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旅の記録
55.人生の先輩
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真紘と重盛が休憩所にあった地図を広げて移動ルートを確認していると、シガレットケースを握りしめたブルームが一人で戻ってきた。
扉を開けて固まったブルームは、先ほどまで隠されていた真紘の尖った耳を見て口をポカンと開けている。
エルフが珍しいからか、救世主だと気付いたのか。真紘が首を傾げると、ブルームは物凄い勢いでシガレットケースを黒いパンツの後ろポケットに突っ込んだ。
「獣人と、エルフ……の、二人組……ッ!」
「あっ、はい。僕達の事情聴取ですよね。どこかへ移動しますか?」
「いいいいえ、私がそちらまで参ります」
ブルームは胸を抑えながらゾンビのような足取りで近くにあった椅子に腰かけた。腰かけたというよりも尻から落ちたと表現した方が正しい。
腰に帯刀している細い剣が肘置きに当たってカツンと間抜けな音を立てた。それは魔法が付与できるタイプの剣で、剣としての使用するというよりは自分が持っている杖に近いものだった。
真紘が剣に施されている細工に釘付けになっているのが面白くなかったのか、重盛は悪い笑みを浮かべて立ち上がり、空いている椅子を跨ぐようにしてどかりと腰かけた。
「あれれ~獣人が事件に絡んでると厄介だぁって俺達のことイジメて来た人じゃん。火気厳禁の看板があちらこちらにあんのに煙草、いいの?」
「こら、追い打ちをかけないの!」
真紘がキッと重盛を睨むと、なぜかブルームがヒィっと短い悲鳴を上げた。
「すみません。改めまして、僕は志水真紘でこちらが」
「重盛君でーす」
「……ブルーム・アジェントリと申します。この鉱山を山岳地帯を担当する冒険者ギルド、チャコット支部に所属しております。申し訳ございません。大変失礼な態度を――」
こちらの一挙手一投足に翻弄され、何度も垣間見える旋毛は既視感があった。出会った頃のノエルである。
しかし、タルハネイリッカ家は公爵であり、王族に継ぐ権力を持っていたため、すぐにマルクスやノエルとは対等な間柄になった。それ故に真紘と重盛は自分達に与えられた権限の強さに気付けないでいた。
ティアード一家の強盗事件もギルドと直接やり取りをしたわけではないので、知る機会がなかったが、ブルームの様子から、この世界において王直属という肩書は絶大な力を持っていることは想像するに難くない。
これはフードを被ったままの方が良かったのかもしれないと真紘は苦笑いを浮かべた。耳を人間の物に見せるくらいなら可能だが、とても疲れるため睡魔に襲われるのも早い。
真紘は眉を下げながら、できるだけ優しく語り掛けた。
「うーん、何のことでしょうか? 僕達はただの便利屋なのでさっぱり。だたの十九歳です」
「ただの十九歳でーす。もうすぐで二十歳の十九歳」
表向きの身分を証明するために真紘は懐から名刺を取り出してブルームに手渡した。
「お、お気遣いいただきありがとうございます」
「意地悪してすんませんねぇ。真紘ちゃん曰く俺達ただの便利屋の旅人らしいし、殺人事件は今のとこ専門外っぽいんだけど、巻き込まれたからには気になっちゃって。事件の詳細教えてくれません? ちょっとでいいから、お願い、お願い!」
顔の前で両手を合わせて懇願する姿は、ブルームからすればどちらにせよ脅しに近いものではないだろうか。
顔面蒼白になりながらダラダラ汗を流す彼には悪いが、真紘も事件の詳細は知りたかったので、重盛を咎めることはしなかった。
そして今回は特別にとブルームは事情聴取の内容を語り出す。
遺体の身元が判明した。
被害者は炭鉱の第三チームで働くグランピー・ラパンというドワーフ族の男。
バッシュフルの古くからの友人で、馴染みのバーで二人が口喧嘩をする姿を度々目撃されているが、それも日常茶飯事のことであり、別の鉱山から共に移ってくるほど仲が良かったようだ。
