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第5章 ソロモンの悪魔
グリモワール
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「アーガスのダンジョンで、勇者に助けられたそうだな、イルウ」
巨大な岩山をくりぬいて作られた魔王城。その野趣な作りの外観とは裏腹に内部は綺麗に床石が敷き詰められ、人間達が作った城と外見的な差異はほとんどないと言える。
ただ、人と違って闇夜での目が効くためか、内部は照明が少なく、昼間でも薄暗い。
その薄暗く、不気味な雰囲気を孕んだ城の廊下で二人の魔族が話をしていた。話しかけた方は、浅黒い肌に一対の立派な角を備えた魔族、カルナ=カルア。
「ふん、お前にはカンケーない話だろ」
話しかけられた方は小柄な少女に見える。その耳は長く尖り、エルフ族であることを窺わせるが、褐色の肌はそのエルフ族の中でも魔に近い属性の亜種、ダークエルフであることを強く主張している。
「おいおいつれないこと言うなよ」
ぞんざいな返答をされたカルナ=カルアは特に気分を害した様子もなく、むしろ必要以上に親し気に、彼女の方に手をかけて顔を寄せて話を続けた。
「いいか? 俺は魔族全体の事を思ってるのさ。もしお前が勇者ケンジと仲良くなって魔族を裏切るような事があってみろ、優秀な幹部を失う事になるし、軍の士気もがた落ちだ。魔王様も大変残念に思うだろう?」
「お前……まさか魔王様にそのことを!?」
「落ち着けって」
味方ではあるものの、同じ四天王同士ライバル関係にもある。カルナ=カルアは彼女に対して精神的優位を取り続ける。強力な魅惑の力を持つ魔王は、魔族にとって畏怖だけでなく崇拝の対象でもある。
「俺は協力してやるっつってんだよ。ケンジをブッ殺して、聖剣を奪う手伝いをよ」
「……余計なお世話だ。だいいちお前もそれどころじゃないだろう。ケンジに一撃でやられて、閑職に回されたそうじゃないか。召喚された後何百年も行方不明の地獄の大公爵の捜索をしてるんだって?」
イルウの方も負けじと嫌味を言ったがカルナ=カルアは全く堪えた様子はなかった。むしろ一層邪悪な笑みをその相貌に張り付けて話を続ける。
「まさにそこだ。お前、ケンジが連れてたおっさんの名前、憶えてるか?」
しかしイルウは疑問符を浮かべる。
確かにケンジは城で会った時も、ダンジョンで会った時も、妙に古風な喋り方をする中年男性を連れてはいたが、それが一体何だというのか。名前までは聞いてはいない。
「どうやら、『アスタロウ』という名前らしい」
ハッとした表情を浮かべるイルウ。
人間が女神より勇者を遣わされたように、魔族が邪神に嘆願し、異世界より召喚した人類殲滅の悲願を達成するための切り札、それこそがまさにソロモン72柱における地獄の大公爵アスタロトなのだ。
「ぐ……偶然に決まってる」
「そう思うか?」
ようやくイルウの体から手を放して距離を取る。しかしその邪悪な笑みはそのままにカルナ=カルアは言葉を続ける。
「少し調べてみたがな、奴は三百年も前から生き続けてるらしいぞ。人間の寿命って知ってるか? せいぜい六十年程度だそうだ。いくら王宮でぬくぬく生きたからといって、そこまで長生きするかぁ?」
「そ、それだけで……」
「それだけじゃない。詳しくは分からんが奴はその身の内に聖剣を宿しているらしい。そんなことが普通の人間にできるか?」
もちろんではあるが普通の人間には出来ない。アスタロウが普通でないのは間違いない事実なのだ。
しかしそれがどういう方向性で普通でないのか、その解釈については大きな判断違いをしている可能性が高いと言わざるを得ない。
