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余生の始まり

14.激励会

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「今日、模擬戦しかやってなくね?」
 中庭で大の字になりながら寝ころぶ重盛は、空を見上げながら呟いた。
 魔力が減った分だけ腹も減るのか、真紘はぐぅと腹の音で答えた。
「お腹すいた……」
「俺はいつもとそんなに変わらないけど、魔力消費と腹の減り具合って関係あんの? 昼飯すげぇ食ってたじゃん」
「うん、沢山食べたから筋肉ムキムキになるかも」
「うははっ、頑張れぇ~」
 気の抜けた返事をするやつにはこうだ、とわき腹に静電気を流すと、重盛はぴょんと起き上がった。耳と尻尾の毛が逆立っている。
「ひっでぇーことする」
「そろそろ移動しないと」
「もっと優しく起こしてよ!」
 プリプリと頬を膨らませて怒ったふりをしながら重盛は大股で歩いていく。建物に入ったところで彼は振り返った。
「会議室忘れた」
「覚えてない上に覚える気がない、の間違いでしょ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれなーい」
 すっかり機嫌の直った重盛を先導し、真紘は今朝ノエルに案内された部屋を目指した。


 扉を開けると既に数人が部屋にいた。謁見の際にいた騎士や貴族らしき人達だ。
 一斉に視線が入口に集まる。
 教壇のような机の前には、長髪の白髪の老人が一人立っていた。
 重盛が真紘と老人を見比べ、ウヒヒとわざとらしく笑ったため、真紘は無言でもう一度わき腹に静電気を流した。
「大変お待たせしました。僕は志水真紘、こちらの彼は九条院重盛です。この度、こちらの世界に招かれ、魔力補填に参加させていただくことになりました。微力ながらお役に立てるように頑張ります」
 頭を下げる真紘に重盛も続いた。
「微力じゃないけど?」
「こらっ」
 小さな声でのやり取りも、部屋の後方で腕を組み壁に寄りかかっていたアテナには聞こえていたようで、うふふという上品な笑い声が聞こえてきた。
「二人とも、中庭での模擬戦見てたわよ。二日目でもうあんなに動けるなんて素晴らしいわ。やっぱり若いと元気ねぇ。私も参加したくなっちゃった」
 語尾にハートが付きそうな嬉々とした声に臣下はぎょっとしていた。
 王であるアテナが立っており、臣下が座っている光景も不思議だが、彼女は元々最前線で駆け回っていた根からの行動派のため、豪華絢爛な椅子にただじっと座っている方が苦手なのかもしれない。
 今も無礼講というよりは、アテナが好き勝手しているため、周りが諦めていると表現した方が近い。
 この状況も信頼関係の下に成り立っているいつものスタイルなのだろうと納得した。
「さあ、二人も遠慮せずに座って?」
 アテナに促され、真紘と重盛は空いていた最前列に着席した。
 藁半紙のようなものが配られると、白髪の老人はゆったりとした口調で語り出した。
「真紘殿、重盛殿、ご挨拶が遅れました。わしは宰相のレヴィと申します。隠居してたはずが、少々元気が有り余っているとある方に引きずり出され……おっほっほ、余計なことでした。神木への魔力補填の説明ですな。概ねその紙にある通り。あっという間に終わると踏んでいてのぉ」
 用紙に視線を落とすと、工程表のようなものが記されていた。
 神木の間に行くには王城の地下にある魔方陣から飛ぶ。純度の高い魔力以外は弾かれるため行けるのは救世主のみ。
 魔力を補填したあとは同じくあちらにある魔方陣から帰ってくる。
 時の神が現れるのはその晩の夢の中、五百年前の記録によると魔力を注いでいない救世主の夢の中にも現れたそうだ。
「なんというか……ざっくりしてますね?」
 過去五回の救世主の記録や、周期ごとの大きな災害等も載っているが、魔力枯渇による大きな災害や戦争はないようだ。
 宰相はガックリと肩を落とし答えた。
「そうなんじゃ。魔力枯渇でリアースに大きな争いが多発したのが、五百年前よりもさらに前、伝聞のみで、記録が残っていないのも戦争や天災で消えてしまったのだろうと云われている。魔力補填の重要性を感じた先王が、後世のためにしっかりと記録するように命じたからこうして残っているのだが……良くも悪くも五百年前に欠員が出た意外、何事もなく上手くいっているんじゃよ。前例がない以上、想定外の出来事にはぶつけ本番で挑まねばならない」
「俺達がイレギュラーのモデルケースになるってことね。平穏を懸けた世界規模の社会実験って感じ」
「改めてそう言われるとすごいプレッシャーなんだけど……」
 アテナを除けば、ここにいる全員が初めての試み、神木を直接見たわけでもない人々からすれば存在そのものを疑うこともあるだろう。
 初めから臨機応変にだなんて自分は本当にやれるのだろうか。
「大丈夫だって! ここに来てから自分はツイてるなって思わねぇ?」
「……思う、かな」
 マルクスを筆頭に、魔力補填を強制されるわけでもなく、不審な異世界人に対しても優しく接してくれた人々。対話を経て、彼らに協力すると自分の意志で決断できたのは幸いなことだ。
 それに隣にはこういう時に勇気をくれる心強い仲間がいる。
「誰もわからないなら、とりあえずやってみるしかないよね?」
「そうそう、やってダメなら全国各地を回って戦争なんか起きないようにすればいいし、魔物もバッサバッサやっつけよ」
 重盛の緩い発言に、宰相は欠けた歯の奥が見えるほど豪快に笑った。
「おっほっほ! そうじゃ、そうじゃ。陛下を除けばここにいる皆も初陣なのですよ。そう気負わずに、聖女様と剣士様も控えてらっしゃる。回復次第、どうにかしてくださるやもしれません。どのような結果になっても、わしらは策を講じて面白おかしく生きていくだけですわい。真紘殿、重盛殿も百年と言わず、千年、この世界を楽しく生きてください」
「ありがとうございます、頑張ります!」
 真紘が立ち上がり深々と頭を下げると、アテナは手を叩いた。
「今までもこんな感じでなんとかなってきたわ、そう心配しないで。ここに呼んだのも激励を兼ねてのことなの。それに皆、異世界の事にも興味深々なのよ。色々話しを聞かせてあげてちょうだい?」
 自分がいては気を遣うだろとアテナは部屋を出て行った。
 残された者たちはわっと真紘と重盛を取り囲んだ。
 宰相もメモ書きを持参して、ウキウキとした表情だ。
 昨日着用していた黒い軍服のようなものは何か、建築はどのようなものか、ライフラインは? 学問は? 好きな食べ物は――?
 社会的な問題から、個人の好みまで、ありとあらゆる質問が飛び交った。
 痺れを切らしたシェフが、夕食が冷めてしまうと乗り込んでくるまで、会議室での異世界講義は続いたのであった。
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