グランピーはバッシュフルと交代で新人教育を担当していて、最近入って来たセロンを指導していた。
同僚のパーシイとも仲が良く、彼の自宅で行われるホームパーティーに何度か参加していたという。
「ギルドに移動する前に本人確認と被害者に心当たりがないか聞き出しただけなので、判明しているのはこれくらいです」
「おいおい、あの場にいた全員と被害者、結構な繋がりがあったんじゃん」
「なぜ、身元がすぐに判明したのでしょうか? バッシュフルさんは気付いていたようですが、その、腰より上の損傷が酷く、親しい知人であっても個人を識別するのは難しいのではないかと……」
黒く焼け焦げた遺体を思い出し、真紘は目を伏せた。
ブルームはこういった現場に慣れているのか、先ほどのおどおどした態度から打って変わり、平然とした様子でポケットから袋を取り出した。
袋の中身を机に出すと、コロンとした銀色のロケットペンダントのようなものが表れた。
「あっ、これ、遺体のズボンのポッケからはみ出てたやつじゃね?」
「そうです。こうやって開くと中に写真が入っていて、ほら、グランピー氏、本人が写っています。ヴァイス氏に確認済みなので、間違いないかと」
ロケットは楕円形。親指の爪より一回り大きいくらいのサイズで、はめ込まれた小さな写真には、如何にもドワーフといったサンタ帽のような尖がった緑色の帽子をかぶった白髭の人物が写っていた。
かなり古い物なのか、ロケットは細かい傷が無数に付いていて、写真も陶器に写真を焼き込んだ物のようだ。市販では売っていないようなオーダーメイドの一品であることは一目瞭然であった。
このロケットペンダントを発見したため、バッシュフルは自分の友人だと分かったのだろう。
「こんな優しそうな人の最後があんなって、あんまりだよな……」
「うん……」
写真を見ても、あそこまで損傷が酷いと真紘には治せそうになかった。
さらに回復魔法自体が本人が持つ魔力を使って自然治癒力を高めているに過ぎないため、タルハネイリッカの事件では、ハンナの傷を治したというよりも塞いで見えなくしたと言った方が正しい。
それにもう二度と人の体を物として扱うことはしたくなかった。
「私はギルドに属して七年目ですが、こういった事件はそれなりに経験してきています。最初の頃は事件を担当する度に心が疲弊して、夢でも魘され、幾夜も飛び起きて、もうこの仕事を辞めようと何度も思いました」
「じゃあなんでブルームさんは今もこの仕事をしてんすか?」
「それは月並みですが、残された者の無念を晴らしたいと思ったからです。被害者の気持ちは知りたくても分かりません。残るのは遺族の悲しみや怒りだけですが、マイナスな感情に傾いている人間が事件を正しく解決できると思いますか? 必ず第三者として冷静に解決する人間が必要になる。その力を自分が持っているのに放棄して、楽な道を選ぶなど、私にはできませんので」
「かっけぇ! なんか高飛車な嫌な兄ちゃんかと思ってたけど、意外といい人じゃん」
ブルームは前髪を掻き上げ、得意気にふふんと鼻を鳴らした。
「そうでしょうとも。何が言いたいかと申しますとね、感情移入はほどほどにということです」
先ほど遺族の無念を晴らしたいと言っていたはずなのに、それは真逆のことなのではないだろうか。真紘と重盛は首を傾げた。
「第三者まで事件に肩入れし過ぎては、一番必要な客観性が保てなくなります。そうなれば視野が狭くなって大事な証拠を見落とすかもしれない。踏み込み過ぎない、第三者のままでいるというのが大事なのですよ。それが遺族のためにも、自分のためにも、未来の苦しむ誰かのためになるということです」
被害者の写真を見つめていたブルームはそっとロケットを閉じると袋にしまった。
そしてふっと息を吐いてこう続けた。