「アスタロトは口からは毒の息か、もしくは耐え難い悪臭を放つという。俺が奴に会った時も、耐えがたい悪臭を感じていた。グリモワールの記述とも一致する」
それはメタン臭である可能性が高い。三百年間聖剣によって封印されていた悪臭が解き放たれたのだ。
「分かるか? お前はケンジを倒し、聖剣を手に入れる。俺はアスタロトの身柄を確保し、魔王様に引き渡す。互いにいいことづくめじゃないか。俺は協力しようと言ってるんだ」
その甘い提案にイルウは考え込む。彼女の胸の内にある思いは何なのか。ケンジと敵対することに戸惑いを覚えているのか。
「何を悩んでいる? お前、まさかとは思うが勇者に情が移ったんじゃないだろうな? 元々ダークエルフは『向こう側』に近い種族だからな……」
「ち、違うッ!! 私もお前も、一度はケンジに敗れている身。何か策を練らねば、そう簡単には……」
「安心しろ、俺にはこれがある」
そう言ってカルナ=カルアが見せたのは一冊の分厚い本であった。
「魔王様から貸し与えられた魔導書だ。これを使い、短時間ではあるが異界の悪魔を召喚することができる。アスタロトやケンジのように完全にこちら側に呼び出すのは無理だがな。」
そう言ったのち、カルナ=カルアは指先でイルウの胸元をとん、と突いた。
「問題なのはお前の方さ。ダークエルフなんて中途半端な種族のお前に何ができる? お前が裏切らない保証は? 俺の作戦にただ乗りしようってんならお呼びじゃないぜ」
「舐めるな」
ギラリとイルウの目が紅く妖しく光った。
たちまちカルナ=カルアの体の自由は奪われ、指一本動かすことすら叶わない。
「その……技は、ケンジには……きかなかったんだろう」
「クッ……」
そう。たとえカルナ=カルアの身体の自由を奪うことは出来ても、肝心な勇者には通用しなかったのだ。その理由も分からない。
イルウが目を逸らしたために体の自由を取り戻したカルナ=カルアはふう、と安堵のため息をついた。
「ふん、分かるだろう? お前にはエサになってもらう。その体で勇者をたらしこむんだよ!」
巨大な岩山をくりぬいて作られた魔王城。その野趣な作りの外観とは裏腹に内部は綺麗に床石が敷き詰められ、人間達が作った城と外見的な差異はほとんどないと言える。
ただ、人と違って闇夜での目が効くためか、内部は照明が少なく、昼間でも薄暗い。
その薄暗く、不気味な雰囲気を孕んだ城の廊下で二人の魔族が話をしていた。話しかけた方は、浅黒い肌に一対の立派な角を備えた魔族、カルナ=カルア。
「ふん、お前にはカンケーない話だろ」
話しかけられた方は小柄な少女に見える。その耳は長く尖り、エルフ族であることを窺わせるが、褐色の肌はそのエルフ族の中でも魔に近い属性の亜種、ダークエルフであることを強く主張している。
「おいおいつれないこと言うなよ」
ぞんざいな返答をされたカルナ=カルアは特に気分を害した様子もなく、むしろ必要以上に親し気に、彼女の方に手をかけて顔を寄せて話を続けた。
「いいか? 俺は魔族全体の事を思ってるのさ。もしお前が勇者ケンジと仲良くなって魔族を裏切るような事があってみろ、優秀な幹部を失う事になるし、軍の士気もがた落ちだ。魔王様も大変残念に思うだろう?」
「お前……まさか魔王様にそのことを!?」
「落ち着けって」
味方ではあるものの、同じ四天王同士ライバル関係にもある。カルナ=カルアは彼女に対して精神的優位を取り続ける。強力な魅惑の力を持つ魔王は、魔族にとって畏怖だけでなく崇拝の対象でもある。
「俺は協力してやるっつってんだよ。ケンジをブッ殺して、聖剣を奪う手伝いをよ」
「……余計なお世話だ。だいいちお前もそれどころじゃないだろう。ケンジに一撃でやられて、閑職に回されたそうじゃないか。召喚された後何百年も行方不明の地獄の大公爵の捜索をしてるんだって?」
