぁ。獣人にはオススメできないけど、他のやつは超美味かったから。今回はただの一顧客だしさ」
「なんだかごめんね。僕と違って重盛は五感が鋭くなっているから色々大変なのに気軽にあれもこれもと誘ってしまって……」
両手を合わせて頭を下げると重盛は慌てて手を振った。
「真紘ちゃんが謝る必要全然ないって! 着色料の味もカレー味のもん食ったら全部カレーになっちゃうみたいな感じで、食べてしんどくなったわけじゃないから! 心配させてごめんね」
お互いがペコペコと頭を下げるので、真紘は堪らずクスクスと笑ってしまった。
「僕はこっちの世界に来てから胃腸も強くなったし、沢山食べれるようになったんだ。風邪も引いていないし、君を支えるために健康体になったのかも。いつも重盛が色々してくれるからこういう時くらい恩返しさせてよ」
「お、おお……今日のカッコよさぶっちぎってるな……」
「それは良かった。じゃあデート切り上げて帰ろうか」
「えっ、それはやだやだ!」
「こーら、ベンチにしがみつかないの。抱き着くならこっち」
両手を広げると、重盛は一瞬で懐に飛び込んで来る。
散歩をしている老夫婦がこちらを見て微笑む。真紘が照れ笑いを浮かべると、そっくりな笑みが二つ返って来た。
「ねえ、でも重盛さんもそろそろ寒いんじゃない?」
「寒くない、まだデートしたい」
「さ、寒いと思うなぁ」
「上着貸そうか?」
「はぁ、寒くて思考も鈍ってるんじゃないの、この鈍ちん……。お家デートしようって言ってるのに……」
真紘がぷくりと頬を膨らませると、重盛は尻尾を勢いよく振った。ベンチ横の枯葉が宙を舞う。
「ははん、なるほど。真紘さん渾身のスケベなお誘いだったわけか」
「は、はあー⁉ どうしてそうなるの! 家に帰って一緒に旅行の準備したり集めた資料を見ながら行きたいお店や名所を決めたりしようよってことだよ……」
「ホントに? その後は?」
「後? 後は……お夕飯を食べてお風呂入って」
「入って?」
「寒くなくなるまで、温かくして、寝る……」
「直接的な言葉よりエロいな……」
「う、うるさい! 気付いてるのに分かんないフリしないでよ! もういい、鼻グスグスの人は早寝早起き、これ我が家に伝わる秘伝の薬なり!」
「わははっ、また変なキャラ出てる。でもなんか話してたらにおいも気にならなくなってきた。サンキュー」
「それは何より、どういたしまして……」
「帰ったら重盛君も誠心誠意、恩返ししますっ」
ハートを手で作ってウインクと飛ばされる。
真紘はうわっと声を上げて仰け反った。
「わははっ、避けんな」
「全然誠意を感じられない。身の危険を感じる」
「照れんな照れんな。さあ、俺達の愛の巣に帰りましょーねー」
「やっ、いやだ!」
本日二度目のお姫様抱っこ。じたばたと形だけ抵抗してみせるが、苦しんでいる表情よりニヤケ面の方がまだ良いか、と徐々に思考が傾いていく。
真紘だって白景色の中に溶け込む重盛を見て写真を撮りたいと思った。
今日もケーキ屋の店員は皆彼を見ていた気がするし、街行く中で真紘の知らない知人に何度も声をかけられた。
交友関係の広さは重盛の懐の深さの表れのようで勝手に誇らしくも思っている。
しかし、それ以上にひとり占めしたい気持ちが大きい。
年が明けてからも多忙で、ずっと子供がじゃれつくような触れ合いしかしてこなかったため、はっきり言ってしまえば真紘は欲求不満であった。
実のところ朝からずっと早く日が暮れて欲しいと思っていた。
「いつも君ばかり余裕そうで悔しい。ちゃんと楽しんでほしかったのに僕のリサーチ不足だよ……」
「喜ぶと思ってサプライズしてくれたんでしょ。大成功、嬉しかったよ。ありがとね。それにいつも余裕があったら俺もこんな風に半分冗談な感じで揶揄わないっしょ。まあ、流石に真紘ちゃんの火の玉ストレート喰らったらイチコロよ」
「ふーん。じゃあ、ストレート投げてみようかな……」
真紘は腕を伸ばし、重盛の頭を抱きかかえるようにして耳元で囁く。
「外じゃできないこと、お家でいっぱいしたいから、早く連れて帰ってよ」
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重盛が好みそうな穏やかな笑みを浮かべ、ちゅっと頬に口づけを落すと、彼は見たことのないくらい顔を真っ赤に染めて震え出した。
「うわぁ、イチコロって本当だったんだ」
「くっ……俺嘘つかないタイプの狐なんでぇー……」
「それで返事は?」
「もう、だあーっ! 新婚ってやべぇな!」
吠えるように答えた重盛は真紘を抱えたまま跳躍して屋根の上を走る。
長い銀色の髪が横に流れて額が露になった。
「重盛は僕に甘いなぁ。今日食べたどのケーキよりも甘い」
「そうだよ、文句あんの」
「ますますメロメロになっちゃうなぁ」
「煽りまくりやがってちくしょう!」
「あははっ!」
移動中で手出しできないのをいいことに、真紘は上下する重盛の喉元を軽く吸った。
ひえっと悲鳴を上げ、全身の毛を逆立てた夫の様子に満足して鼻歌を奏でる。
帰宅してから返り討ちにされることを考慮し行動しなければならないと反省したのは、喉がカラカラに渇いて起きた翌日の昼になってからであった。
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