「見たところお二人はこういった現場に慣れていないようです。しかし、種族が違いますから、お二人は私よりも何倍も長い人生を歩むことになりますね。またいつかこの様な事件に遭遇することもあるでしょう。ですが、周りに非情だと言われようと、先ずは自身の心を守る行動を取ることをお勧めしますよ。どんなに力を得ても、いきなり心まで強くなるわけではないのですから、そういった目に見えないものは、ゆっくり育てていけばいいと思います」
救世主として望まれるままに力を貸してきた真紘と重盛だったが、こうして一人の青年として扱われたのは初めてだった。
素性を知ってもなお、人生の先輩としてアドバイスをくれる人は貴重だ。こんなにも早くブルームという人間に出会えたのも幸運だったのかもしれないと真紘は思った。
「ありがとうございます。確かに凄惨な現場を目の当たりにして、意識を引っ張られすぎていたかもしれません」
苦笑いを浮かべた真紘がそう答えると、ブルームはハッと大声を出した後、頭を抱えた。
「わ、私はまた上から目線で……。不躾な申し出なのは重々承知なのですが、今日あったことは上司には内密に願えませんか。自覚はあるのですが、口も人相も悪いので、王都から田舎に出向させられているのです。身から出た錆とはいえ、これ以上王都を離れては家の者と合わせる顔がありません……」
立ち振る舞いからブルームは貴族の出身なのではと思っていたが、ギルドは案外、体育会系の縦社会なのかもしれない。
根っこは悪い人じゃないのに勿体ない人だ。
情報提供と人生のアドバイスの礼代わりに、王都に帰ったら彼が王都に戻って来れるようにお願いしてみようか。真紘がそんなことを考えている内に、重盛はケタケタと笑い出した。
「大丈夫だって、今のとこギルドには行く予定ないし、チクる予定もないですよ。せっかく格好良かったのに最後だけ残念なの、ふっ、わははっ!」
「だ、駄目だよ! 本人を前にそういうこと言わないのっ」
「いや、それ真紘ちゃんも言ってるようなもんだぞ」
「あっ……」
がっくりとうな垂れるブルームは休憩所に戻ってきた時よりもさらに老け込んで見えた。
「よく言われますから気にしないでください。事件の話に戻りますが、遺体の死亡推定時刻が判明するまで、第一発見者である三名はギルド預かりになります。他に立て込んでいる事件もありませんし、さほど大きな街ではないので、被害者についても近日中には色々と判明すると思いますが、お二人は旅の途中でしたね、先に進まれますか?」
「いやぁ、流石に事の結末は知りたいし、急いでもないから街の宿に泊まろうかな。てか、一応俺らやヴァイスさんも容疑者じゃん、解放しちゃっていいわけ?」
「遺体があった場所は容疑者である三人が作業する際に絶対に通らねばならない場所です。三人の聴取には齟齬はありませんし、入った時は分岐点に横たわっていた被害者を誰も見ていません。ヴァイス氏はリン様を見送り、そのすぐ後にお二人を出迎えていますので、容疑からは外れますね。その間に第三作業場に入った不審者も目撃されていませんし、センサーも反応していないので――」
「ちょ、ちょい待って!」
「はい?」
「あの、リン様ってあの真っ赤っかな変な男だよな?」
「へ、変……。まあ確かに変わった方ではありますが、あの方はお二人の先輩と言えるお方ではないですか。まさかご存知なかったのですか⁉」
ブルームの言葉に今度は真紘と重盛が驚愕した。
自分達の先輩ということは、リンも救世主として召喚された地球人。少なくとも百年以上生きているということで、リンが言っていた自称『じーさん』は言葉の通りだったのだ。
「待って、先輩って獣人って意味?」
「いえ、救世主様という意味ですが……」
「うっそ、まじかよ!」
少し怒ったような重盛の叫び声をBGMに、真紘は時の神との会話を思い出した。
一人だけアジア系の人間を召喚したと姉の姿をした時の神は言っていたが、リンがその人なのだろうか。リンの顔の系統は東洋人のようであったが、窓に映った自身の姿を目にした真紘は、今はいくら考えても無駄であると思い直した。