イルウの方も負けじと嫌味を言ったがカルナ=カルアは全く堪えた様子はなかった。むしろ一層邪悪な笑みをその相貌に張り付けて話を続ける。
「まさにそこだ。お前、ケンジが連れてたおっさんの名前、憶えてるか?」
しかしイルウは疑問符を浮かべる。
確かにケンジは城で会った時も、ダンジョンで会った時も、妙に古風な喋り方をする中年男性を連れてはいたが、それが一体何だというのか。名前までは聞いてはいない。
「どうやら、『アスタロウ』という名前らしい」
ハッとした表情を浮かべるイルウ。
人間が女神より勇者を遣わされたように、魔族が邪神に嘆願し、異世界より召喚した人類殲滅の悲願を達成するための切り札、それこそがまさにソロモン72柱における地獄の大公爵アスタロトなのだ。
「ぐ……偶然に決まってる」
「そう思うか?」
ようやくイルウの体から手を放して距離を取る。しかしその邪悪な笑みはそのままにカルナ=カルアは言葉を続ける。
「少し調べてみたがな、奴は三百年も前から生き続けてるらしいぞ。人間の寿命って知ってるか? せいぜい六十年程度だそうだ。いくら王宮でぬくぬく生きたからといって、そこまで長生きするかぁ?」
「そ、それだけで……」
「それだけじゃない。詳しくは分からんが奴はその身の内に聖剣を宿しているらしい。そんなことが普通の人間にできるか?」
もちろんではあるが普通の人間には出来ない。アスタロウが普通でないのは間違いない事実なのだ。
しかしそれがどういう方向性で普通でないのか、その解釈については大きな判断違いをしている可能性が高いと言わざるを得ない。
「アスタロトは口からは毒の息か、もしくは耐え難い悪臭を放つという。俺が奴に会った時も、耐えがたい悪臭を感じていた。グリモワールの記述とも一致する」
それはメタン臭である可能性が高い。三百年間聖剣によって封印されていた悪臭が解き放たれたのだ。
「分かるか? お前はケンジを倒し、聖剣を手に入れる。俺はアスタロトの身柄を確保し、魔王様に引き渡す。互いにいいことづくめじゃないか。俺は協力しようと言ってるんだ」
その甘い提案にイルウは考え込む。彼女の胸の内にある思いは何なのか。ケンジと敵対することに戸惑いを覚えているのか。
「何を悩んでいる? お前、まさかとは思うが勇者に情が移ったんじゃないだろうな? 元々ダークエルフは『向こう側』に近い種族だからな……」
「ち、違うッ!! 私もお前も、一度はケンジに敗れている身。何か策を練らねば、そう簡単には……」
「安心しろ、俺にはこれがある」
そう言ってカルナ=カルアが見せたのは一冊の分厚い本であった。
「魔王様から貸し与えられた魔導書だ。これを使い、短時間ではあるが異界の悪魔を召喚することができる。アスタロトやケンジのように完全にこちら側に呼び出すのは無理だがな。」
そう言ったのち、カルナ=カルアは指先でイルウの胸元をとん、と突いた。
「問題なのはお前の方さ。ダークエルフなんて中途半端な種族のお前に何ができる? お前が裏切らない保証は? 俺の作戦にただ乗りしようってんならお呼びじゃないぜ」
「舐めるな」
ギラリとイルウの目が紅く妖しく光った。
たちまちカルナ=カルアの体の自由は奪われ、指一本動かすことすら叶わない。
「その……技は、ケンジには……きかなかったんだろう」
「クッ……」
そう。たとえカルナ=カルアの身体の自由を奪うことは出来ても、肝心な勇者には通用しなかったのだ。その理由も分からない。
イルウが目を逸らしたために体の自由を取り戻したカルナ=カルアはふう、と安堵のため息をついた。
「ふん、分かるだろう? お前にはエサになってもらう。その体で勇者をたらしこむんだよ!」
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