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魔眼の子

44.嫌いにならないで

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 レモンイエローの家具に、白に近いパイン材の床と壁。ボタニカルな柄のラグは、深緑で統一されていたルーミの部屋に比べ華やかだ。
 部屋の主は百五十センチほどの色白の少年で、父親と同じく金色の短髪。事故を物語るような切り傷がズボンから覗く足に残っていた。
 真紘と重盛はマルクスに連れられ、ルノの部屋を訪ねていた。
 そして彼にもマルクスにした提案を持ちかけた。しかし、ルノは大粒の涙を流し、受け入れようとはしなかった。
「無理です……。僕は力を持っているのにハンナを守れなかった。それに事故の後までハンナや家族を危険に晒した! こんな時隠れていることしかできない僕なんて、幸せになっていいわけない!」
 事故と事件、二つの出来事は少年の心に重くのしかかった。
 赤い右目と同じくらい、彼の目尻と鼻は赤く染まっていた。あれからずっと自分を責めて泣き続けていたのだろう。
 何もできなかったルノと、やってはいけないことをした自分――。
 正反対でいて、同じ苦しみを味わっている。
 だからこそ、真紘は彼の気持ちが痛いほど理解できた。
 先に口を開いたのは重盛だった。
「守れなかった、で終わるつもりか?」
「重盛殿……」
 マルクスは何か言いかけたが、息子の背中を見て堪えた。
「守れなかったからこれからはもっと隠れて暮らそう、で本当にいいのか?」
 重盛の問いかけに対し、ルノは悔しさを滲ませて下唇を噛んだ。
「父上は強いのです。普段はジョエルやノエル、領の騎士団もいます。僕がいる必要など……」
「確かに今はそれでいいかもしれない。でも二十年、三十年、五十年後もずっと頼りっぱなしか? 父ちゃんはじーさんになるし、ノエル先生だっておっさんになるんだぞ。そんな時、誰がこの家を支えるんだ? それに昨日、白装束を撃退したのはその強い父上でも先生でもない。この細腕のお兄さんの魔法だぜ」
 真紘は少し前かがみになって、ルノの顔を覗き込んだ。
「ルノ様にとって膨大な魔力は枷のようなものだったのかもしれません。しかし、魔力量が多いということは、できることも多いということです。僕のような非力な者や、君のような子供が、大切な人を守る手段になります。ハンナさんが命を懸けて守ったその力を無駄にしないためにも、先ずはパブリックスクールの魔法科入学を目標に頑張ってみませんか?」
 顔を腕で擦り、ルノは何度も頷いた。
「本当は分かってたんだ。このままじゃいけないって。ただ外の世界が怖かった。僕はそれをハンナのせいにするところだった」
「それに気付いて反省できる君は強い人です。きっと大丈夫ですよ。これから皆で一緒に頑張りましょう」
 優しい顔で見守る父親は、前に進むと決めた息子と、新しくできた大きな息子達をまとめて抱きしめた。


 事故から三ヶ月。
 季節は夏から秋へと移り変わった。
 真紘と重盛はタルハネイリッカに滞在し、マルクスの屋敷でルノの特訓に付き合っていた。
 ルノは事故以来、一度も魔暴走を起こすことなく生活できていた。さらに魔法の扱いは大人に負けないほど上手くなった。
 元々、基礎的な魔法は父親やノエルから教わっていたため、真紘にとってルノは全く手のかからない生徒だった。
 問題は別にある。
「真紘兄様! 今日は僕の部屋でお茶しませんか?」
「駄目よぉ! ルノ兄様は授業中ずっと真紘様をひとり占めにしているのですから、お茶の時間は未来の妻である私に譲るべきです!」
「真紘様は僕の師匠であり兄様なんだぞ! ルーミとは年が離れ過ぎているから話も合わないだろっ」
「そんなことはありませんわ! 真紘様は毎日頭をなでてくださいます。これは未来の夫婦のよこーれんしゅーというものなのです!」
「はいはい。三人で仲良くお茶しましょうね」
 こうして兄妹の真紘の取り合いは日に日に激化していった。
 地球でも真琴と真織の買い物に付き合う度にこうやって板挟みになったものだ。
 懐かしくもあり、目線の下にある小さな二つの旋毛の争いを止めるのは一苦労で、その内眉毛がハの字から戻らなくなりそうだった。

 一方、重盛は騎士団に混ざって鍛錬したりシェフやノエルと一緒に料理を学んだりしていた。
 朝はマルクス達と朝食、午前中はルノの魔法の特訓。昼食を食べてまた再開。お茶の時間になるとルーミが真紘の膝の上を独占する。
 夕食後は魔石回収のため森に出ていたが、近場の森の魔物を狩りつくしてしまったので、ここ最近は遠くまで足を伸ばしていた。屋敷に帰ってくる頃には真紘はとっくにお眠だ。
 さらに夜の森は虫が出るからと重盛を置いて出かけているため、二人になれるのは就寝前のみになっていた。

 雨が降るとある夜のこと。
 久しぶりに二人だけの時間が訪れた。
 夕食と入浴を終えてあとは寝るだけだが、その前に二人きりでゆっくりハーブティーを飲むのもいいかもしれない。
 真紘は程よい緊張感を抱え、キングサイズのベッドに寝転んだ。
 白と青を基調とした部屋は王城の客室によく似ていた。
「重盛まだかなぁ」
 ひとり言はシルクの天蓋に吸い込まれた。
 夕食の後、重盛は朝食の仕込みをすると言ってノエルの背を押してキッチンへと消えていった。
 屋敷で生活するようになってから、重盛との時間が急激に減ってしまったと感じていたが、彼から離れていくことが増えたようにも思える。
「もしかして避けられてる……?」
 四六時中、一緒にいた最初の三ヶ月に慣れてしまったせいか、マンションでの二人暮らしが恋しくなってきた。
 相変わらず眠気に弱いとはいえ、魔力の消費が少ない日はベッドに入ってすぐに寝ることはなくなった。
 一度だけ、明確な意思をもって隣で横たわる重盛の尻尾に顔を埋めたことがある。
 愛犬の芳ばしい香りが好きで、シゲ松を吸うのが日課だった真紘は、同じような感覚で重盛の尻尾を吸ってしまった。
 そして、その日から重盛は真紘が寝た頃を見計らって自分の部屋に戻っていくようになった。
「そんなに嫌だったのかな……。そういえばこっちに来た時も尻尾に触ったら驚いてたしなぁ」
 モフモフを求める自分の顔はきっとだらしない表情をしているに違いない。すぐに寝落ちする上に、わりとズボラだ。愛想を尽かされても無理はない。
 異世界に来てから、重盛に甘えすぎているという自覚は常にあったが、彼のためになることと言えば虫退治と尻尾を乾かすことくらいだ。

 イロナは真紘と重盛が家族に見えると言っていたが、今の関係性に名前を付けるのは困難であった。
 友人以上、恋人未満、家族――。
 以前、真紘が過去を打ち明けた際、彼は全て受け止めてくれた。そして親友とは別のポジションが欲しいとねだられた。
 その時は気恥ずかしくて“ハニー”なんて茶化して答えてしまったが、別に告白されてお付き合いを開始しましょうと約束したわけではない。
 その後も好きだとか愛しているとか言われたことはあったが、人として好きだと慰められたに近い状況だった。
「じゃあ、僕達の関係って何?」
 その問いかけに答える者は居らず、日付が変わっても用意していたハーブティーの茶葉が使われることはなかった。
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