「はあ~マジかよ。寿命が延びたって言われて薄々覚悟してたけど、獣人って数百年経っても見た目あんま変わんない系……? 俺、早くイケおじになりたいんだけど」
「えっ、気にするところそこなの?」
「だって真紘ちゃん、年上でムキムキのお兄さんやおじさん好きじゃん」
「きっ、君はなんてことを言うんだ、語弊があり過ぎるよ! あの、ブルームさん、異世界人だからといってリンさんを容疑者から外す理由は何ですか?」
「あの方はギルド在籍なのですが、どこの支部にも属しておらず、全ての領地を自由に往来して良いと許されています。私も何度かお会いしましたが、半ば幻のようなお方です。そんな方を疑おうものなら今度こそ私の首が飛びます――というのは建前で、炭鉱から通報がある少し前にあの方がギルドにひょっこり現れて『炭鉱で事故か事件があったからヨロ~』とだけ言い残して、またどこかへ向かわれて行きました。犯行後にギルドに顔を出しにくるような犯人がいれば、もうそれは天災としか言えませんよ……」
「やばっ、マジ偉い人だったんだ。もしかしてブルームさん、あの真っ赤っかじーさんにも獣人の力は厄介だとか言ったことあるんじゃね?」
黙り込むブルームはまたダラダラと汗を流した。
口は災いの元とはよく言ったものだ。獣人が絡んだ事件で辛酸を舐めたことがあるのかもしれないが、王都に戻るには我慢が必要だろう。
「二度あることは三度あるっていうし、初めましての人に会ったらこの人も異世界人かもって一回耐えた方がいいぜ。変な赤いじーさんと、優しくて若くて超イケメンな重盛君の方がイレギュラーかもしれないし」
「うっ、おっしゃる通りで……」
大きなため息をついたブルームはジャケットの内側からペンとメモを取り出すと何やら書き始めた。
宿泊する真紘と重盛のためにお勧めの宿屋をリストアップしてくれているようだ。
夕食が美味しいとか、部屋からの景色が良いとか、実際に見て聞いて体験したであろう感想が一言添えてあり、王都に帰りたいと言いながらも自分が守る土地をしっかり愛していることが伝わってくる。
真紘と重盛は言葉は交わさず、その文字が紡がれていくのを静かに見守った。
扉を開けて固まったブルームは、先ほどまで隠されていた真紘の尖った耳を見て口をポカンと開けている。
エルフが珍しいからか、救世主だと気付いたのか。真紘が首を傾げると、ブルームは物凄い勢いでシガレットケースを黒いパンツの後ろポケットに突っ込んだ。
「獣人と、エルフ……の、二人組……ッ!」
「あっ、はい。僕達の事情聴取ですよね。どこかへ移動しますか?」
「いいいいえ、私がそちらまで参ります」
ブルームは胸を抑えながらゾンビのような足取りで近くにあった椅子に腰かけた。腰かけたというよりも尻から落ちたと表現した方が正しい。
腰に帯刀している細い剣が肘置きに当たってカツンと間抜けな音を立てた。それは魔法が付与できるタイプの剣で、剣としての使用するというよりは自分が持っている杖に近いものだった。
真紘が剣に施されている細工に釘付けになっているのが面白くなかったのか、重盛は悪い笑みを浮かべて立ち上がり、空いている椅子を跨ぐようにしてどかりと腰かけた。
「あれれ~獣人が事件に絡んでると厄介だぁって俺達のことイジメて来た人じゃん。火気厳禁の看板があちらこちらにあんのに煙草、いいの?」
「こら、追い打ちをかけないの!」
真紘がキッと重盛を睨むと、なぜかブルームがヒィっと短い悲鳴を上げた。
「すみません。改めまして、僕は志水真紘でこちらが」
「重盛君でーす」
「……ブルーム・アジェントリと申します。この鉱山を山岳地帯を担当する冒険者ギルド、チャコット支部に所属しております。申し訳ございません。大変失礼な態度を――」
こちらの一挙手一投足に翻弄され、何度も垣間見える旋毛は既視感があった。出会った頃のノエルである。
しかし、タルハネイリッカ家は公爵であり、王族に継ぐ権力を持っていたため、すぐにマルクスやノエルとは対等な間柄になった。それ故に真紘と重盛は自分達に与えられた権限の強さに気付けないでいた。
ティアード一家の強盗事件もギルドと直接やり取りをしたわけではないので、知る機会がなかったが、ブルームの様子から、この世界において王直属という肩書は絶大な力を持っていることは想像するに難くない。
これはフードを被ったままの方が良かったのかもしれないと真紘は苦笑いを浮かべた。耳を人間の物に見せるくらいなら可能だが、とても疲れるため睡魔に襲われるのも早い。
真紘は眉を下げながら、できるだけ優しく語り掛けた。
「うーん、何のことでしょうか? 僕達はただの便利屋なのでさっぱり。だたの十九歳です」
「ただの十九歳でーす。もうすぐで二十歳の十九歳」
表向きの身分を証明するために真紘は懐から名刺を取り出してブルームに手渡した。
「お、お気遣いいただきありがとうございます」
「意地悪してすんませんねぇ。真紘ちゃん曰く俺達ただの便利屋の旅人らしいし、殺人事件は今のとこ専門外っぽいんだけど、巻き込まれたからには気になっちゃって。事件の詳細教えてくれません? ちょっとでいいから、お願い、お願い!」
顔の前で両手を合わせて懇願する姿は、ブルームからすればどちらにせよ脅しに近いものではないだろうか。
顔面蒼白になりながらダラダラ汗を流す彼には悪いが、真紘も事件の詳細は知りたかったので、重盛を咎めることはしなかった。
そして今回は特別にとブルームは事情聴取の内容を語り出す。
遺体の身元が判明した。
被害者は炭鉱の第三チームで働くグランピー・ラパンというドワーフ族の男。
バッシュフルの古くからの友人で、馴染みのバーで二人が口喧嘩をする姿を度々目撃されているが、それも日常茶飯事のことであり、別の鉱山から共に移ってくるほど仲が良かったようだ。
グランピーはバッシュフルと交代で新人教育を担当していて、最近入って来たセロンを指導していた。
同僚のパーシイとも仲が良く、彼の自宅で行われるホームパーティーに何度か参加していたという。
「ギルドに移動する前に本人確認と被害者に心当たりがないか聞き出しただけなので、判明しているのはこれくらいです」
「おいおい、あの場にいた全員と被害者、結構な繋がりがあったんじゃん」
「なぜ、身元がすぐに判明したのでしょうか? バッシュフルさんは気付いていたようですが、その、腰より上の損傷が酷く、親しい知人であっても個人を識別するのは難しいのではないかと……」
黒く焼け焦げた遺体を思い出し、真紘は目を伏せた。
ブルームはこういった現場に慣れているのか、先ほどのおどおどした態度から打って変わり、平然とした様子でポケットから袋を取り出した。
袋の中身を机に出すと、コロンとした銀色のロケットペンダントのようなものが表れた。
「あっ、これ、遺体のズボンのポッケからはみ出てたやつじゃね?」
「そうです。こうやって開くと中に写真が入っていて、ほら、グランピー氏、本人が写っています。ヴァイス氏に確認済みなので、間違いないかと」
ロケットは楕円形。親指の爪より一回り大きいくらいのサイズで、はめ込まれた小さな写真には、如何にもドワーフといったサンタ帽のような尖がった緑色の帽子をかぶった白髭の人物が写っていた。
かなり古い物なのか、ロケットは細かい傷が無数に付いていて、写真も陶器に写真を焼き込んだ物のようだ。市販では売っていないようなオーダーメイドの一品であることは一目瞭然であった。
このロケットペンダントを発見したため、バッシュフルは自分の友人だと分かったのだろう。
「こんな優しそうな人の最後があんなって、あんまりだよな……」
「うん……」
写真を見ても、あそこまで損傷が酷いと真紘には治せそうになかった。
さらに回復魔法自体が本人が持つ魔力を使って自然治癒力を高めているに過ぎないため、タルハネイリッカの事件では、ハンナの傷を治したというよりも塞いで見えなくしたと言った方が正しい。
それにもう二度と人の体を物として扱うことはしたくなかった。
「私はギルドに属して七年目ですが、こういった事件はそれなりに経験してきています。最初の頃は事件を担当する度に心が疲弊して、夢でも魘され、幾夜も飛び起きて、もうこの仕事を辞めようと何度も思いました」
「じゃあなんでブルームさんは今もこの仕事をしてんすか?」
「それは月並みですが、残された者の無念を晴らしたいと思ったからです。被害者の気持ちは知りたくても分かりません。残るのは遺族の悲しみや怒りだけですが、マイナスな感情に傾いている人間が事件を正しく解決できると思いますか? 必ず第三者として冷静に解決する人間が必要になる。その力を自分が持っているのに放棄して、楽な道を選ぶなど、私にはできませんので」
「かっけぇ! なんか高飛車な嫌な兄ちゃんかと思ってたけど、意外といい人じゃん」
ブルームは前髪を掻き上げ、得意気にふふんと鼻を鳴らした。
「そうでしょうとも。何が言いたいかと申しますとね、感情移入はほどほどにということです」
先ほど遺族の無念を晴らしたいと言っていたはずなのに、それは真逆のことなのではないだろうか。真紘と重盛は首を傾げた。
「第三者まで事件に肩入れし過ぎては、一番必要な客観性が保てなくなります。そうなれば視野が狭くなって大事な証拠を見落とすかもしれない。踏み込み過ぎない、第三者のままでいるというのが大事なのですよ。それが遺族のためにも、自分のためにも、未来の苦しむ誰かのためになるということです」
被害者の写真を見つめていたブルームはそっとロケットを閉じると袋にしまった。
そしてふっと息を吐いてこう続けた。
「見たところお二人はこういった現場に慣れていないようです。しかし、種族が違いますから、お二人は私よりも何倍も長い人生を歩むことになりますね。またいつかこの様な事件に遭遇することもあるでしょう。ですが、周りに非情だと言われようと、先ずは自身の心を守る行動を取ることをお勧めしますよ。どんなに力を得ても、いきなり心まで強くなるわけではないのですから、そういった目に見えないものは、ゆっくり育てていけばいいと思います」
救世主として望まれるままに力を貸してきた真紘と重盛だったが、こうして一人の青年として扱われたのは初めてだった。
素性を知ってもなお、人生の先輩としてアドバイスをくれる人は貴重だ。こんなにも早くブルームという人間に出会えたのも幸運だったのかもしれないと真紘は思った。
「ありがとうございます。確かに凄惨な現場を目の当たりにして、意識を引っ張られすぎていたかもしれません」
苦笑いを浮かべた真紘がそう答えると、ブルームはハッと大声を出した後、頭を抱えた。
「わ、私はまた上から目線で……。不躾な申し出なのは重々承知なのですが、今日あったことは上司には内密に願えませんか。自覚はあるのですが、口も人相も悪いので、王都から田舎に出向させられているのです。身から出た錆とはいえ、これ以上王都を離れては家の者と合わせる顔がありません……」
立ち振る舞いからブルームは貴族の出身なのではと思っていたが、ギルドは案外、体育会系の縦社会なのかもしれない。
根っこは悪い人じゃないのに勿体ない人だ。
情報提供と人生のアドバイスの礼代わりに、王都に帰ったら彼が王都に戻って来れるようにお願いしてみようか。真紘がそんなことを考えている内に、重盛はケタケタと笑い出した。
「大丈夫だって、今のとこギルドには行く予定ないし、チクる予定もないですよ。せっかく格好良かったのに最後だけ残念なの、ふっ、わははっ!」
「だ、駄目だよ! 本人を前にそういうこと言わないのっ」
「いや、それ真紘ちゃんも言ってるようなもんだぞ」
「あっ……」
がっくりとうな垂れるブルームは休憩所に戻ってきた時よりもさらに老け込んで見えた。
「よく言われますから気にしないでください。事件の話に戻りますが、遺体の死亡推定時刻が判明するまで、第一発見者である三名はギルド預かりになります。他に立て込んでいる事件もありませんし、さほど大きな街ではないので、被害者についても近日中には色々と判明すると思いますが、お二人は旅の途中でしたね、先に進まれますか?」
「いやぁ、流石に事の結末は知りたいし、急いでもないから街の宿に泊まろうかな。てか、一応俺らやヴァイスさんも容疑者じゃん、解放しちゃっていいわけ?」
「遺体があった場所は容疑者である三人が作業する際に絶対に通らねばならない場所です。三人の聴取には齟齬はありませんし、入った時は分岐点に横たわっていた被害者を誰も見ていません。ヴァイス氏はリン様を見送り、そのすぐ後にお二人を出迎えていますので、容疑からは外れますね。その間に第三作業場に入った不審者も目撃されていませんし、センサーも反応していないので――」
「ちょ、ちょい待って!」
「はい?」
「あの、リン様ってあの真っ赤っかな変な男だよな?」
「へ、変……。まあ確かに変わった方ではありますが、あの方はお二人の先輩と言えるお方ではないですか。まさかご存知なかったのですか⁉」
ブルームの言葉に今度は真紘と重盛が驚愕した。
自分達の先輩ということは、リンも救世主として召喚された地球人。少なくとも百年以上生きているということで、リンが言っていた自称『じーさん』は言葉の通りだったのだ。
「待って、先輩って獣人って意味?」
「いえ、救世主様という意味ですが……」
「うっそ、まじかよ!」
少し怒ったような重盛の叫び声をBGMに、真紘は時の神との会話を思い出した。
一人だけアジア系の人間を召喚したと姉の姿をした時の神は言っていたが、リンがその人なのだろうか。リンの顔の系統は東洋人のようであったが、窓に映った自身の姿を目にした真紘は、今はいくら考えても無駄であると思い直した。
「はあ~マジかよ。寿命が延びたって言われて薄々覚悟してたけど、獣人って数百年経っても見た目あんま変わんない系……? 俺、早くイケおじになりたいんだけど」
「えっ、気にするところそこなの?」
「だって真紘ちゃん、年上でムキムキのお兄さんやおじさん好きじゃん」
「きっ、君はなんてことを言うんだ、語弊があり過ぎるよ! あの、ブルームさん、異世界人だからといってリンさんを容疑者から外す理由は何ですか?」
「あの方はギルド在籍なのですが、どこの支部にも属しておらず、全ての領地を自由に往来して良いと許されています。私も何度かお会いしましたが、半ば幻のようなお方です。そんな方を疑おうものなら今度こそ私の首が飛びます――というのは建前で、炭鉱から通報がある少し前にあの方がギルドにひょっこり現れて『炭鉱で事故か事件があったからヨロ~』とだけ言い残して、またどこかへ向かわれて行きました。犯行後にギルドに顔を出しにくるような犯人がいれば、もうそれは天災としか言えませんよ……」
「やばっ、マジ偉い人だったんだ。もしかしてブルームさん、あの真っ赤っかじーさんにも獣人の力は厄介だとか言ったことあるんじゃね?」
黙り込むブルームはまたダラダラと汗を流した。
口は災いの元とはよく言ったものだ。獣人が絡んだ事件で辛酸を舐めたことがあるのかもしれないが、王都に戻るには我慢が必要だろう。
「二度あることは三度あるっていうし、初めましての人に会ったらこの人も異世界人かもって一回耐えた方がいいぜ。変な赤いじーさんと、優しくて若くて超イケメンな重盛君の方がイレギュラーかもしれないし」
「うっ、おっしゃる通りで……」
大きなため息をついたブルームはジャケットの内側からペンとメモを取り出すと何やら書き始めた。
宿泊する真紘と重盛のためにお勧めの宿屋をリストアップしてくれているようだ。
夕食が美味しいとか、部屋からの景色が良いとか、実際に見て聞いて体験したであろう感想が一言添えてあり、王都に帰りたいと言いながらも自分が守る土地をしっかり愛していることが伝わってくる。
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